第517話 王の資質

 アイザックは、玉座から立ち上がり、皆を見回す。

 誰もが「何かお言葉があるぞ」と期待する。


「私が王になるのは、皆さんが望んだからです。あとになって『こうなるとは思わなかった』などと不満を漏らさない事。『新たな王を迎えよう』などと考えぬ事を肝に銘じておいてください。不穏の種を生み出す者は、リード王国を乱す者として、エリアス陛下より頂戴した剣で切り捨てる!」


 確かに彼らが期待した通り、アイザックの言葉はあった。


 ――しかし、それは釘を刺す言葉だった。


 アイザックは、担がれる事を認めた。

 だが、担がれるだけの存在ではないという意思表示をする。

 言われずともわかっていた事ではあるが、いざ言葉にされると迫力がある。

 誰もが「アイザックの治世には一言も不満を漏らせないのではないか?」と戦慄する。


「では、ひとまず解散としましょうか。ジェイソンの即位前にエリアス陛下救出作戦を相談していた方々と、レーマン伯爵、各大臣は別室で今後の事を話し合いましょう。もっとも、人数が減ってしまいましたが……」


 アイザックが寂しそうな表情を見せる。


 ――裏切ったブランダー伯爵はともかくとして、死んでしまったミルズやフォスベリー子爵の事を偲んでいる。


 そう思わせるものだった。

 事実、アイザックでも多少なりとも悲しんでいる。

 もっと上手くやれていれば、フォスベリー子爵は助けられていたかもしれない。


「それとアダムス伯は、チャールズが犯した罪を贖おうと働いてくれました。チャールズ本人を悪し様に言う事を止めはしませんが、アダムス伯爵家を責めるような事はしないでいただきたい。チャールズの罪は、チャールズ本人にのみ償わせます」


 だが、そこまで完璧を求めるのは難しい。

 現状で満足するべきだとわかってもいた。

 そのため、周囲に人情があるという演技でもあった。


 そこで現状を維持するため、アダムス伯爵を庇う。

 チャールズの罪は許されないものだが、働きの功績も認めねばならない。


 ――ジェイソンが、ファーティル王国にまで攻め込もうとした。


 それには誰もが驚き、ジェイソンが予想以上におかしな事になっていると気付いた。

 そのきっかけは、国家予算に侵攻可能な余裕があったからである。

 アダムス伯爵がしっかりと調べ上げたおかげで、ジェイソンの異常性を貴族達に知らしめる事ができた。

 アイザックの行動の正当性を、大きく補強してくれたのだ。

 こうして庇う言葉くらいは安いものである。


(本人が自殺するのなら止められないが、今後どうするかは本人次第だ。思ったよりも良い働きをしてくれたから、報酬くらいは払うさ)


 ――たった一度の失敗で人生を破滅させたりはしない。


 この姿勢を見せるのは重要だと、アイザックは考えていた。

 アイザック自身「エリアスがいれば、いつか破滅する」という恐怖もあったから行動に出たのだ。

 厳しくし過ぎると「失敗して、あとは沙汰を待つだけならば、いっその事挙兵してやる!」などと開き直る者が現れるかもしれない。

 そういった事を未然に防ぐため、チャンスがあると思わせるのも必要だと考えていた。



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 別室に着くと、最初に口を開いたのはランドルフだった。


「エンフィールド公を国王陛下にだなんて……。ウォリック侯、いくらなんでも酷すぎます」


 本来ならば、謁見の間に集まっている時に言いたかった事だ。

 しかし、我慢した。

 皆がアイザックを必要としているとわかっていたからである。

 だが、ウォリック侯爵への不満は抑えられなかった。

 そこで一部の者だけが集まる、この場で言う事にした。


「なにが酷いというのだ? 頼れる王を皆が求めている。そして国難を乗り切れるのは、エンフィールド公しかいない。だから王に推した。それだけだ」

「確かにそういう面もあるとは理解しています。ですが、あなたの場合はエンフィールド公を王にして、王の権限を強化するためといった理由を付けて娘を嫁がせたいだけでしょう!」

