第586話 祝いの品

 今年はロレッタとの結婚式とファーティル王国の併合に関する調印式がある。

 そのため今年の冬は各国から主な王侯貴族が集まっていた。

 ファーティル王国はもとより、ロックウェル王国からもギャレット達がきていた。

 これは「ギャレットがリード王国に滞在する事で、ファーティル王国の貴族が留守中に攻め込まない」という保証のためでもある。


 実のところロックウェル王国内では「ファーティル王国の貴族がいないうちに攻め込めばいい」という意見もあった。

 しかしこれは、ギャレットの「攻め落としたあとの維持、管理は可能か?」という問いによって鎮静化する。

 ファーティル王国を攻め落としても、あとからアイザック率いるリード王国軍がやってくる。

 弱体化したロックウェル王国軍では防ぎきれないだろう。

 それに占領政策も、ちゃんとしたものがない。


 ――防衛ができず、管理もできない。


 それでは無駄に恨みを買い、国を立て直す機会を失うだけだ。

 アイザックに「占領後の統治方法は考えているのか?」と聞かれたのがよかった。

 そうでなければ、ギャレットも「ファーティル王国を攻め落とした勢いでリード王国を押し返せばいい」という意見を抑えきれなかったかもしれない。

 貴族達に「国の統治はノリではやっていけない」という事を理解する理性が残っていたのも助かった。

 裏では火種がくすぶったりしていたものの、ひとまずは落ち着いている。


「これほどの贈り物をいただけるとは。それだけロレッタ殿下が慕われているという事でしょうか?」


 そしてアイザックも落ち着いていた。

 すでに結婚式は慣れたもの。

 四度目ともなれば、多くの祝いの品を持ってきてくれた者に対して個別に対応をする余裕もあった。


「もちろんロレッタ殿下はとても素晴らしいお方です。ですがそれだけではございません。陛下にはこれからクローカー伯爵家の事をお願いしたいのです。そのためにできる精一杯の事をさせていただきました」


 答えたのは、ヒュー・アルバコア子爵だった。

 彼はクローカー伯爵の代理として、リード王国を訪れていた。

 クローカー伯爵とその息子達は、ロックウェル王国との戦争で王都を守るために戦って戦死した。

 現当主であるウィリアム・クローカー伯爵は、まだ九歳の子供である。

 そのためクローカー伯爵の伯父にあたる彼が後見人となり、今回も代わりに来ていた。


(後継者が若かったり、頼りないと乗っ取りとかが怖いもんな。新しい王の後援を得たいと思うのも当然だろう)


 ――多くの贈り物の理由。


 それはアイザックに、クローカー伯爵家を守ってほしいという頼みだと思われる。

 もちろんアイザックは頼まれるまでもなく、クローカー伯爵家を守るつもりだった。


「なるほど、そういう事でしたか。よくわかりました。クローカー伯爵家の件は私も知っています。王都アスキスを守り抜いた功臣の家系が途絶えるかもしれないという事もあり、アルバコア子爵も心配でしょう」

「おわかりいただけましたか!」

「ええ、よくわかっていますとも」


(甥っ子のために必死になるなんていい人だな)


 アイザックは、アルバコア子爵の事を高く評価した。

 親族のために私財を投げ打って後援を頼むなど、そうそうできる事ではない。

 ハリファックス子爵やバートン男爵のような人物なのかもしれないと思うと、好意的な目で見る事ができた。

 アルバコア子爵は、アイザックの返事を聞いて安心する。


「クローカー伯爵家の私財の大半を費やした甲斐がありました。アイザック陛下とロレッタ殿下のお二人が末永く幸せな人生を歩まれます事をお祈りいたします」

「ありがとうございます」


(自腹じゃないのかよ!)


 そう思ったが、表情には出さなかった。

 クローカー伯爵家の問題なので、資金を出すのもクローカー伯爵家でもおかしくはない。

 ただ現当主が子供なので、アルバコア子爵の意向が強いだろう。

 大量の贈り物は嬉しいが、これでは素直に喜べない。

 なんとも言えない微妙な気分になってしまった。


 しかし、彼はまだマシである。

 贈り物が少ないのに、要求だけは多い者のほうが多いのだから。



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 ファーティル王国やロックウェル王国の者達は早めに来たが、リード王国内の貴族はいつも通り十二月に入ってから王都に到着する。

