第527話 ブランダー伯爵領侵攻部隊

 アイザックが王都で呑気に過ごしていた頃。

 ブランダー伯爵領北部に広がる森では、リード王国から逃げ出そうとする十名ほどの姿があった。

 街道には、ウェルロッド侯爵家の軍が検問を張っている。

 そこで彼らは地元の猟師を案内人として雇い、森の獣道を抜けて国外へ逃走しようとしていた。


「もう少しで川に出るぞ。そこで休憩しよう。ほら、急げ」

「こっちは森に慣れてないんだぞ」

「ゆっくり歩けよ」


 傭兵からは不満の声があがるが、猟師はどんどん先へ進む。

 数十メートルほど離れてしまった。


「おい、待て――」

「――放て!」


 傭兵の言葉を、近くの藪から聞こえた声が遮った。

 傭兵達は驚く暇もなく、ハリネズミのように多くの矢で射抜かれていた。

 全員に矢があたったのを確認し、周囲から葉っぱや木の枝を体に身に付けた兵士が近寄る。


「剣の範囲に入る前に、頭を射抜いておけよ。死んだふりをしている者の反撃で怪我をするとか馬鹿らしいからな」


 隊長の命令に従い、兵士達は確実にトドメを刺していく。

 死亡を確認すると、死体を布で包んで森から運び出す。

 そこで荷物の検査を行い、略奪されたであろう品物を選別するのだ。

 これはウォリック侯爵のためである。

 ただし、金銭に関しては懐に入る分は、対処した部隊で分ける事を黙認されていた。




「各地で逃げ出そうとしている者を捕らえた、もしくは討ち取ったという報告が入っているようだ」

「これもダッジ殿のおかげですね」


 ブランダー伯爵領北部の国境の封鎖には、アイザックの伯父であるアンディ・ハリファックスが指揮官となり、乳母の夫であるオリバー・バートン男爵が補佐を任されていた。

 これは本人を含めて誰もが「身内に箔をつけたいんだな」と思う人選であったが、地味な仕事であるので不満はでなかった。

 それにダッジが相談役として同行しているので、実質的な指揮官は彼であると思われていたのも大きかった。


「いえ、これはファーティル王国の者が用いた策です。敵国の人間を雇う難しさを思い知らされた経験から、真似をしたに過ぎません」


 ダッジは国境付近に着いた時点で、地元の猟師や木こりなどを金を払って雇うべきだと進言していた。

 街道沿いにこれ見よがしに布陣し、検問を行う。

 そうすれば、森の獣道を使って逃げようとするからだ。

 その時、猟師達には指定のルートを使って案内してもらう。

 どのルートを使って逃げるかわかっていれば、伏兵も容易に配置できる。

 かつてファーティル王国から撤退する際に、ダッジが味わった苦い経験。

 それを、この機会に活かしていた。


「成功したのは、この策を実行できる軍資金があったからでしょう。元々豊かな国だとはわかっておりましたが、実際にこの目で確認すると、リード王国には敵わないというのが実感させられます」


 ダッジは遠い目をする。

 ロックウェル王国との違いを嫌というほど思い知らされていた。


「いえいえ、他の侯爵家でも、別働部隊に大金を持たせる余裕はありません。これほど豊かなのは、ドワーフとの交易による利益を得られているウェルロッド侯爵家のみでしょう。私など農村の代官ですし、エンフィールド公の乳母の夫というだけで、煌びやかな世界とは無縁ですよ」


 バートン男爵が「みんなが裕福ではない」と答える。

 しかし、ダッジは首を振った。


「ウェルロッド侯爵領のみならず、リード王国全体が豊かなのです。ここに来るまでに見た貧民ですら、飢えているような様子はありませんでした。ロックウェル王国では、貧民でなくとも飢えと戦っています。同盟国の領土で現地調達をするわけにはいかないという事情から、食料生産に力を入れているのが大きいのでしょう。食うに困らないというのは羨ましいですね。本当に……」


