第577話 ジュディスに初めて自分を占わせた結果

 ロレッタとアマンダへの求婚が終わった。

 残る問題はジュディスとティファニーである。

 彼女らに関しては、アイザックも対処に悩んでいた。

 二人は王妃ではなく、寵姫として迎える予定である。

 だから、ロレッタたちとは違うやり方で話をする事にした。

 まずはランカスター伯爵家を呼び出す。

 会談の場所は、ウェルロッド侯爵邸だった。


 アイザックがランカスター伯爵邸に足を運べば、ロレッタたち同様に乞い求めているかのように思われる。

 王宮に呼び出せば、周囲に王命で娘を差し出させたように思われる。

 しかし、国王であるアイザックがランカスター伯爵家に媚びているように見られても困る。


 そこで選ばれたのがウェルロッド侯爵邸だった。

 今回は、ファーティル王国へ出張中のモーガン以外のウェルロッド侯爵家の面々も同席している。

 ランカスター伯爵家も、一家総出である。

 この会談では、まずアイザックが動いた。


「最初に伝えておきますが、私としてはジュディスさんのみを求めています。ですが私が国王に即位していますので昔とは状況が変わりました。占いの力を使ってもらう事があるかもしれません。たとえば国内の鉱山が枯渇して、新しい鉱脈を探さねばならない時などは占いの力を使ってもらう事があるかもしれません。みんなに必要なものですからね」


 そして、占いの力を使ってもらうかもしれない事に関しても伝える。

 パメラに言われるまでもなく、石油や石炭の埋蔵量が多い地域は王家の直轄地として確保しておきたいとアイザックも思っていた。

 それにもう反逆の意思を確認されるような事もない。

 今のアイザックは、占ってもらっても困る事はなかった。


「あと伝えておきたいのは、これは王命ではないという事です。あくまでも寵姫として迎えたいという希望を伝えるだけであって、ジュディスさんにとってなにが幸せなのかの判断はランカスター伯爵家にお任せします。おそらく、ロレッタ殿下との結婚は夏以降になるでしょう。返事は、それ以降でかまいませんので、ゆっくりと考えておいていただきたいのです」


 アイザックも親の前で「愛人になって」と言うのは辛い。

 しかし、ランカスター伯爵はモーガンの友人である。

 モーガンがいればよかったのだが、今はいないので本人の代わりとして家族に同席してもらったのは失敗だったと後悔する。


「王命ではない、ですか……」


 ランカスター伯爵は、アイザックの言葉の意味を考える。

 その考える姿を見て、アイザックは忠告し忘れた事に気づいた。


「強制はしないというのは本心です。言葉の裏に“自主的に差し出せ”などという意味は含んでいませんのでご安心を」


 彼は元外務大臣で、今は外務副大臣だ。

 言葉の裏を考えてしまうかもしれない。

 今はなにも含んでいないので、その事を伝えておく。


「わかっておりますとも。陛下を信じております」


 ランカスター伯爵は、そう答えた。

 だが実際は迷っていた。

 相手がアイザックなのだ。

「もしかして、今の言葉こそ本当は逆の意味なのではないか?」と疑心暗鬼になってしまう。

 しかし、アイザックはジュディスに配慮してきた。

 今は言葉通りに受け取ろうと努力する。


「ジュディスさんを寵姫として迎えるのは、政治的な利用をしないという意思表示でもあります。実はギャレット陛下が王子か有力貴族の子弟の嫁に迎えたいと考えておられるようです。これはジュディスさんが陰で聖女様と呼ばれているからです。その名声を使って王家の求心力を高めようと考えているのでしょう。私には複数の妻がいますが、それでも他国へ嫁ぐよりかは幸せにする自信があります」


 アイザックは、ジュディスの目を正面から見据える。


「ジュディスさん。あなたが前髪で顔を隠さなくなったこの屋敷から、新しい人生を始めませんか? 寵姫という立場ではありますが、私のところへきてください」


 彼女は、かつてアイザックがプレゼントした髪留めをつけていた。

 ならば、あちらも乗り気だという事だ。

 強引な要求ではないだろう。

 それに彼女は、ある意味アイザックが求めてやまない人物である。

 ジュディスは「アマンダのサイズは、AかAAのどっちだろう」などという小さな疑問とは無縁の存在である。


 ――なぜなら彼女はそんなレベルを通り越して、KやLといった異次元レベルの大きな疑問を抱かせる超越者だったからだ。


 石油などの資源はほしい。

 だが、占いの力よりも彼女自身のほうがほしい。

 だから寵姫になってほしいという気持ちに偽りはなかった。


 一方ジュディスは、望んでいた結果ではあるが即答しなかった。

 いや、できなかった。

 あれほど積極的にアイザックを誘惑していたが、いざ告白されてみると恥ずかしくて言葉がでなかったのだ。

 それが見て取れるので、誰も彼女を急かしたりはしなかった。

 しばらくして落ち着いた彼女が口を開く。


「ファーティル王国を助けに向かう時……。陛下は……、私の占いを求めませんでした……」

「ええ、そうですね。占いで結果を知ってしまうと、慢心して負けてしまうかもしれないと思いましたから」


 本当は、王家に反逆しているところを見られたくなかっただけである。


(でも反乱を起こそうとしているところは、違う形で見られちゃったけどさ)


 彼女の能力は本当に恐ろしいものである。


「あの時……、水晶玉を見ようともしなかった……。でも……、私の胸を見ていましたよね?」

「ええっ!」


 周囲から驚きの声が漏れる。


(げえっ! 視線に気づかれていたのか!)


