第587話 ロレッタとの結婚式とパーティー

 ロレッタとの結婚式は十二月二十四日に行われる事になった。

 これは「調印式を二十五日に行いたい」という希望に応えるためである。


 ――十二月二十五日は協定記念日だからだ。


 ファーティル王国が、リード王国のファーティル地方へと変わる。

 それも敗戦による屈辱的な形ではなく、王族同士の結婚による平和的な形でだ。

 平和的な融合という印象を残すため、調印は協定記念日と同じ日にした。

 リード王国側も反対する理由がないので、その意見を受け入れた。


 アイザックにとって四度目の結婚式であるだけではなく、大司教であるセスにとっても結婚式を取り仕切るのは四度目だ。

 大司教という立場にある彼の出番が、短期間でこれほどあるとは誰も思わなかっただろう。

 だがそれも今回までだ。

 アイザックが妻に迎えようとしている残りはティファニーとジュディスの二人のみ。

 その二人は寵姫として迎えるので、結婚式は行わない。

 少なくとも、セスが出張る事はないだろう。

 リード王国、ファーティル王国の面々だけではなく、セスも最後の出番だと思って張り切っていた。


 結婚式は宮内大臣が頑張ってくれたので順調に進んだ。


「ずっとこの時を待っていました」


 そう言って頬を赤らめるロレッタと、アイザックはキスを交わす。

 出席者達が拍手を送る。

 その中には大きなお腹をしたアマンダもいた。

 彼女にとってロレッタは、ライバルであると同時に同志でもあった。

 だからこそロレッタの結婚を心から祝う。

 これは「アイザックの子を先に妊娠した」という心の余裕も影響していた。


 王妃の序列としてはロレッタはパメラに継いだ二位となる。

 だがアマンダとリサは「妊娠した」という実績がある。

 王太子はザックで、子供達は実家を継ぐ。

 王位継承権という点では、ロレッタの子が優先されるかもしれない。

 それでも「ロレッタよりも先に子供を産んだ」という事実は彼女に心の余裕を持たせ、ロレッタの結婚を祝福できる状態になっていた。


「お待たせしたようですね」


 しかし二人が誓いの口づけをした時には、もやっとしたものをアマンダたちは感じていた。

 だが二つの国が一つになる重要な婚姻である。

 表情に不満は出さず、大人しく見守る。



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 パーティーが始まると、挨拶もそこそこにアマンダは離席する。

 彼女は妊娠中だからだ。

 結婚式に顔を出しただけでも義理を果たした事もあり、それを咎めるような無粋な者はいなかった。


 今回はファーティル王国やロックウェル王国から主だった者達がきているため、彼らの挨拶を受けるだけでも長い。

 だがアイザックは「これも大事な事だから」と、嫌な顔をせず笑顔で対応する。

 金を払うわけでも、国土を切り分けるわけでもない。

 笑顔で対応するだけで好意を持ってもらえるのならば安いものだ。

 喜んで耳障りの良い言葉をかけてやる。


 挨拶をしていると、アーク王国の一団が近づいてきた。

 今回派遣された使節団の代表は、王太子のフューリアス・アーク。

 アイザックの二歳上で年が近い事もあり、次世代の関係を築くために派遣されていた。


「アイザック陛下、ご結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「明日はファーティル王国の併合・・だとか。アイザック陛下が即位されてから、リード王国の勢いはとどまるところを知りませんな」