 ダッジも飢えた事があるのかもしれない。

 リード王国に生きるアンディやバートン男爵には、イマイチ共感できなかった。


「このような素晴らしい国に戦乱を起こすのは許せません。ジェイソン派の協力者を捕まえていきましょう」


 だが、こちらは理解できたし、共感もできた。


「ええ、まずは傭兵を逃さぬように仕留めていきましょう。エンフィールド公のみならず、ウォリック侯もきっと喜んでくれるでしょう」

「他家の軍が街を占領すればするほど、逃げ出そうとする者の数も増えるはずです。まだまだ忙しくなりますからな」


 気を抜かず真剣に任務を遂行しようと、三人の心は一つになった。



 ----------



 ブランダー伯爵領の南方から攻め上っていたウィルメンテ侯爵は、軍を二つに分けて行動していた。

 一つは自分が率いる本隊。

 もう一つは、ブリストル伯爵の部隊である。


 ブランダー伯爵領の主力は、エメラルドレイクの戦いで失われている。

 もう組織的な抵抗はできない。

 そのため、本隊を中心に数百の兵を周辺に派遣し、征圧速度優先で行動していた。

 防衛施設のない村はもとより、中規模の街も「エリアスの死にブランダー伯爵が関係している」と言われれば、兵士達が代官の家族を捕らえて降伏した。


 征圧は順調に進んでいる。

 そこで街道が集中するブランダー伯爵領南部一の大都市で、ウィルメンテ侯爵とブリストル伯爵は一度合流した。


「こちらは大きな問題はなかった。ブリストル伯の方はどうだ?」

「エリアス陛下の死に当主がかかわったと聞き、残っていた者達が屋敷に火を放って焼身自殺したのが一件あるだけです。戦闘にはなっておりません」

「だろうな。留守居役など、一部の者しかブランダー伯が裏切るとは知らなかった。もっとも、彼らも陛下の弑逆までは聞かされていなかったようだ。あの慌てようは見ていて憐れみを覚えるものだった」

「こちらも同じです。さすがにエリアス陛下を手にかけるとは思わなかったのでしょうね」


 これまであった事を思い出して、二人はしばし黙り込む。

 一歩間違えれば、自分達が敗者の悲哀を味わうところだった。

 彼らの事を惨めだと笑う気になどなれなかった。


「今こうして憐れんでいられるのも、エンフィールド公のおかげだな。エリアス陛下をお助けできなかったものの、エンフィールド公が動いていなければジェイソンの天下だった。ファーティル王国に攻め込めば、他の同盟国も黙ってはおらん。周辺国すべてを敵に回す泥沼の戦争になっていただろう」


 ウィルメンテ侯爵が拳を握りしめる。

 それをブリストル伯爵は見逃さなかった。


「悔しく思っておられるのですか?」


 話の流れや表情から、ブリストル伯爵はそう判断した。

 ウィルメンテ侯爵は自嘲じみた笑みを見せる。


「悔しいかだと? 悔しいとも。私も王党派の筆頭として、他の貴族と渡り合う自信はあった。ウェルロッド侯やウィンザー侯が相手であろうともだ。だが、実際は数か月前まで学生であった若者に頼り切りだ。ジェイソンに協力を頼まれた時も、エンフィールド公が常に話の主導権を握っていた。私一人であればジェイソンの行動を非難して、その場で捕えられていただろう。私一人では、この状況を作ることはできなかった。……正直、悔しいよ」


 ウィルメンテ侯爵がこぼした言葉は、ブリストル伯爵を驚かせた。

 だが、茶化したりはしない。

 黙って彼のグラスに酒を注ぐ。


「ウィルメンテ侯は、まだいいでしょう。私など、エンフィールド公と裏で通じたと勘違いして、弟一家を殺してしまったのですよ。王国中の貴族から笑い者になりました」

「あの時の事は覚えている。私も早まった真似をしたものだと思っていた」

「ええ……。ですが、ウィルメンテ侯は私を嘲笑いはしませんでした」

「私も他人の事を笑える立場ではなかったからな。ネイサンの十歳式で、親族が三人も死んだ。なのに報復しない腰抜けだと影で言われていた。だが今でも、エンフィールド公との争いを避ける判断をしたのは間違いだったとは思っておらん」

