第582話 ドワーフからの返答
王都に来訪していた貴族がいなくなり、アイザックの日常が戻った。
毎日書類の処理をし、妻の相手をして、時々花壇の世話をする。
そんな何気ない日常に、アイザックは感謝していた。
(これも王になったおかげだな。エリアスが生きていたら、きっと今頃こき使われていただろう)
アイザックがウィンザー侯爵やモーガンを使っているように――いや、若い分もっとこき使われていただろう。
王位を狙った主な理由であるパメラの中身が昌美だった事は残念だったが、こういった点では王位乗っ取りに動いたのは正解だった。
しかし、だからといって今の立場に甘えているわけにはいかない。
今は二人の祖父が中心に頑張ってくれているが、いつかは世代交代する事になる。
その時、家臣に任せきりでは腐敗の温床になってしまうだろう。
適度な緊張感を持って働いてもらうためには、アイザックも仕事に精を出すしかない。
アイザックは余裕のある今を楽しみつつも焦っていた。
(子供達のためにも、問題は解決しておいてやらないといけないのに……。でも経験を積む事も大事だし、焦って失敗するような事もできない。今は待つ時だ)
焦って行動してもいい事はない。
その事はわかっているつもりだが、やはり心は逸る。
そんなアイザックに良い知らせが入った。
――ノイアイゼンから使節団がやってくるという知らせである。
これは少なくとも「大使経由で返答を伝えれば済む問題ではない」という意思表示だ。
アイザックにとって都合のいい返答がくる可能性が高い。
ウキウキとしながら、彼らの到着を待つ。
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使節団が到着したのは、四月下旬。
今回はいつものジークハルトではなく、彼の祖父であり、評議会議員のルドルフが部下を引き連れてきた。
アイザックのほうも万全の状態で対応したかったが、モーガンがまだ戻ってきていない。
そのため外務副大臣のランカスター伯爵に同席してもらった。
情報を提供したロックウェル王国から、大使のコリンズ伯爵も同席してもらっている。
「ヴィリーさんに話した件でしょうか?」
まずはアイザックから用件を確認した。
「ええ、その通りです。まずはこちらの資料をご覧ください」
ルドルフの部下がノーマンに紙の束を渡す。
それはノーマンたちの手でアイザックたちに配られていった。
そこには各地方からの移住者数の記録が書かれていた。
軽く目を通しただけだが、ファラガット共和国など旧ウィックス王国方面からの移住者数が少ないように思えた。
「元々、ドワーフの住民が少なかったという可能性はありませんか?」
「海に面した土地は、それだけでとても魅力的なのです。ロックウェル王国のように鉱物資源が豊富な地域と同程度には住民がいたという記録が残っています」
「戦死した、もしくは捕虜になったまま隠されてきたかどうかという事ですか……」
ファラガット共和国がドワーフを奴隷として働かせているという可能性が高くなってきた。
アイザックにとっていい流れだが、表立って喜ぶわけにはいかない。
この状況を憂いた表情を見せていた。
「現地住民との関係が良好だったため、移住しなかったという可能性はありませんか? すべての地域で争いが起きていたわけではないという記録も残っておりますし……」
ルドルフの部下が発言する。
大陸全土で戦争が起きたものの、休戦協定が結ばれるまで争いが起きなかった地方も数多くある。
ファラガット共和国方面のドワーフ達も、望んで残った可能性もあった。
「いえ、それならば存在を隠す必要がありません。『ドワーフと共存している国』と喧伝するのは、国家の威信を高めるのに有効です。それにファラガット共和国はドワーフを低賃金でこき使っていた事で有名で、各地で激戦が繰り広げられていました。好んで残ったというよりも、戦死者が多くて移住者が少なかった。もしくは生存者が少なかったため、捕虜となってどこかに閉じ込められていたと考えるほうが自然なのではないでしょうか?」
ファラガット共和国の隣国であるため、コリンズ伯爵はロックウェル王国から見た歴史を説明する。
彼もフェリクスの一件で上手く対応できなかったため必死である。
二年後にはアイザックを王と崇めねばならぬのだ。
少しでも失点を取り戻し「使える人物だ」と印象付けておかねばならない。
アイザックがファラガット共和国の侵攻を望んでいるため、有利な流れを引き込もうとしていた。
「ファラガット共和国は商人の国であるため、誠実な国ではなかったという事は私も聞いた事がある。もっとも、同族が搾取していたケースも多かったそうだから、人間ばかりを責めるわけにはいかないがな」
ルドルフは笑いながら答えた。
彼の祖父世代くらいならば、当時の事をよく覚えている者もいたのだろう。
これにはアイザックも苦笑いを浮かべる事しかできない。
「それではノイアイゼンに移住するよりも、ファラガット共和国に残ったほうがいいと考えた者もいるかもしれませんね」
「その可能性を否定しきれないのは、我々の不徳が致すところ。ですが移住を拒んだからといって、奴隷のように扱われていいというわけではございません。事実関係の確認は必須です。こちらから使者を出して、ドワーフが集められている街というというのを確認したいのですが、ご協力願えますでしょうか?」
――使者の派遣。
それはアイザックとしては、頼まれたくない事だった。
できる事なら戦争中に発覚してほしい。
