第534話 戦後補償
ブランダー伯爵領を平定していた者達が王都に戻って二日後。
疲れも取れた頃合いだと判断し、アイザックは主だった貴族を集めていた。
「色々と話し合いたい事もある。だが、まずはすぐに終わりそうな戦費に関しての話をしようか」
アイザックは、最初に金の話を持ち出した。
これは誰もが気になる事だが、王位継承に関する話などに比べれば優先順位が低い。
自分達からは言い出し辛い話題だったので、アイザックが話題に出してくれて助かったと思う者は多かった。
もちろん、アイザックはそれを見抜いていた。
だから「気の利く人だ」と思わせるために、最初に戦費に関しての話を持ち出したのだった。
「戦費の支援ですが、ウィンザー・ウィルメンテ・ウォリック各侯爵家には百億リード。ウリッジ・ランカスター・ブリストル各伯爵家には三十億リード。この額で不足のある家はあるでしょうか?」
この額の参考にしたのは、ウェルロッド侯爵家の軍の維持費から算出したものだった。
三万の兵を動かしているウェルロッド侯爵家が、この四ヶ月ほどで使った戦費は百億リードほど。
だから、軍の規模が半数の各侯爵家や、五千ほどの伯爵家には十分な金額のはずだった。
多めに渡しているのは、自分への支持を獲得するためである。
王として活躍した者に褒美を与える予定ではある。
だが、彼らにも傘下の貴族にいい顔をさせてやる必要があった。
そのため多めに戦費を渡し、傘下の貴族に上位者として褒美を与えさせるつもりだった。
上位者としての面子を立たせてやれば、アイザックへの忠義心も生まれるというものだ。
出席者達も、過剰な支援金に裏を感じ取っていた。
ある者はアイザックの考えを読み取っており、またある者はウェルロッド侯爵家の財力を見せつけるためだと感じている。
こういう時に「これは賄賂のつもりか?」と言い出しそうなウリッジ伯爵も「この金で傘下の貴族をまとめ上げろという事だな」と察していた。
これが反逆であれば反対していたが、王族が全滅するという異常事態の真っただ中である。
買収だと察した者達も「国をまとめるために必要な事だ」と素直に受け入れていた。
「問題はないですな」
「十分な額です」
「国内での戦闘という事もあり、不足はありません」
誰もが不足なしと答えた。
他国への遠征の場合は、補給物資を運ぶ輸送部隊が消費する物資の量も増大する。
遠くなればなるほど、前線に届く物資の量が減ってしまうのだ。
距離が遠くなればなるほど、莫大な物資を送らねばならない。
だが、今回は国内での戦闘だった。
輸送にかかる人件費や物資の調達費用が安く済んだ分、ロックウェル王国との戦争の時よりも安くあがっていた。
これで「不足だ。もっとよこせ」と言われたら、それはそれでアイザックも困っていただろう。
皆の返事を聞き、満足そうに一度うなずく。
「もちろん、これは軍の維持に必要な物資の支援です。被害に遭った街などの補填は、必要に応じて別途支払います。戦場となったランカスター伯爵領での被害はなかったようですので、ウォリック侯爵領の領民への支援が主となるでしょう。平民は国の財産です。必要な支援があれば、遠慮なくおっしゃってください」
「ありがたく!」
ウォリック侯爵が頭を下げる。
これにもまた、アイザックは鷹揚にうなずいた。
「こういった補填や補償に関しての一番の問題は……、やはり戦死者に関してでしょう。当主や親族を失った家のご遺族への見舞金なども考えなければいけません。当主や後継者を失った伯爵家には五億リード、子爵家には三億リード、男爵家に一億リード。親族の場合は、一人あたりその半額を見舞金として支払う、というものを考えていますがどうでしょうか?」
「エンフィールド公の気前の良さは噂で聞いておりましたが、ここまでとは。遺族も喜ぶでしょう。しかし――」
ウィルメンテ侯爵が、金額の高さを評価する。
だが、それだけでは済まなかった。
「――その額は多過ぎます。戦死者の遺族に配慮したいと思われているのでしょうが、やめておいたほうがよろしいでしょう」
