第528話 レーマン伯爵達からの聴取

 アマンダの歓迎会を行った日から、なぜかランカスター伯爵が今まで以上にフレンドリーに絡んでくるようになった。

 アイザックは不思議に思ったが「祖父との話で盛り上がったからだろう」と思い、深く考える事はなかった。


 ――これはランカスター伯爵の距離感が適切だったからだ。


 彼には、ウォリック侯爵のような粘着質なしつこさがなかった。

 必要以上に「ジュディスと結婚してほしい」などと迫ったりはしない。

 あくまでも「親しく世間話をする」という一線を越えなかった。

 だからアイザックも、機嫌がよさそうだなと思うだけで終わったのだった。


 日常の仕事をこなし、帰宅すれば妻といちゃつく。

 まだやらねばならない事は残っているが、前世で望んでいた理想の生活を手に入れた。

 だが、その残った課題の一つがやってきた。


 ――ファーティル国王、ヘクター・ファーティルとロレッタである。


 エリアスの葬儀に王太子のマクシミリアンを国に置いてきたのは、万が一の事を考えてだろう。

 しかし、それでも内戦があったばかりの国に国王自らが足を運ぶというのは、アイザック達をかなり信用してくれているという事である。

 その信用を裏切らぬようにせねばならなかった。


 本来ならば知らせが入ってから、国境付近まで迎えを送るところである。

 だが、彼らはそうしなかった。

 王都に知らせがきた時にはソーニクロフト侯爵領まできており、留守を任されていたランカスター伯爵の甥が慌てて国境まで出迎えにいった。


「ロレッタ殿下が同行している理由はわかります。エリアス陛下やジェシカ殿下によくしていただいていたから、葬儀に出たいというものでしょう。ですが、ヘクター陛下が御自ら足を運ばれるというのは理解できません。いくら血縁者とはいえ、内戦があったばかりの国に王が自ら足を運ぶでしょうか? エリアス陛下とヘクター陛下は、どの程度深い関係だったのかを聞きたいですね」


 この行動には、身内の死を悼む以上に、他国に先駆けて重要な話をしたいという意思が見える。

 厄介な事になりそうだと、アイザックは感じていた。

 そこで事情を聞くため、レーマン伯爵らエリアスの友人だった者達を呼び出していた。


「ソーニクロフト侯から、エンフィールド公が即位するという話を聞いているでしょう。ロレッタ殿下との婚約を持ち掛けてくるという可能性も……」

「あるでしょうな」


 彼らは、ヘクター自身がやってくる理由に見当を付けていた。

 ヘクターは、エリアスには祖父の妹に当たるリード王国の王女を母に持つ。

 王位に就いてもおかしくない立場だ。

 その彼が孫娘をあてがえば、アイザックの立場は補強される。

 リード王国の貴族に即位を望まれていない以上、これが最も簡単にリード王国での影響力を残す方法でもあった。


 しかし、それはアイザックもわかっている。

 だから、わからない事を聞き出すために今日彼らを呼び出したのだ。


「……エリアス陛下との仲はどうなんですか?」


 お互いに「やっぱりそれだよな」と目配せをしていたレーマン伯爵達に、本題へ入れとアイザックが急かす。

 レーマン伯爵達は、少し気が抜けていたと思い、気を引き締め直す。


「私の知る限りでは、直接対面されたのは先王陛下が崩御された時と、ファーティル王国の先王陛下が崩御された時のみ。ですが、関係は良好だったようです。よく手紙で交流をされておられました」

「記憶にある限り、エリアス陛下がヘクター陛下の事を悪し様に話す事はございませんでした。おそらく、ヘクター陛下も悪印象を持たれていなかったのではないでしょうか」

「ヘクター陛下も、これまでは国王という立場上の問題で国外に出る事は滅多になかったはずです」


 エリアスの父と、ヘクターの父それぞれの崩御。

 その時に会っただけ。

 だが、双方共に仲良くしていた。

 それならば、本当に葬儀にきただけのようにも思える。


「では、エリアス陛下の死を悼むためという目的が第一。その次にリード王国との同盟関係が継続可能かの確認などの、政治的な調整をするため。素直にそう考えていいものでしょうか?」


