第531話 ブランダー伯爵領平定パーティー
九月下旬。
ブランダー伯爵領の平定が終わる。
すでに主力はエメラルドレイクでの戦いで降伏していた事。
領内の貴族の中にも、自家の当主が裏切り者のブランダー伯爵に従っていたと知らなかった者達が少なからずいた事。
要は、戦意を持つ者がいなかったのだ。
そのため、ほぼ移動時間だけで平定は終わった。
彼らは部下に統治を任せ、主だった貴族は王都に帰還する。
王族の本葬に顔を出すためだ。
戦場から順次、送られてくる捕虜の審問も必要だったが、アイザックは彼らをクーパー伯爵達に任せていた。
どの程度、協力していたかを確認する程度の仕事を、アイザック自らやるまでもない。
――法に則って取り調べを行い、法に則って処分を決める。
それならば、専門家に任せた方がいい。
アイザックが判断したのならば私情が含まれていると思われるかもしれないが、クーパー伯爵達が法に基づいた判断をしたのならば文句はでない。
不満が噴出するとしても、それはアイザックにではない。
ウリッジ伯爵に対してだろう。
彼はアイザックが望んだ以上に、熱心に裁きを下している。
おかげで「やり過ぎだ」という負の感情は、彼が一身に集めてくれていた。
王家直轄領の平定を行っていたランドルフとアーサー。
ブランダー伯爵領の平定に向かっていた、ウォリック侯爵、ウィルメンテ侯爵、ブリストル伯爵達を招いて、王宮でパーティーを開いていた。
喪中であるので、大っぴらに祝ったりはしないささやかなものである。
だが、エリアスの仇でもあるブランダー伯爵一家を捕縛したのだ。
誰もが、ウォリック侯爵達にねぎらいの言葉をかけていた。
アイザックも、もちろん彼らをねぎらった。
貴族だけではなく、伯父やバートン男爵などをサポートしてくれたダッジに対してもだ。
ランドルフのフォローをしてくれたフェリクスも含め、後日褒美を与えねばならない。
なにを褒美にするかは悩みであるが、今のアイザックにはささやかな悩みだった。
今のアイザックが悩んでいる大きな問題がある。
――子供の名前だ。
パメラとリサから「初めての子供なんだから、思いついた適当な名前はダメだ」と、先にダメ出しをされている。
男の子と女の子の二パターンを考えておかねばならなかった。
これはアイザックにとって「ファーティル王国を受け取るのか?」という問題を越える難問だ。
先祖の名前から取ろうとして、最近は調べものの比重が家系図に偏っているくらいだった。
しかし、今やらなければならない事を忘れたりはしない。
一通り挨拶が終わったところで、主だった貴族を連れて別室で話をしようとする。
だが、密談はウォリック侯爵によって頓挫した。
「エンフィールド公、支援をしてくださって感謝しておりますぞ~」
一段落して気が抜けたのだろう。
ウォリック侯爵は、近寄っただけで息に含まれた酒の匂いがわかるほど酔っぱらっていた。
これでは重要な話などできるはずがない。
(まぁ、ハメを外すのも無理はないか。戦場から帰ってきたばかりなんだから)
戦場帰りの気の緩みまで責めるつもりはない。
今すぐヘクターから持ち込まれた件について話をする必要はない。
一晩くらいは、ハメを外すのを黙認しておこうとアイザックは考えた。
「戦いが始まる前に約束した通り、この戦いで生じた出費はウェルロッド侯爵家が持ちます。それは装備や食料に限った話ではありません。戦争で被害を受けた街もです。被害に遭った地域の方々には、お悔やみ申し上げます」
ウォリック侯爵のお礼が、ブランダー伯爵軍によって被害を受けた地域の復興費用の事だと察して、アイザックは気にするなと答える。
「それでもです。論功行賞が終わる前に支援をしていただけたのはありがたい」
「支援は素早くが基本ですから」
アイザックは、ウォリック侯爵家に五十億リード相当の現金と支援物資を送っていた。
略奪に遭った民衆に必要なのは、正規の手続きや段取りではない。
今日を生きる食料が必要なのだ。
まずは物資を送り、一息つく余裕を与える。
