第518話 アマンダからの使者

 会議が終わり、解散となる。

 ブランダー伯爵領への攻撃は、キンブル将軍の案が採用された。

 そして、エリアスの葬儀は、レーマン伯爵の案が採用される。


 ――葬儀は大通りを使ったパレード方式。


 エリアスはパレードが好きだったため、この案が選ばれた。

 今日中にエリアスの死を公表し、明日には教会で葬式を行う。

 その後、貴族が葬列を組み、市民に見送られながら王族の墓へと送る。


「エリアスはよくても、ジェシカ達はどうだろう?」と思ったものの、アイザックも止めなかった。

 今までにも王族の死では、似たような事がされていたからだ。

 多少、派手になったくらいなら問題はないはずである。


 葬儀はレーマン伯爵が、教会と話し合ってくれる。

 政治に関しては、モーガンやウィンザー侯爵といった者達に任せられる。

 アイザックは、比較的余裕のある立場だった。

 しかし、やらねばならない事もあるため、ゆっくりしていられるわけではない。


(葬儀が終わるまで、ニコル達は放置でいいだろう。国民の不安を拭う事が最優先だ)


 新王として、演説の草稿を考えねばならない。

 他の者達よりマシとはいえ、これはこれで面倒な仕事である。

 政務でアイザックが必要になるのは、もう少しあとになる。

 自宅に戻り、部下と共に考えるつもりだった。

 モーガンやウィンザー侯爵といった仕事のある者達を王宮に残し、アイザックはランドルフと共にウェルロッド侯爵邸に帰ろうとした。


 ――そこに一報が入る。


「ウォリック侯爵領が、ブランダー伯爵領から攻撃を仕掛けられているだと!」


 一段落したところに不意打ちである。

 場が騒然とする。

 ウォリック侯爵など、信じられないといった様子で固まっている。

 だが、すぐに再起動した。


「ブランダー伯爵領に兵士は残っていないはずだった。まさか傭兵部隊をけしかけてくるとは……。被害は?」

「領境の村が略奪に遭い、焼き払われています。報告を受けたアマンダ様が、領都付近の街から衛兵を集めて迎撃に向かわれました」

「なんだと!」


 驚いたのは、ウォリック侯爵だけではなかった。

 アマンダが下手な男よりも男らしいところがあるとはいえ、これは完全に予想外である。


「すぐに援軍を送らないと!」


 それはアイザックも同じ事。

 援軍を送るべきだと主張する。

 だが、意外な人物がそれを止めた。


「お待ちください! すでに撃退済みでございます!」


 ――それは使者本人だった。


「なんだと、紛らわしい! まずは結果から言え」


 ウォリック侯爵は「余計な心配をさせられた」という不満を隠そうとしない。

 使者は詫びてから手紙を渡し、他の者達にも聞こえるように報告を続ける。


「現在、アマンダ様は焼き討ちに遭った村の支援を行いつつ、再侵攻に備えて警戒中であります。当方の被害は軽微。無論、アマンダ様もご無事です」

「侵攻はいつ頃の事だ?」


 現状は問題ないとわかり、ウィルメンテ侯爵が尋ねる。


「六月十五日、ブランダー伯爵軍の侵攻を確認。十九日に知らせが入り、二十日に領都近辺の衛兵を率いて、アマンダ様が自らご出陣なされました。道中の街で衛兵を集め、見事ブランダー伯爵軍を撃退されました。知らせを受けてから、すぐに伝令を送らなかったのは、エリアス陛下救出作戦の邪魔にならないためとの配慮でございました」

「おい!」


 使者の報告に対し、ウォリック侯爵は不満そうな顔をさらにしかめる。


「その報告は違うのではないか?」

「申し訳ございません。ですが、すべてを見抜くと言われているエンフィールド公を前にしては……。私では正確な報告以外にできません」


 アマンダからの報告書。

 そこには「こっちはもう大丈夫だけど、なんとかしてエンフィールド公の援軍を送ってほしい」と書かれていた。

 これはウォリック侯爵も良い考えだと思った。


 ――乙女の窮地に駆けつける英雄。


 これは恋物語の王道である。

 なのに、使者は事実を報告して機会を潰してしまった。

 その事に、ウォリック侯爵は怒りを覚えていたのだった。

 しかし、言われてしまっては、もう遅い。


「報告書にはなんと書かれているのですか?」


 内容が気になったアイザックが尋ねる。

 ウォリック侯爵は困った顔を見せるが、自力でなんとかしようと気を取り直した。


「どうやらアマンダは、こちらを心配させまいとしているようです。実際は大きな被害を受けており、援軍を求めております。ウェルロッド侯爵家からも、援軍を送っていただけると助かるのですが……」