編入・・です。そこのところはお間違えないように」


 実質的にはどうであれ、リード王国の一部になるのはファーティル王国から望んできた事だ。

 他国からの使者も来ている中で、強引な併合をしたと思われたくない。

 そのためアイザックは、すぐさま言葉を訂正した。


「そうでした。編入……ですね」


 フューリアスは、なにかを含んだ笑みを見せる。

 アイザックは「これは友好的な使者ではないな」と感じた。

 それもそのはず、彼らはまだジェイソンやジェシカの事を忘れていなかった。

 これはアイザックが華麗なまでにジェイソンを倒した事から「ジェイソンをそそのかした黒幕なのでは?」という考えを拭いきれなかったせいである。

 そのため素直に友好的な態度は取りにくいのだった。

 だが役目は果たさねばならない。


「ところで私にも息子が生まれましてね。アイザック陛下のご息女と婚約して、両国の関係を強固なものにしようと考えているのですがいかがでしょう?」


 ――政略結婚。


 これは国王になった以上――いや、貴族に生まれた時から子供について回る問題だった。

 アイザックも考えていないわけではない。

 しかし、今はまだ早すぎるという気持ちもあった。


「初めての娘は生まれたばかりです。可愛い盛りで嫁には出したくありません。なんなら、一生嫁に出さずに手元に置いておきたいくらいです」

「陛下は子煩悩な方なのですね」


 二人は笑ったが、アイザックは九割方本気だった。

 ケンドラの時は全力で否定されたが、クレアは自分の娘で、今のアイザックは国王である。

 やろうと思えばできる立場なのだ。

 昔とは違う。


「ではクレア王女以外に王女が生まれたらという事で。アマンダ殿下も間もなくというご様子でしたから」

「私はそうしたいのですが、本当にやってしまっては妻達に怒られます。クレアとの話を進めてもかまいませんよ」

「いえいえ、それは結構です。リサ殿下以外の王妃殿下が王女を産まれたら、その時話を進めましょう」

「……そうですか」


(この野郎! この場で殺してやろうか!)


 ――友好的なようで敵意のある態度。


 アイザックはそこから、フューリアスがなにを考えているのかを察した。


 ――リサは男爵家出身なので、他の王妃が産んだ子供を嫁にほしいというものだ。


 リサ以外の王妃は侯爵家や王家出身である。

 明らかな身分に差があった。

 これはフューリアスが特別間違っているというわけではない。

 この世界に生きる者なら、多少なりとも理解している常識である。


 だが貧富の差はあれど、身分の違いがなかった前世の記憶を持つアイザックにとっては、不当にリサを侮辱されたように思えた。

 そして、それはリサだけの問題ではない。


(こいつ、俺やお袋まで馬鹿にしてやがる! そして、ケンドラまでも!)


 ルシアは子爵家出身で、アイザックは彼女の息子である。

 子爵家と伯爵家は一階級差とはいえ、両者の間には高い壁がある。

 フューリアスの「身分の低い家の子供を見下す」という態度は、アイザックも侮辱しているも同然だった。


 だが、フューリアスにそこまでの意図はなかった。

 ただ「リサの娘はもらいたくない」というものだけで、アイザックまで侮辱するようなつもりはなかった。

 友好的ではない態度を見せたのも、以前に「アークとの同盟関係が終わっても、救援要請があれば動く」とアイザックが明言していたからである。

 そこまで明言しておきながら覆すような真似をすれば、アイザックの名声に傷がつくからだ。


 普通の王族ならば、体面を気にして行動する。

 しかし、アイザックは普通ではなかった。

 もちろんある程度までなら体面は気にするが、一般的な王族や貴族と違って、誇りのためにすべてを投げだすような人間ではない。

 感情による行動もためらわなかった。


「娘ができたとしても、すぐに婚約という事にはならないでしょう。ジェイソンとパメラのように、生まれてすぐに婚約していても不幸な事になるかもしれませんから」


 アイザックも「お前の息子がジェイソンのようになるかもしれないからな」と、チクリとやり返す。

 この言葉は、ジェイソンの血縁者であるフューリアスには効果的だった。


「子供の教育には気をつけないといけませんね」

「ええ、そうですね。だから知育玩具というものを作っているんですよ」


 二人は子供の話をニコニコとしながら語り合う。

 周囲にいた者達はフューリアスに「こびへつらう必要はないけれど、もうちょっと敵意を隠してくれ」と思わざるをえなかった。


 この時、アイザックは笑顔のままで「東方の問題を片付けたあとの事」について考え始めていた。

 そして、主役を置いてけぼりにするきっかけとなったフューリアスに対し、ロレッタも不満を持っていた。

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