第503話 ランドルフの心配
自陣に戻ると、ランドルフによって部隊の選抜がだいたい終わっていた。
しかし、まだ最後の選別が残っていた。
「擲弾兵を出すか、騎士を出すかですか……」
「王宮内で戦闘になった場合、どちらがいいか迷ってるんだ」
――精鋭を出す。
この条件であれば、擲弾兵を選んでいてもおかしくない。
だが、手榴弾を王宮内で使わせていいものかという判断が難しい。
貴重な品々が傷付いてしまうためだ。
それならば、騎士を出した方がいいとも思えた。
「……父上はどう考えておられるのですか?」
アイザックは、まずランドルフの意見を聞く事にした。
アイザックとしては、多少王宮が被害を受けようが、抵抗する近衛騎士を征圧する事を優先したい。
しかし、それを言ってしまうと、王家への敬意が薄いと思われるかもしれない。
それにアイザックが王になった場合、ランドルフがウェルロッド侯爵家を仕切らなければいけないのだ。
ここは自分の考えで決断してほしかった。
「私は擲弾兵を送るべきだと思う」
意外にも、ランドルフはキッパリと言い放った。
「もちろん、近衛騎士以外の死傷者が出たり、調度品が傷付いたりする事はわかっている。だけど、最も優先するべきはエリアス陛下の救出だ。魔法を使える相手との屋内戦は厳しいものとなる。手榴弾が使えれば、陛下を救出できる可能性を高めてくれるはずだ。使えるものは使った方がいい。私はそう思っている」
「なるほど。では、当然他の方の意見も聞いたんですよね?」
「あぁ、もちろんだ。擲弾兵を積極的に使うべきだという意見もあれば、使用を控えるべきだという意見もあった。中には擲弾兵の存在をできる限り隠した方がいいという意見までもあった。しかし、エリアス陛下を助け出すために隠している余裕なんてない。だから――」
ランドルフは、何かに気付いたようにハッとした表情を見せた。
「――だから、擲弾兵を送り出すべきだ」
彼はアイザックの意見を求めずに答えを出した。
難問を誰かに答えてもらうのではなく、周囲の意見を参考に自分の答えを出した。
以前の彼であれば、アイザックやモーガンに指示を求めていただろう。
だが、そうしなかった。
ランドルフが一皮剥けた瞬間である。
「私もその考えに賛成です。エリアス陛下をお救いしなくてはならない時に、出し惜しみをしている場合ではありませんから」
「そ、そうか。ならば擲弾兵を送り出す準備をしよう」
アイザックがあっさりと賛同した事で、ランドルフは拍子抜けしたようだ。
それでも、反対意見が出なくて安心している。
そこに不意打ちの形で疑問が投げかけられる。
「ですが、擲弾兵は騎乗できなかったような……」
ランドルフも「あっ」と言葉が出てしまいそうになった。
元々は投石兵という金のかからない兵科だった。
馬のような維持管理だけでも、かなりの金を食うものを使わせるはずがない。
騎乗の訓練どころか、経験すらないはずだ。
王都へ向かう部隊は騎兵揃いで速度が重要になる。
擲弾兵は、その点不適格だった。
「二頭立ての馬車で、街ごとに馬や馬車を交換して走り続ければ大丈夫だと思いますか?」
アイザックは、戦場経験の豊富なダッジに意見を求めた。
「交換するなら馬は大丈夫でしょうが、通常であれば道中で馬車の車軸が折れる可能性が高いと思われます。ですがリード王国は他国と違って街道が整備されているので、無事に走れるかもしれません」
「地道に街道整備を進めていたのが、ここで役に立ったか」
そうは言うが、元々は軍の移動を速やかに行えるように街道整備を重点的に行っていたのは、こういう時のためである。
これは、アイザックの想定通りの状況だった。
考えた当初と違ったのは「エリアスを救うため」という錦の御旗がある事だろうか。
堂々と街道を進めるのは、かなり有利な状況だった。
「金銭面の負担を考慮しなければ、可能なようですね」
「それは陛下をお助けする時に考えるまでもない事だ。父上もよろしいですか?」
「お前に任せる」
モーガンも、ランドルフが積極的に動き出した事を歓迎していた。
将来の事を考え、傘下の貴族の前で主導権をランドルフに譲るところを見せる。
「では、擲弾兵から五百を出す。キンケイド男爵は出陣の準備を。他の部隊も気を抜くな! すぐ王都に向かわないからといってやる事がないわけじゃない。王国軍内部のジェイソン陛下派を炙り出す手伝いをしなくてはならないんだ。少数派だろうが、まとまって逃げ出そうとされたりしたら厄介だ。最後までやり遂げるぞ!」
「はっ!」
猛将のイメージが定着しているランドルフに念押しされ、誰もが真剣な表情を見せる。
王国軍との衝突が終わったからといって気を抜いている余裕などない。
エリアスの救出が終わって、ようやく気を抜けるのだ。
もし気を抜いて失敗してしまえば、アイザックとは違う意味で恐ろしい目に遭わされるだろう。
ここにきて失態など犯したくないため、誰もが気を引き締め直していた。
会議がランドルフ主導で上手く進んでいるため、アイザックも安心していた。
一段落したとみて、疑問に思っていた事を質問する。
「ところでキンケイド男爵。手榴弾の音は二度。それも、二度目は小規模なものだったのはどういう状況だったのか報告をお願いします」
「っ!? かしこまりました……」
キンケイド男爵は、あまり触れてほしくないところに直球で疑問を投げかけられて怯える。
すぐにでも逃げ出したい気分だった。
アイザックが、自分の判断をどう思うか不安だったからだ。
しかし、擲弾兵に関する事は報告せざるを得ない。
恐る恐ると、時系列でどのような状況だったのかを説明する。
静かに話を聞いているアイザックが、どのような反応をするのか恐ろしくてたまらなかった。
