第533話 新たな同盟結束

 遠征軍の帰還パーティーの翌日。


「アマンダさんとジュディスさんが、友人として・・・・・会いたいと?」


 面会の予約もなしに王女と会えるはずがない。

 だが、アマンダはジュディスを連れて、ロレッタに会いに行っていた。

 これにはファーティル王国側も困惑する。

 あまりにも礼を失する行為であるからだ。

 しかし、その程度の事は、アマンダ達もよく知っているはず。

 ならば、無礼だとわかって・・・・・・・・やってくるだけの理由があるのだろう。

 その事について、ロレッタには心当たりがあった。


(ウォリック侯から、アイザックさんにファーティル王国を譲ろうと考えているという話を聞いたのね)


 圧倒的な切り札を用意したロレッタに、恨み言を言いにきたのかもしれない。


「かまいません。せっかく友人がきてくれたのですから会いましょう」


 彼女達は手強いライバルだった・・・

 今まで鎬を削り合ってきた相手なのだ。

 最後に一言くらいは言わせてやるのも勝者の役割だと、ロレッタは思ったからだ。


「ロレッタ殿下、突然押しかけてしまった無礼をお詫び致します。お元気そうで何よりです」

「…………よりです」


 まず二人は、非礼を詫びた。


「私もお二人のお顔を拝見できて嬉しいですわ。さぁどうぞ」


 ロレッタが席を勧めると、アマンダ達は素直に従った。

 彼女達の表情が明るいものなので、ロレッタは不思議に感じていた。


「本日は、どのようなご用件でお越しになられたのでしょうか?」

「面会の予約もせずに訪れる程度には重要なお話があります」


 アマンダが、いつになく真剣な表情を見せていた。

 ロレッタは非難される事を覚悟して身構える。

 やはり、王位でアイザックを釣ろうとした事は、彼女にとって後ろめたいものだった。


「ですが、そのお話をする前に……。ジュディスさんに占わせていただけないでしょうか? その結果は、きっとロレッタ殿下に良いもののはずですから」

「占いの結果が良いはず?」


(もしかして、王妃になる私に媚びを売りにきたのかしら?)


 アマンダの言葉を聞いて、ロレッタはそう判断した。

 だが、そう思ったのは最初だけ。

 すぐに「アマンダは、そういう人物ではない」と考え直す。

 彼女ならば、正面から堂々と祝うだけで、絡め手は使ってこないだろう。

 しかし、懸念材料は残っている。


 ――ジュディスの存在だ。


(この方の考えはわからない……。今更、私に媚びを売りにくるわけでもなさそうだけど……)


 彼女はアイザックに胸を押し付けるなど、さりげなく誘惑していた。

 結婚前の男は、女の武器に弱いと聞いている。

 卑怯な方法を躊躇なく使う女だ。

 アマンダはともかく、ジュディスは信用できなかった。

 ロレッタが迷っているのは、アマンダにもわかっていた。


「こんな言い方では怪しまれるのも当たり前でしょう。ですが、人前では言えない事もあるのです。……お人払いを願います。良き友人として、そして良きライバルとして、噓偽りは申しません。これは殿下にとっても損はない話です。面会の予約も取らずにくるだけの理由があるのです」


