第501話 エリアス救出部隊
「仮定の話はここまでにしましょう。今求められているのは、フィッツジェラルド元帥の代役です」
アイザックが話を進めようとする。
フィッツジェラルド元帥の死は、アイザックの計画にも影響を与えそうだったからだ。
「本来ならば、各軍から五百名ほどの精鋭を集めて先遣隊とし、フィッツジェラルド元帥に王都へ向かってもらうつもりでした。元帥ならば王都の兵にも顔が利きますし、宰相閣下が王都の衛兵を説得してくれているはずです。彼らと協力して、陛下の奪還をしてもらうはずだったのですが……」
アイザックは、すべてを語らなかった。
だが、この場にいる者にとっては、それでも十分だった。
――フィッツジェラルド元帥は殺されてしまった。
だから、彼に任務を任せる事などできなくなってしまったのだという事をわかっている。
そう、よくわかっている。
だからこそ、不満に思う者もいた。
「私では力不足でしょうか?」
――キンブル将軍だ。
彼も長年、軍で働いてきた男である。
元帥という地位にこそないが、フィッツジェラルド元帥よりも軍部に顔が利く自信があった。
それだけに、自分の名を挙げられない事を不満に思っていた。
だが、アイザックもキンブル将軍の存在を忘れていたわけではない。
彼には、彼にしかできそうにない仕事を任せるつもりだったのだ。
「キンブル将軍には、残った王国軍の統率をお任せしようと考えていました。三万近い兵をまとめるのには、経験豊富な将軍でなければ厳しそうですから」
そう言われてしまえば、キンブル将軍も不満を表に出せない。
エリアスを救出する事が最も重要ではあるが、王国軍の動きを抑えるのも重要であった。
軍を動かせる重要な者が二人必要だというアイザックの考えも理解できるものである。
「それに、ある意味残る者の方が難しいかもしれません。ただ兵士達を大人しくさせるだけではありませんから」
アイザックは、モーガンを一瞥し、そして皆を見る。
「ウェルロッド侯は、ジェイソン陛下派だと思う者は挙手をお願いします」
当然、誰も手を挙げなかった。
代わりにアイザックへ「おかしな事を言い出したぞ」という視線を投げかける。
「では、エリアス陛下派だと思う者は挙手をお願いします」
今度は全員の手が挙がった。
おかしな事を言い出したと思っていても、アイザックの言葉に従ってくれている。
アイザックは満足そうにうなずいた。
「明らかにエリアス陛下派だった者達には必要ありません。ですが、どちらの派閥だったか定かにしていない者もいます。そう言った者達を、エリアス陛下派の者達が判別するのです。これまで共に過ごしてきた仲です。世間話やふとした態度でどちらを支持していたかを感じ取っていたでしょう。多くの者がエリアス陛下派だと証言すればよし。ジェイソン派だと証言された者は部隊から隔離し、後日エリアス陛下の判断を仰ぎます」
「なるほど、そういう事でしたか」
キンブル将軍は、自分に任されそうだった任務の難しさを理解した。
混乱を抑えるのも難しいが、仲間を疑い、敵として対応しなくてはならない。
エリアスが許したとしても、軍内部に亀裂を残しかねない危険な行為だ。
確かに、誰にでも任せられる仕事ではない。
キンブル将軍は、自分の代役を任せられそうな人物を考える。
「……スタンリー将軍ならば任せられるでしょう。彼は私の次に軍歴が長いというだけではなく、戦闘前に味方がどれだけの損害を受けるかを冷静に計算しつつ、その作戦を実行できるだけの覚悟と決断力を持ち合わせています。困難な任務でもやり遂げてくれるはずです」
「スタンリー将軍、軍内部にしこりを残すかもしれないというだけではなく、将軍自身も『なぜあのような命令を実行したのか?』と兵士達から恨まれるかもしれません。この難しい任務を引き受けていただけますか?」
アイザックは、キンブル将軍が推薦したスタンリー将軍を見る。
彼は覚悟を決めたような目をしていた。
「今優先するべき事は、エリアス陛下の救出です。キンブル将軍が救出作戦に必要だというのであれば、残留部隊の指揮を喜んで執らせていただきます」
「ありがとうございます。助かります。我らも支援を行いますので、必要な事は遠慮なく言ってください」
「はっ。では、まずは一つ伺いたい事が……」
スタンリー将軍は、言い辛そうなそぶりを見せた。
よほど困難な問題なのだろうかと、アイザックは身構える。
「先ほどのやり方ですと、ジェイソン陛下を支持するような事を過去に言っていたとしても、仲間を庇おうとする者も出てくるでしょう。その場合はどうすればよろしいでしょうか?」