「なにを言う。私は国の未来を憂いて行動したまでだ」


 ウォリック侯爵は図星を突かれたものの、大貴族の当主らしく動揺を見せなかった。

 しかし、心の中の動揺までは隠せない。

 ランドルフに言い返す言葉は平静なものであり、強い否定の言葉にはならなかった。


「ならば、この場で娘をエンフィールド公に嫁がせないと明言できますね?」

「いや、それは今後、高度な政治的な判断で、必要という判断が下るという事もあるわけだから……」

「ほら、やっぱり! ウォリック侯の考えている事は、昔からわかりやすいんですよ!」


 ウォリック侯爵も、さすがに明言はできなかった。

「それ見た事か」とランドルフが責める。

 二人の姿を見て、モーガンがクックックッと笑う。


「そう責めるな。動機はどうであれ、エンフィールド公が王になる流れは防げなかった。アマンダとの結婚により、4Wの結束を固めるというのも悪くはない考えではある」

「さすがはウェルロッド侯! 理解が早い!」

「とはいえ、それを受け入れるかどうかは、エンフィールド公次第。それに、このような手段はあまり愉快なものではないな」

「それは……、失礼した」


 モーガンも、無条件でウォリック侯爵の考えを許容するつもりはなかった。

 素直に認めてしまえば、アイザックとアマンダの結婚が既定路線となってしまう。

 それではもったいない。

 アイザックにはアマンダを妻に選ぶつもりはなさそうだが、今後どうなるかわからない。

 即位したあと、結婚しなければならない事態になるかもしれないのだ。

 妻の座を高く売りつける算段はしておかねばならなかった。


「ウォリック侯には私欲があったのかもしれませんが、あの行動によって私とリード王国が救われたのは事実です。そう責めないでいただきたい」


 三人の話を聞いていたウィルメンテ侯爵が、ウォリック侯爵への援護が必要だろうと考えて助け舟を出す。


「私が王になれば、ジェイソンに加担したフレッドやブランダー伯爵の件で、貴族はまとまらなかったでしょう。他国から王族を呼ぶにしても、どこから呼びますか? 呼ばれなかった国は不満に思うはずですし、継承権を持つ者を集めてから選んでも不満は残ります。私を選べない以上、エンフィールド公を選ぶというのは最善の手でしょう」


 このままでは責任を逃れ、王妹を嫁に貰うといういいとこ取りである。

 他家からの嫉妬も十分考えられる。

 それに、ウォリック侯爵の心証をよくしておきたかったというのもあった。

 両家の関係が悪化したままであれば「またウィルメンテ侯爵家が問題を起こした」と非難されかねない。

 そこでウィルメンテ侯爵は、積極的にウォリック侯爵家との関係を改善しようとしていた。

 アイザックが「そこまで言って大丈夫か?」と心配してしまうまでに、ウォリック侯爵がハッキリと言い切った事で、却って両家の関係は改善されようとしていた。


「結束を固めるという事ならば、当家からも娘を嫁がせましょう。聖女と呼ばれているジュディスを娶れば、エンフィールド公を教会も後押ししてくれるはずです。これは――」

「はい、そこまで!」


 ランカスター伯爵まで参戦し、混沌とし始めたところでアイザックが止める。


「確かに今後の事を話すとは言いましたが、私の妻に関してではありません。エリアス陛下を始めとした王族の皆様方の国葬をどうするかや、ブランダー伯爵領をどうするかという話をするためです。サンダース子爵が切り出したとはいえ、それ以上この話を続けるつもりであれば、退室していただきます」


 自分に関わる事なので、アイザックも必死だ。

 正論を使って、話の流れをぶった切る。

 これにはウォリック侯爵達も、ばつが悪い思いをする。


「申し訳ございません。ですが、これも重要な問題だという事は心に留めおいていただきたい」


 だが、ウォリック侯爵も諦めがいいわけではない。

 謝罪をしながらも、アピールする事を忘れない。

 アイザックも彼の諦めの悪さに助けられたので、再度警告したりはしなかった。


「さて、エリアス陛下の葬儀ですが……。エルフの方々に、いつまでもご遺体を保存していただくわけにはいきません。葬儀と国民への発表は必要でしょう。どなたか意見はございますか?」