 アマンダだけではなく、ジュディスも真剣な眼差しをロレッタに向けていた。

 ロレッタも、軽い世間話や噂話程度で二人がやってきたというわけではないと思っている。

 侯爵令嬢と伯爵令嬢が、一国の王女に非礼を働いたのだ。

 それ相応の理由があるのだろうと考えた。


「では、信頼のおける者だけを残すというのでいかがでしょう?」

「それで結構です」


 ロレッタは、護衛も兼ねた侍女を二人だけ残して、他の者達を下がらせた。

 アマンダ達の付き添いも、同時に退出する。

 その時、ジュディスの付き添いが占い用の水晶をテーブルに置いていった。

 ドアが閉まるのを確認してから、ロレッタは用件を確認する。


「これはウォリック侯爵家とランカスター伯爵家の用件という事でしょうか?」

「いえ、違います。これは私達、アマンダ・ウォリックとジュディス・ランカスター個人による、殿下への贈り物というものです」

「お二人の……ですか」


 ロレッタは、より一層意味がわからなくなる。

「アイザックへの口利きを頼みたい」という両家の当主からの頼みならばわかる。

 だが、二人からの贈り物というと意図がわかり辛い。

 アイザックへの口利きならば、当主も絡むべき案件だからだ。


「ジュディスに占わせていただければ、すべてがわかります。まずは占わせていただけませんか? お願いします」

「お願いします……」

「何を占うつもりなのですか?」

「殿下の結婚相手です」


 アマンダの言葉に、場の空気が凍り付いた。


「無礼な! 殿下の――」

「黙りなさい」


 怒りを露わにする侍女の言葉を、ロレッタは静かな声で遮った。


(私の結婚相手を占いたいとやってきた。では、やはり家族から私の話を聞いて確認しにきたという事? ……いえ、それは違うわ。その前にやれる事があるはずだもの)


 ロレッタは、アマンダとジュディスがやってきた事に関して考えを巡らせる。

 そして、一つの結論に行きついた。


「すでにアマンダさんを占い、その結果を再確認するために私のところへきた……というところでしょうか?」

「その通りです。そして、その未来を実現させるために協力関係を結びにきたというわけです」

「なるほど……。では、まずは占っていただきましょう」


 アマンダの性格を考えると、それは嘘ではなさそうだ。

 ロレッタは、占ってもらってから次の事を考えるべきだと思った。

 占ってもいいと許可する。


 ジュディスは、すぐさま水晶を覗き込んだ。

 その姿は、どこか神秘的であり、影で聖女と言われているのも納得させられるものがあった。


「……見えた」


 ジュディスが、ニヤッと笑う。

 その笑みは、見る人によっては「邪悪な笑みだ」と思われそうなものだった。


「やっぱり……、前に見たものと同じ……」

「よかった。まだ未来は変わっていないんだ!」

「まずは説明してくださいませんか?」


 喜ぶ二人に、置いてけぼりにされたロレッタが非難めいた声で咎める。


「そうですね。まず、ロレッタ殿下はエンフィールド公と結婚されています」

「まぁ、それは嬉しいですわね」


 以前ならば大喜びしていだろう。

 だが国を譲るとまで言ったのだ。

 さすがにアイザックが断るとは思っていなかったので、ロレッタの喜びは半減していた。


「そして、私達も結婚しているようです」

「アマンダさん達も?」


 リード王国を立て直すには、ウォリック侯爵家の力も必要だろう。

 しかし、すでにパメラとリサがいて、ロレッタとも結婚しているのなら、そこまで必要だろうか?

 しかもジュディスまで。


「そうです。ですが、私とジュディスだけではありません。ティファニーとブリジットさんとも結婚しているようなのです」

「あのお二人まで!?」


 これには、ロレッタも驚きの声をあげる。

 あのアイザックが、そこまで多くの妻を娶る姿というのが想像できなかったからだ。


「アマンダさんやジュディスさん、エルフのブリジットさんはまだわかりますが……。ティファニーさんとまで結婚するとは、にわかには信じ難いですわね。それに、エンフィールド公は真面目な方で、色欲に溺れるような方でもないはずですし」


 アイザックはジュディスに胸を押し付けられても、強烈な自制心で耐えていた男だ。

 それに立場を考えれば、裏でこっそりと愛人を作っていてもおかしくない。

 なのに、まったく浮ついた話が聞こえてこないほど真面目な男でもある。

 だからこそ、ロレッタも強く惹かれていたというのもある。

 大勢の妻を持つ姿は、まったく考えられなかった。


「ティファニーは……、リサさんと同じくエンフィールド公を幼い頃から支えてきた相手だからだと思います」


 アマンダは本当の事を話したかった。

 だが「アイザックがティファニーの事を好きだ」という事を誰にも言わないと約束している。

 だから、ティファニーに関しては誤魔化していた。


「いまだに新しい婚約者が決まらない従姉妹の事を思いやってという事ですか……」

「かもしれません」


 それならば納得ができる。

 リサも長年婚約者が決まっていなかったという。

 そういった優しさもアイザックの魅力だと、ロレッタは思っていた。


「なぜ私に教えようと思ったのですか? 確認のためというのもあるでしょうが、私を追い落とせば一人分多くエンフィールド公の愛をご自身に向けるチャンスでしたのに」


 少し意地悪な質問だが、ロレッタは聞かずにはいられなかった。

 アマンダは、少し寂し気な笑顔を見せる。


「その事を考えなかったとは言えません。ですが、一人分の愛をみんなで分け合えるとしても、一人を不幸にしてのものです。エンフィールド公の愛を少し多く受けられる幸せよりも、誰かを不幸にしてしまった罪悪感が勝っていては意味がありません。ならば、一人でも多く笑顔で食卓を囲んで幸せになりたい。そう思ったから、こうして話にきたのです」