 レーマン伯爵達は、アイザックの疑問に答えなかった。 

 まだ一つ可能性が残っている。

 それも大きな問題だ。

 しかし、それを言葉にする事はできない。

 少なくとも、レーマン伯爵達の立場では口にする事も憚られるものだったからだ。


 ――ヘクター自ら、リード王国の王になると言ってくるかもしれない。


 アイザックもそれを理解し、彼らの返答を求めなかった。

 話題を変えようとする。

 まずは護衛以外の使用人などを退出させる。


「一つ確認しておかねばならない事があります。本当の事を話していただけるのであれば、あなた方の罪はすべて不問とします。ですが、嘘だと判断すれば、あなた方を処刑しなければなりません。どう答えるか、しっかり考えてから答えてください」


 そして残った護衛達は、レーマン伯爵達の背後に立った。

 この状況に、レーマン伯爵達は動揺を見せる。


「いったい罪状は、どのようなものになるというのですか?」

「エリアス陛下のお言葉を捏造した、というものなら処刑もやむなしと理解していただけるでしょうか?」


 レーマン伯爵は、衝撃のあまり心臓が止まりそうになった。

 しかし、なんとか表情に出さずに堪える。


「何の事でしょうか?」


 だが、震える声までは誤魔化せなかった。

 答えてから「しまった」と後悔する。

 アイザックの顔を見るが、彼に怒りの色はなかった。


「先ほど言ったように、大人しく話してくだされば罪には問いません。もちろん『あなた方は見逃すと約束したが、家族までは約束していない』などという詭弁は弄しません。その点は約束致します」


 アイザックは、落ち着いた声で話していた。

 だが、その言葉に引っ掛かるところがある。


その点は・・・・?」


 他の点では、処罰する、という意味だろう。

 レーマン伯爵は、どうしてもその言葉を聞き流す事ができなかった。

 彼の警戒する姿を見て、アイザックは思わず苦笑いを浮かべる。


「事情次第で扱いが変わるという意味ですよ。私は国王としての立ち居振る舞いを知りません。だから、素直に話してくれるのであれば、エリアス陛下の姿を近くで見ていた皆さんを今後相談役のような立場で用いるつもりです。ただ、私に虚偽の申告をするようであれば、そのような者は近くに置けません。よく考えて答えてください」


 静かな声ではあったが、その言葉には真綿で首を絞めるような迫力があった。

 レーマン伯爵は息苦しさを感じて、思わず首元に触れる。

 当然、そこに首を絞めるものなどなかった。


(エンフィールド公の目とは、ここまで見抜けるものなのか……。いや、すぐに気付いていたのならば、もっと早く問い詰めていただろう。という事は、気付くまでに時間がかかったという事だ。私は何を考えている……。早いか遅いかではない。気付いた事の方が恐ろしいだろう)


 レーマン伯爵は、現実逃避している自分に気付き、今をどう切り抜けるかを考えた。

 しかし、答えを出すには時間が足りない。

 少しでも考える時間がほしかった。


「……なぜ嘘を吐いていると思われたのですか?」


 だから、アイザックがどうしてそう考えたのかを聞き返した。

 アイザックが話している間、考える時間が作れるからだ。


「『嘘など吐いていない。すべて真実だ』と返せない時点で答えは出ていると思うんですけどね。まぁいいでしょう」


 アイザックは、レーマン伯爵がすぐさま否定しなかった事を指摘しつつも、理由を話し始める。


「エリアス陛下が私を後継者の一人として考えておられたのならば、どう考えてもおかしいところがあるのですよ。ミルズ殿下もおられましたし、ジェイソンの次というのはありえません。それに、貴重な後継者をドラゴン対策に向かわせるでしょうか? 話が通じるかどうかもわからぬ相手に。近衛騎士団を護衛に付けるというのも、抗議を受けたあとの決定です。後継者として考えている相手に取る対応としては不自然だ。そうは思いませんか?」


 ――王位を継がせてもいいと思っている者を、死ぬ可能性が高い任務に就かせる。


 これはおかしなところであった。

 弟のミルズ達がいるとはいえ、アイザックの扱いが悪すぎた。

 エリアス本人には「アイザックならなんとかするだろう」という信頼があったが、周囲にはどこまで信頼していたのかはわからない。

 冷静になってみると、エリアスがアイザックを後継者に考えていたのか怪しいものである。

 アイザックは、その点を聞いておかねばならないと思っていた。


 レーマン伯爵達は顔を見合わせる。

 もうアイザックには気付かれてしまっている。

 ならば、正直に話した方がいいのではないかという思いがあった。

 問題は、どこまで話すか・・・・・・・だ。

 それは探りながら話すしかない。


「エリアス陛下は、エンフィールド公を後継者の一人として考えておられませんでした」


 悩んだ末、彼は正直に話す事にした。

 真実の告白は、アイザックよりもマット達に驚きを与えた。


「ですが、それが正しい行動だと思ったのです。あの時、エンフィールド公を中心に一つにまとまっていなければ、ブランダー伯爵領の征圧どころではなかったでしょう。ひょっとしたら、ウォリック侯の発言がきっかけで、ウィルメンテ侯との間に新たな内戦が起きていたかもしれません。平和を望まれていたエリアス陛下のためにも、ああするべきだと思ったのです。もちろん、エンフィールド公ならばエリアス陛下の後継者としてふさわしい人物だと思っての行動でした」


