第597話 アルバコア子爵達の判決

「恩赦は? ロレッタ殿下との結婚による恩赦はないのですか!?」


 アルバコア子爵も黙ってはいない。

 少しでも助かる可能性があるのなら、それにすがろうとする。


「もちろんあるとも」


 アイザックは「ある」と答えた。

 そのあまりにもあっさりとした答えに、アルバコア子爵は不安を覚える。

 アイザックが噂通りの人間であるならば、あっさり答えるはずがないからだ。


「私は諸君らに恩赦を与える」


 アルバコア子爵の不安は残念な事に的中した。

 アイザックの言葉は自分に向けられておらず、他の貴族に対して向けられていたからだ。


「この場にいる者の中にも罪人はいる。特に戦後の復興のために用意された支援物資を商人に横流しするなど着服していた者は許しがたい」


 幾人もの貴族が「そこまで調べていたのか」と動揺を見せる。

 手を組んでいた者達が目配せをして、どう反応するかを窺い合う。


 しかし、そのような動きがあったと調べてきたモーガンも、容疑者のリストを作る事はできなかった。

 だから、これはただの鎌かけである。

 アイザックは前世の知識から「主犯ではなくとも、目こぼしする見返りを受け取っている者も一定数いる」とわかっていた。

 そこですべてを見通す者・・・・・・・・という肩書を利用し「俺は知っているぞ」と鎌をかけたのだ。

 これで支援物資の横流し以外にも、身に覚えのある者達はアイザックに怯えるだろう。

 だが彼らを追い詰めるのが目的ではなかった。

 先ほど言ったように、恩赦を与えるつもりだったからだ。


「だがそれはファーティル王国時代・・・・に行われたもののため、リード王国の貴族として不正を働いたとまでは判断しない。これから不正に手を染めなければ、家の取り潰しになるような罪状未満の罪には目をつむろう。これはロレッタとの結婚を祝ってのものであり、ファーティル王国編入という異例の事態における特別な恩赦である。いつもこのような措置が取られると思わぬように」


 微罪を含めれば、ほとんどの貴族が悪事に手を染めていると言えるだろう。

 だからといって、すべての貴族を罰すれば国の運営が立ち行かなくなる。

 そこでアイザックは「俺は知っているけど今回だけは許してやる」という対応をする事にした。


 ――徳のない恐怖は忌まわしく、恐怖のない徳は無力である。


 これはフランスのマクシミリアン・ロベスピエールの言葉だ。

 アイザックは自分なりに言葉を解釈し「ジュードやエリアスのように極端ではダメだ」と結論を出した。

 ジュードは貴族だったからまだいいが、国王であれば息の詰まる社会に反乱が起きていただろう。

 エリアスのように甘ければ、アイザックのように悪い事を企む輩が出てくるかもしれない。

 どちらかに偏っていてはいけない。


 アイザックは世間に、ジュード寄りの性格だと知られている。

 そこで「お前達の罪は知っているが、杓子定規な判断で処罰はしない」とアピールした。

 これで「ジュードとは違って、アイザックは融通が利く」と知ってもらいつつ「お前らを見逃してやるのだから、クローカー伯爵を助けるのにも不満を持つな」という意味が含まれているとわかってもらえるだろう。


 善でもあり、悪でもある。

 そして交渉できる可能性のある相手。


 ――絶望だけでは反発も大きいが、希望を見せる事で反乱の芽を摘む。


 これがモーガンが集めた情報から考えたアイザック流の新領土統治法だった。


「これからは不正を働くのではなく、真面目に働いてほしい」


 アイザックがいい感じの流れで話を締めくくろうとする。

 だが、それを黙って見過ごせない者がいた。


「お待ちください!」


 ――叫んだのはタバサ・クローカー伯爵夫人。


 クローカー伯爵の母親である。

 先ほどまで彼女はさめざめと泣いていたが、この流れで泣き続けるわけにはいかない。


「私はどうなるのでしょうか?」


 どのような処罰が下されるのかわからない不安。

 尋ねるのも恐ろしかったが、聞かずにはいられなかったのだ。


「母親でありながら息子を亡き者にしようとした罪は重い。だがクローカー伯の強い意向により、クローカー伯爵夫人には屋敷での蟄居を命じるに留める」


 死罪を命じられずに済んだので、クローカー伯爵夫人は安堵の溜息を吐いた。

 当面は社交界に顔を出せなくなるが、蟄居ならばまだ軽い。

 それくらいの罰ならば、いずれ赦免される可能性もある。

 罪の重さを考えれば、軽すぎるくらいだった。


「アルバコア子爵家は爵位を剥奪し、国外追放とする。財産は馬車一台に乗る分だけ持って出るのを認め、その他の財産はクローカー伯爵家に賠償として受け渡すように」

「そんな!?」


 アルバコア子爵達から悲痛な声があがった。

 クローカー伯爵夫人と比べて罰が重すぎるからだ。


「後見人という立場を忘れ、家の乗っ取りを考えたのだから、これでも軽いほうだ。四年前、クローカー伯が爵位を継承するまでは後見人として、そして伯父として優しくしていたそうだな。クローカー伯は、その事を忘れてはいなかった。だから族滅まではしなかったのだ。寛大な措置を望んだクローカー伯に感謝するといい」


 アイザックは、クローカー伯爵に感謝しろと言った。

 しかし、それは半分だけ本当であり、もう半分は嘘だった。

 アイザックとしては爵位を取り上げる以上の処罰を与えてもよかった。


 ――しかし、アルバコア子爵にも利用価値があると思い直した。


 アイザックなりの廃物利用である。

 そこでクローカー伯爵を説得し、国外追放とした。


 ――追放先はファラガット共和国。


 かの国へ攻撃を仕掛ける際の下準備に利用するつもりだった。

 そのためには生きていてもらったほうが都合がいい。

 だが、その考えを表に出すわけにはいかないので、クローカー伯爵が許しを求めたという形にしていた。

 クローカー伯爵も「処刑するよりも苦しむかもしれない」と思い、アイザックの提案を受け入れた。


「私は自分の判断がすべてだとは思っていない。周囲の意見も取り入れる。国のためになるであろう提案ならば、誰からのものでも歓迎する」


 ――アイザックは不正に厳格でありながらも、法がすべての話が通じない相手ではない。


 そのアピールのために、この機会を最大限に利用する。


(ファーティル地方の法執行官にウリッジ伯を任命すれば、もっと……。いや、やめておこう)


 ウリッジ伯爵のような融通が利かない人間と比べれば、アイザックはもっとよく見てもらえるだろう。

 だがそのようなやり口は、国王としてやるべきではないと思って踏みとどまった。


「ご清聴ありがとう。彼らの処分を知って、皆もスッキリしただろう。パーティーを引き続き楽しんでくれ」


 アイザックは「この話はもう終わりだ」と宣言した。

 当然、アルバコア子爵達はパーティーを楽しめない。

 騎士達の手によって外に連れ出される。


 それは残った貴族達も同じである。

 しかし、アイザックの手前、つまらなさそうにはできない。

 帰ろうと思っていた者達もひとまず酒を手に取り、先ほどの事を酒の肴にして盛り上がろうとし始める。


 この状況で露骨に媚びてくる者は、身に覚えのある者の可能性が高い。

 アイザックはパーティー会場に戻ると、他愛のない会話をしながら注意するべき人物を探っていた。

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