第575話 侵攻計画の問題点

 ――ファラガット共和国侵攻作戦。


 この事を話し合うのは重要だった。

 かの国に詳しいギャレット達がいる間に、大雑把な流れを考えるための作戦会議を開いた。

「我が義息子よ」という目で見つめてくるウォリック侯爵が鬱陶しいが、まずはキンブル元帥を中心に、ダッジやフェリクスといったロックウェル王国出身者に作らせたものを発表する。


「一万五千もの軍が補給なしで二週間も行動できるのか!」


 まずは作戦計画よりも、リード王国の補給態勢について驚きの声があがった。

 リード王国は周囲が同盟国であるため、各地方領主は援軍に向かう際に輜重隊も同行させる。

 準備さえ整っていれば、二週間は補給なしで行動できた。

 そして続々と後続が続くので、まず武器や食料が尽きる事はない。

 その事にロックウェル王国側の人間は驚いていた。


 ロックウェル王国軍には補給を続ける余裕などない。

 ファーティル王国を攻める時も現地調達が基本である。

 延々と続く補給線は、それだけで国力の差を思い知るには十分だった。


「それは侯爵家の保有する軍の規模での話です。王国軍の規模では、もっと短いものとなります」


 キンブル元帥は、実際の作戦行動可能期間をぼかして答えた。

 味方になるので教えてもよかったのだが、まだ正式に書面を交わしたわけではないので、念のために正確な情報を伏せておいたのだ。


「しかし、二週間分の物資を運ぶという事は、それだけの馬匹と馬車を用意しているという事でもある。正規軍のみならず、地方領主まで、それだけ揃えているというのは恐ろしいものだな……」


 やはりギャレットは、リード王国の底力が気になるようだ。

 ロックウェル王国では、いかに戦争の予算を捻出するかという問題が常に頭を悩ませていた。

 国境に軍を集めるだけでも苦労していたくらいだ。

 民間の馬車を徴発せずとも、一定期間は自前の輜重隊で補給を賄えるというのは信じられない事だった。

 

 それはダッジたちも同じである。

 行動制限の少ないリード王国軍の編成を魅力的に感じていた。


「フォード伯とも話していたのですが、リード王国軍ならばフォード元帥の考えておられた作戦も実行できたでしょう。食料の現地調達も時間がかかります。その時間を進軍に使えるのは大きいですから。その辺りの事もご説明させていただきます」


 テーブルにファラガット共和国の大きな地図が広げられており、そこにリード王国軍、ファーティル王国軍、ロックウェル王国軍、そしてファラガット共和国軍を示す駒が置かれていた。

 どちらも国境付近に集まっている。

 まずはキンブル元帥ではなく、ダッジが説明を始める。


「ファラガット共和国へ侵攻するにあたり、大軍が行軍可能な街道は国境中部に集中しております。そして、そこには要塞があります」


 ――国境の要塞地帯。


 ファーティル王国の東部にあるメナス公爵領は領都を強化していたが、ファラガット共和国は大小織り交ぜた要塞を国境付近に建設していた。

 主要な街道の近くに大きな要塞を置き、その周囲を中小の砦で相互支援できるようになっている。

 国境に二万ほど兵を駐屯させ、ロックウェル王国の侵攻を防ぐ。

 後方から軍を移動させ、迎撃する時間を稼ぐためだ。


(マジノ線みたいなものかな?)


 国境全体にというほどではなく、主要街道を素通りさせないためのものだが、アイザックは真っ先にフランスの要塞群を思い浮かべた。

 だが「国境付近の街を攻略してから次に進む」というのではなく、一部は素通りさせて進むので、イメージするのにピッタリだった。

 似たような要塞はグリッドレイ公国にもあるが、両国の国境にはないらしい。

 どこも「ロックウェル王国に恨まれている」という自覚があるという事だろう。

 ロックウェル王国からの侵攻を防ぐ事に重点を置いていた。


「この要塞群を無視して、小さな街道を通る事も可能です。ですが、その場合は各部隊が保有する物資が尽きた場合に現地調達をしなくてはいけません。それは陛下が望まれていないのですよね?」


