第十八章 新王アイザック編

第557話 逃げ道

アンケートの結果「本編の続き」を求めている方が多く、プロットができたため続きを書き始めます。

最終回のあとに続きがあるのもおかしいので、最終回は削除しております。

新作も書いておりますので、週一くらいで投稿できればいいなとは思っていますが、不定期更新と思っておいていただけますと助かります。


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 リード王国エンフィールド王朝の出発は順調だった。

 それもそのはず、宰相や大臣など、要職に就く者の顔ぶれが以前と変わっていないからだ。

 一番忙しかったのは、エリアスの喪に服していた期間である。

 今では政治体制も安定し、日常の業務を果たすだけでよかった。


「今日はこれだけか?」

「はい。午後から陛下の裁可を必要とする書類もあるかもしれませんが、今はこれだけです」

「そうか……」


 だが、政治が順調であればあるほど、アイザックの心は曇る。


(もう終わりか。もっと仕事をしていたかったな……)


 ――それはパメラのせいだった。


 前世では経験しなかった特別な絆のようなものを感じていた相手が、まさか妹だとは考えもしなかった。

 そのショックは大きく、あれほど「仕事を部下に放り投げて楽になりたい」と考えていたアイザックが「仕事に逃げたい」と思うほどだった。

 しかし、事情を知らない周囲はそうは思わない。

「即位したばかりなので張り切っているのだな」と思うだけである。

 だからノーマン達は心配していた。


「陛下が張り切っておられるのは、とても良い事だと思います。ですが、最初から根を詰めていては長く持ちません。手隙の時間は、花の世話などされてはいかがでしょうか? ちょうど修復中でございますし……」


 王宮の庭園は、ドラゴンの襲来によって半壊していた。

 今は「ドラゴンが着陸した場所」という個性を残しつつ、整備され始めている。

 そのため、花を植え直すなど、アイザックの趣味に時間を使ってはどうかと提案する。


「国王がサボるわけには……」

「いえ、国王陛下だからこそ休んでいただかないと困ります。陛下に休む事なく働き続けられると、下の者達は休む事ができませんので」

「あぁ、そういえばそうだな」


 ――上に立つ者だからこそ、下の者の事を考えて休まねばならない。


 これは重要な事だった。

 特にアイザックは高価なものを買い集めたりしない。

 国王の金遣いが渋ければ、貴族も派手に遊び辛くなってしまう。

 アイザックは貴族の常識に照らし合わせれば、倹約家どころか吝嗇家といった評価をされても甘んじて受け入れねばならないほどである。


 もちろん、アイザックも欲がないわけではない。

 ただ、前世のように「あのゲームが欲しい」「あの本がほしい」というように興味を惹かれるものがなかっただけだ。

 絵画や彫像という美術品に興味がないため、自然と金遣いが渋くなっているだけである。

 しかし、これからは「興味がない」では済まされない。

 配下の者達が楽しんで過ごせるよう、これからは適度に休み、適度に遊ばねばならないだろう。

 仕事に逃げたかったアイザックには、それはそれで難しい問題だった。


「そういった事も配慮しよう。まだまだ王になったばかりだ。細かい事でもいいから、これからも助言を頼む」

「はっ」

「それとだ」

「はっ……」


 ――アイザックが何かを頼もうとしている。


 そういう気配を察知し、ノーマンは嫌な予感を覚えた。


「王として振る舞う内に、私もいつか尊大になり、他人の助言に耳を貸さなくなるようになるだろう。その時は指摘してほしい」

「かしこまりました」


 ノーマンの予感は当たった。

 誰が国王となったアイザックに「自分の考えがすべて正しいと思い込んでいる」と指摘したいだろうか。

 一歩間違えれば、処刑されてもおかしくない。

 それでもノーマンは「善処します」や「検討しておきます」などと、はぐらかしたりはしなかった。

 アイザックの怒りは恐ろしい。

 だが、ジェイソンのような傍若無人な振る舞いはしないとわかっている。

 今までアイザックの姿を近くから見ていた事から、誠心誠意尽くしての発言であれば咎められないと思ったからの発言だった。


「陛下、本日の昼食はロックウェル王国のシルヴェスター殿下とビュイック侯爵との会食が予定されています。その前に、少し庭園の様子でもご覧になられてはいかがですか?」

「……そうだな、そうしよう」


 ノーマンの提案に、アイザックは乗った。

 気晴らしは必要であると認めているからだ。


(歩くだけで気晴らしになるといいんだけど……)


 だが、散歩くらいではアイザックが本当に忘れたい事までは忘れさせてもらえそうになかった。



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 シルヴェスター達との昼食会には、ダッジやフェリクスも呼び出していた。

