第561話 ロレッタとアマンダの反応

 アイザックの即位を祝う使節団が帰国していく。

 そんな中、最後まで残っている者がいた。


 ――ファーティル国王ヘクターである。


 彼がなぜ最後まで残っているのか?

 その理由は、アイザックにはわかっていた。

 そこでアイザックは、彼の望みを叶えるべく、ロレッタを同席させるために学校の休みの日に会談を開く。


「他国の使節団も帰国したので、今日は時間に余裕を持つ事ができました。ゆっくりとお話ができますね」


 アイザックは「それが望みだったのだろう?」と、目で語り掛ける。

 ヘクターも「その通り」と笑みを見せる。


「それはよかった。実はシルヴェスター殿下から、ある話を伺ったのですよ。その事に関して、ゆっくり話をしたいと思っていたところです」

「ええ、それは私もです。だから、ロレッタ殿下もお呼びしたのですよ」


 ロレッタも、シルヴェスターの話を聞いていた。

 これからどんな話が始まるのかは予想できる。

 だが、相手はアイザックだ。

 予想を超える話をしてくる可能性も高い。

 胸が高鳴るものの、その鼓動に感情を委ねる事はできなかった。


「まず結論から話しましょうか。ウェルロッド侯やウィンザー侯とも話し合った結果、条件付きではありますがロレッタ殿下との結婚もあり得るという結論に至りました」

「嘘っ!」


 条件を聞いていないにもかかわらず、思わずロレッタが驚きの声を漏らしてしまう。

 あれほどパメラとリサ以外に興味がないという態度を見せていたアイザックが、突然の心変わりを見せたせいだ。

 ヘクターも少し意外に思っていた。

 驚く二人に対して、アイザックは落ち着いて対応する。


「嘘ではありません。ただ、喜んでいただけるのは嬉しいのですが、いくつか条件があるので、それを聞いてから判断してください」

「は、はい、申し訳ございませんでした」


 ロレッタは謝るが、どうしても頬が緩んでしまう。

 結婚が実現する可能性が0と1では大違いだからだ。

 まだ条件を聞いていないが、可能性が芽生えた事に希望を見出していた。


「それで条件とは?」

「いくつかあります。ファーティル王国だけではなく、ロックウェル王国も併合される事が前提条件ですが――」


 アイザックは、ヘクター達に条件を伝える。


 ――すでに結婚し、正室として顔を知られているパメラはそのままとする。

 ――跡継ぎはパメラが生んだ子供とする。

 ――ただし、ファーティル王国領はロレッタが生んだ子供、もしくはロレッタの妹が生んだ子供に跡を継がせると約束する。

 ――ファーティル王家は継承権のない公爵家としてリード王国に迎えるが、アイザックの血を引いた子供が継いだ場合は継承権を持てるようになる。


「――といったものですね。あとはロックウェル王国の動向次第ではありますが、貴国の公爵家が降爵されて侯爵家になるという不満を解消できるのであれば、ロレッタ殿下との結婚の可能性も出てくるかもしれません」

「なるほど、戦争の火種は解決しておいてほしい――いや、そうではないか。シルヴェスターやビュイック侯が、あれだけ乗り気だったのだ。自国くらいはまとめてみせねば、手を組む価値がないというところかな?」


 ヘクターは「頼るばかりでは助けてもらえない」という意味に受け取っていた。

 だが、アイザックは「そうではない」と苦笑を浮かべる。


「まさか、そのような事は考えておりません。私一人で対処するのは難しいので、国内の意思統一に関してご協力願えればと思っているだけですよ。特に公爵家とあらば、ファーティル王家から直接説得してもらったほうがいいでしょうから」

