第579話 パメラとアマンダの間にできた小さな亀裂。

 アマンダとの結婚式は、四月上旬に行われる事となった。

 準備が整っていないのではないかと思われたが、ウォリック侯爵家側の準備は万端だった。

 アマンダがいつでも嫁入りできるように、ウォリック侯爵が準備していたからだ。

 しかも、ロックウェル王国との話が進む、ずっと前からである。

 それだけでも彼の執着が強かったのがよくわかる。


 これにはアイザック側も異存はなかった。

 三人目の王妃を迎えるのだ。

 当時はアイザックが国王ではなかったとはいえ、パメラの結婚式よりも派手なものにするわけにもいかない。

 そのため、国内の貴族を集めるだけとなった。

 これは外国の使節団を呼ぶ手間を省くための理由でもあった。


 ――なぜそこまでして四月中に結婚式を挙げたいのか?


 それはすべてウォリック侯爵の「ロレッタよりも早く結婚式だけでも挙げたい」という希望に合わせたからだ。

 ロレッタは第二王妃に、アマンダは第三王妃になる。

 だがアマンダは、ロレッタが現れる前からアイザックの事が好きだった。

 だからせめて結婚だけは先にさせてやりたいと思ったのだ。

 今ならば貴族も王都に集まっているため、式さえ挙げればすぐに終わる。


 アイザックも準備期間が短くとも問題はない。

 問題があるとすれば「じゃあ、やっといて」と任された者達にだろう。

 式までの日取りが短いので、披露宴の料理に使う食材の調達だけでも大変である。


 貴族達は「えっ、もう結婚!? 祝いの品はなにも用意できてないよ」と戸惑っていた。

 しかし今回は祝いの品を用意せず、後日あらためて用意すればいいと知って安堵していた。

 アイザックもウォリック侯爵も、これが突然行われる結婚式だという事は理解している。

 今は祝ってくれさえすればいいというスタンスを取っていた。


 そしてこの状況で当事者であるアマンダは――


「これからよろしくお願いします」


 ――結婚前にパメラとリサに挨拶をしに行っていた。


 特にリサは自分のせいで第三夫人に押し出されるのだ。

 ロレッタが嫁入りしてくれば、第四夫人になる。

 結婚する前に、一言だけでも挨拶はしておきたかった。


 パメラの立場は確固たるものではあるが、やはり同格である侯爵令嬢の嫁入りは警戒しているはず。

 彼女にも序列を乱す気はないと説明をしておかねばならないと考えていた。


「アマンダさんの性格はよく知っています。仲良くやっていけると思っていますので安心しています」


(社交的な付き合いしかなかったのに……。パメラ殿下には余裕があるんだな。これが王妃として求められる余裕なのかな)


 パメラとアマンダは同格の侯爵令嬢だったとはいえ、その付き合いは薄かった。

 これは二人の話が合わなかったからだ。

 あまりにもアマンダが活発だったため、貴族令嬢らしいパメラとは性格が大きく異なる。

 どうしても会話が続かないため、礼儀を欠かさぬ程度の付き合いしかなかった。

 それなのにパメラは、性格をよく知っている・・・・・・・・・・から安心だ・・・・・と言ってくれた。

 その一言に、不安で胸の中がいっぱいだったアマンダは救われた気分になる。


「私もアマンダさんの話は、よく伺っているので歓迎いたします。仲良くやっていきましょうね」


 リサもアマンダを歓迎する。

 しかし、その表情はあまりかんばしくなかった。


「なにか心配事でもあるのですか?」


 心配になったのはアマンダのほうだ。

 その不安を取り除くために、彼女はリサに理由を尋ねる。

 尋ねられたリサの表情が曇る。

 しかし、自分の感情が表情に出ている事に気づき、理由を話さずにいるほうがマズイと考えた。


「あの、陛下が私に婚約を申し込まれる直前の話を伺っていたので……」

「あっ……」


 ――アイザックがエリアスに「婚約者を早く決めろ」と言われて「アマンダさんやフレッドも婚約者いないですよ!」と肩透かしを食らった時の事だ。


 それはアマンダもすぐに思い出せた。

 エリアスの前に連れていかれて驚き、その理由に驚かされ、すぐにリサと婚約すると聞かされて驚いていたからだ。

 短期間で何度も驚かされたため、あの時の事は忘れようもない。

「リサが表情を曇らせているのは、あの時の事を申し訳なく思っているからだ」とアマンダは思った。


「私が代わりに謝れる事ではありませんが……。小さい頃は女の子に優しかったので、あんな事をするとは思わなかったんです。もっと女の子の扱い方を教えてあげるべきでした! いくら公爵になろうとも、あのような場で政治的な言い訳をするべきではないと考えられるようにしておけばよかったと反省しています。申し訳ありませんでした!」