「同感です」


 今度は、ウィルメンテ侯爵がブリストル伯爵のグラスに酒を注ぐ。

 お互いに共通するものがある。


 ――アイザックにかかわったせいで、痛い目を見てしまった者同士。


 傷の舐め合いと思われるかもしれないが、心に傷のある者同士で語り合うのも、精神衛生上必要な事だった。

 それに、このような話など普段はできない。

 内戦の後始末中とはいえ、今も戦時中である。

 その高揚感が、彼らの口を軽くしていた。


「ところで、ウィルメンテ侯のお考えを知りたいのですが」

「私の考えとは?」

「エンフィールド公に王位をあっさり譲った事です」


 ウィルメンテ侯爵は「遠慮なく直接聞きにきたな」と苦笑を浮かべる。


「……私では即位したあと、エンフィールド公を御する事ができない。エンフィールド公に臆する事なく命じる事ができたエリアス陛下が稀有な存在だったのだ。フレッドやウォリック侯の事がなくとも、即位は迷っていたかもしれん。ブリストル伯は、自分が王になってエンフィールド公に命令している姿を想像できるか?」

「無理ですね。その逆は容易に想像できますが、私が命じる姿は想像できません。ですが悔しいとは思いません。あのお方は、私と比較できるような方ではありませんから」


 言葉通り、ブリストル伯爵の顔に悔しさの色はなかった。

 ただ、どこか遠い目をしている。


「その気持ち、わかる気がする。あの先代ウェルロッド侯でも、さすがに空を飛ぶ方法を考えたりはしなかった。エンフィールド公は常識の枠を外れた、いわば歴史を作る側のお方だ。あそこまで力量差を見せつけられれば、勝てない悔しさよりも感服する気持ちが先に立つ。ただ、サンダース子爵は違う」


 ウィルメンテ侯爵は、ランドルフについて触れる。

 アイザックの話からランドルフに変わった時点で、ブリストル伯爵は何を言おうとしているのか察していた。

 彼もまた、ウィルメンテ侯爵と同じ思いを抱いていたからだ。


「エンフィールド公に比べて、サンダース子爵はこれまでが……」

「過去の彼は、勉強はできるが体育はイマイチという文官の家系にありがちなタイプという評価だった。それがなんだ。今では闘将だの剛勇無双だの、信じ難い評価ばかり! ありえんだろう!」


