第603話 責任者の呼び出し

 教会の干渉を父から聞いた時は「面倒になったなぁ」と思うだけだったが、時間が経つにつれて沸々と怒りが込み上げてくる。


(せっかく王になったっていうのに、なんで干渉されなきゃいけないんだよ)


 かつてアイザックが王になろうと決意したのは、パメラとの結婚を誰にも邪魔をさせないためだ。

 一貴族である以上、より強い権力を持つ王家の命令には逆らえない。

 それに「パメラを奪われた」とジェイソンに逆恨みされたり「パメラが生きているとニコルが肩身の狭い思いをする」と、パメラの命を狙われたりする可能性があった。

 だからアイザックは王位を狙ったのだ。


 王位を奪って安心だと思っていたところに、今度は聖職者からの口出しである。

 ただ穏やかに暮らしたいだけなのに、新たな邪魔者が現れてしまった。

 その事にアイザックは憤っていた。

 だが対応は気をつけねばならなかった。


(下手に注意をしたせいで一向一揆みたいなのを起こされたらたまったもんじゃないし、カノッサの屈辱のような状況も作りたくない。今後は王家に対して口出ししようと思わないように心をへし折らないと……)


 そうなると有効な手段は限られる。


「ノーマン、大司教猊下との会談の予約を取れ。それと用意してほしいものがある」




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 会談は、ランドルフとの話し合いから一週間後、王宮で行われた。

 相手が大司教という地位にある以上、小間使いのように気軽に呼び出すわけにはいかないからだ。

 その一週間という期間は、アイザックが準備をするのに十分な期間だった。

 まずは雑談をして場を暖め、しばらくしてから本題に入った。


「本日、大司教猊下をご招待した理由はおわかりでしょう?」

「ええ、例の件・・・の事だと理解しております。そのためにハンス書記局長もお呼びになられたのでしょう?」


 セスは「わかっている」と答えた。

 それがアイザックの求めていた答えだと疑いもせずに。


(大叔父のハンスの独断ではなかったって事か。言質は取ったぞ)


 ――ジュディスの事は、今の一言で教会ぐるみだという事がわかった。


 つまりセスにも責任があるという事だ。

 ハンス一人に責任を取らせて尻尾切りはできなくなった。

 このセスの責任・・・・・というところが、これからの話に重要だった。


「ハンスさんもとうとう書記局長に就任されたのですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます。今は引き継ぎをしているところで正式な就任は新年度からではございますが、こうしてご挨拶の機会を設けていただき、心より感謝しております」

「ハンスさんが書記局長になるというのも感慨深いものがありますね」


 グラハムがハンスをライバル視していた事がきっかけで、ランカスター伯爵令嬢のジュディスが魔女として火あぶりに遭うところだった。

 あの頃を考えれば、今は平和なものである。

 しかし、その平和を乱す者がいる。

 それをなんとかせねばならなかった。


「書記局長の座が確定となった事件に関わっている、とある人物についてお二人と話したいのですが……。いかがでしょう?」

「もちろんかまいません。そのために来たのですから」


 セスが同行者を下がらせる。

 アイザックも護衛達を下がらせた。

 この場に残るのは、筆頭秘書官のノーマンのみである。

 彼が残る事に、セスは不思議そうに視線を向けた。

 その疑問にアイザックが応える。


「彼は信頼できる人物ですので話を聞かせても大丈夫ですよ。それに色々と事情を知っていますからね」

「護衛代わり。そう考えれば彼の同席について異存はございません」


 セスは、ノーマンの同席を認めた。

 それは彼が魔法を使えるからだ。

 人を傷つける魔法には慣れていないが、無力というわけではない。

 傷をつける気はないが、アイザック一人になってなにかがあったら困る。

 双方のためにも、誰かがいてくれたほうがよかったのだ。


「ご理解いただきありがとうございます。ではさっそくではありますが、レディ・ジュディスの件についてお話しましょうか」


 人払いが済んだため、アイザックは本題に入ろうとする。

 セスとハンスは姿勢を正し、その話題についていかに真剣なのかを態度で示す。


「まず確認ですが、書記局長殿から摂政であるサンダース子爵に話を持ち込まれたとか」

「その通りです」


 アイザックが名前ではなく、職名で呼んだ。

 その事にハンスは違和感を覚えながらも質問に答える。


「では当然ながらこの件は大司教猊下もご存知……。いや、命令を出したのは大司教猊下ですよね?」


 アイザックは薄っすらと笑みを浮かべ、穏やかな声で尋ねる。


(聖女様のためについ動いてしまった! 陛下とは関わらないほうがいいと思っていたというのに……)


 セスは本能的に危険を察知した。

 それと同時に、ブランダー伯爵家の騎士を尋問した時の事を思い出していた。

 アイザックは人智を超えた存在である。

 だがそれは神や天使ではなく、人をたぶらかし堕落させる悪魔に近いものだと彼は感じていた。

 聖女ジュディスを見捨てられずに行動してしまったが、それは間違いだったのかもしれない。


(だが聖女様を寵姫にさせるわけにはいかない。させてはならないのだ! 教会の面子のためにも!)


