第584話 モーガンの帰還

 五月中旬になると、ようやくモーガンが帰ってきた。

 ロレッタとの結婚を認める確認だけだったはずなのに、予想よりも帰国が遅れていた。

 アイザックは、その理由を聞くために早速王宮に呼び出した。


「お疲れ様でした。なにか問題でもありましたか?」


 ウォリック侯爵ほどではないが、ヘクターもロレッタの嫁入りに積極的だった。

 彼が反対するとは思えないので、他の問題が起きている可能性が高い。

 それを確認しておきたかった。


「まずはロレッタ殿下との事ですが、こちらの関しては非常にスムーズに進んだ。ヘクター陛下はもとより、マクシミリアン殿下も積極的だ。特にマクシミリアン殿下は王太子としてロックウェル王国との戦争を覚悟していたものの、戦争の指揮を負担に思っていたので公爵になる事を歓迎してくれている。頼りになる娘婿に責任を押し付けられると思っているのだろう」


 モーガンが小さく笑う。

 これはマクシミリアンを笑っているのではなく「どこも同じなのだな」という笑い声であった。


(いや、責任を押し付けられても……。押し付けるのは俺の役割だぞ)


 しかし、この場にいる者の中で唯一アイザックだけは笑えなかった。

 自分が楽をするつもりだったのに、責任を押し付けられてはたまらない。


(まだ電話もない世界だし、地方自治でなんとかしてもらいたいのに……。不満を持たれないよう上手く責任を押しつけつつ、独立運動を起こされないかという方法を考えておかないといけないな)


 ロックウェル王国のギャレットならば、まだ気持ちはわかる。

 どうしようもない国家経済を立て直すために、外部の力が必要だからだ。


 だがファーティル王国は違う。

 ロックウェル王国を食い物にしていたので、経済には余裕がある。

 しかもロックウェル王国がリード王国の一部になるので、他国と国境を接しない。

 せいぜいが南方の森に住むエルフと接しているくらいだろう。

 現リード王国よりも安全になるはずなので、安全な領域を治める者として頑張ってもらわねばならなかった。


「だが、やはりメナス公爵が難色を示していた。メナス公爵家は長年ファーティル王家の分家として最前線を支え続けていた。国が戦火から免れるようになるとはいえ、侯爵位に降爵されるのは素直には受け入れ難いようだ。そのため、ヘクター陛下と共に彼の説得を行っていたから帰国が遅れたのだ」


 そう言って、モーガンは彼との交渉の詳細を話し始める。

 メナス公爵のこまごまとした要求はあるものの、大きなものは以下の二点であった。


 ――侯爵位に降爵されるのは認めるが、リード王国の一員になってから功績を挙げれば、公爵位に陞爵しやすくなる。もしくは領地などを優先的に分け与えられるようにする。

 ――4Wのリード王国における功績と立場は理解している。だが罪を犯して降爵されるわけではないので、社交会で露骨に格下扱いをしないでほしい。


 ファーティル王国とロックウェル王国。

 両国の状況を考えれば、リード王国に合流する流れは止められない。

 ならば一人だけ孤立するような状況を作るのではなく、リード王国内での立場を確保するという方向に舵を切ったらしい。


「これらの要求は過度なものではないため、私の判断で認めた。最大の懸念であったメナス公爵が受け入れたため、他の貴族たちも合流に反対する動きはない。あとはロレッタ殿下を迎え入れ、ヘクター陛下との調印を済ませるだけとなる」

