第583話 新兵器の見学会

 ルドルフ達に新技術を見せるのは二日後、王都西の飛行試験場で行う事に決まった。

 すでに試験場一帯は人払いをしているので、一般人の目を気にしなくていい場所として最適だからだ。


「おおっ、これが飛行試験場ですか!」


 試験場に到着すると、ルドルフ達のテンションが上がる。

 特に今はハンググライダーのような掴まるタイプではなく、乗るタイプのグライダーの開発が進んでいるところである。

 アイザックも「危険がなければ乗りたい」と思っているので、彼らの気持ちがよくわかった。


「我が国にも作りたいものですな」


 ルドルフが、さりげなく「技術を提供してほしい」と要求してくる。

 だがそれは簡単に呑めるものではなかった。


「それは難しいですね。まだ誰でも使えるものになったわけではありません。技術を提供するにしても、ノイアイゼンに派遣できる操縦者や技術者の育成が終わってからになるでしょう。不完全なものを教えて、事故による死者などが出ては友好に傷がつくかもしれませんから」


 アイザックは安全面を理由に断った。

 もちろん、それも事実である。

 事実であるが、それだけが理由ではない。


 ――交渉の材料として利用したいという考えが根底にあった。


 とはいえ、試験場で働いているドワーフが情報を持ち帰ればそれまでだ。

 しかし、ドワーフは特許という考えを持っている。

 無断でグライダー技術を持ち出し、開発したりはしないだろう。

 国ぐるみでは・・・・・・


「個人が勝手に研究した」と言われれば、ノイアイゼンに対する責任は問えない。

 個人がやった分には、個人の責任という事になる。

 そういう真似をするかどうかはわからないが、エルフやドワーフが出入りしている以上、技術の流出は覚悟しておかねばならなかった。


「今日は火薬を使ったものをお見せする予定です。まずはそちらをご覧ください」

「そうでしたな……」


 ルドルフ達は名残惜しむように、試験場から離れる。

 アイザックが案内したところは、試験場の外れだった。

 そこには土が積まれ、盾が立てかけられていた。

 テーブルには鉄パイプや袋が無数におかれている。

 土の壁の向こうにも、テーブルがあった。

 そのテーブルの先には、人型の板が立っていた。

 誰もが興味深そうに、その場にあるものを見つめていた。


「今回見てもらうのは、銃という武器です。しかしこれはまだ試作品であるため、中心となる部分しかできていません。いえ、その部分すら、まだ未完成です」

「未完成の武器だと危険ではありませんか?」


 ルドルフから当然の疑問が問いかけられる。

 火薬を使うのだ。

 石が飛び散るだけでも危険なのに、鉄片が飛び散ったりすれば危険である。

 むしろ、その鉄片を飛び散らせる武器が手榴弾だった。

 そんな危険なものを国王自ら見学にくるなど常識外れにもほどがある。

 しかし「アイザックは常に常識外れの人物だった」と思い出し、さほど不思議な行動ではないと思い直した。


「危険です。ですからまずは実験して確かめるのですよ。こうして新しいものを実験する楽しみを共有しようと思いまして」

「おおっ、それはありがたいですな!」

「ではまず、この鉄パイプを使いましょうか」


 アイザックは一メートルほどの鉄パイプを手に持つ。

 片方の穴が塞がれており、底のほうに小さな穴が開いていた。

 そしてパイプ自体もかなり分厚く、肉厚なものになっている。

 パイプの口径は10ミリ。

 前世の記憶から弾丸の口径は7.62ミリや5.56ミリにしたかったが、それはできなかった。


 ――この世界ではインチ法が使われていないので馴染みのない数値だからである。


 インチネジとミリネジが混ざる事がない世界なので、技術者にとってはやりやすいかもしれない。

 だが前世で知った兵器とは違う数字を使う事になるので、アイザックは違和感を覚えていた。

 しかし、違和感程度の問題である。

 まだ精密性が求められる兵器ではないので、だいたいで納得するしかなかった。


「弾の重さは?」

「6.3グラムです」

「そうか。……じゃあ、まずは2.1グラムでいこうか」


 火縄銃の火薬は弾の重さの三分の一程度というのを本で見た事があったので、アイザックはそれを参考に装薬量を決めた。

 まずはパイプの穴に細い縄を挿す。

 そして計量スプーンで褐色火薬をすくいとり、銃口から入れる。

 次に鉛の弾を入れ、ラムロッドで押し込む。

 この作業はアイザックが行なっていたが、弾を押し込む時に嫌な考えが浮かんだ。


(銃身と弾がこすれて火花が散ったりしたら暴発するんじゃないだろうか?)


