第530話 今はまだ・・・

 アイザック達は、一度ウェルロッド侯爵邸に集まった。

 ヘクターの申し出について話し合うためである。

 だが、それは表向きの理由。

 実際は反省会だった。


「まずはお爺様。なんです、あの『自信があれば受けるといい』と言わんばかりの発言は? 外務大臣としてだけではなく、祖父としても反対してほしかったですね。私が強く反対すれば角が立つでしょうに」

「……自信がないのか?」


 モーガンは「まさかお前が」と心底意外そうな顔をしていた。


「ないですよ、そんなもの! リード王国ですら上手く治められるか不安だったのに、ファーティル王国の面倒まで見れませんよ」

「そうだったのか……。そんな素振りを見せなかったから、余裕があるものだと思っていたぞ」

「次期国王に内定している者が、余裕のない姿を隣国の王に見せるわけにはいかないでしょう! 外務大臣なんですから、もっと慎重論を述べてくれてもよかったのではないですか?」

「す、すまなかった。争う事なく、一国が手に入ると思うとつい……」


 モーガンが申し訳なさそうに、体を縮める。

 確かにアイザックの言う通り、リード王国を治めるのも、これからどうなるかわからない状況だ。


 ――アイザックがリード王国とファーティル王国の王になる=ウェルロッド侯爵家、歴代最高の高みに昇るという欲に駆られてしまっていた。


 その事をモーガンも自覚し始めていた。

 次にアイザックは、クーパー伯爵に目を付ける。


「クーパー伯は法務大臣として問題ないと答えていましたが、どうせならもう一歩踏み込んだ発言をしてほしかったですね。それと現状維持を主張する中立派の筆頭として、ウィンザー侯ではなく、あなたに爵位の問題などを指摘してほしかった。ファーティル王国を吸収すれば、政策の変更どころではない変化が起きるでしょうに」

「中立派の方針はリード王国の国内政策がメインでして、国外政策は状況に合わせて判断します。ですので、法律上の問題点を述べるだけで、それ以上の事には踏み込みませんでした。賛同するにも、反対するにも、情報が少なかったからです」


 クーパー伯爵の返答に、アイザックは顔をしかめた。

 彼の言葉は、ある意味正しかったからである。


「……確かに、賛成するか反対するかのどちらか一方しかないというわけではありません。中立の立場で、冷静に状況を把握する人も必要です。クーパー伯の判断を咎めるような事をしてしまい、申し訳ありませんでした」


 ――誤った発言をした時に、即座に撤回して謝罪する。


 これができるかどうかで、他人の印象は大きく変わるとアイザックは知っている。

 だから、アイザックは素直に謝った。

 彼には、これからも協力してもらわなければならない。

 こんなところで、見捨てられては困るからだ。 


「いえ、私も恐れていただけかもしれません。もう少し踏み込んだ発言をしてもよかったと後悔しております。でなければ、なんのために呼ばれたのか……」


 アイザックが謝ったからこそ、クーパー伯爵も「後悔している」と言う事ができた。

 もし謝っていなければ、彼も面子のために非を認めるような事はしなかっただろう。

 アイザックの行動が、反省会として本来の意味を思い出させた。


(だったら、私の時にももう少し優しい言葉をかけてくれてもよかったのではないのか?)


 二人のやり取りを見て、モーガンがやきもちを焼く。

 だが、そんな場合ではないとわかっているので言葉にはしなかった。

 少しムッとするだけである。


「あの場合は迂闊な事を言えんでしょう」


 モーガンの代わりに、ウリッジ伯爵が言葉を挟んできた。


「エンフィールド公を強く推薦したウォリック侯や、次期国王の最有力候補だったウィルメンテ侯のいないところで話せる話ではありません。ウィンザー侯やウェルロッド侯ならともかく、我らでは手に余る話でした。ですが、ウィンザー侯が慎重論を述べる前に、我々が言うべきではあったと反省しております」


 ――ウィンザー侯爵の慎重論。


 それは「爵位の問題」というものだったが、彼が言った事が問題だった。

 他の誰かであれば、ただの問題提起で終わっていただろう。

 だが、ウィンザー侯爵が言えば意味合いは大きく変わる。


 ――正室にパメラが確定しているのを邪魔されたくないと思っている。


 周囲には、そのように受け取られる可能性があった。

 だからこそ、直接利害関係のない者が問題提起をせねばならなかったのだ。

 その事をウリッジ伯爵は後悔していた。


「ウォリック侯とウィルメンテ侯が居ても、やはり適当な理由をつけて話を切り上げていただろう。もちろん、パメラの事をまったく考えなかったというわけではない。だがそれ以上に、小国の公爵に上に立たれるのが嫌だという思いがあった。むしろ、そちらの方が強いかもしれん。たかが建国二百年の国の公爵にだぞ。そんなもの許せるはずがない!」


