第504話 偽報

 王国歴五百一年、六月十九日。

 王都グレーターウィルの郊外にある倉庫で、少人数の男達が集まっていた。

 そのうち三人は、王国軍正規兵の鎧を着ていた。


「鎧って重いんだな」

「お前がひ弱なだけじゃないのか?」

「馬鹿言え、これくらい大丈夫だよ。普段通り・・・・ならな」


 彼らは、ブラーク商会の商会員である。

 アイザックに指示された通りの人材を、指示通り王国軍の騎兵に化けさせているところだった。


「確かにそうだ。早く済ませて飯にしよう」


 火急の知らせを持って、昼夜走り続けた騎兵のように見せるため、彼らはランニングをして汗をかいていた。

 だから伝令の一人は「今は疲れているから、鎧が重く感じるだけだ」と強がりを言っていたのだ。


「そんな軽口を言っている余裕があるなら大丈夫そうだな」


 ブラーク商会の支店長が、彼らの会話に割って入る。

 軽口だったが、支店長には冷たい視線が向けられた。


「そんな偉そうにしていられるのも今だけだ。もうじき、あんたを追い越してやる」

「世話になったんだから、そう言うな。俺の商会で使ってやってもいいと思ってる人なんだからな」

「えっ、お前、支店長を雇うつもりなのか? 俺は実家から回してもらうからいらないけど」


(こいつら……)


 王都の支店を任されている相手に、ここまで偉そうにできる理由。

 それはアイザックが権力を握ったあと、彼らのために新しく商会を立ち上げ、最初から王家のお抱え商人として使われる事が決まっていたからだ。

 だから相手がブラーク商会の会長であるオスカーでもない限り、下手に出る必要はないと思っていた。

 そんな彼らが選ばれたのには訳がある。 


 ――今回の任務に必要な教養があり、欲深く、いなくなっても困らない人材だったからだ。


 彼らは大手商会の商会長の親族である。

 今はまだウェルロッド侯爵家のお抱え商人であるブラーク商会に、今後の関係を考えて若者を送り込んでいた。

 オスカーも横の繋がりが強化される事は歓迎しており、彼らを快く迎え入れた。

 しかし、大きな誤算があった。


 ――彼らは高度な教育を受け、頭がいいにもかかわらず、それを扱いこなせる性格ではなかったのだ。


 ただの馬鹿だったのならば、まだいい。

 商会間の関係を強化するために派遣された事を理解しており、オスカーも気を遣っているのがわかるだけの知能を持っていたため、彼らはブラーク商会の厄介者となっていた。

 まだ給料分の働きもしていない新人の頃から「給料が安い。仕事に見合っていない」などと言ってサボろうとする者達であり、商会員からの評判もよくなかった。

 だから今回はいい機会だったのだ。

 お互いにとって・・・・・・・


 彼らは無駄に自己評価が高い。

 難しい仕事、危険な仕事を与え、それに見合った報酬を用意してやれば、飛びつくだろうとオスカーに見抜かれていた。

 事実、彼らはこの任務に飛びついてきた。


「でも、あいつも馬鹿だよなー。話に乗っとけば、今頃は一緒に出世してたのに」

「出世じゃねぇよ。大出世だ」

「ほんと、あいつは馬鹿だよ。賢く生きなきゃ損なのによ」


 オスカーが話を持ち掛けたのは四人。


 そのうちの一人は――


「これは王家への反逆だ! この国賊共め! 宰相閣下に知らせてやる!」


 ――と言って、計画に反対した。


 いや、反対しただけではない。

 計画をぶち壊そうとした。

 この話は、現状に不満を持つ彼らにとって二度とない大チャンスだった。

 そんなチャンスを潰されてはかなわない。

 同僚を落ち着かせるために慌てて取り押さえた。


 押さえ方が悪かったのだろう。

 気が付けば、取り押さえられていた男は息絶えていた。


 不幸な出来事ではあるが、これはオスカー達にとって悪い事ではなかった。

 彼らは人を殺してしまった。


 ――それも王家のために動こうとする者を。


 その事実が「もう彼らは裏切る事ができない」という信用となったからだ。

 これからの事を考えれば、彼らもアイザックのために働いて庇護下に入るしかない。

 この仕事だけは真面目にやってくれるだろうと思われていた。

 念のために支店長が彼らに発破をかける。


「お前達、調子に乗るなよ。約束した報酬を受け取れるのは、すべてが終わってからだ。今しばらくは私の部下だという事を忘れてもらっては困るな。調子に乗って失敗した時に困るのは私達だけではない。当然、お前達の将来も絶たれるんだからな」