「えぇっ、それはいけませんね! アマンダさんが心配です。すぐに援軍を送る必要があるでしょう」


 良い流れがきた。

 ウォリック侯爵は「よし!」と、心の中でガッツポーズを取る。


「それでは闘将と名高いサンダース子爵に、ダッジ前元帥をつけて送り出しましょう」


 ――だが、その流れはアイザックの手によって断ち切られた。


「あ、いえ。できますれば、エンフィールド公自らのご出馬いただければ心強いのですが……」

「私も友人であるアマンダさんが心配なので、そうしたいところなのですけどね。次期国王として、準備せねばならない事が多々あります。信頼して軍を任せられる相手がいるのならば、その者に任せた方がいいでしょう。次期国王に推薦されていなければ、戦場へ出るという選択肢もあったでしょうが……」


 ――ウェルロッド侯爵家の援軍がほしい。


 ウェルロッド侯爵家を指定してきた時点で、アイザックはウォリック侯爵親子の意図を見抜いていた。

 そこで次期国王・・・・というカードを切った。

 アイザックを次期国王に推したのは、ウォリック侯爵自身である。

 ランドルフという猛将を援軍に送るのに、次期国王に就く準備を後回しにさせてまで、アイザックの出陣を求める事などできない。


「そういう事情であれば仕方ありませぬな。援軍は不要。ウォリック侯爵領方面は、我らのみでなんとかしてみせましょう!」


「これはダメだ」と判断したウォリック侯爵は、すぐに援軍要請を撤回した。

 ランドルフと仲良くなる事で、アマンダとの婚約に一歩近付けるかもしれない。

 だが、ここは「自力で危機を脱した」という形を作り、戦後の論功行賞で上手くやるしかないと考えた。


 ウォリック侯爵は、使者を睨む。

 しかし、使者も負けてはいない。

「ほら、やっぱり見抜かれているじゃないですか」と肩をすくめて返した。

 可愛げのない部下にウォリック侯爵は不満を持った。


 だが、まだ希望は捨てていない。

 それに、アマンダの功績も無下にはできないものだ。

 まだまだチャンスは残っていた。


「では、出陣の用意を急ぎ、明日の葬儀のあとそれぞれ出陣するという形でいきましょう。ウォリック侯爵領に援軍の必要があれば、すぐに出せるようにしておきます」


 アイザックが会議を締める。

 すでに計画は決まっていたので、質問なども出なかった。

 それぞれの思いを胸に秘めながら、各自やるべき事をやるために持ち場へと向かった。



 ----------



 アイザックは、ランドルフと共に王都の屋敷に向かう。

 ウェルロッド関係者以外で同行しているのは、マチアスとクロードである。

 ソーニクロフト侯爵とジークハルトは、それぞれ大使館に向かった。

 特にファーティル王国の大使は、これまで大使館で軟禁されていた事もあり、情報交換と今後について話し合う事が重要だった。

 