 この時、アイザックはランドルフだけを王宮に呼び出した。

 モーガンと三人で会うためだ。

 これには理由があった。


「私も二十歳になりました。お酒が飲める年になったのですよ」


 そう、この世界では前世の設定により、二十歳未満の飲酒や喫煙が禁止されている。

 これは国王になっても曲げられない決まりだった。

 アイザックも酒が飲める年になるのを楽しみにしていたが、これまでは我慢していた。


 ――家族と飲むために。


「父上も二十歳になった時に、お爺様と二人で飲んだのでしょう? お爺様から誘われたのですが、初めて飲む時は父上も一緒にと思って待っていました。三人で飲みましょう」

「こんな事もあろうかとワインを持ってきていたんだ」


 ランドルフは従者に荷物を持ってこさせる。

 ラベルにはアイザックの生まれた年が書かれていた。


「いつかお前と飲む日がくるだろうと思ってな。まさか王宮で飲む事になるとは思っていなかったが」


 ランドルフが複雑な笑みを浮かべる。

 彼が想像していたアイザックの姿とはどういうものだったのだろうか?

 もしかしたら、ネイサンも一緒に酒を酌み交わしている未来だったのかもしれない。

 それがここまで状況が変わっているのだ。

 複雑な気分にもなるだろう。


「父上が持ってきてくださったのなら、それでよさそうですね。王宮のワインセラーには同じ年のものがありましたが……。おそらくエリアス陛下がジェイソンのために買い置きしていたものでしょうから」

「確かにそれは飲みにくいな」


 ジェイソンのために用意された物というのもあるが、エリアスが遺した物でもある。

 気軽に飲んでいいものではないので、やはり気を遣ってしまう。

 それならば気兼ねなく飲めるほうのワインを飲めばいい。

 遥々領地から持ってきた甲斐があったと、ランドルフは喜ぶ。


「父上が用意してくれたものがあるなら、そちらを飲みましょう」

「ランドルフがワインを持ってくるというので、私は蒸留酒を持ってきているが……。初めてではきついかもしれんな」

「いいじゃないですか。どの程度飲めるかもわからないので、試しに飲みましょう」


 モーガンは持ってきた蒸留酒を、アイザックが好むかどうかがわからなかった。

 だがアイザックも飲み方はわかっている。

 あとは実際に飲んで、アイザックの体・・・・・・・がどこまでアルコール耐性があるのかを確かめるだけだ。

 酒の肴は料理長が作ってくれているので十分にある。

 ソムリエが栓を抜き、品質を確認している間にチョリソーなどをつまんで待つ。

 その姿をモーガンとランドルフが「まだ酒よりも食べるほうに興味がある年頃なのだな」と微笑ましく見守っていた。

 三人のグラスにワインが注がれると、アイザックはグラスを目の高さに持ち上げる。


「乾杯」


 乾杯の挨拶に余計な事は言わなかった。

「二十歳まで無事に育ちました事を祝って」などと言えば、二人の面子を正面から叩き潰す事になる。

 余計な事は言わない。

 ただ酒が飲める年になった事だけを祝い、ワインを口の中に含む。


(……普通のワインだな)


 異世界の製法だからといって特別な味わいはしない。

 前世で飲んだワインと変わらなかった。

 むしろ「これなら缶チューハイのほうが美味しいかも?」と思ってしまう。


「美味しさでいえばエルフが作った冷えた果汁ジュースとかのほうが美味しいだろう。でも慣れると酒も美味しく感じるようになるさ」


 そんなアイザックの反応を見て、ランドルフは「アルコールに慣れていないからだ」と思った。


「ワインには当たり年と外れ年がある。これは可もなく不可もなくといったところだろう。ロレッタ殿下との結婚祝いに、当たり年のものを用意しておこう」


 アイザックの生まれた年のワインだからといって美味いとは限らない。

 モーガンは、当たり年のワインを用意すると約束した。


「おや? お爺様、秘蔵のワインは以前ウリッジ伯爵家のアーサーに贈っていませんでしたか?」

「すべて贈るとは言っていない。まぁ誠意を示すために半分は贈ったがな」


 モーガンも馬鹿正直にすべてを差し出したりはしていなかったようだ。

 その辺りは抜け目ない。


「ではそのうち、ウィンザー侯なども呼んで飲みましょう。妻達にも適度にお酒を飲む方法を指南してくれたほうがいいですから」

「身内で集まるのならロレッタ殿下だけ飲めぬが、まだ十九歳だから仕方ない。お酒は二十歳になってからだ」


 全年齢のゲームの世界だからか、やはりレーティングはしっかりとしている。

 モーガンもそこの線引きを忘れてはいなかった。


「そろそろ蒸留酒のほうも試してみるか?」

「そうしましょう」


 今晩はウェルロッド侯爵家の男衆だけの集まりである。

 酔いつぶれたとしても問題ない。

 酒の解禁日であるこの夜は、まだまだ終わりそうになかった。

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