 しかし、彼の心はまだ折れていなかった。


 ――聖女が王妃ではなく寵姫として扱われている。


 そんな事になってしまえば、教会の権威は失墜してしまう。

 正式に聖女として認定していないとはいえ、世間では聖女ジュディスの事は知られている。

 教会が彼女を見捨ててしまえば「聖女様っていっても、価値はそんなものか」と大衆に思われてしまうだろう。

 それはリード王国内の教会を束ねる者として絶対に避けねばならなかった。


「それはそういう意見が内部で論議されておりまして……。事実確認をしたほうがいいだろうという事になり、ハンスから確認させていただいた次第です」


 だが彼はアイザック相手に強く出れなかった。

 大司教という立場も強い。

 しかし、本能的に危険を察知した。

 察知できたのは彼が信心深いからか、魔力があるからかはわからない。

 強く出なかった事が、のちに彼を救う事になる。


「おかしいですね。サンダース子爵からは相談ではなく話を持ち込まれたという報告を受けています。ただの確認であればそれを考慮する必要はありませんが、要請であれば考慮せねばなりません。その辺りの事をハッキリさせねば、こちらも対応できません。どちらなのでしょうか?」

「それは……」


 セスはハンスと顔を見合わせる。

 しばし見つめ合ったあと、セスが口を開いた。


「要請です。寵姫と言えば聞こえは違うとはいえ、所詮は愛人。聖女様がそのような扱いを受けるのは許容できません。すでに四人もの王妃殿下がおられるのですから、それが五人になったところでなにが変わるというのでしょう? 聖女様も王妃として迎えていただきたいと考えております」


 アイザックは怖い。

 とはいえ、ジュディスを寵姫にされるわけにはいかない。

 セスは勇気を振り絞り、アイザックに要求を突きつけた。


 そんな彼の勇気にアイザックが見せた反応は――憤怒だった。

 先ほどまでの薄ら笑いとは違い、顔を怒りに歪ませる。


「レディ・ジュディスを聖女扱いしないという取り決めをしたはずですが」


 声に怒りが籠められている。

 だが相手の立場を考えて、言葉自体は普段通りだった。

 そのおかげか、セスはアイザックの目から視線を逸らす事はなかった。


「それはあの時、聖女様が動揺されておられたり、政治的な理由で取り決められた事。あれから三年が経ち、聖女様も落ち着いた頃。そろそろ正式に聖女として公表してもよい頃ではありませぬか?」

「聖女……、ね」


(どちらかというと性女だろ。あの胸の立派さといったら――)


 ジュディスの胸を思い浮かべ、アイザックの頬がほころぶ。

 だがすぐに顔を引き締めた。

 今はそんな時ではないからだ。

 それはセス達も同じである。


(なんだ、あの一瞬の笑みは!? 怒りを通り越して笑うしかないという状態なのか!?)


 彼らもアイザックが怒りの感情を見せたため気が気ではない。

 王妃にするかどうか関しては政治的なパワーバランスなどもあるだろうが、先ほど言ったようにすでに四人の王妃がいる。

 寵姫として迎えるくらいだから、ジュディスを嫌っているわけではない。

 ならば、そこに一人加えるくらいは大きな問題ではないと思っていた。

 だがセス達には大きな誤算があった。


「聖女だろうがなかろうが、私が誰をどのような形で迎えるのかに関して口出しされるのは不愉快です」


 ――アイザックが私生活に関して口出しされるのを嫌っている事だ。


 王族ならば政略結婚など珍しくない。

 国王ならば尚更である。

 彼らは常識で考えていたが、アイザックにそういった常識は通じない。

 アイザックの根幹には「幸せに暮らしたい。それを誰にも邪魔されたくない」という強い気持ちがあるからだ。

 アイザックは「常に冷静な判断ができる」と思われているだけに、彼らは本性を見誤っていた。


「ノーマン、例のナイフを」


 今まで静かに気配を消していたノーマンは、こうなるとわかっていたかのように素早くナイフを取り出し、アイザックに渡す。

 それはかつてジュディスを刺したナイフと酷似していた。

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