第572話 パメラに相談したかった事

 家族会議があった日の晩、アイザックはパメラを寝室に呼んだ。

 もちろん、彼女をゆっくりと寝かせるためだ。

 王の呼び出しには応えねばならない。

 房事のための呼び出しだと思われているので、女官達によって体が磨き上げられていた。

 中身が昌美だとわかっていても、アイザックはナイトガウンから見える谷間をチラ見してしまう。


「ザックの事が心配なのに」


 パメラも最初は文句を言っていたが、ベッドに入るとすぐに寝入った。

 子供が心配ではあったが、それはそれ。

 赤子の泣き声が聞こえない場所なので熟睡してしまったのだ。

 彼女は疲れていても、いびきをかいたりしなかった。

 眠っていても気品を損なわない彼女の姿に、アイザックは感心していた。


(これで睡眠の重要性を思い出してくれるといいな)


 そう思いながらアイザックも眠る。

 本番は次回である。


 二日後、アイザックはまたパメラを寝室に呼び出した。

 今回はパメラの体調も良さそうだった。

 ちゃんと睡眠を取ってくれているのだろう。

「これで話を切り出す事ができる」と、アイザックは安心する。


「私の体調が回復して安心しているって事は、寝不足で機嫌が悪い時にしたくない話があるって事ね」

「な、なんでそれがわかった」


 パメラは右手で華麗に髪をかきあげる。


「私がパメラ・ウィンザーだからよ」

「意味はわかるし絵にはなるけど、その体のスペックでゴリ押しはどうかと思うぞ……」


 彼女の「パメラの体のスペックが優秀」なのと「容姿が美人だから、こういう仕草も似合うだろう」という妹に、アイザックはツッコム。


「せっかく美人に生まれたんだから、ちょっとくらいいいじゃない。これまではそんなお遊びなんて許されなかったんだから」

「まぁ、そうだな。侯爵家の子供がおかしな行動はできないし」

「それをお兄ちゃんが言うの?」


 パメラがクスクスと笑いながらベッドに入る。

 まだ肌寒い季節である。

 立ったまま話すのは辛かった。


「それで話したい事ってなに?」


 早く寝たいのか、パメラが話を進めるように求めてきた。

 アイザックは言い辛そうにする。

 だがいつかは言わねばならない事なので、勇気を出して本題を切り出す。


「ロレッタ殿下とアマンダの事なんだけど……。どう求婚すればいいと思う?」

「はぁ? 普通、自分の奥さんに他の女の口説き方を聞く?」


 パメラは軽蔑しきった視線をアイザックに向ける。

 

「いや、お前だから聞いたんだよ。相手がリサだったら、こんな事を聞いたりしないよ!」

「だったらママに聞けばいいんじゃない?」

「おい、やめろ。あれはお前のためにやった芝居なんだからな?」

「はいはい、そうでした」


 アイザックの相談内容が気に入らなかったのか、パメラがからかってくる。

 そんな彼女に対し、アイザックはため息交じりに言った。


「これはザックのためでもあるんだぞ。ファラガット共和国とグリッドレイ公国まで潰せば、リード王国はどこも手出しができない超大国になる。港を確保すれば貿易で稼げるし、経済的には安泰となるだろう。よほどの失政をしない限りは、ザックにいい状態で王位を譲れる。子供に苦労はさせたくないだろう?」

「それはそうだけど、求婚する方法もわからない人に何ができるっていうのよ。あっ、そういえば」


 パメラが何かを思い出したようだ。

 あまりいい話ではなさそうなので、アイザックは顔をしかめる。


「リサに聞いたけど、もうちょっと気を使いなさいよ。なんでグダグダな告白してんのよ。そこは『第二夫人になるけど、気持ちは君が一番だ』とか『二番目になるけれど、世界で二番目に幸せな人にする』とか、もっとポジティブな告白をするべきでしょ? 告白される側の気持ちを考えてよ」

「だって、あの時はパメラを名実共に一番の第一夫人にするって思ってたし……」

「嘘を吐かなければ誠実な態度だって喜んでもらえると思ってたらダメだからね。夢を見させなさい、夢を」

「夢か……」


 この時、アイザックはパメラが助言をしてくれている事に気づいた。


(もっと素直に教えてくれてもいいのに)


 そう思わなくもない。

 しかし、一応教えてくれているのだ。

 感謝はしておかなくてはならないだろう。


「ロレッタには政略結婚だけど、そうは思わせないって話をして。アマンダにも、ちゃんとしてあげないとだめだからね。あっちが結婚を望んでいるとはいえ、婚約指輪を贈るだけで済ませたら、心の中でガッカリされるわよ」

「それはわかってるよ。お前とリサの時は特殊な事情だったんだから」

「ならいいけど……。それだけ?」

「それだけって?」

「ジュディスとティファニーはどうするのよ」


 二人の名前を出され、アイザックは目を丸くして驚く。

 ジュディスはともかく、ティファニーの名前まで出されたからだ。


「なんでティファニーの名前が出てくるんだ?」

「お兄ちゃんがチャールズの処刑の時に『ティファニーの事は任せろ』って言ったからでしょ。公の場で幸せにするって言ったから、いつ婚約するんだろうって噂になってるわよ」