 キンブル元帥が、アイザックに確認をする。

 アイザックはうなずいた。


「土地を奪えばいいというのではない。そこに住む民を手に入れてこそ領地として価値がある。恨みを買い、毎日のように住民が武器を持って襲いかかってくる土地など、褒美としてもらっても治めたい者などいないだろう。極力、食料などの略奪行為は控えたい」

「了解致しました。それではやはり、要塞を一か所は落としておいたほうがいいでしょう。宮廷魔術師を千名以上投入すれば、数日で終わらせる事もできるはずです。場所としては北端を狙うほうがいいと考えております」


 キンブル元帥は、要塞群の北端にある街道を指し示す。


「ここからならば、ファラガット共和国の北部にあるウォーデンまで十日ほど。早期征圧のために一万以上の兵と、宮廷魔術師を五十名以上投入しようと考えております」


 ウォーデンは、ドワーフが奴隷として働かされていると言われている街である。

 キンブル元帥も、アイザックはそこが気になっているだろうと思い、真っ先に街の名をあげた。


 次に国境付近の都市の征圧などを説明し始める。

 それは二週間で、ファラガット共和国の西側三分の一を征圧、さらに二週間で西半分を征圧するというものだった。

 食料の現地調達を行わないため、ファーティル王国の時のように、一気に首都まで攻めこむという無茶はしないようだ。


 キンブル元帥の堅実な性格が出ている。

 だが、アイザックはそれでいいと思っていた。

 ファラガット共和国との戦争は、一か八かのギャンブルではない。

 落ち着いて戦えば十分に勝てる相手である。

「リード王国に歯向かおうとするだけ無駄だ」という印象を強く植え付けるのには十分だろう。

 世論が降伏に傾いてくれると助かる。


「ロックウェル王国軍には国境の要塞群を包囲するという役目をお任せしたい。長年の恨みを晴らしたいという気持ちもあるでしょうが、それがどこまで自制できるかどうかがわかりません。末端の兵士の暴走は避けたいところなので、ファラガット共和国の奥深くへという事はないでしょう」

「仕方ありません。私もファーティル王国で『我らの富を収奪して、このように良い暮らしをしているのか』と思ったくらいです。兵士では我慢できないでしょう」


 アイザックの要請に、ギャレットは素直に了承した。

 ファラガット共和国は、ファーティル王国よりも富にあふれている。

 兵士達を抑えきる自信がなかったためである。


「補給部隊を邪魔されないよう、兵を釘付けにするというのも立派な功績です。働きに応じた見返りは用意します。ところでギャレット陛下にお尋ねしたかった事があるのですよ」


 見返りの話になったので、アイザックは今回の戦争に関する問題点を解消しようとする。


「私に答えられるものならどのようなものでもお答えしましょう」


 ギャレットは余裕の笑みを見せる。


「ファーティル王国を占領したあと、おそらく功績のあった者達を領主に任命するはずだったのだと思います。その際、どのように統治しようと考えておられたのですか?」


 しかし、その笑みはすぐに曇った。

 あまりよろしくない傾向である。

 だが決めつけるのはよくないので、アイザックは表情を変えなかった。


「領主を任命したら、彼らに任せようと思っておりました」


(ノープランだったんかい!)


 アイザックはツッコミたい気持ちを抑えるため、目をギュッと強く閉じる。


 ――領主に任せる。


 確かにそれはその通りである。


 ――しかし、領主が統治に失敗したらどうなるか?


 占領したばかりの土地では、簡単に反乱も起きるだろう。

 それで「お前には領主としての資格がない」といって領地を取り上げるのか?

 そんな事はできない。

 だからこそ、そうならないように国が立ち上げのサポートをしてやらねばならないのだ。

 なのに、ギャレットはノープランだったという。


「新しく領主になる者を補佐する人材の確保や、統治マニュアルなどのようなものがあると言う事でしょうか?」

「あぁ、いえ。そういったものはなかったはずです……」


 怪訝な表情を浮かべるアイザックに、ギャレットの声は段々とか細いものになっていく。

 アイザックの言葉を聞いて、他の者達も大きな問題に気づいた。


 ――侵略した国の統治はどうするの?