「わかってますって」


 伝令役が顔をパンと叩いて気合を入れた。


「たった一回の仕事で莫大な報酬を得られるんだ。こんなに割の良い仕事はもう二度とないぞ。俺の足を引っ張るなよ」

「俺達は護衛役だから問題ない。伝令役のお前が噛んだりしないかの方が心配だ」

「問題ない。やってみせるさ」


 いつになく、彼らは真剣な表情を見せていた。

 支店長は「いつもそれくらいやる気を見せてくれていれば、普通に出世ができたのに残念だったな」と思いながら、彼らの姿を見つめていた。



 ----------



 偽者の伝令達はできるだけ人目に付かないようにして街道に出る。

 しかし、王都付近の街道である以上、人目に触れるのは避けられない。

 街道に出てからは胸を張り、堂々とした姿で馬を走らせる。

 まるで本物の伝令のように。


(これは楽しいな)


 伝令の通行は最優先である。

 平民はもとより、貴族が乗っているであろう馬車ですら道を開けた。

 今までは考えもしなかった貴重な経験に、つい頬が緩みそうになる。

 だが、それはなんとか耐えた。

 ヘラヘラ笑いながら馬を駆けさせていては怪しまれてしまう。

「緊急である」という雰囲気を醸し出しながら、馬を走らせねばならなかった。


 しばらくすると、街門が見えてきた。

 街に入ろう順番を待っている者達の脇を抜けて前へ出る。

 門に近付いたところで、兵士が近づいてきた。


「緊急事態でしょうか?」

「見てわからんのか! 通るぞ!」


 職責のために一応尋ねてきた兵士を、伝令役の男が一喝する。

 彼らが選ばれたのは、自然と偉ぶる事ができるからでもあった。

 伝令は指揮官の信頼がなくてはならない、騎兵の中でも花形と言ってもいい職である。

 貴族に縁のある者達が選ばれる事も多い。

 選ばれた者である自信から、自然と周囲を見下すようになる者も多かった。

 この点において、彼らは適任だった。

 自分達が優れていると信じている者達ばかりだったからだ。


 遠くから馬を走らせていたからか、息を切らせて疲れている様子でもある。

 門兵は厄介事に巻き込まれる前に「どうぞ」と彼らを先に通した。

 偽伝令達は内心ほくそ笑みながら街中を進む。


「どけ、どけぇ!」


 彼らは少しだけ、伝令の特権の行使を楽しんでいた。

 伝令の旗を確認すると、近くにいた衛兵が動いて王宮までの道を開いてくれる。

 ただの平民には体験できない、極上の快感だったからだ。

 しかし、その娯楽も一時的なもの。

 すぐに王宮に着いてしまった。


 さすがに伝令とはいえ、王宮を守る兵士は簡単には通そうとはしなかった。

 彼らの前に立ちふさがる。


「用件は?」

「お前達に話せるものではない。留守居役に直接伝えよとの陛下からのご命令だ」

「ならば、陛下の署名の入った命令書などを見せてもらおう」

「ない」

「なにっ!?」


 伝令であるにもかかわらず、その証拠の品がないという。

 このような怪しい者はいない。

 すぐに門兵が伝令の周囲を取り巻き、槍を突きつける。


 さすがにこの状況となっては、先ほどまでの浮かれた気分は吹き飛んだ。

 だが、本番はこれからだ。

 こうなるとわかっていたので取り乱したりはしない。


「勘違いするな馬鹿者! 文書に残せないような命令なのだ! 我々を王宮に入れられないというのであれば、近衛騎士団の副団長を呼んでこい。すぐに証明してやる」


 伝令役は、この状況でも強気に出た。

 弱気になって「ごめんなさい」と謝った時点で、この任務は失敗。

 成功させるには、強気一辺倒で押すしかない。

 押せば押すほど相手は「本当だったらどうしよう」と思うからだ。


「しかし――」

「しかしではない! 一刻を争う命令があるのだ! 副団長に出向くように伝えて処罰されるのと、我らの邪魔をしてジェイソン陛下に処罰されるのとどちらがいい? 好きな方を選ばせてやる!」