 アイザックよりも、ランドルフへの嫉妬の方が大きなものだった。

 アイザックの場合は「子供の頃から、ああいう存在だったから」で対抗心も薄い。

 だが、ランドルフは違う。

 年も近い事もあり、昔の彼を良く知っていた。


 ――武芸はそこそこだった男が、いきなり闘将と呼ばれるようになった。


 これは武芸に自信があった者達から嫉妬の対象となっていた。


 ――ランドルフの代わりに自分が軍を率いていれば、名声は自分のものだったかもしれない。


 平凡だった男が将軍どころか、未来の元帥最有力候補にまで名を挙げられるようになったのだ。

 たまたまランドルフにはアイザックがいたから勝てただけで、軍の指揮に関しては「自分ならもっと上手くやれた」と思う者は多い。

 ウィルメンテ侯爵やブリストル伯爵も、その中の一人だった。

 年が近く、心のどこかで「こいつには負ける事はない」と思っていた相手に先を越されたのだ。

 その不満は大きい。


「わかります。わかりますとも。『あのサンダース子爵が? 本当に?』と、今でも思っていますから」

「やっぱりおかしいと思うだろう? 世間はリード王国一の猛将などと言って持ち上げ過ぎだろう。もちろん、サンダース子爵もよく頑張ったとは思っているがな……」

「どうしても私達も戦場で戦うチャンスがあったならば、と考えてしまいますな」

「そうだな。だが、エンフィールド公は他国との戦争を望んでいないようだ。この内戦で最後という事にもなるかもしれんぞ」

「ですが、手柄を求めて無茶をしようにも、このような掃討戦で活躍しても手柄とは言えません」

「他国との戦争が起きてほしいものだ。もちろん、ジェイソンのような大義のない戦いはごめんだがな」


 愚痴を酒の肴にして、二人の酒盛りは続く。

 激戦ではなく、降伏勧告で終わる戦いばかりだったからこそ、このような余裕があった。



 ----------



 一方、余裕のない者もいる。

 ウォリック侯爵は、領地を荒らした傭兵団の一部をブランダー伯爵領西部の街に追い込んだ。


「武器を捨てて大人しく降伏するのならば、エンフィールド公も弁解を聞いてくれるだろう」


 そう言って、投降を促した。

 ウォリック侯爵領を荒らした傭兵にとって、これは最後の望みでもあった。

 金で雇われた彼らには、貴族のように最後まで戦い抜く理由などない。

 早々に降伏に傾いた。


 この街を任されている代官の家族も、抗戦の意思は弱かった。

 当主がエメラルドレイクの戦いで捕らえられており、街に残った衛兵は百名しかいない。

 傭兵は八百ほどいるが、蹴散らされてから士気が低い。

 戦闘可能な状態ではなかった。


 しかも、この街を囲むウォリック侯爵軍は五千を越える。

 嬲り殺しに遭うよりは、降伏した方がいいという流れになった。

 それにアイザックは民を大事にする。

 大人しく開城し、街を戦火に晒さないという点を評価してもらえると思ったからだ。

 だが、それを許さない者がいる。


「よくもまぁ、ぬけぬけと出てこられたものだな」


 ――降伏を呼びかけたウォリック侯爵本人である。


 これには降伏した者達も怒り狂う。


「大人しく降伏すれば、エンフィールド公に弁解させていただけるとおっしゃったではありませんか! あっさりと言葉を覆されるのですか!」

「いいや、言葉を覆したりはしていない。私は弁解を聞いてくれるだろうと言ったのだ」

「ウォリック侯爵ともあろうお方が、そのような詭弁を弄するとは……。恥を知らぬのですか?」

「恥を知らぬのは貴様らであろう!」


 ウォリック侯爵は怒りをぶつけられるだけではない。

 彼も怒り狂っていた。


「貴様らが送り出した傭兵が何をしたと思っている!? 我が領民から財産を奪い、殺したのだぞ! 戦う術も知らぬ者達まで殺しておいて、許されるとでも思ったか! エンフィールド公が許したとしても、このクエンティン・ウォリックが貴様らを許しはせぬ!」


 彼の怒りは、領民を殺された事に対してのものだった。

 ブランダー伯爵が傭兵を送り出した先は、ウォリック侯爵にとって特別な思いのある村だったからである。


 ――かつて領地が混乱に陥った時、暴動を起こさずにいた村。


 領境にある街や村は、ブランダー伯爵領に買い出しに行く事も容易なため、食料品が高騰しなかった。

 商人も、その程度の理性はあったようである。

 だから多少の混乱はあっても、暴動が起きる事はなかった。

 余裕があったからか、混乱の収拾を手伝ってくれてもいた。


 ウォリック侯爵は暴動が起きなかった理由をわかっていたが、彼らに深く感謝していた。

 だからこそ、彼らの住む村を襲撃してきた者を絶対に許せなかった。


「捕虜などいらん! 皆殺しにせよ!」


 ウォリック侯爵の号令の下、兵士達が傭兵に襲いかかる。

 さすがに武器を持たない者が兵士に抵抗はできない。

 周囲を囲まれているので、少しでも長く生き残ろうと、仲間をかき分けて内側へ逃げようとする。

 だが、キャベツの皮を剥くように、一枚、また一枚と人の塊が小さくなっていく。

 ウォリック侯爵は、この街の代官の息子の頭を掴み、その光景を見せていた。


「次はお前達だ。だが、今すぐ殺したりはしない。気が向いた時にお前達を殺す」

「ウォリック侯! せめて自裁のお慈悲を!」

「ならん、連れて行け!」


 自害させてくれと頼まれるが、ウォリック侯爵は一蹴した。

 彼らに慈悲をかけるつもりなどない。

 それに傭兵は殺すが、貴族はこの場のノリで殺すつもりはなかった・・・・・・・・・・

 彼らが連行されるのを確認して、ウォリック侯爵は秘書官に話しかける。


「次はどこだ?」

「この街に逃げ込んだのが最大規模の傭兵集団だそうです。他の傭兵は、アマンダ様に追い払われた時点で数人から数十名の規模で離脱していったようです。そろそろ本隊も分散させて問題ないのではないでしょうか」

