第569話 大義名分は作るもの

 ――アイザックの考えた戦争計画。


 それは共闘関係にあるファラガット共和国とグリッドレイ公国の関係を利用したものだった。

 両国は、種族間戦争前にウィックス王国という国が二つに分かれてできたものである。


 ――圧政に国民が反発し、商人を中心に独立したのがファラガット共和国。

 ――逃げ出した貴族がグリッドレイ公爵家に集い、公爵を公王として立てたのがグリッドレイ公国。


 当時の王が愚かな政策を取っていた事もあり、王家に対する貴族の心は離れていた。

 それでも、領地を奪われた貴族は奪還を求めていたが、それは種族間戦争で中断される。

 そして、ロックウェル王国を食い物にしようと申し出に乗り、共犯者であるファラガット共和国との戦争は事実上終わった。

 これはグリッドレイ公爵家や、その縁戚である貴族の領地が無事だった事が大きく影響していた。

 領地を奪われた貴族の発言力など小さい。

 無駄に争うよりは、グリッドレイ公国の安定と利益を追及したのだった。


 アイザックは、その歴史を利用しようとしていた。

 両国は一応講和しており、実質的な同盟国となっている。

 その関係を破壊し、両国を争わせて、リード王国よりもお互いを憎むようにする。

 そうすれば、将来的に手を組んで独立運動を行おうとも思わなくなるだろう。


「グリッドレイ公国を一時的に味方に付けるわけですか」

「ええ、彼らは利益によってファラガット共和国と手を組んでいます。ロックウェル王国から安く鉱石を買えなくなれば、手を組む理由がなくなります。リード王国と手を組めば簡単に国土を取り戻せるとなれば、彼らはこちらに付くでしょう。もっとも、そのあとどうなるかは彼ら次第ですが」


 アイザックの計画では、まずファラガット共和国を攻める。

 その際、グリッドレイ公国と密約を結び、すぐには動かぬように頼む。

 ファラガット共和国の大半を占領したところで、グリッドレイ公国は援軍を出し、リード王国は撤退。

 戦闘する事なく国土の六割ほどを譲り、軍を睨み合い状態にする。

 グリッドレイ公国は「リード王国軍に備えるため」と言って、堂々と軍をファラガット共和国に駐留させる事ができる。

 リード王国は西側を支配しながら、グリッドレイ公国がファラガット共和国を併合するのを待つだけだ。


 リード王国軍は同盟国へ援軍を送るため、輜重部隊をしっかりと作っており、規律に厳しくお行儀がいい軍隊だ。

 しかし、グリッドレイ公国軍は違う。

 略奪や暴行が多発するだろう。

 そうなれば、ファラガット共和国の民衆はどう思うだろうか?


 ――侵略者のリード王国の支配地域では軍が民衆を守り、援軍にきたグリッドレイ公国は横暴でどちらが味方かわからない。

 ――グリッドレイ公国よりも、リード王国のほうがマシだ。


 そう思わせる事ができたら、アイザックの勝利である。

 あえてグリッドレイ公国にファラガット共和国の領土を明け渡す事で、国民感情に亀裂を作る。

 両国民を憎ませる事で、リード王国の支配を容易にする。

 イギリスの植民地支配の真似をすれば、その辺りはどうにかなりそうだと、アイザックは考えていた。


「ですが、これはまだ初期段階の計画です。ドワーフの奴隷がいるという噂もありますし、どこまで素早くファラガット共和国を制圧できるかによるでしょう。実際に軍部と相談して、実現可能な作戦を立案せねばなりません」

「……ファラガット共和国の軍は四万ほど。三か国の軍を合わせればできるでしょうな」


 リード王国は十万、ファーティル王国は五万、ロックウェル王国は三万。

 これらの軍を養う兵站を維持できるのであれば、ファラガット共和国は十分に征圧可能である。

 それにファラガット共和国は、ロックウェル王国との国境付近の要所に要塞や砦を築いている。

 内通者を作り、精兵を要塞に閉じ込めておけば征圧も容易になるだろう。


「ただ、この計画をそのまま使うという事はありません。不確定要素も多いですし、グリッドレイ公国の動き次第で計画を変更しないといけないでしょう。それに、ファラガット共和国と戦端を開くと決まったわけではありません。攻め込む大義名分がなければ、兵も動かないでしょうから。その辺りの事は、ウィンザー侯から説明させましょう」


 アイザックは、ウィンザー侯爵に視線を送る。

 戦争に反対している彼も自分の役目は果たさねばならない。

 渋々説明を引き受ける。


「ギャレット陛下の決断と、ロレッタ殿下との結婚が決まったとしても、すぐに両国を受け入れる事はできません。ファーティル王国は一年後、ロックウェル王国は二年後に併合するといったように段階的なものになるでしょう」

「もっともだ」


 ギャレットも「サインしたら、今日からリード王国のロックウェル公爵になれる」とは思っていない。

 諸般の事情を考慮しつつ、平和裏に合流するには時間がかかるとわかっていた。


「ただし、周辺国に発表自体はします。二年後にロックウェル王国は、リード王国のロックウェル地方になると。それはファラガット共和国とグリッドレイ公国にも行います」


 今の説明も不思議でもなんでもなく、ただの確認。

 ギャレットは、そう軽く考えていた。


「その際に、両国にはロックウェル王国の資源を今すぐではなくとも、二年後には相場通りになるよう、徐々に買い取り価格を上げるように通達します。リード王国からの警告として」

