第559話 融和への道

 即位二日目の夕食は、立食形式のパーティーだった。

 帰国する客人に挨拶をする必要があるため、当然アイザック達に食事の時間などない。

 パーティーが始まる前に食事を済ませ、ひたすら声をかけ続ける。


 意外な事に、国王になってからのほうが挨拶は楽になった。

 一人一人相手にするのではなく、使節団の代表者達と話すだけになったからだ。

 さすがに国王相手に下っ端が話しかけるのは気が引けるらしい。

 自ら積極的に挨拶回りに行かずに済むようになった分だけ楽になっている。

 代わりにポールやカイなど、出世が見込めそうなアイザックの友人達のところに人が集まっていた。

 時間に余裕ができたおかげで、アイザックはメインディッシュに取り掛かる事ができた。


 ――メインディッシュとは、マチアスやエドモンドを始めとするエルフの代表者達。

 ――そして、ジークハルトやヴィリーを始めとするドワーフの代表者達との密談である。


 彼らと関係者としてランドルフが呼ばれて別室に集まる。


「実は皆さんのご意見を聞きたい事があるのです。実はクロードさんに、リード王国から正式な仕事を依頼したいと思っています」

「クロードに仕事ですか」


 答えながら、エドモンドは思案を巡らす。

 いくつか依頼内容が思い浮かぶが、そのほとんどが魔法に関するものばかりである。

 その中でも有力なのが、王宮に医療関係者として常在するというものだった。

 だが、アイザックの要請は彼の予想とは異なっていた。


「大臣に就任していただきたいのです。まだ私個人の考えではありますが、種族融和大臣、もしくは種族融和団体の代表者といったものを考えています。仕事は名前の通り、二百年来途絶えていたエルフ、ドワーフ、人間の関係修復に動いていただきます」

「私が代表者に? そのような大事な仕事は、長老衆に任せたほうがいいのでは?」


 クロードが自信なさそうに答えるが、アイザックは大きく首を振った。


「今のところ人間との交流を再開したのは、ウェルロッド侯爵領に面するエルフとドワーフのみ。大陸各地には、まだまだ孤立した環境にいる両種族が存在します。彼らと接触するため、長距離の旅に耐えられる若さが必要です」


 もちろんアイザックも、クロードを若さだけで選んだわけではない。

 彼の人格や能力も評価していた。


「それにクロードさんは、エルフやドワーフにとって信頼の置ける人物です。今まで私を助けてくださる事がありましたが、それはいずれも友人であれば・・・・・・手助けしてもおかしくないという範囲内で収まっています。エルフという種族全体の立場を危うくするような軽挙妄動はしていません。その政治バランスを私は高く評価しております」


 言葉にはしないが、クロードは行き過ぎた行動を取るマチアスをよく止めてくれている。

 それも、彼を選んだ要因の一つだった。

 この役割に、相手を出し抜くような頭脳はいらない。

 政治に関するバランス感覚が最も重要な要素だった。

 その点、マチアスと違ってクロードは問題なさそうである。


「私がクロードさんに求めるのは、二百年前の戦争から断交が続く各地のエルフやドワーフとの国交を再開させる事。これは現地の人間国家と上手くやれそうになければ、ウェルロッド侯爵領東部に移住させるなどの手段を取ってもかまいません。領内に住む場合は、いずれ税金などを支払っていただく事になりますけどね」


 ランドルフは、この場に自分が呼ばれた理由を理解した。

 まだ次期当主という立場ではあるが、現時点で実質的な領主は彼である。

 もしもティリーヒル周辺を開拓して住宅地を作るとなれば、ランドルフの認可が必要だ。

 しかし「これほど重要な話題を、自分達だけでしていても大丈夫なのか?」と不安になる。


「まずは大臣に就任した場合のメリットを説明しましょう。他国に入国して活動する際、リード王国によって身分を保証されます。これは他国の領主達が『勝手にエルフたちと接触されて、混乱を起こされては困る』と接触を拒まれた場合、個人の立場ではどうしようもありません。ですが、リード王国の後ろ盾があれば、他国での活動がある程度はやりやすくなるでしょう」

「デメリットは?」

「言うまでもなく、同族の方々から『人間の飼い犬』と忌避される可能性がある事です。リード王国の後ろ盾を得るという事は、人間の力を借りているという事になりますからね。そういった非難を最小限にするため、今のところ爵位などは与えないつもりですが、大臣という肩書きに見合った服装をしていただくため、職責に見合った報酬は用意させていただくつもりです」


 ――大臣になった時のメリットとデメリット。


 かつての自分達が、異国のエルフに「〇〇国の大臣になって、各地のエルフに交流の再開を進めている」と言われたらどう思うか?

 やはり怪しむだろう。

 しかし、そもそも他国の領内で活動できねば接触ができない。

 どちらも悩ましい問題だった。 


「大臣に就任するのではなく民間団体を作った場合、クロードさんが我が国から移動にかかる費用くらいは出せますが、その他の費用はエルフとドワーフからの寄付によって運営していただく事になるでしょう。人間国家の大臣として接触するよりは、よそのエルフやドワーフ達にはいい印象を持たれた状態で接触できると思います。その代わり、他国が接触を許すのかどうかわからないという状況になるかもしれませんが」


 ――行動の自由と引き換えに、自分達でやらねばならない事が増える。


 それはそれで信頼を得られるはずなので、悪い話ではない。

 大臣と違ってやらされていると感じる事もないだろう。

 だが、これらの話について気になる点があった。


「陛下は、なぜ今になって遠方のエルフやドワーフと接触しようとなさるのですか?」


 その点を、エドモンドが尋ねる。


 ――アイザックがクロードを大臣にしてまで、遠方のエルフやドワーフと接触しようとする意図。


 それがハッキリするまでは、検討を始める事もできなかった。


「エルフやドワーフと交流を再開するきっかけを作ったのは私です。その私が国王になった。これは神が私に関係修復を進めろと告げているのではないかと思ったのです。各地に散り散りになって、連絡を取り合う機会もない。そんな状態の方々との交流を再開できるようにするのは、皆さんにとっても悪い話ではないでしょう。それに、我が国にとっても良い話なのです」


 アイザックは親切心だけで、このような提案をしたわけではなかった。


「エルフの出稼ぎ労働者のおかげで、今まで数年に一度は洪水や土砂崩れが起きていたところも、今はもう被害がでなくなりました。街道整備の負担が減ったのも大きい。農民が労役を課されずに済んだおかげで、食料生産も年々増えてきています。皆さんのおかげで被害を抑え込めて、飢えに苦しむ人も確実に減っています。交流が活発になり、エルフの出稼ぎ労働者が増えてほしいと願うのは国王ならば持って当然の考えなのです」


 ただの慈善事業ではなく、リード王国にも利益がある事だという事も伝えておく。

 人は無償の奉仕に対して裏があるのではないかと疑ってしまう生き物だ。

 利益も目当てであるという事を正直に伝える事で、彼らの信頼を得ようとしていた。


「誤解のないように言っておきますが、我が国に移住しろと強制するつもりはありません。ただ、すべての種族がより住みやすい世界に変えていこうと言っているだけです。例えばモラーヌ村から東に続く森の先、ファーティル王国南部の森に住むエルフ達が良い例でしょう。彼らはティリーヒルの交易所経由で商品を手に入れていると聞いています。もし近くのファーティル王国の街から物資を仕入れる事ができれば輸送が楽になるはずです。そういった交渉をクロードさんにお任せしたい。そう思ったので、このメンバーに集まっていただきました」

「交易だけでもできれば、他の地方に住む者達が楽になる。その手助けをというわけですか……」


 クロードは悩む。

 いや、彼だけではなく全員が悩む。

 エルフやドワーフにとって、これは悪い話ではない。

 大陸各地に点在する同族との接触は願ってもないものだ。

 特にクロード達は塩を手に入れるだけでも苦労してきた経験がある。

 近場で取引ができるようになれば、暮らしはずっと楽になるだろう。

 しかし、無条件で賛同できるものでもない。


 ――大臣になるか、団体を作るか。


 この選択は非常に難しいものだった。

 どちらの案も一長一短といったところだ。

 簡単に選べるものではない。

 だから、アイザックも急かしたりはしなかった。


「クロードさんにお願いしたいというのは、私が彼の性格を知っているからです。エルフ側で折衝が得意な方を推薦されるのであれば、私に異存はありません。そもそも、種族融和という考え方自体も強制するものではありませんから。将来的にはともかくとして、今は現状維持でいいとお考えなのであれば無理強いはいたしません」

「いえ、申し出自体は興味深いものです。ただ即答しかねるというだけです」


 エドモンドの答えは、この場の者達の心情を代弁していた。

 興味はある。

 だが、重要な問題なので即答はできない。

 ただそれだけだった。


「返答は一度本国の皆様に相談してからでかまいません。特にノイアイゼンには、副大臣や副代表といった立場の適任者を選ぶ時間も必要でしょうから」

「私では不足……。ではないですね」


 ジークハルトが「なぜ他のドワーフを選ぼうとするのか?」と不満そうにしていた。

 しかし、それも一瞬の事。

 すぐになぜ人選から外されたのかを理解した。


「ええ、力量不足ではありません。ジークハルトさんは私と深い利害関係にあるからです。他国のドワーフと交渉しても、それは自分のためだと思われるかもしれません。直接的な利害関係のない方をドワーフの代表に選ぶべきでしょう」