(おっと、ここにも面倒なのが一人いたか)


 ウィンザー侯爵も、ウリッジ伯爵同様に面倒臭そうな面を見せた。

 だがこれは、以前モーガンもエリアスに対して見せていたプライドでもある。


 今回、モーガンとウィンザー侯爵で違いが生じたのは、アイザックへの信用度の違いであった。

 モーガンはアイザックが解決するだろうと思い、ウィンザー侯爵はなんでもアイザックに頼りきるのはダメだと思っていた。

 だからこそ、モーガンは「アイザックが解決できるなら」と言い、ウィンザー侯爵は慎重論を述べたのだった。


「いずれにせよ、本格的な話し合いはブランダー伯爵領の平定を行っている方々が戻ってからですね。それまでは無用の混乱を起こさないよう、噂が広まらないように気をつけましょう。この場にいる者以外で話す相手は……、当事者となるパメラとリサといった、エンフィールド公爵家関係者に制限しましょう」


 アイザックは、そう締めくくった。

 噂が広まれば「自分の領地がもらえるかもしれない」と早まった考えを持つ者が現れるかもしれない。

 だが、ファーティル王国は武力による併合ではなく、平和裏に吸収するという形になる。

 当然ながら、ファーティル王国貴族の領地は、そのままとなるだろう。

 リード王国の貴族に分け与えるような事にはならない。

 期待するのは勝手にすればいいが、それが原因で逆恨みされては面白くない。


 その考えは、他の出席者達もわかっていた。

 大きな話なだけに、今すぐに解決策を考えようなどと思わない方がいい。

 時間をかけて、慎重に話し合っていけばいいと思っていた。



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 モーガン達は王宮に戻る。

 アイザックは、屋敷に残って家族に説明する事にした。

 ただし、まだ幼いケンドラがポロッと誰かに話してしまわぬよう、彼女だけは外していた。


「まさか、ヘクター陛下が国を譲ろうとまでお考えだっただなんて……」


 マーガレットは驚きのあまり、続く言葉が出てこなかった。

 彼女だけではなく、他の者達も同様に何も言えない様子だった。


「我が子が二国の王から、そこまで頼られる存在になるだなんて思わなかったわ……」


 ルシアは落ち着きなくそわそわとして、視線を泳がせていた。

 彼女達は、アイザックがエリアスからも国を託されようとしていたと思ったままである。

 宰相には任命されたりはするだろうと思っていたが、二国の王から「国を譲ってもいい」とまで思われるなど完全に想定外だった。

 あまりの衝撃に、軽いパニック状態になっていた。


「あなたはどうなさるおつもりですか?」


 パメラも困惑していたが、アイザックにどうするつもりなのかを確認する。

 アイザックの意向を聞いてからでないと迷う事もできない。

 彼女は、アイザックがどう答えるのかが恐ろしかった。


「できるのならば断りたい。リード王国の王になれれば、一貴族として十分なものだ。ファーティル王国の玉座までは望み過ぎだろう。それにロレッタ殿下と結婚すれば、おそらく殿下を第一夫人にしなくてはならない。それでは、パメラを第二夫人にしないといけなくなる。この子が男の子でも、跡継ぎにはできなくなるだろう」


 アイザックは、パメラのお腹を見る。

 男の子か女の子かを検査する事はできないが、いずれにせよ第一夫人の子供が王位継承権で優先される。

 先に生まれたからといって、嫡男となるとは限らない。

 それは、アイザックとネイサンが証明している。

 ロレッタとの結婚は、パメラを優先したいアイザックにとって、避けねばならないものだった。


「私はパメラを愛している。だから、正室としての立場を保てないのであれば、ヘクター陛下の申し出を断る方向で動く。積極的に結婚する方向には動かないから、その点は安心してほしい」