「リード王国の一部になるから降爵されると突然言われれば、当然不満を持つでしょう。こちらから持ち掛けた話なので、それくらいはさせていただく」

「ありがとうございます。……それで、ここまで頼んでおきながら申し訳ないのですが、実は他にも条件があるのです」

「どのようなものでしょう?」


 先ほどの条件は、比較的理解しやすいものだった。

 だからアイザックが言い辛そうにしているものの、新しい条件も受け入れやすいものだと思っていた。

 ヘクターもロレッタも余裕のある態度を見せていたが――それも今だけである。


「今、パメラが妊娠しています。その子が男児であれば、ロレッタ殿下との結婚話も進められるでしょう。ですが、女児であった場合は残念ですがお断りする事になります」

「……メリンダの二の舞を繰り返したくないという事ですかな? その場合は、次の子ができるまで待つという事もできるはずですが」


 まずヘクターは、アイザックが経験した家督争いの一件が思い浮かんだ。

 いくらパメラが歴史あるウィンザー侯爵家の令嬢とはいえ、一国の王女よりも立場で勝ると断言するのは難しい。

 アイザックが「長男を生んだ方が正室にふさわしい」と言われ出すのを警戒しているのかもしれない。

 そう考えた。


 もちろん、それもある。

 だが、アイザックが断ったのにも理由があった。


「ロレッタ殿下が卒業するまでに婚約するかどうかを決めてほしいと、ヘクター陛下がおっしゃったのですよ? パメラが二度目の妊娠をするにしても、あと半年では跡継ぎが生まれるどころか、妊娠するかどうかもわかりません。ロレッタ殿下をお待たせするわけにもいかないため、パメラが今回男児を産めなければ、この話は流れるという事になるのではありませんか?」

「私は――」


 ――待ちます!


 そう言おうとして、ロレッタは口をつぐむ。

 それを言ってしまえば、アイザックに余計な負担をかけてしまうからだ。

 アイザックが、まだ公爵であったならば言えたかもしれない。

 しかし、今はリード国王である。

 今までのように感情を直接ぶつける事ができない相手であるため、彼女は感情を吐き出さずに堪えた。

 それは王女としての意地であり、プライドによるものだった。

 ヘクターも孫娘の姿を見て、簡単に前言を撤回しようとはしなかった。

 

(決断を焦らせようと、期限を区切ったのが裏目に出てしまったか!)


 しかし、後悔はしていた。

 期限など区切らねば、ロレッタを容易に側室にねじ込めたかもしれない。

 だが、孫娘の幸せを考えれば、早く結婚相手を見つけてもやりたい。

 区切りをつけるには、ちょうどいい機会ではあった。

 それだけに非常に悩ましい問題である。


「いずれにせよ、パメラが男児を産む事。ファーティル王国内での意思統一。ロックウェル王国の承諾。この三つの要件が合わさってようやく結婚できるのです。すべて達成するのは非常に厳しいと思います。これはヘクター陛下一人でどうにかできる問題ではありませんので、気に病まれる必要はないでしょう」


 アイザックはヘクター達が悩んでいるのを見て、慰めの言葉をかける。


「ところで『ファーティル王家がリード王国の公爵家になる』という話を前提にされておられるのが気になりますな。アイザック陛下がリード王国の王であると共に、ファーティル王国の王でもあるという状態になる事もできるでしょう。その点を考慮されなかったのはなぜでしょう?」


 ヘクターも残念がってはいたが、ただ残念がるだけではなかった。

 疑問点を投げかける。


 ――ロレッタと結婚し、将来的にファーティル国王となり、二人の間にできた子供を跡継ぎにする。


 それが初めてアイザックに話を持ち掛けた時の考えだった。

 状況が変わったものの、そういう手法をとって緩やかな統合という形も十分にありだと思える。

 アイザックがリード王国に吸収するという方針でしか話さない事が疑問だった。

 これはアイザックなりに、ちゃんとした考えがあった。


「私がファーティル国王とロックウェル国王を兼任するとしましょう。では、子供や孫の代ではどうなるでしょうか? リード国王はパメラの子供、ファーティル国王はロレッタ殿下の子供が継ぐという事になれば、そう遠くないうちにリード王国から分裂する事になると思います。その時、友好的な関係のままでいられるかどうか……。やるなら今、この機会にリード王国の一地方としてしまったほうがいいと考えています」