 元ロックウェル王国貴族として、話のネタを振ってくれれば助かると思ったからだ。

 しかし、その必要はなかった。

 重要な話題を、シルヴェスター達から振ってくれたからだ。


「アイザック陛下、ヘクター陛下から話を聞いておられますでしょうか?」

「どのような話でしょう?」


 国王同士の話し合いだ。

 その内容を簡単に漏らす事はできない。

 あと、どのような話題かがわからなかったため、アイザックは質問に聞き返した。

 不審がられないために、平然と食事を続ける。


 シルヴェスターも重要な話だと承知している。

 アイザックが、あっさりと「あの事ですね」と言ってこないとわかっていた。

 そのため、自分から切り出す事にした。


「以前、ヘクター陛下からとある申し出があったと言われておられました。その時、私達からヘクター陛下に一つの申し出をしたのです」

「どのようなものでしょう?」

「ファーティル王国がリード王国に編入される時、我が国もリード王国に編入してもらえるようにと話を通していたのです」

「なにっ!?」


 これには、食事を勧めていたアイザックの手が止まる。

 あまりにも意外過ぎる提案だったからだ。

 アイザックの反応を見て、ヘクターからはまだ話されていないと察する事ができた。

 まだ話していないのは、ヘクターにはヘクターなりの理由があったのだろう。

 だが、シルヴェスターにも自分なりの理由がある。

 ここでアイザックに話しておき、反応を見ておこうと考える。


「ロレッタ殿下と結婚し、ファーティル王国がリード王国に編入されれば、我が国はもう手出しができません。そこで国民のためにどうすればいいのかを考え、我が国もリード王国の一部になればいいと答えを出しました」

「なるほど、ロックウェル王国には・・・・・・・・・・いい話ですね」


 突然の話だったものの、アイザックはリード王国に利益があるのかどうかの判別はついた。

 これは、ロックウェル王国にとって都合のいい・・・・・話だ。

 周辺国に食い物にされている小国が、大国の威光を笠に着て報復行動に出るのが目に見えている。

 リード王国は利用されるだけだろう。

 ロックウェル王国を支配下に受け入れる旨みがない。


 もちろん、シルヴェスター達も渋られる事がわかっていた。

 ビュイック侯爵が補足しようと動く。


「そう思われるのも仕方ありません。私共と致しましても、支援をしていただければ助かるという思いもないとは言い切れません。ですが、多くは求めません。それどころか、将来的にはリード王国にも利益をもたらす事ができるのです」

「利益とは?」

「多くの税収が得られます。ファーティル王国もリード王国の一員になるのならば、我が国から輸入する鉱石などを安く買い叩いたりはしなくなるでしょう。ファラガット共和国なども、仕入れ値を世間の相場に合わせてくるはずです。今は貧しくとも、やがては十分な収入を得られるようになり、リード王家への税も十分な額を納められるようになるでしょう」

「なるほど……」


 ロックウェル王国に、リード王国の権威を傘に着せる事にはなる。

 だが、それだけで商売が平常になり、国を立て直す事ができるのは大きい。

 リード王国の国家予算を使って整備するわけではないのだ。

 最小の労力で、大きな利益を得られるチャンスだった。


 それにロックウェル王国側も、リード王国の名前がなければ経済の復活はできないわかっている。

 経済活動が活発になったからといって「もう用済みだ」などと独立したりはしないだろう。

 そんな事をすれば、また今の状態に戻るだけだからだ。


 ――名前を貸すだけで上納金を納めさせる。


 アイザックは「まるでやくざみたいだな」と思った。


(でも、悪い話じゃないな。戦後から立ち直れていないファーティル王国の復興や、ロックウェル王国の経済立て直しまで考えれば、十分な仕事量になる。パメラの事を忘れさせてくれるかも……)


 そうは思ったが、無条件で引き受けるわけにはいかない。

 日数を考えれば、ロックウェル王国の国王であるギャレットが認めたわけではないだろう。

 ここで迂闊な返事をすれば、アイザックが首謀者だと思われかねない。

 そんな不名誉な事は避けねばならなかった。


「国の命運を左右する決断ですね。ですが、それはギャレット陛下のお考えなのですか?」

「違います。私達の一存で決めた事です」


 シルヴェスターが、あっさり「国王の許可を得たものではない」と白状した

 これにはアイザックも驚かされる。


「ですが、陛下もきっと認めてくださるはずです。陛下は即位して以来、ずっと国民を飢えさせない方法を考えておられました。二百年の長きに渡る苦難を乗り越える方法が見つかったのです。王冠を置く事になろうとも、きっと決断していただけるはずです。必ずや我らが説得してみせます。ロレッタ殿下と結婚なさるのであれば、ファーティル王国と共に我が国も編入していただけないでしょうか」