「ここに残っていたのは、退き時もわからんノロマだけか。いくさ慣れしている者こそ殺したかったな」


 戦場に慣れている傭兵という事は、略奪行為にも慣れているという事である。

 ウォリック侯爵にとって、最も憎むべき相手であった。


「では、本隊から二千を割こう。こちらには傭兵部隊がいたとはいえ、征圧した街の数でウィルメンテ侯に負けたくない。エンフィールド公にアピールせねばならぬからな」

「せっかく作ったチャンスを無駄にはできません。私達も尽力致します」

「頼むぞ」


 ウォリック侯爵がアイザックを次期国王に推した理由を、部下達も知っていた。

 だから、ウォリック侯爵が代官の家族を殺したりしないという事もよくわかっていた。


 ――法による裁きの重要性。


 戦闘で死ねば、反逆者であろうとも「不利な状況ながらも、よく戦った。いい覚悟だ」と褒める者もいる。

 だが、裁判によって罪人だと正式に認定され、処刑されれば褒める者などいない。

「アイザックは、ジェイソン派に英雄を作らぬように処理しようとしている」と察して、ウォリック侯爵も捕虜にするに留めていた。

 先ほどの脅しは、許される範囲内での精一杯の嫌がらせだったのだ。



 ----------


 ブランダー伯爵領の東側から攻め込んでいたウィンザー・ランカスター連合軍は、ウィルメンテ侯爵軍と似たような状況となっていた。

 違うのは、セオドアがアイザックの義理の父という点であった。

「歯向かう事なく降伏するのであれば、その事をエンフィールド公に義理の親という立場で伝える」と説得する事で、武装解除を行っていた。

 こちらでは、ウォリック侯爵のように騙し討ちをしたりはしなかった。

 捕虜として丁重に扱い、順次王都に送り込むだけである。


「戦争がいつもこのように終わるのならば楽でいいですなぁ」

「そうですなぁ。ところで、あのような約束をしてよかったのですか? セオドア殿の名が傷付くかもしれませんが」


 あのような約束とは「アイザックの義父として、大人しく降伏したと伝える」というものだった。

 状況が状況だけに、ブランダー伯爵に従った貴族の親族は許されないだろう。

 その場合、セオドアの面子が潰れてしまう。

 ランカスター伯爵から軍を任された息子のダニエルは、その事を心配していた。


「大丈夫だろう。私が約束したのは伝える・・・というところまで。助命嘆願を行うなどとは一言も約束していない。勝手にあちらが勘違いしただけだ。それに、王族を弑逆したなどという大罪が私の名前などで許されるはずがなかろう。勝手に許されると思いこんだ彼らが愚かなのだ」

「おやおや、子は親に似ると言いますが、セオドア殿は義息に似てきたのではありませんか?」

「そう言う事はやめていただきたい。これくらい、誰でもやる事でしょう」

「まぁそうですが」


 二人は笑った。

 本来ならば、約束したかどうかはともかくとして、相手の信用を損ねるような事はしない。

 だが、相手は大罪人である。

 しかも、もう二度と会う事はないであろう相手だ。

 信用がどうのというのは気にしなくてもいい。

 そこを割り切れば、誰もがやれる事だった。


「しかし、エンフィールド公は『話が違う』と泣き言を聞かされる事になって大変でしょうな」

「それくらいは国王代理としての職務の範囲でしょう。難しい仕事をやっていただけてありがたい事ですな」


 今度は、二人ともニヤリと笑った。

 彼らも誰かに上手く仕事を押し付ける事の重要性をよくわかっていた。

 普段は部下に割り振るのだが、今回は国王代理という上司に対してである。

 エリアスとは違い、アイザックならば自分で処理するだろう。

 その分、こちらは楽ができる。


「しかし、セオドア殿は婿殿の事が嫌いなのですかな?」


 仕事を押し付けようとするセオドアに、ダニエルが不思議そうに尋ねた。

 アイザックはパメラを救ってくれた救世主である。

 セオドア自身は怠けるタイプではないので、仕事を押し付けようとする理由がわからなかった。


「嫌いではないが……。怖いと思う時はある」

「それは避けられない事でしょう。私も恐れを感じる時がありますから。しかし、ジュディスはエンフィールド公に惚れ込んでいるようでしてな。もしよろしければ、セオドア殿からも口添えをしていただければ助かるのですが……」

「アマンダ嬢も惚れているようだからな。女性人気が高く、王になるとなれば……。ダニエル殿とは知らぬ仲ではない。義理の父親としての立場から、ジュディス嬢もいい相手だと思うと伝えておこう」

「そのような意地悪な事を言わないでいただきたいものですな」

「それは仕方ない。結婚するべきだなどとは言えんよ」


 セオドアが「形だけの口約束」をしようとしたので、ダニエルは「約束する気がなさそうだな」と読みとった。

 しかし、セオドアの言い分もわからなくはない。

 二人は笑って誤魔化し、また世間話へと戻る。

 戦況が安定し、覆される事がないとわかっていたからこその余裕だった。

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