第535話 賛否両論
領地を誰に与えるのかという話は、アイザックが名前を出した三人に与える事で話が進んだ。
フィッツジェラルド元帥は、生前に遡ってヴィッカース公爵位を与えられる事になった。
その上でフィッツジェラルド伯爵家には、領都を含むブランダー伯爵領の北半分が領地として与えられる。
三人の中で最も広大な領土となるが、これはエリアスがフィッツジェラルド元帥を信用していたためである。
アイザックもフィッツジェラルド伯爵家の者を信じ、国境の守りとして期待するという形で広いものとなった。
クーパー伯爵家は、ブランダー伯爵領の南東部を与えられる。
こちらはフィッツジェラルド伯爵家に比べれば狭いが、王都に近い。
そのため、人口の多い中規模の街も多かった。
税収面も期待できる。
ウェリントン子爵は伯爵に陞爵の上、ブランダー伯爵領の南西部を与えられる。
ここには鉱山が多く存在しているが、そこから上がる利益はランカスター伯爵家が持っていく事になっていた。
ランカスター伯爵家とブランダー伯爵家との約束は継続したままとなる。
彼は子爵から陞爵されるので、他の二家に比べて利益の少ないところを割り当てられた。
しかし、今は旨みのない地域だが、五十年後には大きな利益を得られる。
将来的な事を考えれば、悪くはない領地だった。
他の者達には金銭での褒美が中心となる。
陞爵できるのも、子爵達まで。
伯爵を侯爵にする事は不文律として許されるものではなかったからだ。
そこで、アイザックはヘクターからの提案された話題を切り出した。
誰もが最初は驚き、すぐに考え込む。
この申し出は吉兆であるという判断は、すぐにできなかったからだ。
中でも、ウォリック侯爵やランカスター伯爵などは難しい顔をしていた。
彼らはアイザックが王になる事は歓迎している。
だが、ロレッタとの結婚までは望んでいない。
アイザックが王になれば、側室を取る可能性が一気に高まる。
しかし、ロレッタと結婚すれば「隣国の王女と結婚したので、これ以上はいらない」と、アイザックが言い出しかねない。
今でもパメラとリサの二人で満足しているようなのだから、本当に可能性は高い。
ロレッタを娶り、ファーティル王国の王も兼ねるという事になるのは避けてほしいところだった。
「まさか、そのような事態になっていたとは……」
最初に口を開いたのは、ウィルメンテ侯爵だった。
とはいえ、彼も状況を整理できていない。
ただ反応しただけだった。
――この問題に簡単には口出しできない。
そう考えたからだ。
肯定しようが否定しようが、後々問題になりかねない。
これだけ大きな話を、いきなり持ち出されて冷静に考えられる者などいなかった。
そのためウィルメンテ侯爵は、会話の呼び水として、アイザックの発言を引き出そうとした。
「エンフィールド公は、どのようにお考えなのですか?」
「私は断る方向で動きたいと思っています。理由は二つあります」
誰もがアイザックの言葉に耳を傾ける。
「一つは、リード王国のためにならないという事です。今のリード王国の繁栄があるのは、周囲の国をすべて同盟国としているからです。もしファーティル王国が、リード王国のファーティル地方となればどうなるか? 敵性国家であるロックウェル王国と国境を接する事になります」
アイザックの言葉は、誰もが先を予想できるものだった。
その内容は、武官は「それでもかまわない」と思うが、文官は「できれば避けたい」と思うものだった。
「我が国の領土となれば、何が何でも守り切らねばなりません。何千、何万の屍を築こうとも他国に奪われるわけにはいかない。そんな事をすれば、王として信用を失いますからね」
――国土の防衛。
これは民族や文化で結集する現代国家とは意味合いも変わる。
地方領主が見捨てられた場合、他の領主達も「我々も見捨てられるのではないのか?」と王に不審を抱く。
そうなれば、他国との争いよりも、家臣の反乱に気を配らねばならなくなる。
王とは、家臣を助けるから敬われるのだ。
国土の防衛すらできないのであれば、その価値を失う。
だが、ファーティル王国が他国のままならば別だ。
同盟国の救援というのは難しいものである。
平和というものは何物にも代えがたいものだが、その価値はわかり辛い。
何万もの犠牲を出し、得られたものが平和だけでは不満を持つ者がでるだろう。
助けられなくとも「仕方ない」で済む。
他の同盟国から「頼りにならない」と思われるかもしれないが、国内が分裂するよりはマシである。
「二つ目は、父であるサンダースと同じ状況を作らないためです。私はパメラとリサを愛しています。もしもロレッタ殿下と結婚すれば、正室にせざるを得ないでしょう。ですが、私はパメラを正室のままにしておきたい。しかしロレッタ殿下を第二王妃という側室の立場にすれば、メリンダ夫人の時のような火種を作る事になります」
「国王という立場にある者が、そのような惨事を引き起こすわけには参りませぬな!」
ウォリック侯爵の目が爛々と輝かせながら答えた。
彼の反応は、ウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵家の者達は予想していたものだった。
――王女が無理でも、侯爵令嬢ならば、まだねじ込むチャンスがある。
ウォリック侯爵と同様に、ランカスター伯爵も狙ってくるだろうという共通認識を持っていた。
家族会議でも、すぐにわかったくらいである。
他の出席者達も、冷静になれば彼の狙いに気付くはずだ。
「私はリード王国を愛しています! 国が乱れるところなど見たくありません!」