「フィッツジェラルド元帥は最後の時までジェイソンを説得しようとしていたそうですし、オークウッド子爵達もブランダー伯爵軍を防ぐために奮戦しました。彼らの功績に報いてやりたいのですが……。理由を教えていただけますか?」
反対意見にアイザックは渋る。
できれば、気前のいいところを見せておきたい。
だから、先に家族と相談して金額を決めていたのだ。
それを真っ向から否定されたので、理由を聞いておきたかった。
「ですから、金額が高すぎるのです。その額では金に困った者が『戦場で死ねば、家族に十分な見舞金が支払われる』と思い、息子や親族を戦死させようとする者が出てくるでしょう」
「不要に人材を失う危険性があるというわけですか」
ウィルメンテ侯爵の説明を聞いて、アイザックはすぐに理解した。
――金のために自殺同然の突撃をする可能性がある。
前世でも保険金目当ての自殺という話は聞いた事がある。
戦場での戦死ならば、金の他に勇敢に戦ったという名誉も残る。
優秀な人物を無駄に失う危険があった。
(そういえば、侯爵家でも一億リードの現金は大金だったな)
アイザックは金銭感覚が麻痺していた事に気付いた。
最近のウェルロッド侯爵家は羽振りがいい。
しかも、時々寄付金の名目で商人達から、かなりの額を供出させている。
今回もマーガレットが金を集めてきてくれている。
モーガンやランドルフも、手元に金があるせいで少し気が大きくなっていたらしい。
普通の貴族の金銭感覚がわからなくなっていた。
「今回はエリアス陛下をお救いするための戦いだったので特別だと言っても、やはり期待はしてしまうでしょう」
「伯爵家で五億リードならば、侯爵家は? そう考えたら、親族に何人か戦死してもらってもかまわないと考えてしまいますな」
ウィルメンテ侯爵の言葉を継いで、ウォリック侯爵も物騒な事を言い出す。
気前の良さが、必ずしもいい結果を生まないという事だ。
これにはアイザックも反省する。
「確かにその可能性はあるかもしれません。今回はそういった問題点を話し合う場です。過去の例もまちまちなので、今回の件ではどの程度ならば妥当な金額と思われますか共に考えていただけますか?」
とはいえ、過ちを簡単に認めはしない。
あくまでも出した金額は仮のものであり、それをたたき台にして妥当な金額を出すものである。
そういう態度を取る事で、金銭感覚が麻痺していた事を誤魔化そうとしていた。
「フィッツジェラルド元帥は、伯爵で一億リードに元帥という立場を加えて二億リード。子爵で五千万リード。男爵は三千万リードというのでどうだろうか?」
ウィルメンテ侯爵は、ウォリック侯爵やキンブル将軍といった武官に意見を求める。
この話に関しては、戦場で命を懸ける者達の意見が参考になると思ったからだ。
「それでもきわどいところだな。恥ずかしい話だが、ウォリック侯爵家傘下の貴族には、その額でも命を懸ける者が現れるだろう」
「当主が戦死するという事自体が珍しい事です。自分に何かあった時、家族が手厚い支援を受けられるという安心はあった方がいいでしょう。エンフィールド公の治世における、一つの目安としてはいいのではないでしょうか」
彼らは自分達の立場や状況を考えての発言をする。
これまでは、その時々によって見舞金が大きく変わっていた。
ウォリック侯爵は「アイザックならば多額の見舞金をくれる」と信じて、戦場で死ぬ者が現れないかを心配していた。
キンブル将軍は、アイザックの気前がいいというのは周知されているため、ここでケチって評判に傷をつける必要はない。
わざわざ死んでまで金を得ようとする者の方が少ないはずなので、彼としては気前のいい方が嬉しいと思っていた。
だから、これ以上減らすような意見は言わなかった。
「見舞金の話も結構な事ですが、他の褒美との兼ね合いも考えたほうがよろしいのでは?」
ウィンザー侯爵が口を挟む。
彼の言う事ももっともなものだった。
「ブランダー伯爵領の扱いですね」