それによって、アイザックへ向けられたであろう一部の恨みを、感謝に塗り替えようとしたのだった。
「ウォリック侯は、今日の主役の一人です。今はその事は忘れて、無事の生還を祝いましょう。私はお酒を飲めませんし、喪中なので盛大に祝うわけにもいきませんが、皆さんの帰還を誰よりも喜んでいるつもりです」
「さすがはエンフィールド公、お優しいですな。どうでしょう? その優しさをアマン――ぐふっ」
「ウォリック侯!?」
ウォリック侯爵が突然、体勢を崩した。
アイザックが支えようとするが、彼の隣にいたアマンダが先に支える。
「お父様は、お酒を飲み過ぎたようですね。少しは控えていただかないと」
アマンダは口元を隠しながら、ウフフと笑う。
ウォリック侯爵が脇腹を押さえているが、飲み過ぎによるものかもしれない。
「大きな被害もなく、ブランダー伯爵領を平定できたのです。浮かれてハメを外す事もあるでしょう。娘として親を心配するのもわかりますが、大人にはこういう時も必要なのだと思います。もっとも、お酒を飲めない私達にはわかりにくい事ですけど」
「そうですわね。これから社交界に出るなら、もっと慣れていかないと……。エンフィールド公のように幼い頃から大人に混じっていた方は違いますわね」
「いえいえ、私もわからない事ばかりです。人生は学び続けるもの。学院を卒業したからと気を抜かず、これからも頑張らないといけません」
それからアイザックは、アマンダとも軽く話をして、この場を去った。
(彼女のあの話し方は慣れないな……。でもTPOをわきまえるのは大切な事だし、仕方ないか)
アマンダが普段の話し方ではない事に違和感を覚えながらも、それを指摘したりはしない。
ジュディスから「あなたも新しい家族が見つかる」と言われてから、アマンダの積極的なアピールが減っているからだ。
下手に刺激して、親子揃ってアタックを仕掛けられても困る。
藪は突かない方がいいと考え、ありのままの彼女を受け入れていた。
ランドルフやセオドア、ウィルメンテ侯爵との話も、無事を祝う軽い内容で終わった。
モーガン達にどうするか確認すると、彼らもこの場でヘクターの申し出を話し合うつもりはなかったようだ。
後日、改めて話し合うという事になった。
重要な話し合いをしなければならないという制約から解き放たれたアイザックは、顔見知りを探す。
すると、ポール達が壁際に集まっているのが見えた。
そちらに足を運ぶ。
「やぁ、お酒を飲めない年齢だと、こういうパーティーは肩身が狭いね」
「そうですね。それももう少しの辛抱です。あと二年もすれば、堂々と大人の仲間入りだと胸を張れるようになるでしょう」
ポールが答える。
彼もまた場に合わせた口調だった。
当たり前の事ではあるのだが、アイザックはこれが続くと思うと少し寂しく思う。
「先ほどまで、ポールはウィルメンテ侯爵家傘下の貴族に囲まれていたんですよ」
「えっ、大丈夫だったのか?」
レイモンドの言葉にアイザックは驚く。
だが、レイモンドは落ち着いていた。
「問題はありませんでした。むしろ、罪人として処刑されるよりは、一騎打ちで負けたという方がまだ名誉が保たれると感謝されていました」
「ウィルメンテ侯のみならず、傘下の貴族にも武人の心があるようだね」
さすがに「よくもフレッド様を!」という者はいなかったようだ。
アイザックも安心し、うんうんと何度かうなずく。
「だけど、これからが大変だぞ」
カイがポールに話しかける。
「元帥は家柄も考慮されるけど、将軍までは実力次第。エンフィールド公の友人で、敵の将軍を討ち取った事のある奴は手強いライバルだと警戒される。周囲の目が厳しくなるから、立ち回りには気を付けろよ」
「あぁ、わかっている……つもりだ。だけど、本当にそうなるかな?」
ポールが声をひそめる。
「ルメイ男爵はレオ将軍を討ち取ったが、俺はウィルメンテ将軍だ。肩書きは将軍とはいえ、格落ち感は拭えないぞ」
「それはまぁ……。どうなんでしょう、エンフィールド公?」
返答に困ったカイは、アイザックに助けを求めた。
レオは一兵卒からの叩き上げで将軍にまでなった男だ。