 シンプルな問題ではあるが「この戦争は楽勝だな」などと楽観してなどいられない大きな問題でもあった。

 特にリード王国は、何百年も領土拡張のための戦争を行っていない。

 奪い取ったばかりの領土を、どう統治するかの経験がないのだ。


 侵略戦争を繰り返すロックウェル王国ならば、ファーティル王国を占領後のビジョンを持っていると思っていた。

 だから彼らの意見を参考にして、ファラガット共和国を統治すればいいと、アイザックは考えていた。

 だが、その考えは初手から瓦解する。

 ギャレットが戦後の事を考えずに戦争を仕掛けていたからだ。


(これが考え方の違いか……。そうだよな、まだそういう時代だよな)


 ――前世で自分が生きていた時代との考え方の乖離。


 それを改めて思い知らされた。

 ただ「戦後の統治を考えるのは勝ってからでもいい」という考え方も一理あると思っていた。

 まだこの時代はナショナリズムが発達していない。

 愛国者が、パルチザンとして徹底抗戦してくる可能性は低いはずだ。

 あるとすれば、利権に絡む議員や商人達だろう。


(それならなんとかできそうだけど、やっぱり叩き台が欲しいなぁ。義祖父さんに任せてみるか)


 アイザックがウィンザー侯爵に仕事を投げようと思っていると、ソーニクロフト侯爵が動いた。


「ファーティル王国には、領主が側近と共に死亡した場合は中央から代理を派遣します。派遣された代理が最初にどうするべきかなどの順序を記したマニュアルがございますので、なにか役に立ちませんか?」


 ――領主を含めて、統治者が全滅した場合の対策マニュアル。


 これはロックウェル王国の脅威にさらされていたからこそ、必要に迫られて作ったものだ。

 国境付近の領主や代官が死亡した場合でも、戦争が終わればまた統治しなくてはならない。

 混乱を最小限にするためのものだった。


「おおっ、それはいいですね。参考にさせていただきましょう」


(叩き台があれば、議論も進めやすい。これは本当にありがたい!)


 かつてはアイザックがソーニクロフト侯爵にとっての救世主だった。

 今は立場が逆転して、アイザックにとってソーニクロフト侯爵が救世主のように見えていた。


「法律家なども育成しないといけません。ファーティル王国やロックウェル王国の法務官にリード王国の法律を教えるだけではなく、ファラガット共和国でも領主の補佐に必要です。裁判官を務められる者、法律の解釈を正確に教えられる者の育成をお願いします」

「かしこまりました」 


 今後必要になるものを伝えると、クーパー伯爵が気を引き締める。

 ファーティル王国やロックウェル王国は王制だが、ファラガット共和国は共和制である。

 大きく異なる法律に拒否反応を示すかもしれない。

 誤解を招かないよう、正確な説明をできる者が求められている。

 三年という期間で、どこまでやれるかわからないが、やり遂げねばならない。

 ある意味、宰相よりも難しい問題だった。


「そしてなによりも、領地を持つ方々は秘書官や書記官などの育成をお願いします。新天地にて領主となる方々に派遣できるようにしておいてほしいのです。実務経験を積んだ方を派遣できるようにしておきましょう」


 アイザックは領主達にも人材の育成を要請した。

 おそらく元帥であるキンブル伯爵は領地を与えられるだろう。

 だが、彼は領地を持っていない。

 領地運営のノウハウを持ち合わせていないのだ。

 それを補佐できる人材がほしい。

 だから、人材の育成を求めた。


 新しく領主になる者達に恩を売れるのだ。

 これは領主達にとっても悪い話ではない。

 それに飛び地となってしまうが、自分達も新しい領地をもらえる可能性も高い。

 人材の育成をしておいて損はなかった。


「問題は山積みですが、一つずつ解決していきましょう。皆さんはそれができる方々だと私は信じています」


 アイザックは、最後にさり気なく仕事を割り振った。

 実務経験といえば、アイザックは領主代理を一年やっただけである。

 それも後見人ありの状態でだ。

 新卒の国王陛下に実務経験を求められても困る。

 実務経験豊富な人達に仕事を割り振り「どうにかならないかな」と祈る。



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お盆は休むので来週はお休みです。

また再来週よろしくお願いいたします。

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