「……はい」


 パメラは自分の立場にこだわりはなかった。

 安全が確保され、平穏な暮らしをできるのであれば、それでよかったのだ。

 だが、こうして正室として求められて悪い気はしない。

 彼女も次期王妃として、もっと自覚を持たねばならないと気を引き締め直す。


「リサ!」

「はいっ!?」


 なぜかマーガレットが、強い語気でリサの名を呼んだ。

 リサだけではなく、アイザック達もビクリとする。


「あなた、今『アイザックがロレッタ殿下と結婚して第三夫人になれば、私は少し楽な立場になるかも?』とか考えていたでしょう!」

「か、考えていません」

「どれだけ付き合いが長いと思っているの! その目は、嘘を吐いている目だとわかっているのですよ!」

「も、申し訳ございません!」


 リサは素直に謝った。

 だが、今回は相手が悪かった。

 マーガレットは、簡単に許しはしない。


「あなたには、まだ自分の立場の自覚がないようね。あとで話があります」

「お待ちください! さすがに王妃になる自覚など、そう簡単にできるはずがありません! ねぇ――」


「パメラもそう思うでしょう?」と言いかけたところで、リサの言葉が止まった。

 すぐ近くにいるので忘れてしまいがちだが、彼女は王太子妃になるべく育てられてきたのだ。

 自分とは違う。

 わかっていた事ではあるのだが、リサは自分だけ取り残されたような気がした。


 パメラは、リサのそんな気持ちがわかったのだろう。

 申し訳なさそうな笑みを見せる。


「リサなら大丈夫ですよ。今まで公爵夫人として恥ずかしくないよう頑張ってきたではありませんか。それに、お義婆様のようなお方から直接学べる機会など、まずありません。すでに王族並みの待遇を受けているようなものです。あともう少し頑張りましょう」

「……そうよね。私、頑張ってみる」


 パメラの説得を受け、リサは少し前向きになった。

 ルシアもまだ慣れていないようなので、彼女も慣れるまでに時間がかかるだろう。

 だが挫けようとも、彼女には支えてくれる人がいる。

 何度でも立ち上がってくれるだろう。


「では、別室で早速心構えについて話しましょうか」

「えっ、今からですか? でも……」


 リサはアイザックを見る。

 助けを求めているのかもしれない。


「私はまだ仕事がある。お婆様からよく話を聞いておいてほしい。それがきっと、リサのためになるだろうから」

「はいぃ……」


 リサは悲しみながら、マーガレットと共に部屋を出ていった。

 ルシア相手ならともかく、怖い義理の祖母とマンツーマンレッスンは辛いのだろう。

 しかしアイザックはリサのためにも、心を鬼にして見捨てた。


「母上は、ケンドラが王妹という立場の変化に戸惑わないよう、少しずつでもいいので教えてあげてください。フレッドが死に、ウィルメンテ侯爵家の嫡男となったローランドの婚約者というだけでも、大変でしょうけどね」

「そうよね。ローランドはウィルメンテ侯爵家の跡継ぎになったのよね……。まさか、この数か月でここまで目まぐるしく情勢が変わるなんて思わなかったわ。私でも状況の理解が追い付かないもの。ケンドラはもっとわからないでしょうものね。わかったわ、ケンドラは任せておきなさい」


 ルシアも退出し、ケンドラのもとへ向かう。

 ドアが閉まると、アイザックはパメラに確認をする。


「パメラ、今は幸せかい?」

「どうしたのですか、急に?」


 そう返事をしたものの、パメラはロレッタの事が影響しているのだろうと思い、アイザックの問いに答える。


「幸せです。そう遠くないうちに母親になるという実感はまだありませんけど……。あなたは幸せですか?」

「幸せだよ。……でも、一点の曇りもないわけじゃない。もし、私がニコルを利用していなければ、君は幸せになれていただろう。私のわがままのせいで、恐ろしい思いをさせてしまった。その事は後悔している」

「それは……」


 パメラも「そんな事はない」とは言えなかった。

 ニコルがいなければ、ジェイソンもまともだったかもしれない。

 処刑寸前にまでいく事もなかっただろう。

 確かにアイザックが、ニコルをけしかけていなければと思わなくもない。


「だから、私は君を幸せにするため最大限の努力をする。ロレッタ殿下との結婚も、家庭内の争いを生む要因になりそうだから、波風立てずに断る方法がないか探ってみる。謝罪や詫びではなく、私なりの愛し方として受け取ってほしい」

「はい、あなた。私は……、あなたのような人と結婚できて誰よりも幸せだと思っています。私も努力いたしますので、もっと幸せにしてくださいね」

「もちろんだとも」


 二人は笑顔を見せる。

 そして、優しくお腹を触り、明るい未来を想像した。

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