 漫画などでは問題なく進められる作業だったが、この何気なく行っている作業がとてつもなく恐ろしいものに思えてくる。

 

(マスケット兵を編成する時は、静電気が発生しないような服装をさせないといけないな)


 言うまでもなく、火薬の製造工場もだ。

 前世で花火工場の事故といったニュースを見た覚えがあるので、よく注意しなくてはならない。


 弾を込めた鉄パイプを、テーブルの上にある万力で固定する。

 だいたいの感覚ではあるが、銃口は五メートルほど先にある的の中心に合わせる。

 導火線はまだ作成できていないので、油を沁み込ませた縄で代用する。

 壁の影まで縄を伸ばす。


「では点火はお任せしましょう」

「よろしいのですか?」

「ええ、でも皆さん、音が鳴り終わるまで壁から顔を出さないでくださいよ」

「ここで怪我をしたら問題ですからな。気になりますが、今回は我慢しますとも」


 ルドルフは、火種を管理していた作業員からたいまつを受け取る。

 彼はそのまま火をつけた。

 縄を伝って炎が鉄パイプに迫っていく。

 その先が気になるが、皆が安全のために顔を隠す。

 すると、大きな破裂音がした。


(失敗したか!?)


 アイザックは不安になり、慌ててテーブルを見る。

 だが鉄パイプは破裂していなかった。

 先ほどの音は発砲音だったらしい。

 銃身の強度は足りたようだ。


 弾は反動でズレたのか、的の隅に当たっていた。

 とりあえずは成功した。


「銃身が破裂しなかったので成功ですね」

「鉛の弾を飛ばす武器というわけですか……。これならば手榴弾でもよろしいのでは?」


 手榴弾ならば複数人を倒せるが、この武器は一人だけしか狙えない。

 ルドルフには効率の悪い武器にしか思えなかった。

 しかし、これはこれでアイザックも彼らに説明する理由を考えていた。


「手榴弾は効率的です。ですが、不幸な事故が起きやすいのです。内戦の時に実戦投入しましたが、頭に当たるなどで死亡する事例が多々ありました。四方八方に飛び散るのでコントロールしにくいのです。だからこの新しい『銃』という武器を考えました。今はまだこちらも不安定ですが、いつか真っ直ぐに飛ぶようになるでしょう。そうすれば足などを狙い撃ちできるようになり、死者を減らす事ができるでしょう。これもまた人を殺さない武器なのです」


 ――人を殺さない武器。


 たった一言で矛盾しているが、ドワーフに嫌われぬための言い訳として使っていた。


「ならばボウガンでもよいのでは?」


 すぐさま鋭い指摘が入る。

 アイザックも、この返しは予想していた。


「ボウガンと違うのは音です」

「音?」

「そう、音です。私達は慣れているかもしれませんが、慣れていない者があの音を聞いたらどう思うでしょう? それも銃が一丁だけではなく、百丁、二百丁が同時に撃てばどうなるか……」

「まるで魔法でも使われたかのごとく驚くかもしれませんな」

「そうやって戦意を削ぐのも目的です」


 アイザックは銃を向けられた経験はないが、死ぬかもしれないという経験はしている。

「死にたくない」という気持ちはわかっているつもりだった。

 貴族とは違い、一般兵は戦果を挙げても恩恵は薄い。

 戦国時代にも鉄砲は相手の戦意を落とすという役割があったようなので、アイザックもそれに期待していた。

 だがルドルフは、そういった効果を認めつつも、他の事に気づいていた。


「なるほど……。狙った場所に弾を飛ばし、音で相手を驚かせるというわけですか。ですが、一方向に飛ばすというのは気になるところですね」

「と言いますと?」


 アイザックが聞き返すと、ルドルフは険しい顔をしてみせた。


「火薬の力を一方に向ける。それは火薬の量を増やせば増やすほど、より重い物を遠く、弓とは比べものにならないほど強い力を持って飛ばす事ができるようになるでしょう。それこそ、ドワーフの鎧を貫く事もできるようになるかもしれませんな」


 ルドルフの言葉に、他のドワーフ達も表情を険しくする。


 ――ドワーフの鎧も貫く事ができる武器。


 アイザックが開発しようとしているものの理由が、対ドワーフ用の武器だと思ったからだ。

 確かに万が一の事態を考えて、分厚い鎧を正面から貫けるようになればいいとは思っている。

 しかし、ドワーフの鎧を貫くにはまだまだ技術開発が重要だ。

 その役割は銃ではなく、砲が担う事になるだろう。

 だが、そこまで正直に話さなくてもいい。

 今のところは。


「ええ、できるようになるでしょう。ですがそれは百年先、二百年先になるでしょう。単純に火薬を増やせばいいというものではありません。人間の体では反動に耐えられませんからね。技術の進化は危険性を孕みますが、だからといって研究をやめるわけにはいかないでしょう? それにこれは正真正銘の平和利用にも繋がる技術なんですよ」