「……確認をしてきます」


 さすがにジェイソンと近衛騎士団の副団長とでは比べ物にならない。

「そんな奴の話を信じるな。牢に入れておけ」と言われる可能性は高いが、まずは会ってくれるかどうかの確認をするべきだ。


「私が報告に向かう。副隊長、私が戻ってくるまでは中に入れるなよ」

「了解です」


 隊長が貧乏くじを引き、自ら近衛副団長へどうするか尋ねに向かう。

 残された兵士達は職務を遂行しようと、構えを解かなかった。

 槍を突きつけられたままで居心地が悪い。

 そこで護衛役の一人が馬から降りた。


「王宮の中に入れろとは言わない。だが、ここ数日馬を飛ばし続けてきたのだ。水の一杯くらいは出してくれてもいいのではないか?」

「それは……。わかりました。おい、飲み物を用意してこい」


 副隊長は、兵士に水を用意するように命じた。

 判断が難しいところだが、本物の伝令だった場合、後々問題になる可能性はある。

 伝令は飲まず食わずで走る時もあるので、水くらいは出しておいた方がいい。

 本陣から来たのなら、どこの有力者と繋がっているのかわからないのも恐ろしかった。


(それにしても、こんな奴がいたかな?)


 王宮の門を守るという事は、重要人物の顔を覚えるという事でもある。

 見覚えのない伝令に、副隊長は不信感を募らせる。

 だが、絶対の自信があるわけではない。

 地方に駐留する騎士までも覚えているわけではないからだ。

 しかし、それならそれで、王族に近くない者がなぜ伝令に出されたのかという事が疑問として残る。


(まぁいい。近衛騎士様に任せるさ)


 幸いな事に、彼はエリアス派だった。

 エリアスを裏切ってジェイソンに取り入った近衛騎士達の事をよく思っていない。

「判断も責任も、すべて近衛騎士に任せればいい」と、あえて厳しく身分の照会をしなかった。

 副隊長が動かない事に部下達は疑問に思いながらも、彼らは槍を突きつけるだけでジッと待っていた。

 偽の伝令達が水を飲み、一息ついたところで近衛騎士を連れて隊長が戻ってくる。


「うわぁ……」


 兵士の一人から嫌そうな声が漏れる。

 遠めに見ても、隊長が連れてきた男は不機嫌そうにしているのがわかったからだ。

 とばっちりを受けないか心配していた。


「私を呼び出すくらいだ。陛下が送り出した伝令とはいえ、つまらぬ内容だったら覚悟しておけ」


 副団長は、顎で少し離れた場所を指し示す。

 機密性の高い報告を受けるとはいえ、彼一人で応対するというのはスパイの可能性を考えると危険な行為だった。

 それでもこうして行動に出たという事は、三人程度なら一人で対処できるという自信の表れだろう。

 偽伝令達に争う気はないので、大人しく彼の指示に従った。


「で、報告とは?」

「実は……、エンフィールド公が他の貴族を唆して裏切りました。現在、エメラルドレイクで戦闘中です」

「なんだと!」


 思わず大きな声をあげた副団長に、遠くにいた者達の視線が集まる。

 失敗だったと思った彼は、恥ずかしさを誤魔化すかのように「こっちを見るな」と怒鳴り散らした。


「そのような事があるはずがないだろう! エンフィールド公はジェイソン陛下の友人であり、協力者だったのだ! 陛下とエンフィールド公の仲を裂こうという離間工作だな?」


 副団長は手の上に炎を灯す。

 偽伝令達は怯えて後ずさり、慌てて弁解をする。


「違います! 真実を話しても信じられないはずだから、ウェルロッド侯爵家の屋敷を調べさせればわかると陛下はおっしゃっていました。以前から裏切るつもりだったのなら、貴重な品や使用人を逃がしているはずだと。ご確認ください!」

