第560話 パメラとの今後の話し合い

 即位して一週間ほど過ぎたある日。

 アイザックは、パメラを寝室に呼んだ。

 夫婦とはいえ、毎日共に同じベッドで寝ているわけではないからだ。

 基本的には、それぞれ自室で寝ている。

 特に今はパメラが妊娠中で、リサはパメラの出産待ちであるため、アイザックも一人で寝る機会が多かった。


 しかし、今日は違う。

 いつかはパメラとしっかり話し合わねばならない。

 だが、人前で話せる内容ではなかったため、寝室に呼び出したのだ。


「陛下、今宵はどのようになさいますか?」

「どのようにも何も、お前と話すために呼んだんだよ」


 アイザックの返事を聞き、パメラは溜息を吐く。


「ちょっとくらいノッてくれてもいいんじゃない?」

「いや、そういうノリは昼間とかにやってるじゃないか。今はいいだろ?」

「もう、面白くないのっ」


 パメラは拗ねながらベッドに腰掛ける。

 アイザックも彼女の隣に座った。


「色々と話したい事はあるけど……。まず確認しておきたい事がある」

「なに?」

「これから先、家族としては……、やっていけるよな?」


 これは重要な問題だった。

 アイザックも、パメラとの夫婦生活・・・・は厳しいと感じていた。

 だが、家族としての生活・・・・・・・・は継続可能なはずだ。

 そこのところをすり合わせる必要があると思っていた。


 それはパメラも同じだった。

 彼女も今後の事を詳しく話したいと思っていた。

 しかし、即位したばかりのアイザックが仕事で忙しく話す機会がなかったので、これはいい機会である。

 お互いに腹を割って話し合おうとする。


「家族としてはやっていけるんじゃない? 前世でも同じ家で暮らしてたんだし。距離感がグッと近付いているから、そこをどうするかじゃないかな?」

「その距離感が問題なんだよな……。キスは頬くらいならいいけど、唇となると……」

「でもいきなりよそよそしくなると、私の家族が黙ってないと思うよ。特にお爺ちゃんとか。ジェイソンに裏切られるってわかっていても、卒業式の夜とかもの凄く怒ってたしね」

「うん、まぁ大切にするって言っておいて、邪険にしたら普通は怒るよな」


 アイザックも、ウィンザー侯爵を敵に回したいとは思っていない。

 公的にも、私的にも。

 そもそも、王になったばかりで内乱が起きるなどまっぴらごめんだ。

 そんな危険は起こしたくない。


「……そこはお前に頼みたい。今は妊娠中だろ? 今イチャつかないのは、お腹に負担をかけたくないっていう事にして……。子供が生まれてからは、子供を優先するようになったというのはどうだろう?」


 子供が生まれたら、からに変わる者も少なくないという話を聞いた事があった。

 そこでアイザックは、パメラにそうなってほしいと提案する。

 今、突然よそよそしくなると、その理由を怪しまれる。

 だが、子供が生まれてからなら自然に見えるはずだ。


「うーん……。この子が男の子だったらいいけど、女の子だったら後継者問題とか起きない?」

「起きる。だから、男の子が生まれてきてくれればいいんだけどさ。もし女の子だった場合……どうする?」


 ――もう一度、子作りに励む事ができるかどうか。


 これも重要な問題だった。

 さすがにアイザックも、自分一人では決められなかった。

 パメラと相談する事で「やっぱりダメだよね」という方向に、双方合意の上で決めたいという思いがあったからだ。


「どうするって、お兄ちゃんはどうしたいの?」


 しかし、パメラも簡単には決められなかった。

 アイザックに聞き返す。

 こうなると、アイザックは困る。

 自分から言い出すのには、心理的抵抗があったからだ。


(ネイサンを殺した時よりもきついかもしれない……)


 まだパメラに何も言われていないのに、ネイサンを殺したあとで家族に責められた時のように精神的にくるものがある。

 気を抜いたら、緊張で吐いてしまいそうだった。


「見た目はパメラでも、中身はお前だからなぁ……。やっぱり進んで関係を持つっていうのは厳しいと思う」


 だが、言うしかない。

 結婚してほしいと言った時よりも動揺しながら、自分の気持ちをパメラに伝えた。


 ――もしここで「そんなの酷い!」とか言われて、今までと変わらぬ関係を求めてきたら?