(よく言うよ……)
そう思ったのは、アイザックだけではない。
ウォリック侯爵が反乱も考えていたという事を知っている者は、全員が心の中でつっこんでいた。
「確かに国が乱れる原因は取り除いておいた方がいいのかもしれません。ただエリアス陛下には、ジェイソンしか息子がいなかった。エンフィールド公には新たに側室を娶っていただき、子供を多く作ってもらわねば困りますな」
ランカスター伯爵も、ウォリック侯爵に同調した。
孫娘のため、ランカスター伯爵家のためにも、ジュディスをアイザックに嫁がせるのは大切な事だからだ。
「ジュディスはエンフィールド公のおかげで表向きは静かですが、裏では聖女と呼ばれている事はご存知のはず。エンフィールド公が王位に就く正統性を補強できるでしょう」
「いや、我が娘のアマンダの方がいいでしょう。そうすれば4Wすべてが血縁となります。正室にしろとは言いません。リード王国の安定のためには、これ以上の相手はいないはずです」
ランカスター伯爵とウォリック侯爵が睨み合って牽制する。
だが、ランカスター伯爵がフッと笑った。
「二人とも娶っていただけばよろしいのでは?」
「おぉ、確かに! それは名案だ!」
ランカスター伯爵が「争う必要などない」と言うと、ウォリック侯爵も共同歩調を選んだ。
娘達だけではなく、保護者達も手を組みそうな雰囲気になる。
「ロレッタ殿下と結婚せずとも、国内は荒れそうですな。いっその事、ヘクター陛下やロレッタ殿下と調整して、側室で納得していただくのもよろしいのではありませんか?」
この状況を見ていたウィンザー侯爵が、ロレッタとの結婚もありかもしれないと言い出した。
しかし「パメラを側室に」などという事は言わない。
そこは絶対に譲らなかった。
「いやいや、それはいかがなものでしょうか」
「そうですぞ。エンフィールド公が乗り気でないものを押し付けようというのは感心できませぬな」
「お主らも、娘達を押し付けようとしているではないか……」
必死にウィンザー侯爵の考えを否定しようとする二人に、ウィンザー侯爵は呆れていた。
またアイザックも、この状況に呆れていた。
(そこは必死になって守ってくれないと……)
ウィンザー侯爵は、パメラが正室であればそれでいいらしい。
これ以上、妻を増やしたくないアイザックとは考えが合わない。
彼は彼で自分の考えで行動するので、こういう時は頼りにならなかった。
「私としては問題を解消できるのであれば、ヘクター陛下の申し出も悪くないのではないかと思います。エンフィールド公がアマンダ殿と結婚し、侯爵家がすべて公爵家へと陞爵された場合、我々にも侯爵家へ陞爵されるかもしれないというチャンスが増えます。ブリストル侯爵……、そう呼ばれてみたいものですな」
ブリストル伯爵は、ヘクターの申し出も悪くないと意見を述べる。
現状、侯爵家が神聖不可侵な立場になっているので、一般の貴族には伯爵家が望み得る限り最高の爵位となっている。
もう一段階上を目指せるというのは夢があった。
「エンフィールド公がファーティル国王となって領土が広がっても、それが分け与えられるわけではないという事は覚えておくべきでしょう。ファーティル王国の領地は、ファーティル王国の貴族が所有しているのですから」
クーパー伯爵は、あの日から考え抜いた結果、慎重に行動するべきだと答えを出したようだ。
あまり乗り気ではない様子だった。
彼の意見は、誰もがわかっているはずであるが、この状況では忘れがちなものである。
――領土が広がる。
それは誰もが「自分に与えられるかもしれない領地が増える」と考えてしまう言葉だった。
だから、クーパー伯爵はわかりきった事であっても、あえて言葉にした。
みんなが落ち着けるようにと。
その効果はあったようだ。
これから意見を出そうという様子を見せていた者達が口を閉ざす。
それからも、この件についての話し合いは続く。
だが、誰も彼もが自分の利益になりそうな事を主張するばかりだった。
(ダメだ、こいつら……)
アイザックは話し合う彼らの姿を見て、そう思った。
今までは仕事に関する事だったり、国家の命運にかかわる問題ばかりだったので、彼らも真剣に取り組んでいた。
しかし、今回は今後のリード王国の状況を変え得る問題である。
誰も彼もが利益誘導に必死になっていた。
だが、これにはアイザックにも責任がある。
――内戦がすぐに終わり、次期国王は歴代でも指折りの優秀な人物が就く。
利益を奪い合っても許される余裕を作ってしまったのだ。
自身の利益は、傘下の貴族の利益にもなる。
部下にエサを与えるためにも、これはやらねばならない行動だった。
「この件に関しては賛否両論という事で、私が判断して処理します。こういう話があったという事と、ヘクター陛下が私を支持してくださっているという事だけを覚えておいていてください」
だがアイザックは、今まで人の欲望を利用していたものの、自分の婚姻に関する事でこうも欲を剥き出しにされるのは面白くない。
貴族の本性を見て、彼なりに思うところがあった。
(仕事はできても、こういう大きな利益が動きそうな問題で貴族は役に立たない。俺が問題を片付けないと……。議会制なんて採用しなくてよかったよ)
こうして周囲の意見を求めるのも、時と場合による。
アイザックは自分の国となるリード王国を守るため、彼らに仕事を割り振る事があっても信じ過ぎてはいけないと考え始めていた。
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