「ほう、ウェルロッド侯爵家の屋敷を……。陛下が……」


 あらかじめ教え込まれたとおりに返答すると、副団長の様子が変わった。

 炎を消し、無表情へと変わった。

 感情が見えないだけに、より恐ろしく感じられる。


「そうか、ブランダー伯の情報は正しかったのだな」


 副団長がうなだれた。

 その反応から、上手くいったのだと思われる。


(なんだか知らないけど、たった一言で信じさせるなんて……。さすがはエンフィールド公だな)


 偽伝令達は、この反応を予想していたアイザックに感動する。

 だが、そのアイザックに気に入られるには、ただ感動しているだけではいけない事をよく理解してもいる。

 今はまだ行動しなくてはいけない時だったのだ。


「今頃、陛下は降伏して捕えられている頃でしょう。そこで陛下は、あなた方への密命を何人もの伝令に託して出されました」

「どんな事だ?」


 聞き返されたが、重要な事なのでとっさには言葉が出なかった。

 伝令役は一度唾を飲み込み、二度深呼吸をする。


「私だけになれば問題ない。あとはどうにかする。責任は私が取る。この言葉の意味をよく考えて行動しろ。との事です」

「それは……」


 副団長は、すぐにジェイソンが伝令に託した命令の意味を察した。


 ――直系の王族を始末しろ。

 ――私だけになれば、あとはどうにかする。


 確かに、こんな命令を文書に残す事などできない。

 さすがに文書が発見されれば、ジェイソンといえども、問答無用で殺されてしまうだろう。


(しかし、この命令を実行していいのか? 陛下は自分が助かるために、我らを捨て駒にしようとしているのではないか?)


 ジェイソンの命令を無条件に実行しようとはせず、当然の警戒もする。

 警戒だけではなく「エリアス陛下に、そこまでやってしまっていいものだろうか?」という感情によるブレーキも働いていた。

 王位を奪うのと、命を奪うのとでは意味が違ってくる。

 極端な話、王位は返せるが命は戻せないのだ。

 いくらジェイソンの命令とはいえ、簡単に引き受けるわけにはいかない。


(だが、このまま何もしなければ座して死を待つだけ。行動しないよりも、した方がいいのかもしれん。まずは皆と相談するか)


 しかし、すぐに考え直した。

 このままエリアスが復権すれば、間違いなく族滅となるだろう。

 ならば、分の悪い危険な賭けであってもやるしかない。

 ジェイソンに賭けた以上、最後まで信じるしかなかった。


「陛下の密命を、ご理解いただけたでしょうか?」

「あぁ、よくわかった。だが、その前にまずはウェルロッド侯爵家の屋敷を確認する事にしよう」

「では、私達は失礼いたします」


 仕事が無事に終わったと思い、偽伝令達は安堵する。

 彼らの仕事の目的は「ジェイソンの命令を伝える」事と「ウェルロッド侯爵家の屋敷を確認させる」というものだった。

 その両方が達成された以上、もうここに用はない。

 あとの事は自分達の手から離れたので、ここから立ち去ろうとする。


「あぁ、待て。褒美をやろう」

「褒美で――」


 聞き返そうとしたところで、すでに褒美は与えられていた。

 副団長の魔法により、三人は煉獄の炎に包まれる。

 最初は悲鳴をあげていたが、やがて喉が焼かれて声が出なくなり、呼吸もできなくなっていった。

 体を焼かれて死ぬ前に窒息で意識を失い、そのまま焼け死んだ。


「どうされたのですか!?」


 危険だとわかっていたが、門兵の隊長が駆け寄ってくる。


「こいつらは、ファーティル王国が送り出した偽の伝令だ。我が国の動きを止めようと虚偽の報告をしてきたため処刑した。死体を片付けておけ」

「それは……。いえ、了解致しました!」


 隊長は「本当にスパイならば、なぜそんな者と会わせた自分を叱責しないのか?」という疑問を持った。

 だが、聞かなかった。

 その理由を尋ねれば、自分も殺されてしまいそうだったからだ。

 誰だか見分けがつかなくなった死体を片付けたあと、クーパー伯爵にでも伝えようかと考えていた。


 この城門付近での出来事を、レイドカラー商会の者が見ていた。

 王妃になったニコルに擦り寄るため、宝石などの装飾品を貢ぎ物として持ってきていたのだ。

「伝令が近衛騎士に殺された」という話は、彼の口から偶然見た噂という形でブラーク商会に伝えられる事になる。

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