 アマンダの言葉は、ロレッタにも嘘ではないと理解できるものだった。

 彼女らしい、正直な言葉である。


(なるほど。お互い、アイザックさんを奪い合った戦友・・というわけですか)


 ロレッタは、友達として・・・・・という言葉の意味がわかった気がした。

 アマンダとジュディスの態度から「もう争いはやめよう」という意思が感じ取れる。

 アイザックも三人の争いを不満に思っていたようなので、これは悪い話ではない。


「だから、みんなが幸せになるため。ジュディスの占った未来を実現させるため、余計な事はしないでおこうって話し合ったんです。ロレッタ殿下も、協力していただけませんか?」


 アマンダの頼みに、ロレッタは首をかしげる。


「ウォリック侯やランカスター伯から何も聞いておられませんの?」

「なにをでしょうか?」

「エンフィールド公に、私と結婚すれば将来的にファーティル王国を譲るという話です」

「えぇぇぇぇぇ!」


 衝撃の告白に、アマンダとジュディスが叫んだ。

 彼女らがその事を知らなかった事よりも、ジュディスが大声で叫んだ事にロレッタは驚かされる。


「ど、どういう事なんですか!」

「実は――」


 ロレッタは、ヘクターがアイザックに持ち掛けた話を彼女らに説明する。

 話を聞くにつれて、アマンダ達の顔色が悪くなっていく。


「昨日のパーティーで、エンフィールド公は話されませんでしたの?」

「昨日は父さんがかなり酔っていて……。あぁ、だからあの時、アイザックくんが父さんのところにきたの!? 酔っていたから、話を後日にしたのかも!」


 動揺のあまり、アマンダは令嬢としての言葉遣いを取り繕えなくなっていた。

 頭を抱えて、テーブルに突っ伏す。


「驚き……。でも、それだけの価値がある人……」

「ええ、ですから陛下も、思い切った決断ができたのでしょう。……この話をご存知なかったのなら、お二人はなぜ今日ここへ?」

「エンフィールド公は……、未来を知る事を嫌がっていた……。知ってしまえば……、良い未来でも変えてしまうからと……」

「だから、ロレッタ殿下にも教えるか僕達も迷ってたんだ。でも、ブランダー伯爵領の平定を行っていた貴族が集まったという事は、論功行賞も始まるという事。その席で結婚の話になるなら、早めに教えておいた方が良いと思って……」


 ジュディスの話を引き継いで、アマンダが説明した。

 ロレッタは天を仰ぐ。


「なんて事、もう手遅れになったのかしら……」

「さっきの占いでも未来は変わっていなかったから、そうじゃないと思う。ロレッタ殿下との結婚をきっかけにという可能性もあると思うよ」

「だといいのですけれども……」


 ロレッタは「アイザックの考えももっともだ」と思った。

 未来を知ってしまえば、それを実現するために余計な行動をしてしまいそうだった。

 だが、何もしない方がいいとも限らない。

 しかし、何をしてもいいのかがわからない。

 非常に難しい問題である。


 とはいえ、悪い事ばかりではない。

 同じ未来へ向かう同志を見つけられたのだ。

 彼女らの手強さはよく知っている。

 だからこそ、頼もしい仲間だと思えた。


「今度は抜け駆けを考えたりしなくてもいいというのは、ずいぶん楽になりますわね」

「じゃあ!」

「私も協力致します。みんなで幸せになりましょう」

「ロレッタ殿下!」

「ありがとう……、ございます……」


 三人は手を重ねる。

 リサ・ブリジット同盟に次ぐ、第二の同盟が結束された瞬間であった。



 ----------



 同日、同時刻。

 突然の来賓は、ヘクターのもとにもあった。

 訪れていたのは、ロックウェル王国の王弟シルヴェスターと宰相ビュイック侯爵である。

 

(なぜ彼らが?)


 何やら国の命運を左右する重要な話があるという。

 使用人が不思議に思いながらも、ヘクターのもとへと案内していった。

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