「序列を明確にするというわけですか」

「その通りです」


 大国と小国の王という差があるとはいえ、王は王。

 対等な立場ならば、リード王国に不満があった時に独立も容易になる。


 ――野心を防ぐためにリード国王を頂点とし、ファーティル公爵家やロックウェル公爵家は傘下の一貴族とする。


 貴族社会で建前は重要である。

 国王がリード王国の枠組みから離れるのと、貴族が独立するのとでは意味合いが大きく変わってくる。

 やはり、一度リード王国領にしてしまったほうが「王家に対する反逆者」という肩書きになってしまうので独立は難しい。

 それに、今はまだ民族自決といった概念のない時代だ。

 エルフやドワーフといった種族の違いに比べれば、人間同士の違いなど些細なもの。

 国境という線を取り除けば、比較的まとまりやすいとアイザックは考えていた。


「最初は大きな混乱もあるでしょう。ですが、跡を継いだ者達の統治は楽になっているはずです。ですから、このような条件を付けているのですよ」

「いずれにせよ、一度国に戻って検討せねばなるまい。もちろん、パメラ殿下が女児を産んだ時の事も想定して」

「ええ、話が決まっていたのに、王女が生まれたからなしという事も考慮に入れておいていただけると助かります」


 アイザックは「確定している事を前提に話を進めないでほしい」と伝える。

 ヘクターも残念がってはいるが、あとでロレッタと「もう一年待つか? それとも他の相手を探すか?」という事を話し合うつもりだった。

 この時、アイザックはロレッタへのフォローも忘れていなかった。 

 彼女に大切な事を伝える。


「ロレッタ殿下。私の話を聞いていれば、ファーティル王国やロックウェル王国が手に入るから、あなたとの結婚を進めようとしていると思われるかもしれません。……それは事実です」


 ロレッタは体を震わせる。

 それはわかっていた事だ。

 だが、こうして言われてしまうと、ショックは大きかった。


「ですが、あなたが私に好意を寄せてくれていたから、条件付きとはいえ私も決断を下せたのです。政略結婚とはいえ、興味を持たれていない相手とは結婚しようとは思わなかったでしょう。まだ私に好意を寄せてくださっていますか?」

「は、はい……」


 ロレッタは頬を赤らめながら正直に答えた。

 いきなり「俺の事が好きか?」と聞かれた驚きはあったものの、彼女は自分でも驚くくらい素直に答えられた。

 その素直さがアイザックにも通じる。


「ありがとうございます。今の段階でできる事は限られますが、もし条件を乗り越える事ができて、結婚する事になればあなたを愛せるように頑張るという事は約束しましょう」

「私もパメラ殿下やリサ殿下と仲良くやっていけるよう努力します」


 まだ正式には何も決まっていない。

 だが、ロレッタは性急にも妻になったあとの事を考えているようだった。

 そんな彼女の願いが叶うよう、ヘクターもパメラが健康な男児を産んでくれるよう「ファーティル王国中の教会関係者に祈らせよう」と考えていた。



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 日を改めて、アイザックはウォリック侯爵やアマンダとも会っていた。

 内容はヘクターとロレッタに話したものと同じく、アマンダとの婚約についてだった。


「本当にボクが陛下と結婚できるのですか?」


 話を聞いたあとでも、アマンダは信じられないといった様子だった。

 なぜかウォリック侯爵は「やはりアマンダの可愛さは無視できなかったか」と自信満々の態度を見せていた。


「ロレッタ殿下との結婚の要件が満たされれば、アマンダさんとも結婚します。これは私と血縁関係のないウォリック侯爵家を公爵家に陞爵するためです。これまでのウォリック侯爵家の功績を考えれば血縁などなくてもかまわないでしょうが……」

「かまいます! 『他の三家が公爵に陞爵されるので、ウォリック侯爵家はお情けで陞爵された』と陰口を叩かれるかもしれません! 血縁があれば、誰もそんな事を言い出さないでしょう!」

「さすがにウォリック侯爵家をコケにするような者はいないでしょうが……。そういった点を心配されているのなら、この結婚はいいかもしれませんね」


 ウォリック侯爵の勢いに押されながらも、アイザックは「そういう考えもありだ」と認めた。


「アマンダさんと結婚した場合、ウォリック侯爵家には跡継ぎがいません。アマンダさんが子供を産んだら、優先的に跡継ぎを引き渡すというのと、親族から養子を取って跡継ぎにするのと、どちらがお望みでしょうか?」