 シルヴェスターも無茶な申し出だとわかっている。

 わかってはいるが、止められなかった。


 ロックウェル王国にとって一番いい道は、自力で周辺国に対して報復する事だ。

 だが、もうそんな力はない。

 国内の統制を取るので精一杯なのだ。

 もう外部の力を借りて一気に情勢の変化を促すしかない状況である。


 しかし、ギャレットはファーティル王国も、ファラガット共和国も、グリッドレイ公国にも降りたくはないだろう。

 それはシルヴェスターも同じ気持ちである。

 だからこそ、リード王国に目を付けたのだ。

 アイザックの格付けは終わっている。

「彼に首を垂れるのならば仕方ない」と、ギャレットも納得できるはずだ。

 そう思ったから、ビュイック侯爵とよく話し合い、決断を下したのだった。


「私がロレッタ殿下と結婚して、ファーティル王国と共にロックウェル王国をリード王国の一地方とするとしましょう。その場合、私はお二人になにを用意すべきでしょうか?」


 労せずして一国が手に入るのだ。

 アイザックとしても悪い話ではない。

 いや、むしろ美味しい話だ。

 だが、美味すぎる話でもある。

 当然、アイザックとしては警戒する。


 そこで意地が悪いが、彼らの報酬に話を振った。

 二人が欲をかくかどうかの反応を見れば、彼らが何を考えているかがわかりやすくなる。


「私は伯爵位でも賜る事でできれば、田舎で隠居しています。政治に口出しするようなつもりはありません。もちろん、兄上と共にロックウェル王国の立て直しを命じていただければ、全力を尽くすつもりです」

「私も現状維持が望めるのならば……。ですが、ロックウェル王国内にリード王家直轄領を持ちたいとお考えならば、ビュイック侯爵領を差し出すつもりです。このような申し出をした者の責任は果たすつもりです」


 二人は権力を望まなかった。

 むしろ、自分の権力を差し出してでも、国の立て直しをしたいと考えているようだった。

 アイザックは、ダッジとフェリクスの二人に視線を向ける。

 しかし、残念ながら二人は意見を述べなかった。

 ただ首を横に振るのみである。


 これはロックウェル王国のみならず、リード王国にも大きな影響を与える話である。

 自分達がアイザックの側近として、ロックウェル王国寄りの発言をしてしまい、リード王国に損害を与えてしまえばロックウェル王国への心証がより悪くなる。

 アイザックに評価されているからこそ、まだロックウェル王国を愛しているからこそ、この場では発言できなかった。


 アイザックも、彼らが「意見が思い浮かばない」のではなく「立場が発言を許さないのだ」と察した。

 軽い世間話とは違い、気軽に会話に入る事ができないのだ。

 仕方ないので、自分の意見を述べる事にする。


「そこまでお考えだったとは……。ですが、まだロレッタ殿下と結婚すると決まったわけではありません」


 アイザックの発言を、シルヴェスターとビュイック侯爵は「正式な決定ではないので、婚約も決まっていないという事にしたいのだろうな」と思った。


「そして何よりも、ギャレット陛下が決定を下したわけではないでしょう? ここで何を話しても、あなた方が国を売った不忠者として処断されるだけかもしれません。そういった話は、ギャレット陛下の裁可を得てからするべきでしょう」


 ここで「よし、そうしよう」などと言えば、ロレッタと結婚するのは既定路線となる。

 それにギャレットが嫌がった場合、アイザックは「王弟をたぶらかして国をひっくり返そうとした主犯だ」と非難されかねない。

 そこでアイザックは無難な答えをする事にした。 


 この返答に、二人は「まぁそうだろうな」と納得する。

 王の裁可がない決断など無意味。

 ただの暴走だと捉えられても仕方ないと思っていた。


「では国に戻り次第、陛下に提案してみます。これは両国にとって悪い話ではありませんので、必ずやよい返答をお持ちできると確信しております」

「さすがに他国の傘下に入るという決断を下すのは難しいでしょうけどね。ロレッタ殿下との結婚は、彼女の卒業までに決めるという取り決めになっています。あと半年もないところで決断を下せるかどうか……」


 アイザックは慎重な意見を述べるが、内心は違う。


(ロレッタとの結婚か……。結婚するだけで、ファーティル王国とロックウェル王国が手に入るのは魅力的だな。それにロックウェル王国が手に入れば、そのままファラガット共和国を手に入れて、海産物を自由に手に入れる事ができるようになる。……ダメだ、ダメだ。ゲーム感覚で他国を攻めるなんて)


 心の中では、そうなればいいなという気持ちがある。

 だが、それは不謹慎だという気持ちもあった。

 しかし「そういう道もある」というのは、今のアイザックにとっていい気分転換にもなっていた。

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