 アイザックはもう一度テーブルに向かい、今度は銃身を真っ直ぐ上に向ける。

 そしてまた火薬を装填するが、今度は弾なしだった。

 代わりに軽い金属のコップを銃口に乗せる。


「さっきと同じ火薬量なので、おそらく大丈夫でしょう。今度は見ていてください」


 見ていてもいいとはいえ、近くに寄ったりはしない。

 土の壁に隠れながら、アイザックが縄に火をつける。

 破裂音と同時にコップが飛び上がる。

 それがアイザックが見せたいものだった。


「弾を飛ばすと考えるだけではいけません。この方法で物を飛ばす事ができると考えればいいのです。例えばグライダーは高いところから飛ばすしかありませんが、これで地上から空へ飛び立たせる事ができるようになればどうでしょう? 気軽に隣街へ移動する事もできるでしょう。一方向に火薬の力を集中する。それは武器にも平和利用にもできるものです。肝心なのは、その力を使う人次第というところでしょうか」

「武器には強力な力を使わないなどの制約が必要でしょう」

「その辺りは、今後正式に条約として決めましょうか」


 アイザックは、この場での明言を避けた。

 強力な武器が欲しいからだ。

 特に遠くから敵の魔法使いを倒せる銃を作る事ができれば、味方の被害を大幅に減らす事ができる。

 軍事技術への転用は進めたいところだった。


 だから火薬式カタパルトもどきも使って見せたのだ。

 もっとも、これではグライダーを空に飛ばす事はできないと思われるので、ただ使用用途を見せただけである。


「いかがでしたか? 火薬を武器に使う事になるでしょうが、平和利用もできます。火薬の力を使って研究する用途は多岐にわたります。ファラガット共和国に囚われているドワーフがいた場合は救助いたしますので、火薬の配合率などを教えていただけませんでしょうか?」


 アイザックは本題を切り出す。

「ドワーフを傷つける武器を作る事になるかもしれない」という点は大きな懸念材料だろうが、平和利用もできるという可能性も見せた。

 今後の科学技術発展のためにも、協力の姿勢を見せてほしいところである。


「むぅ、難しい問題ですな……」


 これは本当に難しい問題である。

 下手をすれば、ドワーフ全体に迷惑をかけてしまうかもしれない。

 だがアイザックは、火薬の素材を知っているという。

 配合率だけならば実験を重ねていけば、すぐに判明するだろう。

 それならば無駄に惜しむ必要もないのだが、さすがにルドルフも即答はできなかった。


「これから私達もここに来てもよろしいですかな? あの銃というものがどの程度の火薬量まで耐えられるのかなどを試してみたいのです。それで我らにとって危険なものか判明するでしょう」

「それはそれは……」


 彼らの要求はアイザックにとって難しい問題だった。

 火縄銃の機構は一度知ってしまえば真似できる単純なものだ。

 調べられたら困る。


(というわけでもないか)


 すでに彼らには銃の理屈を見せている。

 真似されるのもそう遠くない。

 ならば、無理に隠す必要はなかった。

 彼らの好きにさせれば、銃身が破裂する限界を調べてくれて、改善点も見つけ出してくれるかもしれない。

 タダでドワーフの技術者を雇えると思えばありがたいくらいだった。


「いいでしょう。ただし、事故に遭っても自己責任だと一筆書いていただきます。できれば負傷した時に備えてエルフを一人は近くにいさせる事。安全面には気をつけてください」

「無論です。陛下に迷惑をかけるつもりはありません」


 アイザックの目から見て、ルドルフ達は少し浮足立っているように見えた。


(もしかして、適当な理由をつけて銃をいじりたかっただけなんじゃあ……)


 一線を退いているとはいえ、新しいものには興味があるのだろう。

 落ち着いた雰囲気があろうが、そこはやはりジークハルトの祖父らしいのかもしれない。


(ファラガット共和国を攻める時に実用的になっていればいいんだけど……。量産を考えると難しいだろうな。実戦投入はもっとその先になると思っておこう)


 未完成兵器の前線投入は負けフラグだとアイザックは知っている。

 無理に新兵器を使おうとせず、兵数の優位を活かした戦争計画を練ろうと考える。


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家族が入院する事になったので、来週はお休みです。

それ以降もどうなるかわからないため、一ヶ月くらいは完全に不定期になると思います。

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