第529話 驚愕の申し出

 ヘクターの出迎えには、モーガンが自ら向かった。

 他の国からくる弔問客にも、王都にいた貴族を随時派遣する。

 相手の格に合わせた者を送らねばならないが、国王自ら足を運ぶ者など他にはいない。

 伯爵や子爵を国境まで派遣するだけでよかった。


 だが本当の難問は、ヘクターがどんな話を持ち込んでくるかである。

 王都付近で出迎える予定であったが、ヘクターの希望により王家の墓で合流する事になった。

 アイザックも自分が育てた花を持って、墓地前でヘクターの到着を待つ。


「待たせたようだな」

「遠くまで足を運んでくださり、ありがとうございます。リード王国全貴族を代表して感謝申し上げます」

「エリアス陛下は、私にとって従甥に当たる。葬儀にくるのは当たり前の事だ。気にするでない」


 ヘクターは、悲し気な目を見せた。

 多少は演技が入っているのかもしれないが、それでもすべてが演技というわけではなさそうだ。

 二人が良好な関係だったというのは事実なのだろう。

 ロレッタも悲しんでいた。

 彼女は世話になっていたので、その悲しみは強いはずだ。

 そして、この一行にはなぜかソーニクロフト侯爵やニコラスも同行していた。


(もう外務大臣になればいいんじゃないかな……)


 ソーニクロフト侯爵は財務大臣である。

 ウェルロッド侯爵家と関係が深いとはいえ、頻繫に他国へ出かけていいはずがない。

 王命なので文句はでないだろうが、本来の外務大臣が疎外感を感じてしまうはずだ。

 ここまで重用されれば、周囲の嫉妬も大きなものになるだろう。

 他国の問題なのに、アイザックはソーニクロフト侯爵の立場を心配した。

 きっと、王都まで案内してきたモーガンも思っているはずだ。


 アイザックはヘクターとロレッタの二人を先導し、エリアスの墓前に案内する。

 そこで、花束を秘書官から受け取る。

 ヘクター達の分も秘書官にチェックしてもらう。

 これは毒針などを仕込んでいないかを調べるためだ。

 念のためにチェックを行い、彼らの手に渡る。

 花束を墓前に置き、冥福を祈りながらヘクターが呟く。


「……エリアス陛下とは葬儀の時に顔を合わせた事しかない。だが、まさか彼の葬儀に顔を出す事になるとはな」

「一歩及ばず、エリアス陛下をお救いできませんでした……。その事を悔やんでおります」

「ソーニクロフト侯から報告を受けている。エンフィールド公はよくやっていたと思う。私から言う事は一つ。礼だけだ。ジェイソンの暴走を止めてくれて感謝する。よくロレッタだけではなく、我が国も助けてくれた」

「不要の争いは、エリアス陛下が望まれるものではありませんでしたから……。臣下として当たり前の事をしたまでです」


 ヘクターは立ち上がると、アイザックの肩に手を置いた。

 

「それでもだ。エリアス陛下の事は残念だったが、私達は助けられた。私達には、その事実が重要なのだ。無論、助ける事ができれば一番ではあったがな。エンフィールド公、そなたは私達にとっては恩人だ。大事なものを託してもいいと思えるほどにな」

「ヘクター陛下――」


(――迷惑なんですけど)


 当然、その言葉は口にする事などできなかった。

 アイザックは「第二のウォリック侯爵が現れた」と思っていた。

 チラリとロレッタの様子を見るが、彼女は泣いているだけで、ヘクターの言葉に反応していなかった。

 アマンダ達なら、アイザックとの婚約話を喜んでいたところだろう。

 時と場所をわきまえているだけなのかどうかわからず、アイザックは引っ掛かるところがあった。

 だが、自らその話題に触れるのは自殺行為である。

 聞かなかった事にする。


 墓参りが終わったので、ヘクター一行を迎賓館へ案内しようとする。

 その時、モーガンがアイザックに近寄り「今回は厄介だぞ」と耳打ちする。

 だが、アイザックも慣れたもの。

 ロレッタとの婚約を断る口実は考えてある。

「大丈夫です」と余裕の笑みを返した。



 ----------



 ヘクター達との会合は、昼食後に開かれた。

 極めて重要な話が行なわれるため、ウィンザー侯爵も同席している。

 それと「身内だけで話し合って決めた」と言われないため、証人としてクーパー伯爵にも同席してもらっている。

 ウィンザー侯爵だけではなく、クーパー伯爵にもきてもらったのは信憑性のためだった。


(嘘だろう……。いくらなんでも、一国の王がそこまでするか……)