 まずは「ああするしかなかった」と答える事で、アイザックの反応を見ようとした。


「確かにあの状況ならば、仕方なかったのかもしれませんね」


 アイザックは、理解を示してくれた。

 しかし、それだけで済まなかった。


「では、エリアス陛下のご友人方が全員で、そう思われたのですね。誰一人として、そのような発言はなかったと否定はされませんでしたから不思議だったのですよ。意思疎通ができるほど仲のいい方ばかりなのですね」


 一人、二人ならばそういう事もあるだろう。

 だが、友人全員が否定しなかったという事はありえない。

 本当にエリアスがアイザックを後継者の一人に選んでいたのならばともかく、選んでいないのならばおかしな事だ。

 アイザックは、そこも指摘した。


「……少しお時間をいただけませんか?」

「だめだ。口裏を合わせる時間など与えない、考える時間も与えるつもりはない。すべてを話せ」


 今度は、厳しい口調で追及する。

 レーマン伯爵達は怯え始める。

 だが、レーマン伯爵は希望を持っていた。

 アイザックが「正直に・・・話せ」ではなく「すべてを・・・・話せ」と言ったからだ。

 嘘を吐いているのではなく、すべてを話していないだけだとわかってくれている。

 ならば、まだチャンスはある。


「実は、この国を託せる人物は誰だろうかと事前に話し合いました。ウィルメンテ侯は、ウォリック侯との確執があって不安に思い除外。血の濃さという点ではヘクター陛下が最有力候補でしたが、ヘクター陛下はファーティル王国の国王。それではファーティル王国に乗っ取られるようなものだという不満が出るかもしれません」


 レーマン伯爵は、アイザックの目を見ながら話した。

 それはもう誤魔化さないという覚悟の現れであり、アイザックの反応を見ながら話すためでもあった。


「その点、エンフィールド公ならばエリアス陛下の信任が厚く、実績も十分にあります。それにリード王家の血が薄くとも、その体に流れている事は確かです。誰も即位に反対しないという点でも、最適な人選だという結論が出ました。ウォリック侯の行動には関与しておりません。私達は、ウォリック侯の作り出した流れに乗ったまでです」

「では、私が王になるのを後押ししたという事実を使い、今後も王の側近として振る舞いたかったという考えはありませんでしたか?」

「それは……、なかったとは言えません」

「そうですか」


 アイザックが、フフフッと笑う。

 その笑みが何を意味するのかわからず、レーマン伯爵達は困惑する。


「あなた方も普通の人間だったのですね。安心しました」


 今度は、アイザックの言葉の意味がわからない。

 レーマン伯爵達は、お互いに顔を見合わせて「意味のわかるものはいるか?」と目配せで尋ね合う。 

 だが、誰一人としてアイザックの考えがわかるものなどいなかった。


「最初に言ったように、正直に話してくれましたので罪には問いません。ただし、今後は王の言葉――私の言葉を捏造するような事は認めません。また、私を王に押し上げたなどと勘違いして、増長するような事も認めません。それさえ守っていただけるのであれば、今後も私はあなた方に相談するでしょう」

「かしこまりました。ただ、私利私欲もあったとはいえ、リード王国のために行動したという事だけは胸に留め置いていただきたい」

「わかっていますとも。では、葬儀の手はずはどうなっていますか?」


 アイザックは、この話を打ち切って次の話題へ移った。

 今回の行動は、自分の罪悪感を晴らすためのものだったからだ。

 エリアスが本当にアイザックを後継者にしてもいいと思っていたのならば、今後もエリアスの死は尾を引いていただろう。


 だが、エリアスの行動には不審な点がいくつもあった。

 その点を確認しておきたいと思い、レーマン伯爵達に確認したのだ。

 思った通り、エリアスはアイザックを高く評価していても、後継者にとは考えていなかった。

 レーマン伯爵達の考えた結果だとわかり、アイザックの心は少し軽くなった。

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