 アイザックは視線を机に落とした。

 しかし、それでも周囲の視線がアイザックに向けられている事を気配で察していた。


「あの時はまだ婚約者がいたのに……」

「女の子の胸を凝視するなんて……」


 マーガレットとルシアの何気ない言葉が、アイザックの精神にダメージを与える。

 こういう時は父親よりも、なぜか母親に知られたほうが恥ずかしい。

 まるで隠していたエロ本を見つかった時のような気分だった。


「そうでしたっけ? 記憶にございません。もし誤解を招くような事があったのなら、以後気をつけます」


 だが、アイザックもただの子供ではない。

 様々な経験を積んできている大人である。

 表向きは平然としながら受け流す。


「でも嬉しかった……。私に興味を……、持ってくれているんだって……」


 ジュディスが涙をこぼす。

 これには色々と言いたい事があったランカスター伯爵家の面々も、なにも言えなくなってしまった。

 彼女が胸を見られて喜ぶようになったのは、家族のせいだからだ。

 占う力以外のところを、もっと見ていてやれば違っていただろう。

 ジュディスを占いの付属品・・・・・・から、一人の女の子・・・・・・に戻したのはアイザックだ。

「ジュディスのどこを見ていたんだ、この野郎!」と思っても、アイザックを叱る資格を持つ者はいなかった。


「私を求めてくれる人のところにいきたい……、です」


 寵姫は王妃と違い、結婚式を挙げる事ができない。

 それでも彼女は、アイザックの寵姫となる道を選んだ。


 アイザックにとっては公私共に嬉しい返事である。

 しかし「おっぱい凝視疑惑」が浮上しため、素直に「ありがとう」と言い辛い状況である。

 ひとまずワンクッションを置く事にした。


「今日は占い用の水晶を持ってきていますか?」


 ジュディスはうなずいた。

 ならば、アイザックもこの雰囲気を変える提案ができる。


「今回だけ特別に私の事を占ってかまいません。将来、私たちがどうなっているか占ってみませんか?」

「……本当に?」

「ええ、でも今回だけですよ」


(もう占われて困る事もないからな)


 アイザックが優しく微笑むと、ジュディスはすぐに水晶を持ってこさせた。

 彼女は自分とアイザックが、どんな生活をしているのかを占う。


「いい結果だったか?」


 ダニエルが尋ねると、彼女はすぐに満面の笑みを見せた。

 

「子供が……、十人はいた……」

「十人!?」


 皆が驚く。

 これにはアイザックも驚きの声をあげた。

 あまりにも予想外だったからだ。

 今回は動揺のあまり、周囲を見回してしまった。

 まるで家族に「なんというドスケベな子なんだろう」という目で見られているように感じてしまう。


 その感覚は正しかった。

 ジュディスとだけでも子供を十人も作ったのだ。

 他の王妃たちもいる事を考えれば、もっと大勢の子供が生まれている事だろう。

 それだけの好色家という事の証明である。

 これまでのアイザックのイメージからかけ離れているため、みんなが「信じられないくらいエッチな子だったんだ」と思っていた。

 その雰囲気を察したアイザックは、すぐに誤魔化そうとする。


「ザックたちを含めて十人かもしれませんよ」

「一番大きな子が……、黒い髪だった……」

「…………」


 ザックは両親譲りの金髪である。

 第一子と思われる子供が黒い髪であるならば、ジュディスの子供な可能性が高い。

 アイザックは「占わせるんじゃなかった」と後悔した。


「ま、まぁ子供はいたほうがいいですし……。それに父上のためにもなりますので」

「私の?」


 アイザックの言葉に、ランドルフは頭をひねる。


「一人っ子だったから、多くの家族が欲しかったのでしょう? 多くの孫に囲まれた余生というのもいいでしょう」

「覚えていてくれたのか、アイザック――陛下」


 昔、少しだけ話した事をアイザックが覚えていてくれた。

 それだけでアイザックの事を「エッチな子だな」とランドルフは思う事ができなくなってしまう。

「陛下」と言い損ねてしまいそうなくらい、彼は感動していた。


 しかし、それはそれ。

 他の者達は「理由はどうあれ、大勢の子供は作るんだ……」という感想を持ってしまった。

 それが二人のためになるのかはわからないが、冷え切った関係にはならないという事だけは救いだと思う事にした。

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