だが、報告を聞き終わったアイザックは、至って平静なままだった。
「なるほど。元々王国軍は味方という事もあり、心理的抵抗から追撃をやめたというのは理解できます。相手が戦意を喪失したのを確認していたのなら、それでいいでしょう」
アイザックが経験したわけではないが、知識として知っていた。
人を撃つ事に関する抵抗を軽減する訓練が行われるようになるまでは、戦場であっても発砲率が低かったという事を。
それと同じ事が起きただけだと思えば、怒ろうなどとは思えない。
「しかし、王宮内での戦闘で手加減をしようなどとは思わないでほしい。相手は魔法を使いこなす近衛騎士団です。兵士達にも遠慮をするなとよく伝えておくように」
「しかと伝えておきます」
釘は刺されたが、アイザックは怒りはしなかった。
その事が、キンケイド男爵には不思議だった。
アイザックは、子供の頃にネイサンを自らの手で殺すような男である。
「人を殺せない人間の気持ちがわかるのか?」と不思議でたまらなかった。
だが、そんな事を直接聞くわけにはいきない。
彼は、ただ黙って指示を受け取るだけだった。
「父上、ソーニクロフト侯やジークハルトさんといった観戦武官の方々とは話しましたか?」
「あぁ、軽く話した。ファーティル王国への脅威は去ったという使者は出すものの、本人はこのまま王都に同行し、陛下の無事を見届けたいと言われていた」
実際は「ここまできたのなら、エリアス陛下解放の歴史的瞬間を見届けたい!」という個人的な感情が多々含まれていたが、ランドルフはマイルドな表現に留めた。
アイザックも薄々と気付いてはいたが、深くは突っ込まない。
「この状況で帰ってほしいと言うのも気が引けますね。陛下の心配をされるのも仕方ないでしょう。王都に着くまでは同行してもらいましょう」
口先では「エリアスを心配している」と言っているが、実際は違うという事は皆がわかっていた。
もちろん100%の嘘ではないだろうが、本心はこれからのリード王国がどうなるのかを確認したいのだろう。
息子に裏切られ、心に深い傷を負ったエリアスが大きな方針転換をしないとも限らない。
リアルタイムの情報を、その目で確認したいはずだ。
その目的がわかっていても、エリアスの無事を確認したいと言われれば断り切れない。
それに、ソーニクロフト侯爵も、ジークハルトも、アイザックに協力してくれた者達である。
借りがある分だけ断るのは難しい。
安全に配慮しつつ、連れていくしかなかった。
(まぁ、問題はないけどな)
むしろ、アイザックにとってはプラス材料になるかもしれない。
彼らの存在は足枷ではなかった。
「エンフィールド公爵家からは、マットとその手勢を出します。陛下救出のために、出し惜しみはしていられませんから。マット、陛下の救出を任せたぞ」
「はっ!」
「トミー、残りの部隊を率いての護衛は任せたぞ」
「かしこまりました!」
エンフィールド公爵家からも一部を出し、協力する姿勢を見せる。
しかし、実際は無駄になるだろうとアイザックは思っていた。
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準備を父や祖父に任せ、アイザックはソーニクロフト侯爵やジークハルト達と話をしていた。
興奮気味だった彼らに戦争は終わったと話して落ち着かせた頃には、日が暮れ始めていた。
皆で夕食を済ませ、自分の天幕でくつろいでいるとランドルフがやってきた。
「少しいいか?」
「かまいませんよ」
アイザックは、深刻な顔を見せる父を拒絶する気にはなれなかった。
「どうされたのですか?」
「あぁ、王妃で――ニコルの事だ。お前は気付いているのか?」
「なにがでしょう?」
「おそらく、お前も影響を受けているぞ」
「そんな事があるわけないじゃないですか。私は操られてなんていませんよ」
アイザックは父の言葉を笑い飛ばす。
(俺は俺のための行動をしていただけだ。ニコルになんて操られてない)
アイザック自身、自分のためにやってきた事だと信じている。
特にパメラを手に入れようと思ったのは、ニコルと出会う前である。
ニコルの影響を受けた結果の行動だとは、微塵も思っていなかった。
「笑い話ではないんだ! ジェイソン陛下も、本人はそれが正しい行動だと思い込んで行動していたのかもしれない! お前だって、突然ニコルを庇ってしまう事だってあるかもしれない! 王都に着いても、彼女とは会わないようにするんだ!」
ランドルフは、アイザックに詰め寄る。
今までにないほど迫力のある父の姿に、アイザックはのけ反っていた。
「わかりました。そこまで心配されるのであれば、彼女と会わないようにします。会うとすれば、処刑に立ち会う時だけ。それならば大丈夫でしょう?」
「処刑を止めようとしないか心配だから立ち会うのもやめてほしいが……。遠目で見るだけならいいだろう。もしも処刑を止めようとすれば、彼女に操られていると判断して力尽くでも止めるぞ?」
「かまいません。私は大丈夫ですから」
「今は万が一の危険も避けないといけない時だ。ティファニー一人ではなく、アマンダ嬢などもおかしいと思っているんだから何かある。わずかな不安も気を付けないといけない時だから、そう言ってくれてよかった」
自信を持って答えるアイザックの姿は、ランドルフの目からはニコルの影響を受けているようには見えなかった。
しかし、万が一を考えれば止めておかねばならない事でもある。
ランドルフは、大丈夫そうだからといって見過ごすのはやめた。
心配ならば、全力で対応するべきだと行動に移すようになっていた。
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