第580話 アマンダとの結婚
アマンダとの結婚式が迫る中、アイザックは宮内大臣からの陳情を受けていた。
「ロレッタ殿下の事もあるし、短期間で結婚式が多いのが問題ですか?」
アイザックは、陳情の理由をそう思っていた。
しかし、それは違った。
「いいえ、そうではございません。陛下が即位されてから宮廷費の出費は抑えられておりますし、エリアス陛下も寵姫を複数持たれておられました。ジェイソン殿下――ジェイソンのような事が起きぬよう、お世継ぎを作る事も重要ですし、結婚式も常識の範囲内の規模なので問題にはなりません」
「ではなにが問題だというのですか?」
「出費が抑えられている事です」
宮内大臣の言葉に、アイザックは首を捻った。
しかし、すぐにその理由に思い至る。
「王家ご用達の商人達に不満を持たれるという事ですか……」
「それもございますが……。質素倹約も常にいい事だとは限らないのです」
「……あぁ、そういう事ですか」
――王族が節制していたら、下の者達も金を使いづらい。
もちろん、遊び惚けていればいいというわけではない。
だが適度に王族に金を使ってもらわねば、貴族も羽目を外しにくい。
様々なところから意見や陳情が宮内大臣のところにまでいったのだろう。
それを彼は伝えにきたのだ。
「パメラ殿下はともかく、リサ殿下にも節制の傾向が強くあります。アマンダ嬢も控えめなお方だという話は聞いておりますので、陛下に率先して宮廷費を使っていただければ助かるのですが……」
宮内大臣は、上目遣いをしながらアイザックの様子を窺っていた。
「宮廷費が足りなくなりそうだ」と進言する事はあっても「宮廷費を使ってくれ」などという進言は初めてだ。
エリアスの時とは異なる状況、異なる相手なだけに、彼も恐る恐るといった様子だった。
「リサは公爵夫人になった時も贅沢をしたりしなかったからなぁ……」
(でもパメラは、ちゃんと使ってるんだ)
意外なところでしっかりしているパメラに感心する。
「出身が地方の男爵令嬢だからといって、支出が少なくてもいいというわけではないのです。寵姫であれば陛下に愛されるための服装や装飾品を揃えられていればかまいませんが、王妃は国を代表する立場です。支出が皆無というわけではないのですが、王妃として求められる最低限の支出に達しておりません。もう少し美術品などにも興味を持っていただきたいのです」
「なるほど」
(それでもリサにしてみれば、かなりの豪遊をしているという認識だろうな)
リサは前世のアイザックと同じである。
贅沢するにしても、前世のアイザックなら「家を買う」や「車を買う」といった考えをしていた。
絵画を買ったり、彫刻を買ったりするという発想はなかったはずだ。
あとは遊びに行ったり、美味しいものを食べに行くというくらいだっただろう。
金持ちとして、金の使い方をわからないのだ。
こればっかりは慣れるしかない。
アイザックがリサの事について考えていると、宮内大臣がなにか言いたそうにしていた。
「どうしました? 意見なら歓迎しますよ。耳に痛い言葉でも、それが正当なものなら処罰したりはしませんから」
アイザックは余裕のある態度を見せる。
だからか、宮内大臣も勇気を持って切り出した。
「実は陛下にも同じ事をお願いしたいのですが……」
「へっ?」
アイザックは「予想外だ」という反応をする。
その反応を見て宮内大臣は「噂と違って、実は鈍いところもあるのかな?」と思った。
「結納金だけでも、それなりの額になっていると思いますが……」
「それは一時的な支出ですから。そろそろ買い物を増やしてもいい頃でしょう。去年、エリアス陛下がお隠れあそばされたので仕方ありませんが、ロレッタ殿下も迎えられる事ですし、アマンダ嬢との結婚を機に、そろそろ買い物を増やしてもいい頃だと思います」
「その意見は……、一考の余地がありますね」
エリアス達の喪は明けているが、心のどこかで派手に遊ぶのを抑えこんでいた。
彼の言う通り、アマンダとの結婚をきっかけにして、そろそろ切り替えてもいい頃だろう。
「ではそうしましょうか。リサやアマンダさんの事は、パメラにお願いしておきます」
「ありがとうございます」
宮内大臣は、ホッとした表情を見せる。
自分の意見を無事に聞き入れられたからだ。
だが、そんな彼の思惑を察して、アイザックは釘を刺しておく。
「王家ご用達の商人達から付け届けを受け取るのはかまいません。そして、それで私に金を使うようにと陳情するのも認めます。ですが、私に黙って勝手な行動を取る事だけはやめてくださいね」