 しかし、それは違った。

 どうやらリサは「お姉さん的な立場でそばにいながら、女の子の気持ちに配慮できない大人にしてしまった」という事を反省しているようだった。

 これにはアマンダも面を食らう。

 まさかそんな事を気にしていたとは思ってもみなかったからだ。


「リサ殿下が気になさるような事ではありません。やはりウェルロッド侯爵家の血を考えれば、政治的な判断を優先してしまうものでしょうし……」

「その通りです。顔と実績があるから人気があっただけで、根っこはモテない男そのものですから」


 アイザックの前世の姿を知っているだけに、パメラは辛辣だった。

 だがリサを庇うための言葉だとわかっていても、アマンダは心の中でムッとする。

 しかし、それを表に出す事はなかった。

 パメラは結婚して一年以上経っている。

 夫婦間でしかわからない事もあるかもしれないからだ。

 少なくとも、今は・・彼女の言葉を真っ向から否定したりはしなかった。


「ですから、きっかけは政略結婚であっても、アマンダさんが陛下と結婚する事になったのを私は歓迎しているんです。苦労した分だけ、きっと幸せになれますよ」


 多少は自己責任であったが、結婚まで苦労した経験のあるリサがアマンダを応援する。

 そう、彼女は幸せになれていた。


「それにアマンダさんを歓迎したいという気持ちは、私自身にもあるんです」


 リサはお腹をなでる。


「私にも懐妊の兆候があるんです。パメラ殿下も出産から日が浅く、陛下のお相手をする事ができません。アマンダさんの存在は助かるのですよ」

「それはおめでとうございます! 私も続けるように頑張ります!」


 ザックの誕生後、リサはアイザックとの初夜を過ごした。

 それからまだ三か月ほどしか経っていない。

 アイザックの子供を作る能力があり、それが強いという事だろう。


 アイザックの生殖能力は確かなものだ。

 アマンダは「もしも自分が妊娠できなかったら?」という恐ろしい想像をしてしまう。

 ウォリック侯爵家のためにも子供を作らねばならない。

 パメラとリサが順調なだけに、彼女はプレッシャーを感じていた。

 そんな彼女の不安を、パメラが吹き飛ばす。


「続けますよ。陛下は初夜は優しいのですが、慣れてくるとだんだんと離してくれなくなるので……」

「気がつけば懐妊している、という状況になってもおかしくないですよね……」


 パメラの言葉をリサが引き継いだ。

 リサも認めざるを得ないほど、それだけアイザックが子作りに熱心だという事だ。

 アマンダは想像して、顔を真っ赤に染めてうつむく。

 それに対して、パメラたちは平然としていた。


(これが既婚者と未婚者の違いなの?)


 アマンダは同じ年のパメラとの経験の違いを思い知らされた。

 しかし、これからは二人の会話にも堂々と入る事ができるようになる。

 それも、そう遠くないうちに。

 彼女は困惑しながらも、興味深く夜の話を聞いていた。



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 帰りの馬車の中で、アマンダは心の中にモヤモヤとしたものを抱えていた。


(パメラ殿下のあの態度は酷いよ)


 ――アイザックを国王としては評価していても、一人の男としては評価していない。


 そんなパメラの態度が許せなかった。

 アマンダにとってアイザックは素敵な人だった。

 確かに女心を理解していないところもあるが、それを補ってあまりある魅力があった。

「根っこがモテない男」と言われるような男ではない。


(そりゃあ結婚の経緯がボクなんかよりも政略結婚だったけどさ。助けてくれた人にもっと愛を持って接してあげてもいいんじゃない?)


 アマンダから見れば、パメラとの結婚はウィンザー侯爵家に反乱を起こさせないための政略結婚である。

 自らの命を助けられ、ウィンザー侯爵家まで助けてもらったのだ。

 もっとアイザックに対して感謝を見せてもいいはずだ。


(ボクがパメラ殿下の立場だったら、もっと尽くしてあげるのに!)


 アイザックがパメラと結婚しなければ、実質的に結婚相手はアマンダかロレッタの二択となっていた。

 アイザックは無欲の忠臣と言われるくらい権力志向は弱いので、おそらく自分が選ばれていただろう。


 ――本来ならば、自分がパメラの立場だった。


 そう思うと、パメラのアイザックへの愛情が薄いのが悔しかった。

 リサもアイザックのダメさ加減を謝っていたが、それでも愛は感じられるものだったので許せる。

 だがパメラの言葉には、どこか許せないものを感じていた。


(ダメダメ、こんな事を考えたら)


 マイナス方面に考えがいきそうだったので、アマンダはかぶりを振って考えを吹き飛ばす。


(リサ殿下もアイザック陛下の事を愛しているだろうけど、ボクだって負けてない。ボクが一番陛下を愛しているんだ! ボクが幸せにしてあげればいいだけじゃないか!)


 アマンダは前向きに考え始めた。

 そうする事で、パメラのどこか冷たい態度を忘れようとしていた。

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