 アイザックにとって、ヘクターの決断は完全な計算外だった。

 正直ドン引きしている。

 しかし、その決断に至った経緯を考えれば、馬鹿にできるものではなかった。


「ヘクター陛下。冗談としては、あまりにもきついのですが……」

「冗談で言える内容ではないと、エンフィールド公ならわかっているはずだ。国を譲る。その言葉に噓偽りはない」


 ――リード国王となったアイザックに、ファーティル王国を譲る。


 この提案には、いつも正気を疑われているアイザックも、ヘクターの正気を疑う側となった。

 彼がこの結論に至ったのにはわけがある。

 ロックウェル王国の方針転換だ。


 ロックウェル王国は軍の削減を行い、浮いた予算を経済振興へと振り分け始めた。

 十年後、二十年後はまだいい。

 だが、五十年後、百年後はどうなるかわからない。

 国力を底上げしたロックウェル王国が、その経済力を背景に強大な戦力で攻めてくるかもしれない。


 だからといって、今以上に経済を締め付けるような事もできなかった。

 地下資源を買い叩くのにも限度がある。

 あまりやり過ぎると「それでは働く意味がない」と、売ってくれなくなる可能性もあった。

 その後、一国の国民全員が野盗化して周辺国を荒らし始めるかもしれない。

 そうなったら、困るのはヘクター達だ。


 ――生かさず殺さずの状態を続けねばならないが、これ以上締め付けるのは難しい。


 だが、このまま指を咥えて見ているだけでは、いつかロックウェル王国は力を付けて周辺国に復讐するだろう。

 だから、その対応手段を考えねばならなかった。


 そしてヘクター達が考えた方法とは――


 リード国王となったアイザックに国を譲る。


 ――というものだった。


 もちろん、無条件で譲るというわけではない。

 ロレッタと結婚し、ファーティル国王にもなったアイザックが自然な形で同君連合という形で合流するというものだった。

 リード王国と同君連合になれば、国力が高まったロックウェル王国でも容易には手出しできないはずだ。

 なぜなら、両国の力を合わせれば、ロックウェル王国を占領する余裕ができるからだ。


 ファーティル王国単独では、占領したロックウェル王国を維持するのは難しい。

 リード王国単独でも、飛び地となるロックウェル王国を占領、維持するのは困難だ。

 だが両国の上にアイザックが立ち、十分な国力を持ち、国境を接する事で占領は可能となる。

 その事実が抑止力となり、国の安全を守れる。


 同盟関係ではダメだった。

 リード王国かファーティル王国のどちらかに、またジェイソンのような者が現れたら関係は壊れてしまう。

 それならば、この機会にロレッタとアイザックを結婚させた方がいい。

 それがヘクターの考えだった。


「まさかそのような提案をしてこられるとは、思いもしませんでした……」


 さすがにアイザックも即答できなかった。

 ファーティル王国側の一方的な申し出ではあるが、アイザックにもメリットはある。

 戦争をする事なく、一国が手に入るのだ。

 それに、ロレッタと結婚する事でリード王家の血は濃くなり、アイザックの即位を批判する要素がなくなる。

 ただ守ってほしいというのではなく、ちゃんとメリットも提示されている。

 一方的に結婚を押し付けてくるウォリック侯爵よりは、常識的な提案だった。

 だが、これには大きな問題がある。


 ――第一王妃を誰にするかだ。


 当然ながら、アイザックはパメラを一番にしたい。

 しかし、ロレッタは王女だ。

 パメラを優先して、ロレッタを第二王妃になどすれば、ファーティル王国側から不満を持たれるだろう。

 簡単に決められる問題ではなかった。

 アイザックは、反対意見を求めてモーガンに視線を送る。


「この提案は非常に魅力的だと思います。ですが、同時に多くの問題を孕む事にもなるでしょう。それらを解決する自信がおありなら、受けるのもありではないでしょうか」


 だが、思いは通じなかった。

 モーガンの答えは「自信があるなら受けろ」というものだった。

 ないから意見を求めたのに、これでは意味がない。

 次にクーパー伯爵に意見を求める。


「両国の法は似ています。相違点を探し、エンフィールド公が望むものを選ばれても不満はでないでしょう」


 彼もまた、積極的に否定はしなかった。

 困ったアイザックは、最後の切り札であるウィンザー侯爵に助けを求めた。


「一見、いい話のように思えます。ですが、両国の間で大きな問題が残っています」

「それは?」

「爵位の問題です」


 周囲から「あぁ、そういえば」という声が漏れ聞こえる。

 リード王国には、他国とは違う大きな点があった。


 ――公爵家が一代限りの名誉爵位となっている事。


 ファーティル王国には、メナス公爵家がある。

 国が合流すれば、メナス公爵家が貴族の中でトップとなってしまう。

 それはリード王国の貴族にとって、認められるものではなかった。


「その点の解決策は考えております」


 この会合で、ロレッタが初めて口を開いた。


「アマンダさんと結婚して、4Wすべてが血縁という状況にすればいいのです。その上で侯爵家を陞爵して公爵家とすれば、問題はなくなるはずです。もちろん、継承権の有無など、決めておかねばならない事もありますけれども……」


 彼女の意見は、リード王国の貴族の爵位を上げるというもの。

 公爵家がお取り潰しとなったのは、王位継承権があるのをいい事に、玉座を奪い合ったせいである。

 だから、その点を注意しつつ、両国の貴族間のバランスを取ればいいというものだった。


 だが、アイザックは乗り気ではなかった。

 すでにパメラを手に入れており、リード王国の王にも内定している。

 無理をして、仕事を増やす必要を感じなかった。


「それは貴国の問題のみならず、我が国への内政干渉となりますので……」

「そ、そうでした。申し訳ございません。気が逸ってしまっていたようです」


 ロレッタは、出過ぎた事を言ったと謝罪する。

 アイザックも、彼女が謝ったのでそれ以上追及する事はなかった。


「ヘクター陛下。私にとって、即位の正統性を保証するとても魅力的なお申し出だとは思います。ですが国家の命運を左右するような話を、このような場で決める事はできません」

「もちろん、わかっているとも。今すぐに返答を求めるつもりはない。だが、いつまでも待てるものでもない。期限はロレッタが卒業するまでというのでどうだろうか?」


 ロレッタが卒業するまで、まだ半年はある。

「それまでに返事を」という事は、アイザックの即位自体はもう認めているという事である。

 破談になったとしても、恨み言は言ってこないだろう。


 しかし、それはそれで困る。

 誠意を見せてくれた相手に、何もしないわけにはいかないからだ。

 とはいえ、あっさり結婚を認めるわけにもいかない。

 悪意のある要求であれば、逆手に取って反撃できる。

 だが、ヘクターはアイザックを信じて国を任せようとしてきた。

 そのような者に厳しい態度を取る事は難しい。


 アイザックは簡単なようで、非常に高度な政治的バランスを要求される難問を突きつけられる事となった。

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