「陛下を欺くような事は致しません。それは約束致します」
宮内大臣の目が泳ぐ。
彼が来たのは、やはり「結婚ラッシュになりそうだけど、我々にも稼ぐ機会をくれ」と商人にせっつかれたからだろう。
「
「いえ、私は職責に求められる進言をしただけでして……」
「わかっている。リサが王妃としての品位保持費を使いこなせていないという意見などは貴重な話だった。
宮内大臣がハンカチで額の汗をぬぐう。
アイザックに不信感を持たれてしまったからだ。
「いかなる状況でも、陛下とリード王家に真摯に仕える事を誓います」
だから、どこを間違っていたかを考え、アイザックが求める答えを導きだした。
宮中の事を任される大臣なのだ。
空気を読む事はできる。
「ありがとうございます。期待していますよ」
(最初からそう言ってくれたらよかったのに)
アイザックも「それは」など、言質を取られないように限定的な返答をしていた。
だから相手に使われた時、そこが引っかかった。
宮内大臣にその気がなくとも、ちゃんと言質を取っておきたいと思ったのだ。
自分がやってきた事なだけに、誰かに使われる事を警戒しておかねばならない。
(でも結婚式を取り仕切ったりしてくれてるんだから、ちょっと意地悪だったかな? でもこういう事は最初のうちに指摘しておかないといけないしな)
宮内大臣の対応が終わると、アイザックは仕事に戻っていった。
----------
アマンダとの結婚式は、四月初めに行われた。
入学式が終われば、地方の貴族達は帰ってしまう。
また呼び出すのはお互いに面倒であるためだ。
ウォリック侯爵の「まだロレッタ殿下との結婚は正式に決まっていないから、先に結婚式を終わらせましょう!」という強い要望がなければ、冬にしていただろう。
「王妃としての序列がロレッタに劣後するなら、結婚式だけでも先に挙げさせたい」という親心だ。
その気持ちを無下にするわけにもいかないので、アイザックもウォリック侯爵の意向を尊重した。
他の貴族達も「ウォリック侯爵親子ならば仕方ない」と受け入れてくれていた。
ウォリック侯爵とアマンダ。
その二人ともアイザックを愛しているのが、よく知られていたからだ。
人によっては「ランドルフやルシアよりもアイザックの事が好きなんじゃないか?」と思ってしまうほどである。
そのアマンダがアイザックと結婚するのだ。
優しく見守ろうという雰囲気にもなる。
だが困った事に、式が始まって、いざ誓いのキスという段階でアイザックの中で大きな疑念が渦巻く。
(彼女と本当に結婚してもいいんだろうか……)
――その理由は、アマンダが小柄だという事にあった。
身長は150cmほど。
よく運動しているので余分な脂肪のないスラリとした体形であった。
そのような幼い容姿なだけに、まるで小学生と結婚でもするかのような罪悪感を覚えてしまったのだ。
(人によっては合法だって喜ぶんだろうけど……。ちょっと難しいかも)
かつて妹の友達を紹介してもらおうとしていたが、それはスタイルがいいからという事もあった。
キスをする時に大きく腰を曲げねばならない相手との結婚は、いざとなると戸惑ってしまう。
しかし、誓いのキスまで話が進んでいるのだ。
ここで「やっぱりなし」とはいかない。
そんな事をすれば、アマンダを酷く傷つけてしまう。
一人の女性として扱わねばならなかった。
そんなアイザックの逡巡する気配に、アマンダは気づかなかった。
彼女自身、一世一代の晴れ舞台で舞い上がっていたからだ。
だがそんな彼女にも、どうしてもやっておきたい事があった。
誓いのキスを交わす時に、アイザックの首に手を回して抱き着き、そのまま唇を押しつける。
結婚式では珍しい熱烈な口づけに、皆が驚いていた。
しかし、アマンダがアイザック一筋だったのは有名な話である。
つい気持ちが逸ってしまったのだろうと、微笑ましく受け取られていた。
――だが、その実態は違う。
キスが終わると、アマンダはチラリとパメラのほうを見る。
(ボクはあなたに負けないよ。ボクがアイザック陛下を幸せにしてみせる!)
これは彼女なりの宣戦布告だった。
命を取り合う戦いではない。
王妃らしく、王の寵愛を得る戦争である。
この日、アマンダはアイザックの寵愛戦争に名乗りをあげる権利を得た。
その権利を正当に行使しようとしていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます