第558話 結婚の可能性

 国王は食事の時間も政治の時間である。

 特に今は周辺各国から要人が集まっているため、家族で過ごす事はできない。

 そこでアイザックは、重要な話をするためにティータイムに呼び出す事にした。

 呼び出したのは、モーガン、ランドルフ、ウィンザー侯爵、セオドア、バートン男爵の五人だった。

 彼らに話す用件は、やはりロックウェル王国についてである。


「――という話を、シルヴェスター殿下から提案されました。まずはギャレット陛下の裁可が必要ですが、ロレッタ殿下との結婚を進めるべきかどうか……。皆さんはどう思われますか?」


 アイザックの質問は、ティータイムにするには重過ぎた。

 お茶菓子を食べるまでもなく喉が渇き、静かにお茶をすする。

 最初に口を開いたのは、ウィンザー侯爵だった。


「ロレッタ殿下と結婚した場合、夫人間の序列はどうなさるおつもりですか?」


 もし、アイザックが「パメラを第二夫人にする」と言えば反対するつもりだった。

 義理の祖父に鋭い視線を向けられているものの、アイザックは落ち着いて対応する。


「パメラは、すでにリード国王の正室です。いくら同盟国の王女とはいえ、リード王家の正室を押しのけて第一夫人の座に座るという事は認められません。そこはヘクター陛下やロレッタ殿下とも、しっかり話し合うつもりです。もし正室でなければダメだと言われたら断るつもりです。それに関してですが――」


 アイザックは、バートン男爵に視線を向ける。


「――リサに関しては難しいかもしれません。パメラは他国の公爵家にも匹敵するウィンザー侯爵家の令嬢ですが、リサは男爵令嬢です。序列が下がる事は否めません。バートン男爵は、その点どう思われますか?」

「そうですね……」


 バートン男爵は悩むフリ・・をする。

 彼はリサが「自分が王妃になって大丈夫だろうか」と悩んでいたのを知っている。

 だから娘のために「喜んで!」と答えたいところである。

 しかし、それは男爵位といえども貴族として許されない。

 まだモーガンやランドルフだけならばともかく、ウィンザー侯爵とセオドアまでいるのだ。

 あっさりと認めるわけにはいかなかった。


 これがパメラ相手であれば、ウィンザー侯爵に配慮して即答する事もできた。

 だが、今回はまだ何も決まっていない相手である。

 今の段階で「どうぞ、どうぞ」と答える姿は、王妃になったリサのためにも見せられない。

 侯爵家当主と次期当主を前にしながら、精一杯の見栄を張ろうとしていた。


 そんな彼の気持ちは、他の者達に見透かされていた。

 ソワソワとしていて、誰がどう見ても動揺していたからだ。

 だが、誰も茶化したりはしなかった。

 今の彼は「王妃の父親」という立場である。

 外戚としての度胸を身につけるための機会を与えてやっていた。


「いくら陛下と関係が長いとはいえ、男爵家の娘を他国の王女よりも高い序列にしては、いらぬいさかいを生んでしまうでしょう。国のためであれば、残念でありますがリサを説得してみせます」

「ありがとうございます。その時は頼みます」


 バートン男爵が合格ラインの対応をした事で、周囲から安堵の溜息が漏れる。

 実際に他国の王族を前にしたらどうなるかわからないが、とりあえず国内の貴族相手は問題なさそうだった。

 あとは国外の貴族と話した時にどういう態度を取るかだろう。


「ファーティル王国だけを手に入れても、ロックウェル王国の侵攻が頭を悩ませたでしょう。だからロレッタ殿下との婚約は断るつもりでした。ですが、ロックウェル王国までもが手に入るなら話は別です。両国をリード王国の一地方にする事ができれば、戦争の火種をなくす事ができます。リード王国に編入されるという形で、旧ロックウェル王国領が統一されるのですから」


 アイザックとしては、この話に乗り気だった。

 リード王国からロックウェル王国への街道を整備するだけでも一大事業だ。

 それにリード王国のように安定した国よりも、ロックウェル王国のように混乱していた国を立て直すほうが仕事としてはやりがいがある。

 パメラの事を忘れたいアイザックとしては、理想的な環境だった。


 しかし、周囲は違う。

 それぞれが自分なりにメリット、デメリットを考えていた。


「その場合、他国の王族や貴族の扱いはどうなさるおつもりですか? 特に公爵家などの扱いはデリケートな問題だと思いますが」


 セオドアが気になっているところを尋ねる。

 かつてウィンザー侯爵は、ファーティル王国を吸収合併する事に難色を示していた。

 それは彼だけではなく、多くの貴族が持つ感情である。

 だから今回はウィンザー侯爵の気持ちを代弁しているのではなく、彼自身の懸念だった。


「4Wは、すべて公爵家に陞爵。ファーティル王家、ロックウェル王家も公爵家にします。これらの公爵家は、すべて継承権を持たないものとする。またファーティル王国とロックウェル王国の既存の公爵家は侯爵家に降爵する。ただしこれは落ち度があってのものではなく、国家の統合による調整によるものだと公表し名誉を守る」


 もちろん、アイザックも無策ではない。

 ヘクターに話を持ち込まれた時から、どうするかは考えていた。


「ただし、我が国は侯爵家が四家しかなかったという事もあり、両国と侯爵位持ちの人数バランスが悪い。これまでの功績を考慮して、伯爵家をいくつか侯爵家に陞爵するといったところでしょうか。ただし、この場合問題が出てきます」

「ウォリック侯爵家ですな」

「ええ、そうです」


 アイザックの案における懸念を、モーガンが指摘する。

 ウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵は言うまでもなく、アイザックの身内である。

 ウィルメンテ侯爵家も、次期当主のローランドが、アイザックの妹であるケンドラと婚約している。


 ――だが、ウォリック侯爵家とは血縁関係がない。


 公爵に陞爵しても、お情け・・・ついで・・・といった感は拭えないだろう。

 だが、だからといってウォリック侯爵家だけを、のけ者にするわけにはいかない。

 当然、ウォリック侯爵は「アマンダの輿入れ」を要求してくるはずだ。

 その点をどうするのかが問題だった。


「ロレッタ殿下を妻に迎えるのだから、アマンダもついでに娶ってもいい。そう考えておられるのであれば、熟考される事をおすすめします」


 ランドルフが「ウォリック侯爵家とも血縁関係になろうと考えているのなら焦るな」と、含蓄がある言葉をアイザックにかける。

 言われるまでもなく、アイザックもそこは気にかけていた。


「もちろんです。それに流れで結婚というのは、相手が望んでいたとしても失礼な行為だと思っています。ちゃんと考慮した上で――」


 そこまで言って、アイザックが口ごもる。

 父とメリンダが結婚する事になった経緯を思い出したからだ。

 

「――決定するのが私はいいと思っています。ですが、時には思い切った決断を必要とする時もあります。どちらがよかったかは結果論でしか語れないですしね」


 そのため自分の考えが正しいというのではなく、ケースバイケースであるという結論にした。

 そして、話を逸らす。


「今回、身内を集めたのは政治的配慮により、新たな相手と結婚する事が必要な状況になるかもしれないという認識を共有するためです。ロレッタ殿下と結婚する事で両国を支配下におけるのならば、リード王国の国土は二倍ほどになります。貧しい暮らしをしているロックウェル王国国民との経済格差などが気になりますが、結婚一つで手に入るものと考えれば無視できないものでしょう」

「伺っておきたい事が一つ」


 アイザックの言っている事はわかる。

 争う事なく二国も手に入るなど通常はありえない。

 だがそれでも、ウィンザー侯爵は国の利益以上に気にしているところがあった。


「ロレッタ殿下との結婚が国益になる事は確かでしょう。なぜパメラとリサ以外の妻を持とうと思われたのですか? 即位するまでは、ロレッタ殿下やアマンダ達とも結婚する気はまったくなかったように思えましたが」

「それは――」


(パメラが昌美だったからだよ!)


 そう言えれば、どれだけ楽だったろうか。

 だが、そんな事は言えない。

 言ってしまえば、夫婦揃って頭がおかしくなったと思われかねない。

 前世の記憶があるなど、この世界で生まれ育った人間には信じられないのだから。


「――王になったからです。国王になった以上、自分自身の事だけを考えられてはいられません。国王として、将来的にリード王国が発展する方法を取る義務がありますから」


 ウィンザー侯爵が「即位するまでは」と言ってくれたので、それをヒントに「国王になったから」と説明する。

 その答えを、ウィンザー侯爵が不審に感じた。


(元々、王家に反旗を翻す覚悟があったはず。ならば、自分が王に成り代わろうと考えていたはずだ。最初からパメラを利用して捨てるつもりだったのか?)