 アイザックには応える自信がない。

 彼は「DNAが違うからセーフ」と、どうしても割り切れなかった。

 やはり、スピリチュアルな関係を無視できなかったのだ。

 パメラの正体を知らなければ、こんな事を悩む必要などなかっただろう。

 こうなるのなら、彼女に「ニコルが妹だったかもしれない」と打ち明けねばよかった

「言わなければ彼女も打ち明けてこなかっただろう」と後悔するが、もう遅い。

 こうなったら一蓮托生。

 覚悟を決めて、新たな関係構築に向けて前に進むしかない。


「そうよねぇ……。私もお兄ちゃんが相手と思うとちょっと……。顔だけはいいんだけど」


 どうやら、パメラも乗り気ではなかったようだ。

 その事がわかり、アイザックは安堵する。


「パメラも顔だけはいいんだけど、やっぱり中身がなぁ……。けど不幸中の幸いというか、卒業式のあとに判明しなくてよかったよ。あそこでやっぱり結婚はやめるとか言い出したら、それこそ収拾のつかない内戦が起きてただろうさ」

「私達以外には理解できない理由だもんねぇ……。本当の事でも、結婚しない言い訳としか受け取ってもらえなさそう」

「というわけで今後の事なんだけど……。昼の夫婦生活は続けるけど、夜の夫婦生活はなしの方向でいいかな?」

「なに夜の夫婦生活とか言ってんのよ。いやらしい」


 パメラが半笑いでアイザックの背中をバンバンと叩く。

 冗談まじりなので痛くはなかったが、アイザックの心が痛む。


「まさか、お前とこんな話をする時がくるなんてなぁ」

「お兄ちゃん、必死に保存してたエッチな動画とか必死に隠してたもんね。……本当はジュディスとか気になってたんじゃない?」

「なっ、なんの事だっ!?」


 パメラの言葉に、アイザックの動悸が激しくなる。

 何を言っているのか理解したくなかった。

 だが、彼女は「全部知っている」と言わんばかりに、弱みを握っている者らしい勝者の笑みを見せる。


「外付けハードディスクに隠してあるのは武士の情けで調べなかったけど、ブラウザに検索履歴とか残ってたからお兄ちゃんの好みは知ってるよ。胸のおっきい人が好きなんだよね?」

「なんで見てんだよぉぉぉ!」


 アイザックは頭を抱える。


(プライベートの塊のパソコンなんて貸すんじゃなかった!)


 ――ゲームするためにちょっと貸すだけ。


 それが妹に性癖を知られるきっかけになってしまった。

 改めて辛い現実を突きつけられ、アイザックは落ち込む。

 救いなのは「巨乳好き」という、まだ一般的な性癖だった事だろうか。

 マニアックなものでなかったので、ダメージは最小限で済んでいた。


「お兄ちゃんって脇が甘いよね。学生時代もそう。私の事を好きだって言っておきながら、アマンダ達に好き放題させてるんだもん。こっちは命が懸ってるんだっていうのにイチャついてるもんだから、何度殴り飛ばしてやろうと思ったか」

「あれはしょうがないだろう。パメラを正妻にするために、婚約者を決めずにいたせいなんだから。俺があれだけモテるとは思わなかったんだよ。やっぱり人間、顔って事か」

「顔は大事だね。今でもアイザックがお兄ちゃんだって思えないもん」


 パメラも「見た目が大事」という事に同意する。

 容姿が前世のままであれば、今のアイザックと同じ事をしていても、兄を思い出して異性として好きになれなかっただろう。

 アイザックの姿だからこそ、初めて会った時に感じたものを初恋だと思えたのだから。


「でも、お兄ちゃんはエルフとドワーフとかいう設定上にしか存在しなかった相手と仲良くなったうえ、さらに戦争の英雄になって帰ってきたんだもん。さらに助けられたとあっては、惚れるしかないでしょ。私だって、そういう設定のキャラだって思っていても『いくらなんでも盛り過ぎじゃないか?』くらい功績を挙げてたしね」


