第574話 王家御用達の約束

 ロレッタに求婚したから、次はアマンダ――とはいかなかった。


 ――ロレッタが片付いたから、アマンダのほうもさっさと片付ける。


 そう思われたら、悪い印象を与えてしまう。

 これから結婚生活を送る相手だ。

 それにウォリック侯爵も鬱陶しい。

 面会の予約を取るが、少し間を開ける事にした。


 しかし、だからといってアイザックが暇なわけではない。

 空いた時間にやるべき事を行う。

 今回は、ブラーク商会の商会長であるオスカーを呼び出していた。

 彼にはエリアスを追い詰める手伝いをしてもらった。

 その報酬を支払わねばならない。


 だがいきなり「今日から王家御用達を名乗ってもいい」と言っては怪しまれる。

 なんといっても先代の商会長であるデニスは、モーガンに処刑されているのだ。

 そんな商会を理由もなく御用達にするわけにはいかない。

 だからアイザックは考えた。


 ――ブラーク商会に「王家御用達」の名誉を与える方法を。


 オスカーは、アイザックに課題を与えられていた。

 その課題ができたかどうかを、リサと共に確認しようとしていた。


「では、まずはこちらを」


 いくつかの箱の中から、オスカーは蓋に三角や四角、丸といった穴が開いているものを取り出した。


「では確認させてもらおう」


 すでに近衛騎士により安全は確認済みなので、アイザックは箱を手に取ってみる。

 箱の中には、様々な形の積み木が入っていた。

 アイザックは、それぞれ一つずつ手に取る。


「リサ、覚えているかな? ケンドラが幼い頃、お片付けをしたがらなかったと」

「ええ、そんな話をしましたね」


 リサは「相変わらず、アイザックの考えはわからないわね」と思いながら答えていた。


「その問題に対する答えはこれだ!」


 アイザックは三角の積み木を三角の穴へ、丸い積み木を丸い穴へ入れる。


「積み木のお片付けも、パズル感覚でお楽しみにする! そうする事で遊んだおもちゃを箱に仕舞うクセをつけるんだ!」

「……なるほど、それはいいかもしれませんね」


 リサは一瞬、呆気に取られた。

 だが、アイザックの言わんとするところを感じ取って、彼の意見に同意する。


「でも子供は想像できない行動を取ります。三角の積み木を縦にして、四角の穴を通そうとするかもしれません」

「それはそれでかまわない。形を三次元的に捉えて、穴を通る方法を考えたのならいいと思おう。片付けを面倒に思って投げやりになっているのなら注意しないといけないが、新しい事をしようとしているのをとめるべきではないだろう」

「確かにそうも考えられますね」


 アイザックがブラーク商会に用意させたもの。


 ――それは知育玩具だった。


 ブラーク商会は木工品を得意としているが、王宮に商品を納める王都の商会を押し退けるほどではない。

 それにこれからは、ドワーフと交流があるというアピールのためにも、ドワーフ製のテーブルなども増えていくだろう。

 なおさらブラーク商会を王家御用達にする理由がない。

 だから、アイザックは「ザックのためのおもちゃを納めさせる事で、王家御用達にしてやろう」と考えたのだった。


「では、他のも見せてもらおうか」

「かしこまりました。……ですが、本当にこのようなものでよろしいのでしょうか?」


 オスカーが取り出した袋の中から、木がぶつかり合う音が聞こえる。

 アイザックは袋を受け取ると、中身をテーブルの上にぶちまけた。

 長方形の小さな積み木が無数に転がり出る。


「問題は、これが同一に作られているかだな」


 アイザックが、その積み木を交互に積み重ねていく。

 十段ほど積み重ねても、傾いたりはしなかった。

 ちゃんと真っ直ぐに立っている。


「ちゃんとできているな」

「長方形の積み木を同じ大きさで作るだけならば簡単です。これは儀式用の薪にでも使うのでしょうか?」

「いや、これも子供用のおもちゃだ」


 アイザックは積み上げた積み木の下から一本取り、一番上に載せる。


「これを順番にやっていく遊びだよ」


 ――二つ目の商品はジェンガだった。


 今はまだ無理だが、ザックが大きくなったら一緒に遊べるはずだ。

「なぜこれをケンドラが生まれた時に思いつかなかったのか」と悔やんだくらいである。


「これで積み上げた積み木を崩した奴が負けというゲームだ。実際にやってみようか。リサ、次にやってみて」

「わかりました」


 彼女も慎重に一本抜き取り、上に載せる。

 アイザックはオスカーにもやらせて、順番に試していく。


「あっ!」


 やがて、リサが積み木を抜き取る時に崩してしまった。

 子供の遊びではあるが、少し残念そうな表情を見せる。


「なるほど……」


 オスカーが興味深そうにジェンガを見ていた。


「シンプルなおもちゃではありますが、物理法則を子供に学ばせるのにはいいかもしれないですね。それにオセロやチェスと違って、複数人でも遊べるテーブルゲームとして大人にも遊ばれるかもしれません」