「それならば私から」


 モーガンは、一度咳ばらいをしてから答える。


「本葬は他国からの弔問客が到着できる時期。余裕を見て、三か月ほどあとがよろしいのではないでしょうか? 賢王と名高いエリアス陛下であれば、遠方からも弔問の使者がお越しになられるはずです」

「では、エリアス陛下を偲んで、百日の間、喪に服すというのはいかがでしょう? 百日後ならば、ブランダー伯爵領の主だった都市を降伏させられているでしょう。それが無理でも、包囲は済んでいる頃合いです。主だった貴族が王都に向かっても大丈夫なはずです」

「エリアス陛下の弔い合戦を終えた頃というわけか。それはいい」


 ウィルメンテ侯爵の提案に、モーガンは賛同の意思を示した。


「北方の国々からやってくる客人の安全を確保せねばならん。ブランダー伯爵領の国境付近は早急に確保してもらわねば困るぞ」

「それは我らにお任せを。エンフィールド公も、そのために我らを要職に就けなかったのでしょうから」


 皆の視線が、アイザックに集まる。

 アイザックは、うなずいて肯定する。


「ウォリック侯爵軍とウィンザー侯爵軍には領地に戻っていただき、ブランダー伯爵領へ東西からの攻撃を。ウィルメンテ侯爵軍には、王家直轄領から北へ向かって進軍していただきたいと考えています。ウィンザー侯爵軍には、ランカスター伯爵軍を。ウィルメンテ侯爵軍には、ブリストル伯爵軍を。ウォリック侯爵軍には、ウェルロッド侯爵軍から五千ほどを支援に送って早期解決を目指す。こういったものでいかがでしょうか?」


 三方向からの侵攻は、早期解決を目指すのならもっともなものだった。

 誰も反対意見は言わない。

 ウリッジ伯爵は軍の損害が大きいので、行かせてほしいとは言い出さなかった。


「ブランダー伯爵領に残っている貴族を国外に逃さぬよう、支援部隊は国境に回り込ませるのがよろしいでしょう」


 キンブル将軍が作戦を提案すると、他の武官達からも複数の提案が出された。

 アイザックは余計な口出しをせず、キンブル将軍の作戦案を中心として議論が進むのを見守っていた。


(そうそう、これでいいんだよ。各分野の専門家がいるんだから、任せておけばいいんだ。俺が全部やる必要なんてない)


 ――自ら積極的に意見を出すのではなく、他人の意見を聞く立場。


 これがアイザックの求めていたものだ。

 葬儀の話も、彼らに任せて聞いているだけだった。

 アイザックがやる事といえば、議論が煮詰まったところで、いいと思った方を採用するだけである。

 これからは楽ができると、アイザックは内心ほくそ笑む。


 アイザックが口出ししない事を、他の者達は好意的に受け取っていた。

 優れた人物であればあるほど、自分の意見を通そうとして口出ししてくるものだ。

 だが、アイザックは違った。

 意見が出尽くすまで口出しをしない。


 ――意見を述べる機会がある。


 これはとてもありがたい事だった。

 意見を言えず、会議が進むのは辛いものだ。

 意見さえ言えれば、いつかアイザックが「あの意見を採用した方がよかったな」と思う時がくるかもしれない。

 その時、自分の存在を王に印象付ける事ができる。


 それに、この様子ならばアイザックの考えている意見と同じでなくとも、近い考えであればアイザックが補足して採用してくれるだろう。

 そうなれば、発案者の功績となる。

 これは大きなチャンスだ。

 チャンスがあるのとないのとでは大違いである。

 その点、アイザックは能力があるからといって奢り高ぶる事もなく、余裕を持って会議の流れを見守っている。


 ――王の資質がある。


 会議に参加している者達は、徐々にそう考え始めていた。

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