第508話 確認
キンブル将軍は、塔の外でクーパー伯爵の使者と合流し、エリアスのもとへ向かう。
その途中、中庭で近衛騎士が揉めているところに遭遇する。
「我々は先王陛下派だと言っているだろう! その証拠に、抗わずに大人しく従っている!」
「わかっている! だから、斬り捨てたりはしていないだろう!」
エリアス派と思われる近衛騎士団員と、王国軍兵士が言い合っていた。
大人しく投降しているのだが、それでも不当な扱いを受けたのだろう。
不満を持っているようだった。
それではいけないと、キンブル将軍が動く。
「やめんか! エリアス陛下の無事が確認できていないからといって、宰相閣下に協力した者達に不当な扱いをするのではない!」
「はっ、申し訳ございません!」
兵士が即座に返答する。
だが、キンブル将軍は彼らへの注意だけでは終わらなかった。
彼の注意は、近衛騎士にも向けられる。
「お前達もだ! 宰相閣下に協力したとはいえ、事前にジェイソン陛下派を止められなかったのだから、近衛としての役割を果たしていたとは言えん! 周囲に厳しい視線を向けられるのは仕方なかろう。今は甘んじて受け入れよ!」
「はっ、将軍のおっしゃる通りです」
近衛騎士達も、怒りを表せる立場ではないと言われ、キンブル将軍の言葉に大人しく従った。
「今はお互いに感情的になってしまうのも仕方ない。だが、なにを最も優先するべきかを考えろ。ここで貴様らが争えば、エリアス陛下が悲しまれるのだぞ。これ以上、心労を増やすな!」
キンブル将軍は、将軍らしい威厳のある声で叱りつける。
それは自らを戒める言葉でもあった。
本当ならば、人目を気にせず近衛騎士達を殴りつけたいところだった。
だが、自分がそれをやるわけにはいかない。
そんな事をすれば、兵士達も近衛騎士達に襲い掛かるだろう。
そうなれば、当然近衛騎士達も反撃する。
不要な争いが起き、混乱も生まれるはずだ。
その混乱に乗じて、ジェイソン派が動き出すかもしれない。
今は不確定要素を排除する事を優先すべき時だった。
この程度の簡単な事も配慮できない部下達にため息を吐きそうになるが、戦場で冷静にいられる者はそうそういない。
しかも、エリアスの救出という大仕事中である。
プレッシャーは並の戦場とは比べ物にならない。
多少は大目に見てやるべきだと思い、それ以上言わなかった。
キンブル将軍は、先へ進む。
案内された先は、王族の私的な空間ではなく、倉庫などがある方向だった。
「おい」
キンブル将軍は剣に手をかける。
目の前の男がクーパー伯爵の使者ではなく、ジェイソン派が罠にかけようとしていると思ったからだ。
彼の側近も、戦闘態勢に入る。
だが、そのような反応はわかっていたのだろう。
使者は慌てなかった。
「人目のないところへ連れていき、先王陛下派の重鎮を暗殺する。そう思われているのではありませんか? そのような事はしません――と言っても信じてはいただけないでしょう。不安ならば、先に部下のどなたかを案内しましょうか?」
「……いや、この状況で罠を仕掛ける意味がない。私一人を殺したところで、この流れが変わるわけではないからな。エンフィールド公なら違っただろうがな」
「これには重要なわけがあるのです。窓のないところが必要でしたので……」
「窓? あぁ、そうか。襲撃される方向を制限するためだな」
キンブル将軍は納得したが、使者はなぜかすべてを諦めたかのような表情を見せた。
それがキンブル将軍の不安を一層掻き立てる。
目的の場所に近付くと、大勢の兵士が警戒態勢を取っていた。
その中に、見知ったエリアス派の指揮官の姿が多く見えたので、キンブル将軍は警戒を解く。
さらに、驚きもあった。
「エルフまで呼んでいたのか」
武器庫の前で、数人のエルフが立ち話をしていた。
彼らの事も、キンブル将軍は見知っていた。
おそらく、大使館で働いている者達だ。
パーティー会場で見た事がある。
(陛下の窮地に駆けつけてくれたのか! いや、それとも……)
キンブル将軍の鼓動が激しくなる。
彼らが協力してくれた理由について、他の可能性に気付いたからだ。
――エリアスの負傷。
――それも、致命傷に近いもの。
エリアス派の近衛騎士もいるというのに、わざわざエルフを呼ぶのだ。
他に理由はないだろう。
現にキンブル将軍達は、その武器庫に向かっている。
この考えは、限りなく正解に近いはずだった。
(それにしても、陛下を武器庫に匿うか。宰相閣下か、留守居役の誰かが考えたのだろうがいい考えだ)
武器庫には、武器や防具が収められている。
当然、王宮内に侵入した敵に奪われるわけにもいかない。
扉も壁も頑丈に作られていた。
一時的に匿うには、悪くない選択だと思えた。
武器庫の扉の前にくると、キンブル将軍は異常に気付く。
(涼しい……。まだ日は昇り切っていないとはいえ、外は汗ばむ暑さだ。武器庫のように閉めきった場所なら、涼も必要だろう。陛下のために、エルフが魔法を使ってくれているのかもしれんな)
「エルフの皆様の協力、心より感謝致します」
扉の横にいたエルフに感謝を述べる。
「いえ、お気になさらず」
年配のエルフは、そう答えた。
しかし、彼の顔色は悪い。