 次の王に決まったからといって、いきなり王宮に住むわけではない。

 まだ解決していない問題の方が多いのだ。

 王宮よりも、ウェルロッド侯爵家の屋敷の方が安全だった。


 それに、エリアス夫妻やジェイソン夫妻が使っていたであろうベッドを使うのも嫌だった。

 交換するにも時間がかかる。

 この事もあって、わざわざ王宮に住む理由などなかった。


 屋敷に着くと、使用人達が総出でアイザック達を出迎える。

 彼らはまだエリアスの事を知らないので、アイザック達の姿を確認できてホッとした様子だった。

 もし彼らがエリアスの死を知れば、どういう反応を見せるだろうか。

 気が重いが、黙ってはいられないだろう。

 アイザックが王になるという話もしなくてはならないのだから。


「使用人や屋敷の被害は?」


 馬を降りると、ランドルフが執事に確認する。


「ご命令通り退去しておりましたので、使用人の被害はございませんでした。屋敷の方は門と扉の鍵、それと壺が一つ壊されていたのみです」

「それはよかった。屋敷くらいは燃やされるだろうと覚悟していたところだ」


 被害らしい被害がなかった事で、ランドルフは胸を撫で下ろす。

 だが、すぐに顔を引き締めた。


「皆が集まっているこの場で話しておかねばならない事がある。おそらく明日には王都中の者達が知る事になる話だ。騎士達も寮に戻る前に聞いてほしい」


 モーガンは、まだ王宮にいる。

 そこでランドルフは、次期当主として義務を果たす事にした。


 突如、王族の死を知らされた者達の動揺は激しかった。

 気の弱い者は泣き崩れ、気の強い者でも目に涙を溜めていた。

 賢王エリアスの死は、それだけ衝撃的だったのだ。


 だが、アイザックが王位に就くと聞き、嘆きは止んだ。

 しかし、歓喜の声は上がらない。

 アイザックの王位継承を祝うべきだろうが、誰もがどうするべきか周囲の反応を見ようとしていた。


(エリアスの死は衝撃的だ。それも、王族が全滅というのだから当然だろう。身近にいた人物が王になると聞いて喜べるはずがない)


 アイザックは、その反応を見て「やっぱりな」と冷静に受け止めていた。

 これは予想の範疇だ。

 何も問題はない。


「今は祝う時ではない! エリアス陛下の冥福を祈る時だ! これより三か月は、王族の皆様方の冥福を祈って喪に服す。今は大いに嘆き悲しんでくれてかまわない。いや、悲しんでほしい。そして、いつか立ち直ってほしい。皆が未来に希望を持てるように、最大限の努力をすると誓おう」