 ――最初から王になるつもりだったのに、王になったらパメラ以外の女と結婚してもいいと言い始めた。


 ならば、最初から他の女も娶るつもりだったのかもしれない。

 あれほど「パメラを愛している」と言っていたのに、これは酷い裏切りだった。

 しかし、沸々と込み上げる怒り以上に「本当にそうなのか?」という疑問が浮かぶ。


「今はまだ何も決まっていませんが、ロレッタ殿下との結婚という道もあるという事を心の内に収めておいてください。ロレッタ殿下との結婚の可能性があるという事を、誰よりも先に知っていただくために集まっていただいたので」


 まずは身内に知ってもらうために集めた。

 そう語るアイザックに、ウィンザー侯爵は疑問を持つ。


(いや、ジェイソンと争ってでも奪おうとしていたのだ。パメラへの愛が、そんなに軽いものか? これも歪んだ愛の形だったりするのではないか?)


 考えれば考えるほど、アイザックの真意がわからなくなってしまう。

 おそらく、歴代のウェルロッド侯爵家当主の中でも断トツだろう。

 ウィンザー侯爵には、アイザックの考えがさっぱりわからない。

 そんな彼に、意外な人物からヒントのきっかけが作られる。


「リサの事なのですが……」


 ――バートン男爵だった。


 周囲が圧倒的に高位貴族ばかりが集まっているため、自分から積極的に意見を言わなかった。

 だが、娘のために確認しておかねばならない事がある。

 そのために勇気を振り絞って尋ねる事にしたのだった。


「もし新たに夫人が増えるのであれば、リサとの同衾はどうなるのでしょうか? パメラ殿下の妊娠中である今も、そういった話を伺っておりません。子供までは望んでおりませんが、他にも夫人が増えるのであれば、せめて初夜くらいは過ごしてやっていただきたいのです」


 リサも今年で二十四歳。

 この世界基準では、かなり行き遅れている事になる。

 ロレッタやアマンダと結婚した場合に備え、せめて先にお手付きになったという事実を残してやりたいという親心だった。


 アイザックも質問内容に面食らったが、バートン男爵が「リサを第二夫人のままにしろ」と言ったものではなかった事に安心する。

 質問内容は少々答え辛いものだが、答えられないものではない。

 アイザックなりに誠意をもって答えようとする。


「リサの相手をするのはパメラの出産が終わってからと考えています。パメラがリサに『次はあなたの番』と言っていましたが、やはりパメラが無事に出産するかどうかの確認が終わらないと。王妃が子供を産む順番は大事ですから」


 これは詳しく説明されるまでもなかった。

 男児が一番であるが、女児でもいい。

 パメラには「最初に国王の子を産んだ」という事実が重要なのだ。

 ウェルロッド侯爵家の悲劇を繰り返す必要などない。

 だが、アイザックがリサに手を出していないのは、それだけが理由ではなかった。


「それと、パメラが妊娠しているから、代わりにリサに夜の相手をさせるという事はしたくありませんでした。私が是非にと願って婚約した相手なのです。初夜くらいはパメラの代わりではなく、ちゃんとリサ個人として相手をしたいと思っています。ですので、もう少し時間がかかりますが、パメラの出産後には同衾するとお約束します」


(義理の父親に「娘さんとの初夜は今度やる」って伝えるとか、どんな羞恥プレイだよ)


 アイザックは頭を抱えそうになった。

 しかし、これは至って真面目な話である。

 気にしているそぶりを見せると却って恥ずかしいので、平然と答えたフリをしていた。


「ありがとうございます、胸のつかえが取れました。ただけして王位継承の順位を乱そうと考えているのではなく、娘が寂しい思いをしなくて済むのなら親として嬉しいと思っただけです。他意はございません」


 バートン男爵は、アイザックの誠意ある言葉に満足した。

 だが、その言葉の後半はアイザックではなく、ウィンザー侯爵に向けたものである。

 さすがに彼と孫の跡目争いを繰り広げるつもりなどない。

 野心はないという意思表示をしておきたかったのだ。


 だが、ウィンザー侯爵がバートン男爵をライバルと認識する事はなかった。

 それだけ両家の間には歴然とした力量差があったからだ。

 むしろ、いいヒントをくれたとすら思っていた。


(英雄と言われる人種は色を好むというが、陛下はそのような事はなさそうだ。それに女性に対してだけは、なぜか誠実だという事がよくわかった。パメラの事も、きっと大事にしてくれているのだろう)


 バートン男爵のおかげで、ウィンザー侯爵の不審は晴れた。

 しかし、新たな不審な点が浮かぶ。


(温和な顔と厳しい顔。まるで二つの性格があるようだ)


 ――ジュードを彷彿とさせる政治家としての顔。

 ――ジュードとは似ても似つかない誠実な顔。


 状況によって使い分けていると言われればそれまでだ。

 だが、ウィンザー侯爵も人間には二面性があるとわかっている。

 他人よりも、それが顕著なだけだと軽く流した。

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