相応の実績がある。
それに対し、フレッドは100%縁故採用である。
ジェイソンの友達で、家柄もよかったから将軍になっただけだ。
侯爵家の息子としての価値はあっても、将軍としての価値はない。
それを手柄として自慢していいのか迷うところだった。
「ウィルメンテ将軍は寡兵ながらも、サンダース子爵の率いる一万五千の部隊を突破し、本陣にまで迫っていた。あの勇猛果敢な戦いぶりは見事である。表向きはそういう事になるだろうね。戦場で散ったとはいえ、ウィルメンテ侯爵家の名誉もいくらか保たれるだろう」
アイザックの言葉は、ポールが自分の手柄を誇っていいというものであった。
ウィルメンテ侯爵家の面子を守るため「反逆者でありながらも、勇者であった」という事にする。
そうなると、討ち取ったポールにも相応の褒美を与える事になる。
将来、将軍になりたいと思っているなら、有力な切符を手に入れたと言えるだろう。
「凄いじゃないか! 二人とも、有力な将軍候補だね。羨ましいよ」
「そうは言ってもさ、フェリクスさんみたいになれる自信がないよ。お前も見ただろう? 王国旗で遺体を包もうとか、戦場で考える余裕なんてなかったよ。よく思いつくもんだよ」
「あれは凄かった。さすがフォード元帥の薫陶が行き届いたお方だと思ったね」
「そうだろう? 俺があんな風になれると思うか?」
「うーん……、どうだろう」
「そこはなれるって言ってくれよ」
ポールとレイモンドがじゃれ合うのを、アイザック達は笑いながら見ていた。
楽しい時は時間が過ぎるのも早い。
いつまでもここにいては「友人を優遇している」と思われてしまうので、話をほどほどに切り上げて次へ向かう。
次に目に付いたのは、伯父のアンディ達だった。
あちらもアイザックに気付いた。
「エンフィールド公、ダッジ殿をつけていただいてありがとうございました! おかげ様で国外へ逃亡しようとする者の多くを捕縛、もしくは討ち取る事ができました! やはり実戦経験が豊富な方は違いますね!」
アンディは、ダッジを褒めたたえる。
これはアイザックだけではなく、これまで話していた者達にも言っていた事だった。
自分達がアイザックの縁戚だから指揮官に抜擢されたのは周知の事実。
「俺の手柄だ」と誇っても、誰も信じてくれないという事はわかっていた。
だから、素直にダッジのおかげだと喧伝していたのだ。
優れた人物を推挙するのは、恥ずかしい事ではないからだ。
「森の中を逃げようとする傭兵をおびき寄せる方法など、柔軟な発想には感服致しました。他国からいらしたばかりではありますが、十分な褒賞を与えるに値するお働きをなさっておられた事、お心に留めおいていただきたく存じます」
「エメラルドレイクに布陣する前にも、十分な力を見せてくれましたしね。ダッジやフェリクスにも、十分な褒美を与えるべきだとは思っています。悪いようにはしません」
「それはよかったです」
バートン男爵も、ダッジをべた褒めしていた。
争い事が苦手な彼には、ダッジの存在がよほど頼もしかったらしい。
アイザックも、彼の人となりを知っているので、自然と頬が緩む。
「ダッジ。今日、シルヴェスター殿下が王都に到着したという話は聞いているか?」
「はい、伺っております。ビュイック侯も同行しているとか」
「そう、あのビュイック侯も同行している。どうだろう、フェリクスと共に同席してみないか? その席で褒美を与えてもいい」
「褒美、ですか……」
ダッジは少し考え込み、ニヤリと笑う。
「悪いお方だ」という意味を含んで、アイザックに向けられたものだった。
「喜んで出席させていただきます」
「では、パーティーが終わったあと、軽く打ち合わせをしよう。悪いようにはしないと約束する」
アイザックも、ニヤリと笑った。
その笑みは、ダッジの思った通り悪い笑みをしていた。
二人の笑みを見て、アンディやバートン男爵はシルヴェスターとビュイック侯爵に同情の念を禁じえなかった。
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