「マジでか……」


 確かに、あの時の事は覚えている。

 だがアイザックは「ティファニーの事を、もうお前に心配される必要はない」という意味で言っていた。

 まさか「俺が幸せにするから心配するな」と受け取られていたとは思いもしなかった。


「その反応、そのつもりはなかったって事?」

「……家族として守るから、わざわざ言われる必要はないって意味で言った」

「呆れた。いつか刺されるよ」

「マットが守ってくれるって言ってたし……」


 パメラが、ジト目でアイザックを見つめる。

 アイザックは視線を逸らす。


「なんでゴメンズ関係の女ばっかり惚れさせてるのよ」

「俺の都合でニコルを放置してたから、見殺しにするのは忍びなくて助けてただけだよ。下心はなかった。ジュディスにもだ」


 何度か視線が釘付けになる事はあったが、色気に負けて助けたわけではない。

 ランカスター伯爵家との関係など、政治的な理由で助けたのは事実である。

 それだけは、アイザックも自信を持って答えられる。


「下心ありだったら、アマンダにまで好かれる事はなかっただろうしね」

「別に胸の大きさで助けるかどうかを考えてるわけじゃないからな」


 少し歪曲されてはいるが、一応はアイザックの気持ちはパメラにも伝わったようだ。

 その事にアイザックは、少しムッとした。


「まぁお兄ちゃんが巨乳好きというのは置いといて、ジュディスとの結婚は良い事だと思う。きっとあの占いの力は石油とか掘り当てるのに便利だよ。他の国に渡すくらいなら結婚しちゃいなよ」

「そんなあっさりと……」

「政略結婚なんてそんなもんでしょ。ジュディスに良い印象を持たれているんだし、お兄ちゃんもおっぱい好きなんだから、政略結婚にしては幸せなほうだよ。ザックを産油国の王にするためにも、ジュディスだけは手放しちゃダメだからね!」

「あぁ、うんまぁ……。そっちもちゃんと考えとく」


 ガッツリと物欲を押し出すパメラに引きつつも「それくらいバイタリティがないとダメなんだろうな」と、アイザックは考えさせられた。


「とりあえず相談には乗ってあげるから、まずは自分でどう求婚するか考えてきて。話はそれから」

「あぁ、わかったよ」


 ひとまず、パメラが相談に乗ってくれるようなのでアイザックは胸を撫でおろした。


「それと化学の研究だけど、国立理化学研究所を作ろうと思っている。お前を初代所長にするつもりだけど、今の様子だとザックから離れるつもりはないだろう? 後宮内に簡単な道具を持ち込むか?」

「あー、うん。そうしようか。リップとか作りたいし、簡単な道具くらいは持ち込んでいいかも。あー、そうだ。私は王妃になったんだから、もう自由なんだよね。人目なんて気にしないでいいんだ」


 パメラは、どこか悲し気な声で喜んでいた。

 きっと、幼い頃から周囲に監視されていた時代の事を思い出しているのだろう。

 アイザックほどではないが、彼女も家庭内の問題で苦しんでいた。

 自業自得なところもあったが、アイザックはそれをわざわざつっこまなかった。


「いや、王妃なんだから最低限の人目は気にしろよ」


 代わりに、自由過ぎないようにだけ注意をしておく。


「それくらいわかってるって。ところで、お菓子屋のパティシエってどれくらい派遣できるの?」

「……今の話でパティシエが関係あるのか?」


 純粋な疑問であったが、それはパメラに溜息で返された。


「お菓子作りは化学なんだよ。決められた分量を使って混ぜ合わせるとか、混ぜる方法も大切だったりするし。だからお兄ちゃんも研究員の確保のために、お菓子屋を作ったんじゃないの?」


 パメラの問いに、アイザックは彼女の目を正面から見据える。

 本当の事がバレないように


「そうだよ」


 その態度と返事から、パメラは色々と察した。


「嘘くさいけど、まぁいいわ。研究所が稼働し始める前にパティシエを集めておいて。作業自体はできるだろうけど、薬品の取り扱いに関しては教えておかないといけないだろうし」


 彼女は彼女なりに研究所の事を考えていたらしい。

 しっかりと研究所の立ち上げに関して考えていた妹に、アイザックは涙腺が緩む。


「味噌汁の出汁に焼き肉のタレを入れていたような奴が立派になって……」

「チョコレートとかはちゃんと作ってたでしょ! 毎日食べる家庭料理にはレシピ以外のアクセントも重要なんだから」

「アクセントしかなかったよ!」


 そこから過去の思い出話へと脱線し、やがて話し疲れたパメラが眠る。


(ロレッタたちに関して相談できるのは助かった。大臣とかも結納だとかは相談に乗ってくれても、求婚の方法は作法を教えてくれただけだし)


 難しい問題を相談できる相手が見つかり、アイザックは助かった気分だった。


(子供にネグレクトするタイプではないと思っていたけど、これだけ真剣に子育てをするタイプだとは思わなかったな。のめりこむタイプは研究職に向いているのかもしれないけど、子育ても研究も周囲が適度に休ませてやらないといけないな)


 今夜は前世では気付かなかった昌美の一面を知った。

 もしかしたら、それはパメラの性格が出ているのかもしれない。

 アイザックも「パメラの成長に負けないように頑張ろう」と思いながら眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る