「その通りです。見舞金もですが、領主のいなくなった領地の扱いを気にしている者も多いはず。領地を与えられるのであれば、見舞金が少なくとも不満はでないでしょう。なにかお考えはありますか?」
アイザックは周囲を見回す。
領地持ちは期待していなかったが、領地を持たぬ者達は期待の色を目に宿していた。
「まず、軍をまとめあげたフィッツジェラルド元帥の働きには報いねばならないでしょう。クーパー伯も宰相として王都に残り、危険にもかかわらず衛兵をまとめ上げてくれました。ブランダー伯を討ち取ったウェリントン子爵も、陞爵して領地の一部を与えてもいいかもしれないと考えています」
アイザックは、今の段階で領地を分け与えてもいいと思っている者の名前を挙げる。
だが、これは仮のものである。
決定事項ではない。
決定するのは、皆の意見を聞いてからだ。
「ジェイソンの最後を見届けたセオドア殿の褒美はどうなさるのですか?」
クーパー伯爵は「エリアスを助けられなかった自分が領地を受け取ってもいいのか?」という思いから、他にも功労者がいるとセオドアの名前を持ち出した。
アイザックは、首を振る。
「セオドア殿は湖に沈むところを確認しただけです。本人が討ち取ったというわけではありません。金銭での褒美は考えていますが、領地を与えるほどではないと考えています。次点ではフィッツジェラルド元帥の後を継いだキンブル将軍。ブランダー伯爵軍を抑えたウリッジ伯の両家に分け与えてもいいと考えていますが……」
「領地を細分化したくないとお考えなのですな?」
「そういう事です。現状でもウォリック侯爵領のように、鉱山収入に偏った領地があります。ブランダー伯爵領を細かく分けてしまうと、ファーティル王国とロックウェル王国のような関係の領地ができてしまうかもしれません。不要な争いが生まれるかもしれない事を恐れています」
領地を細分化すれば、今のところ褒美として満足してもらえるだろう。
だが、税収の多い地域をもらえた者と少ない地域をもらえた者で荒れるだろう。
税収の少ない地域を与えられた領主が不満を持つかもしれない。
細かく分けて与えるよりは、大きく分けて与えた方が――
「税収の少ない地域もあるけど、大きい地域もあるから我慢しよう」
――と思えるはずだ。
だから、アイザックは三つか四つに分割するのが限度だと考えていた。
「さすがにお三方に比べれば、私の働きは領地をいただけるほどのものではありません。候補として名を挙げていただいた事には感謝しておりますが、辞退させていただきます」
キンブル将軍が辞退を申し出た。
彼はエリアスを助けられなかった事を強く悔いていた。
何も失わなかった自分が領地を貰うわけにはいかないという思いが強く、それが辞退という形に繋がった。
「私もいただくわけには参りません。命を懸けて戦ったのは傘下の貴族や兵士達です。彼らへの見舞金や褒美をいただけるのならば、領地は辞退致します。飛び地になるのも、後々火種のもとですからな」
ウリッジ伯爵も辞退した。
これが内戦でなければ、飛び地でも受け入れただろう。
だが今回は内戦であり、ブランダー伯爵領の一部を治めるリスクや手間などを考えれば、喜んで飛びつく事はできなかった。
「辞退するという話ばかりではなく、推薦でもかまいません。私の意見はあくまでも個人的なもの。経験不足の若者の意見に過ぎないのです。皆さんの忌憚ない意見を期待しております」
だから、アイザックは意見を求めた。
他の者が「キンブル将軍やウリッジ伯爵にも領地を」と言い出せば、本人が辞退しようとも十分検討するに値する。
今はまだエリアスを失った悲しみが大きな時期である。
だからこそ、皆で意見を出し合う事で、少しでも正解に近い答えを絞り出そうとしていた。
もちろん「みんなで話し合って出した結論じゃないか」という、アイザックの責任逃れのアリバイ作りという面もあったが。
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