第585話 リサの出産と新たな悩み

 九月半ば。

 リサが産気づいた。

 ランドルフやバートン男爵達は領地に戻っているため、モーガン達だけが集まっていた。

 お産には男が立ち合えないため、パメラとアマンダがアイザックの代わりに立ち会っている。

 特にアマンダはお腹が大きくなり始めたため、参考のために見学する事になっていた。


(この待ち時間は慣れないな……)


 前世であれば妻の手を握って待つなどの選択もできたのだろうが、今世では認められない行為である。

 部屋の外で待つしかないので、アイザックはもどかしい思いをしていた。


「リサ殿下の家族がいない事を心配しているなら、子供を作る時期も考えたほうがいいかもしれませんな」

「でも子供ができる時期とかわからないじゃないですか」

「それもそうですが……。まぁ孫や曾孫の誕生に立ち会いたいと思う祖父母の気持ちを考えていただければと。これから何人も子供ができるのであれば問題はないでしょうが」


 モーガンがニヤリと笑う。

 アイザックはすでに二人目の子供が生まれようとしていて、三人目もできている。

 このペースならば、さらに曾孫が増えそうである。

 だから今の会話は、ただアイザックをからかうためのものだった。


「そんなにポンポン子供を作っても、子供に与える爵位を用意するだけでも面倒ですよ」

「おや? 占いの結果を、もうお忘れですか?」


 言うまでもない。

 ジュディスの占いの事だ。

 アイザックは彼女に十人前後の子供を産ませる事になる。

 そう遠くないうちにポンポン子供が生まれてくるのだ。

 面倒な未来が待っている。


 その事をアイザックも忘れてはいない。

 しかし「エッチな事は好きだが、そこまで考えなしに子供を作らない」という思いもある。

 からかってくる祖父の言葉に憮然とした表情を見せた。


「サプラーイズ! とか言っていた時と比べて、ウェルロッド侯は冗談が上手くなりましたね」

「ぐっ……」


 アイザックも一方的にからかわれているだけではなかった。

 モーガンの黒歴史を掘り起こし、反撃を加える。


「……陛下、これ以上はやめましょう。子供が生まれる時に話す内容ではございません」

「……そうですね」


 サプライズ禁止令が出たのは、ケンドラが生まれた時の事。

 あの時の事を思い出して、モーガンのダメージも大きなものだった。

 そこでモーガンから休戦を申し入れる。

 これからアイザックの子供が生まれるという時に、不毛な争いをこれ以上言い合う必要などない。

 アイザックも断る事なく受け入れた。


 それからは普通の雑談で時間を潰す。

 パメラの時とは違い、今回は時間がかかっている。

 不安を覚えながら待っていると、部屋の中から赤子の泣き声が聞こえた。


「生まれたか。あとは母子ともに健康であればいいのですけど」


 アイザックは出産が終わった事に安心するが、誰も入室を促してこない。

 それがアイザックを不安にさせる。

 だが、誰も呼びに来ない理由はすぐにわかった。


 ――しばらくすると、二つの泣き声が聞こえてきたからだ。


「双子?」

「ほう、それはめでたい」


 思わぬ状況にアイザックとモーガンが顔を見合わせていると、部屋の扉が開かれる。


「陛下、おめでとうございます! 元気な双子が生まれました!」

「やはり双子か!」


 アイザックが足早に部屋に入ると、リサが二人の子供を両手に抱きかかえていた。

 憔悴しているようだったが、嬉しそうな表情をしていた。


「リサ、お疲れ様だったね。まさか双子だったとは」


 アイザックは、リサの頬にキスをする。


「産婆さんに『まだ二人目が生まれる』と言われた時は驚きました」

「嬉しさは二倍、だけど悩みも二倍になった。名前をどうしようか……」


 アイザックの言う悩みとは、子供の名前である。

 男女一人ずつの名前は考えていたが、双子だとは思わなかった。

 どうせなら二人に合わせた名前にしたい。

 そこでアイザックは産婆に尋ねる。


「子供の性別と、生まれた順番を教えてくれ」

「王子殿下が先にお生まれになり、次に王女殿下という順番でした」

「そうか、兄と妹か……」


(この子達にはザックを支えてくれるような大人になってほしい。名前をどうしようか)