 パメラがクスクスと笑う。


「それにしても、ジュディスの助け方は面白かった。あれってどうやって助けたの? 魔法なんて使えないよね?」

「あれは――」


 アイザックは、ジュディスだけでなく、他の女の子達を助けようと動いた時の事を話す。

 主にゴメンズを救うためではあったが、裏事情などを話すとパメラは楽しそうに聞いていた。

 こうしていると、まるで前世のままの関係で世間話をしているかのように感じられた。


「なるほどねー。そんな事があったんだ。……それで、誰と結婚するの?」

「えっ……、どうして……」

「今の状況で、誰とも結婚しないっていう事はないよね?」


 アイザックは驚きのあまり「どうしてそれを?」と聞き返しそうになる。

 その話題は、今後の生活について話すついでではなく、それ単体で切り出したかった。

 だが、パメラのほうから切り出してきたのなら仕方ない。


「実はロレッタと結婚しようと考えているんだ」


 観念して、アイザックは話しだした。

 ロレッタと結婚する事で、ファーティル王国、場合によってはロックウェル王国も手に入る。

 とても魅力的な提案だった。


「お腹の子が男の子なら、今のリード王国よりも大きな国の王になれるんだ。しかも戦争をせずに。悪い話じゃないだろう?」

「それって女の子だったら、権力狙いの男に狙われた挙句に、ロレッタたちの子供に王位を奪われる可能性もあるって事だよね……。この子が男の子なら誰と結婚してもいいけど、女の子だったら他の子と結婚するのはダメ!」 


 パメラは「自分の子供に王位を継がせたい」という思いを強く持っているようだ。

 それもそうだろう。

 ニコルにジェイソンを奪われるという辛い目を乗り越えて、ようやく王妃にまでなった。

 だというのに、他の女に王太子の座は奪われたくない。

 彼女はメリンダに似た気持ちに近い感情を持ち始めていた。


「ど、どうした急に?」

「だって王妃様になったんだよ。自分の子供に王様になってほしいじゃない。私も我慢するから、お兄ちゃんには……。アイザックには男の子が生まれるまで頑張ってもらうよ!」

「ええぇ……」


 突然やる気を出し始めたパメラに、アイザックはドン引きしていた。

 しかし、彼に彼女を責める資格もなかった。


(俺も権力を握るために、兄貴達を殺したもんな。権力にはそれだけの魅力がある。譲りたくないという気持ちはわかる。でもなぁ……)


 見た目はともかく、中身が昌美である。 

 そこをどう乗り越えるかが問題だった。

 精神的なものを乗り越えたとしても、アイザックの体が元気になってくれねばならない。


(また薬の力に頼るしかないか……)


 どうしてもパメラが「後継者を生みたい」というのなら、アイザックも昌美のために頑張れなくもない。

 ただ精神的なものを乗り越えるため、初夜の時に使った薬が必要になるだろう。

 だが、それも女の子が生まれてきたらの話である。


「まぁ、落ち着け。とりあえず、子供が無事に産めるような環境を作っていこう。出産の時のために、消毒用アルコールを用意するとか道具の煮沸とかを徹底させようと思っているけど、他にないか?」

「うーん、今のところはないかな。……あっ、子育てが落ち着いたら化学研究所とか作ってくれると嬉しいかも。私もアイザックの妻じゃなくて、パメラとして歴史に名前を残したいから」

「あぁ、それくらいならいいよ。化学の進化は歓迎するところだし」


(そのまま化学に興味を持ってくれたら助かるんだけど……。頼む、男の子が生まれてくれ!)


 歴代国王の誰よりも、アイザックは切実に後継者の誕生を待ち望んでいた。

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