「陛下とアマンダの子供を跡継ぎにしていただきたい。甥が可愛くないというわけではありませんが、やはり自分の孫に継がせたいという思いがあります。全員引き取ってもいいので、何人でも子供をお作りください」

「もう! 何を言ってるの! やめてよ、お父さん!」


 アマンダが父の口を手で塞ごうとするが、今回は止められなかった。

 体格差のあるウォリック侯爵に防がれてしまうからだ。

 身体能力に優れたアマンダでも、さすがに単純な力や体格の差までは覆せなかった。


「そういっていただけると助かります。何人子供ができるかわかりませんが、それでもやはり子供に継がせられるものは用意したかったですから。それと、もう一つお話しておきたい事があります」


 むしろ、そちらの本題だったかもしれない。

 ウォリック侯爵への報酬に関するものだったからだ。


「今、新たにエルフの村との交流を広げようとしています。人間に慣れていないエルフには近場の領地やウェルロッド侯爵領で働いてもらい、王国内で働き慣れているエルフをウォリック侯爵領に派遣しようと思っています。そのため今すぐに領内を浄化とはいきません。お時間をいただきたいのです」

「今すぐでなくともかまいません! 陛下とアマンダの子供に綺麗な領地を継がせたいとは思っていますので、孫達が育つ前に始めていただければ結構ですとも!」

「できるだけ早めに派遣できるよう、他領にいる出稼ぎ労働者の派遣に関する調整も同時にさせていただきます」


(本当に読みやすい人だ……)


 ウォリック侯爵は、アイザックの読み通りに動いていた。


 ――アマンダとの結婚を前向きに考えている。


 そう言えば、エルフの派遣を急かしたりはしない。

「きっと、待ちますと答えてくれるはずだ」と思っていた。

 彼は、その予想通りの反応をしてくれた。

 ただ、予想通りにいけば、無条件でいいというものではない。

 予想通りの喜び方をしていたので、少しだけ心苦しくもある。


 だが、このおかげでエルフの派遣を急がなくてよくなった。

 クロードが動き出すまでの時間を稼げる。


 しかし、万事うまくいったわけでもなかった。

 先ほどまで浮ついていたアマンダが、今度は黙り込んで真剣な顔をしていたからだ。

 聞くのが怖いが、尋ねるしかないだろう。


「どうかされましたか? やはり、政治色が強い結婚は嫌なのでしょうか?」

「いえ、嬉しいです! 陛下との結婚は嬉しいです……」


 言葉とは裏腹に、アマンダの声はしぼんでいく。


「では、何か心配でも?」

「実は……、ティファニーとジュディスの二人の事なんです」


 二人の名前を出されて、アイザックはドキリとした。


 ――ティファニーは、アイザックが好きだと勘違いしている。

 ――ジュディスは、ロレッタやアマンダのように好意を向けてくれている。


 二人の名前だけならば問題はなかった。

 だが、どちらもこのタイミングで、アマンダから聞くと不安になる。

 アマンダも言い辛そうにしていたが、意を決して口を開く。


「あの二人も陛下に恋焦がれております。結婚してほしいとまでは言いません。一度、今後の関係について話し合う機会を作ってあげていただきたいのです」

「そうですか……。ですが、今はアマンダさんやロレッタ殿下との話も決まっていない状態で、他の女性と今後について話し合うには早すぎます。例えそれがどういう結果になろうとも。パメラが男児を産み、アマンダさん達との結婚話が進むようであれば、その時には彼女達と話す事もあるでしょう」


 思わぬ事態に動揺し、アイザックは問題を先延ばしにしようと考える。

 とても即答できる問題ではなかったからだ。

 アマンダも即答を期待していないのか、それ以上は求めなかった。


「何はともあれ、パメラ殿下の出産次第。男児が生まれるよう、出産の日まで毎日領民に祈らせます!」

「それはやめてください……」


 彼の行動は基本的に予想しやすいものでありながら、予想を超えていくものもある。

 本当にやられたら男の子が生まれるか以上に頭を悩ませる問題になるだろう。

 領民まで巻き込もうとするウォリック侯爵を、アイザックは泣きそうな声で止めた。

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