(魔力を使い過ぎたのかもしれん。申し訳ないが、後日しっかりと礼をしよう)
だが、キンブル将軍は前向きに考えた。
彼らの顔色が悪かろうが、それはエリアスのために頑張ったから。
ならば、気にする必要はない。
血塗れの部屋を見た時とは違い、エリアスに「遅くなりました」と謝罪し、無事を精一杯祝おうと考え直していた。
『キンブル将軍! きてくれたか! だが、少し遅かったな。クーパー伯が私を助け出してくれたあとだ』
『陛下。せっかくきてくれた将軍に失礼ですよ』
『そうだな。私の態度が原因で、近衛騎士団の離反を招いたのだ。これからは気を付けねばならぬな』
エリアスの無神経な言葉を、ジェシカがたしなめる。
そして彼女の注意を、エリアスは真剣な面持ちで聞き入れた。
『私も兄上に甘え過ぎていました。これからは芸術にばかり時間を使うのではなく、政治の手伝いをさせていただきます』
ミルズも、積極的にエリアスを助けようと考えを変えたようだ。
エリアスは頼もしそうにうなずく。
『お前は、やればできる男だ。頼りにしているぞ。だがいいのか? 政治に携われば、家族との時間も取れなくなる。子供達も可愛い盛りだろうに』
『いいのですよ。この人は家にいてもアトリエに籠りっきりなのですから、さして変わりません。遠慮なくお使いください』
ミルズの妻が、夫の私生活を暴露する。
これにはエリアスも苦笑いである。
『まったく……。絵を描き始めたら、そればっかり夢中になるのは昔から変わらんな。この機会に、趣味以外の事にも目を向ける事を覚えておけ。芸術の事など考える暇もないくらいこき使ってやる。ジェイソンがしでかした尻拭いで、これから忙しくなる。キンブル将軍、そなたもだ。力を貸してくれ、頼むぞ』
エリアスが微笑み、キンブル将軍に協力を求める。
「陛下、陛下ぁ……」
――そんな未来もあったかもしれない。
キンブル将軍は、氷の棺にすがりつく。
棺の中で眠っているエリアスには左腕がなかった。
エリアスだけではない。
ジェシカやミルズ達の遺体もあった。
王都にいた王族は全滅である。
だが、キンブル将軍には関係なかった。
今の彼の頭の中には「救えなかった」という思いで一杯だったからだ。
先の事など考える余裕などない。
しかし、彼の部下は違った。
ジェイソンはすでに死んでいる。
これから先の事を考えて、体が動かなかった。
「中に入るか、外で待っているか。どちらにせよ、扉を閉めてくれ。冷気が逃げる。陛下の遺体が腐ってしまうぞ」
エルフの一人が、キンブル将軍の部下を急かす。
彼らは慌てて中に入り、扉をしめた。
――エリアスの遺体が腐る。
その一言で、現実味を感じていなかった者達の目からも涙がこぼれ始める。
「キンブル将軍……」
クーパー伯爵が、キンブル将軍に近付く。
彼の目には、涙がなかった。
代わりに涙が凍り付いた跡が残っていた。
「あと一日。あと一日早くきてくれれば……」
「これでも……、これでも急いできたのです。エメラルドレイクから、五千の兵を六日で移動させるという強行軍でした」
比較的落ち着いていたキンブル将軍の部下が弁解する。
当初は一週間ほどの予定だったのを、六日で移動してきたのだ。
「一日早めただけ」と言えるほど簡単なものではない。
クーパー伯爵も理解したのか「あぁ」と答える。
「エメラルドレイクでは、まだ戦っているのだろう? 兵を分けるのも危険……。いや、それならばなぜキンブル将軍がきたのだ?」
この時、クーパー伯爵は目の前の人物が、なぜやってこられたのかを疑問に思った。
キンブル将軍は、言うまでもなく王国軍の重鎮。
戦闘中のはずなのに、なぜここに来ることができたのかが不思議だった。
「まさか、ジェイソン陛下の命令で!?」
「そのようなはずがなかろう!」
涙を噛み殺し、キンブル将軍が答える。
さすがに宰相相手とはいえ、ジェイソン派と見られてしまったので強く否定してしまった。
「エメラルドレイクでの戦闘は一日で終わった。それが十三日の事。我らは十四日の早朝に、精鋭部隊を率いてエリアス陛下を救うために出撃したのだ! 確認したければ、カービー男爵に尋ねてもらえばわかる。今頃は行政区画にいるだろう!」
「そうか……」
キンブル将軍がエリアスの死を本気で悲しみ、動揺している事がわかった。
だから、クーパー伯爵は彼の言葉遣いを咎めたりはしなかった。
「ならば将軍とはこれまでの事と、これからの事を話し合わねばならぬな。エリアス陛下は亡くなられた。ミルズ殿下も……。これではあの簒奪者を王として戴かねばならなくなる……」
「もしや、それが狙いだったのでは?」
クーパー伯爵の秘書官が、体を震わせながら答えた。
なにやら思い当たるところがあるらしい。
だが、キンブル将軍達にはどうでもいい事だった。
「ジェイソンは湖の底に沈んだ。もう陛下と呼ばれる事はないだろう」
「なんですと!?」
クーパー伯爵にとって、過去から現在に至るまでこれほど驚愕的な知らせはなかった。
それは周囲にいた者達も同じである。
――直系の王族が全滅。
その知らせは、リード王国の未来に不安を覚えさせるのに十分なものだった。
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