「今は複数人で遊ぶとなるとトランプくらいしかないからな。子供の場合は、負けた者が積み上げる。大人の場合は、負けたら一杯奢るといったちょっとした賭けをしながら遊べるかもしれない。なにしろ、負けたら一目瞭然だ。量産できそうなら、私が考案したとして名前を使って売り出してもいい」


 元々はザックのためのおもちゃであるが、独占するつもりはない。

 それに形とルールさえわかれば誰でも作れるものである。

 売れるとわかれば他の商会も真似をするだろうし、ブラーク商会に「アイザック公認」というネームバリューを与えてやるつもりだった。

 これならば「王家御用達」の看板に噓偽りはない。

 なんといっても、アイザック自身が考えたものを王家に納品しているのだから。


「あの、幼児向けはもう少しサイズを大きく作ってもらえませんか。幼児は手に取ったものを口に入れる事があります。誤って飲み込まないサイズにしたほうが安全だと思います。あとルールを覚えられるのが三歳か四歳くらいからになると思うので、一歳や二歳の子供には向いていません」


 おずおずといった感じではあるが、リサが注文をつける。

 彼女は、もう王妃なのだ。

 自分の意見を言えるようになってもらわねば、アイザックも困る。

 彼女は子育て経験者だから、知育玩具の話に同席させたのだ。


 ――少しでも自信を持ってもらうために。


「確かにその通りだ。それと子供が遊ぶと何本かなくしそうだから、すべて同じサイズで統一してなくした分だけを買い直す事ができるようにしておいてくれ。平民も買うだろうから、何度も買い直させる必要もなくそう」

「かしこまりました。バランス人形とは違い、これならば一度寸法を決めれば量産は容易です。平民でも気軽に買える価格に抑えられるでしょう」

「これは子供の知力を育む玩具。知育玩具として売り出そう。今はこれだけだが、今後も新しいものが思い浮かべば製作を任せよう」

「ありがとうございます!」


 おもちゃ箱の蓋に穴を開けるのも、ジェンガも、どちらも知ってしまえば真似をされる程度のもの。

 だが最も肝心なのは「王家御用達」の肩書きである。

 こんなに簡単な作業で、その肩書きを得られるのだ。

「協力の見返りとして、容易に御用達の肩書きを得られるように配慮してくれているのだ」と、オスカーは感謝していた。


「それと、近いうちにウェルロッド侯爵家から話があるだろうが、整備されていない道で使える大型や中型の馬車の生産をするように言われるはずだ。今から職人や小間使いを集める用意をしておくといい」

「すぐに手配しておきます」


(ファーティル王国の姫君に求婚したという噂は本当だったか。もしかしたらロックウェル王国が降るという噂も本当かもしれない)