今、調べられるのは困る。
ファラガット共和国に「ドワーフの救助を口実に揉め事が起こるかもしれない」と警戒されては困るからだ。
だからアイザックは、調査を拒もうとする。
「いえ、それには反対です。正攻法で視察を申し込んでも、あちらは証拠を隠滅しようとするでしょう。まずは秘密裏に探るほうがいいでしょう」
「我々には、まだそこまでの商人との人脈はございません。陛下には心当たりがあるのでしょうか? それならばご紹介いただきたい」
これまでアイザックは、ドワーフ側に寄り添った対応をしてくれていた。
なのに今回は、積極的な協力をしてくれるような様子ではなかった。
その事を疑問に思ったルドルフは「協力者を紹介してほしい」とジャブを放った。
「さすがにファラガット共和国は遠いので、かの国でこっそりと諜報活動を行える者に心当たりはありません」
アイザックは彼の期待を裏切る返答をする。
だが、それだけで終わるアイザックではなかった。
「ですが、チャンスは訪れると思っています。来年にはファーティル王国がリード王国のファーティル地方になり、再来年にはロックウェル王国がロックウェル地方になる予定です。平和的な併合とはいえ、これだけ大きな動きがあるならば商人の動きも活発になり、どさくさ紛れにウォーデンという街に人を送り込む事もできるでしょう。ですから二年ほどお待ちいただきたい」
ちゃんと彼らを説得する理由も考えていた。
とはいえ「戦争を仕掛けるつもりだ」という事にまでは触れない。
今の段階で話せるのは「両国を併合する」というところまでだ。
「国を二つも吸収するのなら、経済的な影響は大きい。その隙を狙ってリード王国の経済に一枚噛もうと商人は動く。逆にその隙を狙って動くというわけですか」
ルドルフ達は考え込む。
アイザックの提案は確実ではないものの、外交ルートを使うよりかは成功率が高そうだ。
しかし、最低でも二年は奴隷生活を続けさせる事になってしまう。
だが今動いてしまえば、証拠隠滅として殺されたり、どこか別の場所に隠される危険性もある。
代案がない以上は、アイザックの提案が無難に思えた。
「協力していただく対価は、火薬の製造法という事でよろしいのでしょうか?」
そこでルドルフは、ドワーフ救出の対価について触れる。
奴隷にされたドワーフが実際に存在するかどうかもわからない。
しかし、本当にいた場合は助けたい。
素材を知られてしまった火薬の製造に必要な配合率だけならば、対価としてまだ安いものだった。
「いいえ、できれば火薬を使った新しい武器の製造にも協力していただきたいと思っています」
「新しい武器、ですか……」
その要求にルドルフは渋る。
人間に強力な武器を与えるのは危険だ。
それを自分の一存で決めるのは難しい。
一度持ち帰って、評議会で決めるべき問題だった。
渋い顔をするルドルフだったが、対照的にアイザックは余裕の笑みを見せていた。
「武器の原型自体はできています。あとは火薬の確保さえできれば、実戦に投入できるかどうかのテストを行えるでしょう。あぁ、そういえば褐色火薬――生焼けの木炭を使った火薬は開発されていますか?」
「開発済みです。削岩には向いていませんのであまり主流ではありませんが……。なぜ褐色火薬の事まで?」
ルドルフはヴィリーを睨む。
彼が話したと思ったからだ。
しかし、ヴィリーのほうも「心外だ」とばかりに睨み返す。
アイザックに話したとするならば、ジークハルトのほうが可能性が高いからだ。
その事に気づき、ルドルフはヴィリーから視線を逸らした。
「素材がわかっていれば、どのようなものができるかというのは想像できるからです」
アイザックは自分の頭をトントンと指先で叩く。
「素材がわかれば結果がわかる」というアイザックの言葉に、ルドルフ達は驚いた。
数々の目新しいものを考え出してきたアイザックとはいえ、そこまでできるとは思わなかったからだ。
「現物を確認していただくために褐色火薬も少量ではあるものの持ってきておりますが……。確認なされますか?」
「本当ですか! それはよかった。一度試してみたかったんですよ。ですが準備が必要です。今日、今すぐにとはいきませんが、明日か明後日には試せるでしょう」
「火薬を使った新しい武器ができているのですか?」
アイザックが「明日にでも試そう」と言うので、ルドルフは疑問を感じた。
いくらなんでも、武器が一日でできるはずがない。
アイデアがあろうとも、実物がないと試せないからだ。
「おおまかな形はできています。ただ実用性という点ではまだまだですね。使用する兵士が危険なので、まだ武器とは呼べません。もっとも、危険でなければ武器とは言えませんけども」
アイザックが笑う。
それにつられてルドルフも笑った。
(なるほど、ジークハルトの奴が気に入るのもわかる。惜しむ事なく新しいものを見せられるのならば、興味を持つなというほうが難しい)
以前に会った時、アイザックはまだウェルロッド侯爵家の嫡男という立場だった。
しかし、今では国王にまで昇り詰めている。
たった数年でここまで立場が変化する人間は珍しい。
「火薬を使った武器」というのは戦場を変化させる発明で、ドワーフを傷つけるものかもしれない。
それでも「新しい発明」と聞くとルドルフも興味を惹かれてしまう。
ある意味、アイザック自身がドワーフにとって最も危険な武器かもしれない。
そんな事をルドルフは考えてしまっていた。
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