「これはこれでやり甲斐のある仕事だったのですが……。鉄道関係もやり甲斐がありますから」

「ピストから蒸気機関の実用化に目途が立ったという報告を受けています。蒸気機関を使って台車を牽引すれば、一度に輸送できる量も増えるでしょう。鉄道関連での仕事は今後も増えていきます。ジークハルトさんには、そちらに専念していただきたいと思っています」

「そういう事であれば、残念ではありますが選ばれなくても仕方ないでしょう」


 ジークハルトも、自分の携わっている仕事の重要性を理解している。

 それを投げ捨ててまで、新しい仕事に飛びつこうとはしなかった。


(みんな、この話に興味を惹かれているようだ。ならば、こっちも助かる)


 アイザックは、最初の提案が好意的に受け取られてたという実感を持てた事に安心していた。

 現在、エルフの出稼ぎ労働者を求める声は大きい。

 特に今はウォリック侯爵との約束を守るため、まとまって派遣するだけの頭数がほしいところだった。


 それに、ロックウェル王国まで手に入れるとすれば、リード王国は東西に長く伸びた国となる。

 軍の移動を容易にするためにも、街道整備は必須だった。

 そのためには、労働者の数を確保するしかない。

 これはエルフやドワーフ達だけのためではなく、リード王国にも必要な事である。

 だからアイザックは、大臣という職を用意してでも取り込もうとしていたのだった。


「一つご質問が」


 今まで静観していたヴィリーが動く。


「なんでしょう?」

「我らに協力をしてくださるというのはありがたい申し出ですが……。対価として何をお求めでしょう?」


 アイザックの話は、あまりにも都合のいい話だ。


 ――それもエルフやドワーフにとって。


 エリアスであれば「そう思ったから」で信じていただろう。

 だが、相手はアイザックである。

 何か裏があるのではないかと疑っていた。


「対価は一つ。大陸中のエルフやドワーフを糾合して『人間どもを奴隷にして、祖先の恨みを晴らすのだ!』などという、物騒な事をしないとお約束いただきたい。同じ街に暮らさずとも、良き隣人として暮らしたいというのが目的なのですから」

「それだけですか? 本当に?」

「ええ……。ですが、今の言葉がすべてというわけではありません」


 アイザックは、観念したように話しだす。

 正直に話す事も、彼らの信頼を勝ち取るのに必要だと思ったからだ。


「実はクロードさんを大臣や代表にというのは、私個人の感情でもあるのです。今交流があるエルフ達は、だいたいがクロードさんの顔見知りでしょう。もしかすると、亡くなった奥さんの友人もいるかもしれない。奥さんを思い出すような相手と再婚しようとは思えないでしょう。どこか遠いところに住むエルフとなら、再婚したいと思う相手が見つかるかもしれないと思ったのです」

「さすがにそれは……。私生活に踏み込み過ぎではないでしょうか?」


 いくら国王となったアイザックの言葉といえども、私生活に踏み込み過ぎである。

 そのためクロードは難色を示した。

 だが、アイザックも強引に進めようと考えているわけではなかった。


「私も差し出がましい行為だとわかっています。ですが、自分がもうじき父親になると思うと、これまでの人生にはなかった感情がこみ上げてきました。それをクロードさんとも分かち合いたいと思い、出会いの機会を作ろうと思ったのです。人間とエルフが仲良くなるんです。エルフ同士が仲良くなってもいいじゃないですか。もちろん、クロードさんの心が動かなければ、ただの仕事で終わりにしてもいいんです」


 パメラに対しては複雑な感情を持っているが、子供ができたと聞いた時の喜びは偽りではない。

 それを子供ができる前に、妻と死別したクロードにもわかってもらいたかっただけだ。


「ワシも曾孫の顔がみたーい。老い先短い年寄りの願いを、早く叶えてくれ」


 アイザックの考えに、マチアスが一番乗り気だった。

 彼も前々から「曾孫がみたい」と言っていたので、クロードの再婚話は賛成だったのだ。


「爺様はまだまだ元気だろう。まったく、厄介な問題を……」


 クロードは困惑していたが、他のエルフは違った。

 彼らもクロードが亡き妻に操を立てていた事を知っている。

 だが、そろそろ再婚してもいいのではないかとも思っていた。


 もちろん、クロードの事だけではない。

 よそのエルフと交流を持ち、若者達が新たな出会いを迎える事自体も大歓迎である。

 そういった意味でも、この話に乗るのも悪くなさそうだと考え始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る