 市中に流れている噂を、アイザックの言葉が真実味を帯びさせた。

 リード王国内の主要な街道は整備されている。

 整備されていない道・・・・・・・・・と指定するのなら、当然馬車はそこを通るのが前提である。

 ファーティル王国、場合によってはロックウェル王国まで通行可能な馬車を必要としているのだろう。

 いや、必要となる。


 通行税を取られるのは変わらないだろうが、一つの国になれば関税がなくなる。

 この影響は大きい。

 商人達が交易用の馬車を求めるはずだ。

 馬車に使う板を用意しておくだけでも、量産は楽になる。

 その時、オスカーは気づいた。


「なるほど、どちらの商品も馬車を作る際に出る端材で作れますね」

「無駄は嫌いだからな」


 アイザックがニヤリと笑う。


「これからも頼むぞ」


 これには「裏の仕事を頼むかもしれない」という意味も含んでいた。


「お任せを」


 ここまでくれば一蓮托生である。

 いや、証人が死んでいる以上、生殺与奪を握られている状態である。

 オスカーはデニスのような末路にならないよう、アイザックに協力するしかない状態だった。



 ---------- 



 次に呼び出したのはグレイ商会のラルフである。

 今度はパメラを同席させている。

 アイザックは、グレイ商会にも新商品を作らせていた。

 それが応接室に運び込まれる。


「ご注文通りの品ができたと思います」


 運び込まれたのは、エアロバイクだった。

 自転車は、ゴムのタイヤが作れないので滑って倒れる危険な乗り物である。

 しかし、せっかく作った自転車を放置するのはもったいない。

 そこで考えたのが、エアロバイクである。


 ペダルの重さを変えるギアが作れなかったため、丸い鉄板で重さを調整する仕様にしている。

 まずアイザックは、転倒しないかを揺さぶって確かめる。

 次にペダルを手で回して安全を確認する。

 その時、ある事に気づいた。


「おっ、ペダルを回すのをやめたら空回りするようになったのか」


 以前の自転車は、漕ぐのをやめてもチェーンの回転が伝わってペダルが回り続けていた。

 あれでは足にぶつかって危なかったので、これはいい仕様変更である。


「王室に納品するため、安全性に配慮させていただきました」

「よくやった!」

「ありがとうございます」


 エアロバイクをどうするのかわからなかったが、王室に納品する以上、アイザックが使う可能性が高い。

 怪我をしないように配慮するのは当然だった。

 むしろ、空転する仕組みを作るのに全力を尽くしたといってもいいくらいである。

 他の部分は既存の技術を流用するだけで済んだのも大きい。


「陛下、なぜこのようなものを?」


 パメラが不思議そうにしていた。

 エアロバイクの事はわかっていても、そんなものを今、作らせた理由がわからなかったからだ。


「お前のためだ。ザックのそばにいる時間が長いから、あまり運動できていないだろう? これを部屋の隅にでも置いておけば、ちょっとした合間に使える。部屋で運動不足も解消するには、これがいいかなと思ったんだ」

「なるほど、だから乗馬服を着てくるようにと仰ったのですね」


 パメラにもアイザックの意図が伝わった。

 彼女は早速エアロバイクの乗り心地を試し始めた。

 最近は乳母に任せて眠る時間は確保しているが、昔のように外を出歩かなくなっている。

 そんな彼女のために、部屋で体を動かせるものを考えていた。

 エアロバイクなら、部屋を走り回ったりせずとも運動ができる。


 自転車のタイヤが滑りやすいなら、動かないものを作ればいいという発想で開発させたのだ。

 もちろん、これも王家御用達という肩書きを与えるためでもある。


「ご婦人方に限らず、その時の気分で出歩きたくない時は誰にでもある。そんな時、ペダルを漕ぐだけで自宅の中で運動ができる。ハンドルの上に本が置ける台をつけるのもいいな。数を量産するのは難しいだろうし、価格は高くなるだろう。貴族や富裕層向けになるだろうが、パメラも使っているというネームバリューでどうにかなるだろう」

「パメラ殿下もお使いになられているというのは、いい売り文句になるでしょう」


 ラルフが喜んでいる姿を、アイザックも嬉しそうに見ていた。


「以前、話した事を覚えているか?」

「エンフィールド公爵になろうとも、ウェルロッド侯爵家を継ぐ事になるという話でしょうか?」


 アイザックは鷹揚にうなずく。


「私が王になった今、おそらくウェルロッド侯爵家を継ぐ事はない。サンダース子爵が継いだら、次は私の息子に継がせる事になるだろう。しかし、それではグレイ商会の信頼に対する裏切りとなる。だから王家御用達になってもらうために、新商品のアイデアを譲ろう。これからも期待している」

「ありがとうございます。陛下の期待にお応えできるように努力致します」


 ラルフとしても「アイザックはウェルロッド侯爵家の当主になるのか?」という心配はあった。

 だが「ウェルロッド侯爵家の当主にならないから、あの約束はなかった事にする」と言われずに済んだ。

 その事に安心していた。


「ところで頼みがあるのだが」


 そう言われて、彼は体を硬直させる。

 また金の無心かもしれないからだ。


「こういうものを作ってもらいたい」


 アイザックが差し出した紙には、鉄パイプの片側を塞ぎ、横に小さな穴を開けた絵が描かれていた。

 そして、それをボウガンのようなものに固定している絵もあった。


「これはどのような用途のものでしょうか?」

「火薬を使った新しい武器だ。鉄パイプの部分が外れないよう、しっかり固定しておいてほしい。あとは実際に実験しないと、今の段階ではなんとも言えないな」

「かしこまりました。見た感じではそこまで難しくなさそうなので、すぐにできるでしょう」

「あぁ、頼む」


 これで自然な流れでブラーク商会だけではなく、グレイ商会にも「王家御用達」の肩書きを与えられるだろう。

 そして、その先。

 戦争に備えての準備も進む。

 アイザックの狙い通り「王家御用達」の肩書きを与えるのをカモフラージュにして、戦争の準備も進められそうだった。

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