第602話 ランドルフの悩み事

 忘れる前にやっておきたかった事を片づけたあとは、地味な仕事に戻る。

 摂政として留守を任せていたランドルフから引き継ぎを行う。

 ランドルフに国政を任したが、実質的な政務はウィンザー侯爵達がやってくれているので混乱は起きていない。

 おかげでアイザックがいない間も、代理として無難に務められていた。


(こういう時、頼れる人がいないのが辛いな……)


 本来ならばランドルフであったり、他の親族に留守を任せられる。

 だが親族が少ないために任せられる相手が限られていた。

 セオドアに任せてもいいが、彼はパメラの父親である。

 パメラを優遇するために、リサ達を冷遇する危険性も考えられた。

 誰かを特別扱いせず、平等に扱える人物が欲しいところだった。


 しかし、それは無理だ。

 曾祖父のジュードのせいで、叔父や伯母もいない。

 伯母が嫁いでいた家であっても、アイザックが国王になった今でも親戚付き合いが再開されていないくらいだ。

 まだ貴族として従ってくれているだけマシだと思うしかない。

 本当に頼れる者を作っていかねばならない状況だった。


「ところで陛下、お話があるのですが……」


 引き継ぎが終わったところで、ランドルフが言いづらそうな表情をしながら声をかけてくる。


「それでは引き継ぎも終わったので、一度休憩にしましょうか」


 アイザックは休憩を提案した。

 人前で話しづらい内容ならば、人目のないところがいい。


(まさか「金を貸してくれ」とか言うわけでもないだろうしな)


 むしろ、アイザックのほうがウェルロッド侯爵家におねだりしているくらいである。

 だから金銭面の話ではないだろう。


(アマンダがパメラをライバル視しているみたいだから、留守中に後宮でなにかあったとか? そういった問題だったら困るなぁ……)


 ――ランドルフがなにを話そうとしているのか?


 アイザックの胸中が不安でざわつく。

 しかし、それを表に出す事はなかった。


「ノーマン、君達も休憩するといい」


 別室に移動し、飲み物が用意されると、アイザックは余裕のある態度を見せる。


「ですが陛下……」


 ノーマンは休憩を渋った。

 彼はチラリとランドルフに視線を投げかける。

 それは「落ち着きのないランドルフと二人にはできない」という意思表示だった。

 肉親だからといって無条件で信頼できるわけではない。

 むしろ、肉親のほうが恐ろしいのだ。


 ザックがいるとはいえ、まだ一歳。

 摂政として一時的にとはいえ政治の実権を握ったランドルフが、その権力に目が眩んだ可能性を考えねばならなかった。

 ここでアイザックが死ねば、摂政という経験を口実にランドルフはザックの後見人になるだろう。

 アイザックの後継者がいるとはいえ、まだまだ幼いため万が一の事が起きてはならない。

 だからノーマンは、ランドルフと二人きりにするのをためらったのだ。

 彼はもうウェルロッド侯爵家の人間ではなく、リード王家に仕えている。

 アイザックの安全を優先するのは当然の事となっていた。


「家族として話したい事もございますが、ウェルロッド侯爵家の次期当主として陛下に相談せねばならない事がございます。まずはウェルロッド侯爵家の跡継ぎとして話を聞いていただきたく存じます。ただ家族としての話という事を念頭に置いていただけるなら助かりますし、人払いの必要もございません」


 ランドルフも周囲の反応を当然のものと受け取り、人払いを求めなかった。

 やはり言いづらそうにはしているものの、アイザックも無理に人払いをしようとはしなかった。


「では話を伺いましょうか」


 ランドルフが国王に対する態度を取っている。

 アイザックも国王として話を聞こうとした。


「……援軍に向かった時、陛下は私の指揮振りをどう思われましたでしょうか?」

「指揮振りですか?」


(かかれ、かかれとしか言ってなかったような……)


 ――正直なところ、卓越した指揮っぷりだったとは言えない。


 あの時は「敵を各個撃破しよう」という作戦だったが、敵の残存兵が集結したあとがよろしくなかった。

 圧倒的優位にあったにも関わらず、半数の兵が死傷したという惨憺たる有様である。

 数が多かったのだから、一部に側面を突かせるなどもできたはずだ。

 だが、ランドルフは「かかれ」と攻撃を命じるのみだった。

 大軍を指揮する者としては不安がある。


 ランドルフの質問に、アイザックは口籠る。

 その反応が、ランドルフには十分な答えになっていた。


「ご存知の通り、私は攻撃を命じるばかりで、軍の規模に応じた策を取る事ができませんでした。今ではウェルロッド侯爵家も三万を擁する大軍になっております。その指揮官が私で大丈夫なのかが不安なのです」