「それは結構。お爺様、よくやってくれました」


 ――言われた仕事だけをやるのは一流とは言えない。


 仕事に関連する諸問題も解決してこそ一流である。

 モーガンは、その辺りの事もちゃんとやってきてくれたようだ。

 あとは調印式だけでいいというのは、アイザックも楽である。

 祖父相手ではあるが「部下とはこうあってほしいものだ」と思ってしまう。


 アイザックも前世で経験のある事だが――


「自分一人で勝手に判断するな! 確認を取れ!」

「一々聞いてくるな! それくらい自分で判断しろ!」


 ――と上司に言われた事がある。


 だが、それは自分の職責の範囲を理解していなかったり、自分の判断に自信がなかったりするせいで起きるすれ違いである。

 その点、モーガンは外務大臣という自分の職責が及ぶ範囲をよく理解し、自分の判断に自信を持って交渉をしてきた。


 ――自分の立場を知る。


 簡単なようで難しい事を、モーガンは知っていた。

 これもこれまでの人生経験によるものであろう。


「メナス公爵が受け入れてくれてよかったです。この婚姻に反対する旗印がなくなれば、他の貴族達も素直に受け入れてくれるでしょう」

「うむ、そのためにメナス公爵を重点的に説得した。一人一人話すなどできぬからな」

「そんな面倒な事できませんしね」


 二人は笑う。

 だがアイザックの笑いは乾いた声だった。

 彼はネイサンを排除する時に、デニスを使って一人ずつ呼び出して説得していたのを思い出したからだ。

 今思えば、有力者を中心に説得するだけでよかった。

 当時は非効率なやり方をしていた事をしていたものだ。

 それを思い出すと恥ずかしかった。


「結納金は、まぁ王族を迎えると考えれば常識の範囲だろう。他の要求は、カービー男爵かヘンリー男爵に国境まで出迎えにきてほしいというくらいか」


 マットとトミーは、フォード元帥とシャーリーンを討ち取った事により、ファーティル王国で英雄扱いをされていた。

 その英雄の出迎えで、もう一人の英雄であるアイザックのもとへ送り届けられるという形を取りたいのだろう。

 アイザックにとっては、ささやかな要求に思えた。


(そういえばエリアスも、小さく思える事でもパレードをして祝ったりしていたっけ。娯楽が少ないから、平民向けのイベントとしても必要なんだろう)


 アイザックはエリアスの事を思い出していた。

 だが彼の事を思い出すまでもなく、この要求を断る理由などなかった。


「あの二人は、ファーティル王国で人気がありそうですからね。まずはヘンリー男爵に迎えに行かせて、王都郊外に私とカービー男爵が迎えに行くという形を取るのもいいかもしれませんね」

「それがいいだろう。国までくれるというのだ。出迎えくらい惜しむ必要はない」


 モーガンが、また笑った。

 しかし、今度は悪い笑みを浮かべている。


「他にもなにかあるのですか?」

「こうして二人で話しているのも、この話をするためだったのだ」


 モーガンは書類をアイザックに渡した。

 そこにはファーティル王国の貴族の中で付け入る隙がありそうな者達の名前と、その理由が書かれていた。

 彼がそれを見せてきた理由に、アイザックはすぐに見当がついた。


「あぁ、なるほど。新しい王、若い王として侮られないようにしろというわけですか」


 ――見せしめにできそうな貴族なリスト。


「最悪の場合、処刑にしてもいい貴族」というのは重要である。

 特にアイザックは、見た目は温和で物腰柔らかな態度を取っている。

 その若さもあって、相手が気を緩めてしまう事も多い。

 新しい王として、舐められぬようにしろという祖父の配慮だった。


「むやみやたらに血を流せというわけではない。だがリード王国とファーティル王国の法は似て非なるもの。リード王国の一員になった以上、リード王国の法に従ってもらうという意思表示は大事だろう」

「ファーティル王国には法務官も派遣して周知を進めているところですしね。法律というのは『知らなかった』では済まないものです。このリストを積極的に活用するかはともかく、役には立ちそうですね」

「情報収集も外交官の役割であるからな」


 どうやらモーガンも、徐々にアイザックのやり方に染まってきたようだ。

 相手がファーティル王国という同盟国であり、リード王国の仲間になるからといって手を抜いたりはしない。

 いや、同じ王を戴く仲間になるからこそ、厳しく対応しようとしていた。

 他国の貴族であれば、友好的な付き合いをしていれば済む。

 だが同じ国の一員となれば、彼らは競争相手となる。

 友好的な付き合いばかりだけではなく、相手を権力レースから蹴落とす必要も出てくる。

 その準備をしていた。


 今のモーガンの姿を見れば、きっとジュードも満足な笑みを見せていただろう。

 アイザックも用意周到な祖父に呆れながらも、満足そうに笑っていた。

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