 モーガンのように一部の貴族に嫌われていても、多くの者達にエリアスの人気が高いという事は以前からわかっていた。

「死んだぜ、ヒャッホー! 新王陛下、万歳!」などと喜ぶ者など、まずいないだろう。

 だからアイザックも、王位に就く事を無条件で歓迎されるとは思っていなかった。

 周囲の反応を当たり前のものとして受け止め、ガッカリはしなかった。

 それどころか、悲しみに沈む者達を元気づける余裕すらあった。


「エリアス陛下を失った悲しみは計り知れないものだ。仕事が手に就かないだろう。今日は仕事で失敗をしても大目に見る。だが、怪我のないようにな」


 ランドルフも、使用人達を気遣う言葉をかけた。

 使用人達は配慮に感謝しながらも、やはり衝撃から立ち直れてはいなかった。

 全員の顔が曇ったままである。

 おそらく、この光景がリード王国全体で繰り広げられるであろう事は想像に難くない。

 ランドルフも気分が落ち込みそうだったが、心配をかけないためにも普段通りの表情を見せた。


 アイザック達は馬を任せ、屋敷に入る。

 いつも通りである。

 そのいつも通りの行動を取る事で、少しは周囲を落ち着かせようとしていた。


 屋敷に入ると、アイザック達は食堂に集まる。

 今日一日で多くの事があり過ぎた。

 誰もが落ち着く時間を必要としていた。

 アイザックも大仕事をやってのけたあとなので、いつものお茶の味がありがたかった。

 だが、マチアスがゆっくりはさせてくれなかった。


「あの幼子が王にまで昇り詰めるとはな。だが、これからが大変だぞ」

「ええ、まさかこうなるとは考えてもおりませんでしたので……。マチアスさんやクロードさんのように、人生経験豊富な方々から助言をいただけるとありがたいですね」

「では、教えよう」


 アイザックは、お茶を噴き出しそうになった。

 今の言葉は、お世辞に過ぎない。

 それを真に受けるとは思っていなかったからだ。

 しかも、相手はマチアス。

 失言だったと後悔するが、もう遅い。


「ブリジットを妻にするといい」

「……それは、もうお断りしたでしょう」

「いいや、あの時は『今回は諦める』という事で引き下がっただけだ。二度と持ち出さないとは言っていない」


 マチアスは、してやったりと笑顔を見せる。

 今回は公の場ではないという事もあり、クロードも止めなかった。

 私的な場であれば「またマチアスが暴走した」で済むからである。


「あの時、際限なく妻を増やすような真似をしたくないと言っていたな? 今はそのようなわがままが通る状況だと思うか?」

「わがままとは……。ウォリック侯やランカスター伯の姿を見ている限りでは、断るのも大変だろうなとは思っています」


 あまりにも率直な質問に、アイザックも素直に答える。


「だからこそ、ブリジットを娶るべきなのだ! 今ならばエルフの娘の価値は高い。それこそ、王族にすら負けん価値がある。『すでにブリジットと結婚している。政略結婚は、それ以上の価値のある娘としかしない』と断る理由ができるではないか。一人側室を増やすだけで、それ以上増やさずに済むだろう。悪い話ではない」


 マチアスも、考えなしに推しているわけではなさそうだ。

 彼なりに考え、ブリジットの願いを叶えようとしているらしい。

 しかし、だからこそ疑問もあった。


「マチアスさんくらい長く生きていれば、友人との別れも数え切れぬほどあったはずです。友との別れでも辛いもの。夫を亡くせば、もっと辛いでしょう。その悲しみをブリジットさんに味わわせようというのですか?」

「辛い思いをするのはワシではないから――いたっ!」

「言い方……」


 さすがに今度は黙っていられなかったらしい。

 クロードが、マチアスの頭を叩く。

 今までと違って力が入っていたのか、マチアスは本当に痛そうに叩かれたところをさすっていた。

 これ以上は祖父に任せられないと、クロードがあとを引き継ぐ。


「断交していたせいで、人間との付き合い方を知らない世代がいるという話を覚えておられますか?」

「ええ、クロードさんの世代は知っているものの、ブリジットさんの世代は知らないという事でしたね」

「大人が強制するわけではなく、自ら人間に恋をして、自ら結婚を望む。そして、五十年ほどして死に別れて、異種族婚の難しさを身を持って証明する。若者の教訓とするには、ブリジットは最適なのですよ」


 クロードも積極的に婚姻を進めようという考えになっているようだ。

 それも、ブリジットを犠牲にしてまで。


「マチアスさんならともかく、クロードさんがそのような事を言い出すのは珍しいですね」

「恋は盲目、一度は痛い目を見ないと目が覚めないものです。ですが、伴侶と死に別れる悲しみは、それまでが幸せであれば乗り越えられるものではあります。エンフィールド公ならば、ブリジットを無下には扱わないと信じております。それにブリジットも、今頃はパメラ夫人やリサ夫人と仲良くしようと努力しているところでしょう。後宮の秩序を乱すような事はしないはずです。なにとぞご一考を」


(ウォリック侯のような人を退けるための結婚か……。王になれば、そういう事も考えないといけなくなるのが面倒だな)


 ただ娘を娶ってほしいと頼むだけのウォリック侯爵とは違い、ブリジットとの結婚はまだ理解できるものであった。


 ――アイザックは他の縁談を断りやすくなり、エルフは若者に人間との付き合い方を学ませる事ができる。


 お互いに利益がある婚姻だ。

 実際に受けるかはともかくとして、考慮する余地がある提案だった。

 ウォリック侯爵にも学んでほしいところである。

 だが、だからといってここで即答できる問題ではなかった。

 アイザックは小さく笑う。


「クロードさんに言われたら、それもありかと思えるのが不思議ですね」


 そこで、話を逸らす事にした。


「そちらには、これだけのメリットがある。そう伝えるだけでは、信用を得られないとわかっているからでしょう」

「そんな言い方では、ワシが自分の都合を押し付けるだけのように思われるではないか」

「爺様は人間の文化にどっぷり漬かり込んでいる事を知られている。もう気付かれているから手遅れだ」

「むぅ……」


 二人のやり取りを、アイザックは微笑みながら眺めていた。

 しかし、このようなやり取りを見ていられるのも今だけだ。

 王になれば、見られなくなるだろう。

 その事を少し寂しく思いながらも、次の段階へ進む事を同時に考えていた。

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