 勇猛果敢に突撃を命じる故に、ランドルフは「闘将」だの「剛勇無双」など様々な二つ名で呼ばれるようになった。

 その中にあるのが「退き知らず」というものである。


 これは手柄を立てたランドルフへの嫉妬からではあるが――


「あいつは退がる事を知らない猪武者だ」


 ――という揶揄や侮蔑が含まれていた。


 彼の二つ名は無条件に褒めるものばかりではない。

 そしてそれは、本人が誰よりもよくわかっていた。


「摂政を任せていただいた事で、よくわかりました。私は政務に専念しているほうが合っているのだと」

「なるほど、そういう話でしたか」


 ランドルフの話を最後まで聞かずとも、アイザックにはなにを言おうとしているのかがわかった。


 ――自分は軍を指揮するよりも、政治面のほうが向いている。


 そう主張したいのだろう。

 それはアイザックもよく理解できる。

 ランドルフは争い向きの性格ではない。

 もし彼の闘争本能が強ければ、メリンダとネイサンが殺された時にアイザックを亡き者にしようとしていただろう。

 だが彼は周囲に怒りをぶつけたりせず、内面に閉じ込めた。

「戦場で人を殺す」というのは、彼に合わないのかもしれない。

 しかし、アイザックも理解を示す一方で、彼の願いを叶えるのは難しいと思っていた。


「近々戦争が起きるかもしれないという話は伺っております。その際、陛下はご出陣なされますか?」

「兵を戦地に送っておきながら、国王は安全な場所で優雅な暮らしを満喫しているとは思われたくありません。ですので士気を下げないためにも出陣する事になるでしょう。そうなると、留守居役が必要となりますね。でも――」


 アイザックは、ランドルフが求める答えを言った。

 だが残念な事に、それを叶えるのは難しい。

 実現するには、非常に大きな壁があったからだ。


「代わりの指揮官をどうするかですね。いくらなんでもお爺様に任せるわけにはいきませんし、サンダース子爵を補佐するキンケイド男爵では三万の軍は手に余る。軍権を預けられる親族がいればよかったのですが……」


 ここでも頼れる親族がいない事が問題になってくる。

 ランドルフが指揮権を誰かに譲るのはかまわない。

 しかし、誰に任せるか・・・・・・が重要だった。

 三万もの軍勢を誰にでも預けられるわけではない。


「それだけの軍を任せられる人物となると……、パッと思いつくのはダッジ伯でしょうか。ですが彼でもウェルロッド侯爵家の者達は難色を示すでしょう。親族の少なさが悩みどころですね」


 アイザックも同じ事で悩んでいたところだ。

 アイザックが溜息を吐くと、ランドルフも釣られて溜息を吐いた。


「こういう時、叔父上が還俗してくださっていたり、伯母上が健在であったならば……」


 ランドルフも親族の少なさに頭を悩ませていた。

 ジュードも後継者は大切にしていたのだろうが、直系さえ無事ならいいというものではない。

 家督争いなどの問題はあるかもしれないが、やはり血の繋がった相手がいたほうがいい。

 彼はふとネイサンの事を思い出した。

 ネイサンがいれば、アイザックほどではなくとも頼れる存在に育ってくれただろう。

 とはいえ、その考えを言葉にしたりはしなかった。

 言えばアイザックが傷つくとわかっていたから。


「ないものねだりをしてもしょうがないですね。私としても留守を任せられる人がほしいですが、サンダース子爵以外には心当たりがありませんから」

「セオドア殿はいかがでしょうか?」

「……それも考えましたが、彼はパメラに近すぎます。下手に権力を与えると『ザックの地位を確実なものにするためにクリス達を亡き者に』などという邪な考えを持たせるかもしれません。そのような考えを抱かせる状況を作らないほうが双方のためでしょう」


 セオドアが現段階で信頼できない人間かどうかは関係ない。

 権力は人を変える。

 だから邪な考えを持たさぬように配慮する事も必要だった。


「今度戦争が起きれば、一年単位での戦争になるでしょう。ですからウェルロッド侯爵軍を率いるのはサンダース子爵でないといけません。ダッジ伯やフォード伯に一時的に任せたり、助言を聞いたりする事はできても、彼らに軍を長く預けるような事はできないでしょう」

「陛下のおっしゃる通りです。……世間で噂されている自分との違いで後ろ向きに考え過ぎていたようです。今の話はお忘れください」

「仕方ないですよ。ファーティル王国防衛戦以来、父上・・の評価がうなぎ登りで、誰の事を言っているのかわからなくなるくらいですから。誰ですか、猛将ランドルフって」

「誰だろうなぁ」


 アイザックが家族に対する態度を取ったので、ランドルフも息子に対する態度を取った。

 ランドルフが困った笑みを浮かべると、アイザックもフフッと笑った。


「信用して頼れる親族は地道に作っていくしかないでしょう」

「ザックは兄弟が多くなりそうだから、その点は心配ないだろうと思っている」


 父親に「お前はエッチだから」と言われているように感じて、今度はアイザックが困った笑みを浮かべる番だった。

 気恥ずかしさを覚えたので、話を逸らそうとする。


「そういえば、家族としての相談とは?」

「あぁ、それは引き継ぎにするかどうか迷ったのだけど、内々のお願いだったから後回しにしたんだ。実はハンス叔父さんから、ジュディスは寵姫ではなく、王妃として迎えてほしいという話が持ち込まれた」

「ハンスさんから? ……実質的には大司教猊下からの要請では?」

「そうかもしれない。やはり公式には聖女と呼ばないようにしていても、すでに人々の間で『聖女ジュディス』の名前は広がっている。教会も聖女なのだから、寵姫という扱いには納得できないのだろう」

「なんて面倒な……」


 ジュディスは寵姫という立場でも納得してくれていた。

「政治的に利用しない」という理由で、ランカスター侯爵家の人達も受け入れてくれていた。

 だというのに、教会側が政治的な理由を持ち出してきた。

 聖女の存在は教会にとって便利だろう。

 だからこそ、アイザックにも軽い扱いをしてほしくないのかもしれない。


「ハンスさんやランカスター侯と話さないといけなくなりそうですね」


 ただジュディスを迎えればいいと思っていたアイザックにとって、セスは余計な事をしてくれたようだ。

 アイザックは帰って早々に問題が増えた事にうんざりとしていた。

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