「なるほど、それは助かるな」


 ロックウェル王国側から説明しても、両国は簡単に信じてくれないだろう。

 リード王国から連絡してくれるのなら、これからの二年間も苦しまずに済みそうだった。

 しかし、ここでギャレットの予想を超える言葉が、ウィンザー侯爵の口から放たれた。


「ギャレット陛下からは、ファラガット共和国に十年間は今の相場で資源を売るので、その間は借款の返済及び利子の停止を申し出ていただきたいのです」

「なにっ!」


 二年後には、リード王国の一員となる。

 その時に借款を踏み倒すという話だった。

 なのに、わざわざ返済と利子の停止を頼めというのだ。

「話が違う」と言いそうになった。

 だが、その言葉はなんとか飲み込めた。

 その理由が思い浮かんだからだ。


「それはロックウェル王国・・・・・・・・として申し入れろという事か?」

「その通りでございます」


 ――ロックウェル王国としての申し入れ。


 それはつまり、二年後には約束などなかったという事にするという意味である。


(馬鹿正直に今から相手を怒らせる必要などない。開戦に踏み切るまでは友好的な顔を見せておくという事か)


 ギャレットはそう考えた。

 だが、それは当たりであるものの、満点というわけではなかった。


「我が国からの警告に従い、買い取り価格を上げるならよし。その気配がなければ、もう一度警告を行います。それでも無視するようなら、リード王国の資源を不当な価格で奪い取っている国に対して懲罰を与えねばならなくなるでしょう」


 ギャレットは、その意味を理解して顔が引きつる。

 ギャレットだけではなく、ロックウェル王国側の出席者全員が「貴族に反対されて困っている」とアイザックが言った意味がわかった。


(そんな警告、誰が従うというのだ。何もかも踏み倒す前提で、国家間の決め事をするなど王道を外れた行為だ。これは借款を踏み倒すのとはわけが違うぞ)


 ファラガット共和国は「十年間は現在の相場で買い取る事ができるとロックウェル王国と話がついている」と警告に耳を貸さないはずだ。

 借款の踏み倒しも、返済の停止を認めていれば、踏み倒す時まで返済する気がないと気づかれない。

 誰もロックウェル王国・・・・・・・・名義の契約を無効にされるなどとは思わないだろう。

 それを逆手に取って、戦争の口実にする気なのだ。

 相手が道を踏み外すように誘導しておきながら、自分は被害者面をする。

 良心が少しでもある者なら「そこまでしなくても」と思って反対する者が出るのも当然に思われた。


「それだとファラガット共和国と取引する商人には、現在の相場で売るように命じておく必要があるようですな」

「お願いします。もっとも、ファラガット共和国の商人が警告に従って買い取り価格を上げてくれれば、戦争の口実もなくなるでしょうが」

「それはどうだろうな。かの国の商人は貪欲だ。十年間は現状維持のままという契約があれば、それを盾に価格を抑えたままにするであろう。おそらく高い確率で戦争になるだろうな」


 ギャレットは、アイザックを見る。


(戦争をやる気だと言っておいて、戦争を吹っ掛ける核心部分の説明は宰相に任せるか……。いざとなれば、義理の祖父ですら切り捨てるだけの覚悟はあるようだな)


 アイザックが直接説明したのは戦争に関わる部分だけである。

 実際に火種の作り方を説明したのは宰相であるウィンザー侯爵だ。

 戦争に負けた場合などに「私は戦争になった場合の事を話しただけで、戦争をしかけろとは言っていない」と責任逃れをするつもりなのかもしれない。

 実際は「あっちは宰相が話したんだから、こっちも宰相の出番が必要だろう」と思ったアイザックがウィンザー侯爵に出番を与えただけなのだが、ギャレットは「優しさに甘えていたら、いつか利用されて切り捨てられるかもしれない」と恐怖した。

 また同時に「利用価値を証明し続ける限りは頼もしい王が守ってくれる」という安心感も持っていた。


(まぁ、いい。現状維持で経済奴隷の立場のままよりは、悪魔とでも手を組んで栄華を望むほうがマシだ)


 ギャレットが、フフッと笑う。


「ところでアイザック陛下。五年前の事を覚えておられるか?」

「ええ、もちろん」

「あの時、私がファーティル王国を攻めるのをわかっていたそうですな。即位したばかりの王は戦争のようなわかりやすい結果を求めると。アイザック陛下も人の子なのだなと実感しました」

「あぁ、ちょうどいいチャンスがきただけなのですが、そう思われてしまいますよね……」


 アイザックも即位から三年後を狙って、ファラガット共和国を手に入れようとしている。

 国民に良いところを見せようとしていると思われては無理はないだろう。


「息子の代で火種が大きくならないようにするためですが、それもある意味私のわがままのためなのかもしれません。ですが、多くの人にとって得になる話ではあるでしょう。これからの動き次第ですが、まぁ損はさせませんよ」

「そう願いたいものです」


 アイザックの中では、すでにファラガット共和国への侵攻は既定路線だった。

 しかし、実は身近なところに、心の中で強く計画が失敗してほしいと祈る者がいた。

 それはウリッジ伯爵ではなく――意外な事にモーガンであった。


(この話が進むと、絶対にグリッドレイ公国へ使いに出されるな。片道で二ヶ月はかかるようなところに行きたくない)


 せっかく曾孫の顔が拝めたのだ。

 あとは二国を併合したあと、隠居して曾孫を可愛がる余生を送ろうと思っていた。

 しかし、この調子だと体調を崩さぬ限り、最低でも三年間はこき使われそうである。

 副大臣のランカスター伯爵も同い年なので、代わりを務めさせるのは難しいだろう。

 それに重要な話なので、大臣自ら出向くべき案件だ。

 さすがにこの計画を潰すような密告をファラガット共和国にしたりはしないが、彼らが賢明な判断をしてくれるよう必死に祈っていた。

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