 男の子は、ウェルロッド侯爵家の跡継ぎとなる。

 ならば、侯爵家の当主としてたくましくなってほしい。

 女の子は、いつかはどこかに嫁ぐ事になるだろう。

 だがそれまでは、王太子と侯爵という立場になる兄達に気後れしない元気な子供になってほしい。


 ――元気のいい兄妹。


 その事を考慮すると、アイザックの脳裏に前世で好きだったゲームの兄妹の名前が思い浮かんだ。


「兄はクリス、妹はクレアとしよう」


 大事件に巻き込まれそうな名前だが、クリスはたくましく、クレアも兄に負けぬほど強く育ってほしいと願いを込めて名付けた。


「その名前にどのような意味が籠められているのでしょうか?」


 パメラがすかさず指摘をしてくる。

 彼女の目は冷ややかなものだった。

 二人の名前に聞き覚えがあるのだろう。

「子供の名前を適当に付けるな」と責めているような視線でもあった。


「クリスは刀身が波打った短剣の事だ。ウェルロッド侯爵家の未来の当主になるのならば、真っ直ぐで型にハマった人間では難しい。クリスには個性的な考えができるようになってもらい、ザックを守る懐刀として働いてもらいたい。だから男の子にはクリスと名付けた。クレアという名前には、明るい・・・輝く・・という意味がある。裏方を任されるであろうクリスの心を明るく照らしてくれる子になってほしいと思って付けたんだ」


 だがアイザックも、その場のノリだけで名付けたわけではない。

 名前のリストを作り、その候補にはそれらしい理由を作っていた。


「そういう事だったのですね。ウェルロッド侯爵家の跡を継げるような子に育ってほしいですが、まずは元気であればそれでいいのですけど」


 リサは納得してくれたようだ。

 本来の由来前世の知識を知らなければ、言葉通り受け取るしかない。

 リサが納得しているので、パメラもそれ以上追及せずに黙っていた。


「きっと元気な子に育ってくれるさ」


(二人ともな)


 名前を取った二人の兄妹は人一倍元気いっぱいである。

 あの半分でも元気に育ってくれれば十分だろう。

 アイザックは一人ずつ順番に抱き上げ、頬ずりをする。


「パメラさんとアマンダさんにも抱いてもらいたいのですがよろしいですか?」

「ありがとうございます」

「ボクもいいの?」


 パメラはザックをリサに抱かせていたから、そのお返しだとわかっている。

 だが、アマンダは「ライバルとなる王妃に子供を抱き上げさせるの!?」と驚いていた。

 自分の子供に少しでもいい地位を与えたいと思うのは当然である。

 そうなるとライバルの産んだ子供は敵だ。

 アマンダはわざと子供を落としたりするつもりはないが、それでもリサの行動は不用心だと思ってしまう。


「はい、お二人を信用しておりますので。仲良くしていきましょう」


 しかし、リサは信頼していると笑みを見せる。

 そんな笑顔を見せられると、アマンダも「だったら信頼に応えよう」と前向きに考える。


「では遠慮なく!」


 彼女はクレアを受け取り、抱き上げる。


「自分が産んだ子供ってわけじゃないのに、こんなに可愛いなんて。お腹の子が生まれてきたら、どれだけ可愛いんだろう……」


 つい本音が漏れてしまう。


「私もケンドラが生まれてきた時にそう思った事がある。家族も大事で愛せるけど、やっぱり自分の子供だと特別なものに感じるよ」


 アマンダにアイザックが同調する。

 かつては彼も「自分の子供だったらどれだけ可愛いんだろう?」と思った事があったからだ。

 リサが双子を産んだ事により、幸せが二倍どころか三倍になった。

 これからこの幸せが何倍にも増えていくという事に、アイザックは心が浮き立っていた。



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(あぁ、やっぱり我が子は可愛いなぁ)


 執務室の窓から外を眺めながら、アイザックは感慨にふける。


(もうこのまま家族と暮らすだけでもいいんじゃないだろうか? いや、ダメだな)


 家族と過ごす事を中心に考え、すぐに否定する。


(ロレッタとの結婚はやめられない。そうなるとロックウェル王国の併合も今更断れない。ザックたちがゆっくり過ごせるよう、ファラガット共和国やグリットレイ公国は潰しておかないといけないだろう。そうすれば周囲は同盟国ばかりになる。クレア以外にも娘は生まれるだろうし、同盟国に嫁がせてやるか。でも嫌だなぁ……)


 娘はずっと手元に置いておきたいが、そういう考えはケンドラの時に母から否定された。

 嫌だが、どこかに嫁がせてやらねばならない。

 さすがに超大国となったリード王国の王女を無下にはしないだろうが、遠く離れた地でどんな扱いを受けるかわからない。

 考えれば考えるほど「嫁に出したくない」という気持ちが強くなる。


(娘が生まれたら生まれたで、新しい悩みが生まれてしまった。これが親の悩みか……)


 本当は幸せいっぱいのはずなのに、子供の将来を考えると不安になってしまう。


 ――子供達を幸せにするにはどうすればいいのか?


 これは敵を倒せば解決するという問題ではない。

 答えが見えぬ難問に、アイザックは真剣に悩み続けていた。

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