彼の質問は、もっともなものだった。
数時間前まで仲間だった者達だ。
「あいつはジェイソン陛下を支持していた」と弾劾できる者ばかりではない。
ジェイソン派だと周囲に知られている仲間であっても、庇おうとする者も出てくるだろう。
その場合、どう対処すればいいのか難しい。
そうなった時の判断を、アイザックに求めてきた。
これはアイザックも想定済みの問題だったので、落ち着いて答える。
「本人にエリアス陛下への忠誠を誓わせればいいでしょう。周囲が庇ってくれるだけの人物であれば、王国軍にとっても必要な人材でしょうから。誰も庇えないほど、明確にジェイソン陛下を支持していた者の排除ができればかまいません。私のように、表向きはジェイソン陛下を支持しながら、裏ではエリアス陛下のために動いていたという者もいるでしょうしね」
「了解致しました。エンフィールド公のご配慮に感謝します」
スタンリー将軍は、安堵の表情を見せていた。
もしアイザックが「わずかな疑いでもある者は隔離せよ!」と命じていれば、どうなっていたかわからない。
ジェイソンが王位に就いた時点で――
「どうする?」
「貴族がみんな支持しているし、支持しよう」
――などという会話が、兵士達の間で行なわれていた事を彼は知っている。
その時の事を持ち出して「お前はジェイソンの支持者だった!」と、ジェイソン派に認定しまう可能性があった。
もし、そうなってしまえば心苦しい。
「少しくらいなら仲間だし見逃してもいい」という逃げ道が用意されている事はありがたかった。
「では、頼みます。王都に派遣する先遣隊はキンブル将軍にお願いします」
「お任せを!」
エリアス救出の部隊を任されたキンブル将軍は勢い込む。
重要な役割で、成功させれば大手柄である。
だが、得られる手柄以上に失敗した時の責任は大きい。
その責任の重さに負けないよう気合を入れる。
「王都に我らがジェイソン陛下を裏切ったという情報が入る前に、先遣隊には突入していただきたい。道中の補給は、それぞれの街で商会が用意してくれています。補給の事は気にせず速度優先で行軍してください。それで先遣隊に続く部隊ですが――」
アイザックの視線はウィルメンテ侯爵に向けられる。
「ウィルメンテ侯爵家にお願いしたいと思っています。今回の戦闘では損害を受けていませんから。それと、エリアス陛下救出のために、他のどの家よりも死に物狂いで戦ってくれるはずですから」
「もちろんです! やらせてください!」
ウィルメンテ侯爵にとって、この話は絶対に引き受けたいものだった。
キンブル将軍と王都の兵で解決できるかもしれないが、まだまだ近衛騎士が残っている。
何日か粘った場合、後続の軍の加勢があるかどうかで勝敗が決まるだろう。
その勝敗を決する立場を、ウィルメンテ侯爵家が引き受けたい。
そうすれば、フレッドがしでかした事も、いくらか贖罪ができるはずだ。
血を流す事によって、責任を果たしたいところだった。
他の者達には、アイザックの判断が「婚約関係のある家だから配慮している」ようにしか思えなかった。
しかし、貴族連合軍の中では強い軍でもある。
ウォリック侯爵家でもよかったが、
王国軍がジェイソン派探しで動けないのならば、選ばれても仕方のないとも思える判断だった。
「そこで将軍方の判断を仰ぎたいのですが……。ウィルメンテ侯爵家の後続は、被害を受けていない軍と被害を受けていてもまだ戦える軍。どちらがよろしいでしょうか?」
アイザックの質問の意味は、将軍達もすぐに理解できた。
――政治的な選択と軍事的な選択のどちらか?
政治的な選択というのは、ランカスター伯爵家やブリストル伯爵家といった戦闘に直接参加していない軍を選ぶというもの。
兵の血を流していないので、エリアスのために積極的に動いたという形を残すためのものである。
軍事的な選択は、ウォリック侯爵家やウリッジ伯爵家などの武官を多く輩出している家を選ぶ事だった。
多少損害を受けていようとも、ランカスター伯爵家などよりも強い。
戦闘が激化するようであれば、彼らの援護があった方がよかった。
将軍達が、どうするべきか話し合う。
先遣隊は各軍から選ばれた精鋭部隊とはいえ、数は五千ほど。
王都でクーパー伯爵がどれだけの衛兵を説得してくれているか次第で、苦戦する可能性も十分にある。
ウィルメンテ侯爵軍の援護があれば十分に思えるが、万が一という事もあった。
その万が一を考えれば、ウォリック侯爵軍が続いてくれた方がいい。
しかし、ランカスター伯爵家などを軽視するわけにはいかない。
決断するには難しい問題だった。
「王都に残っている近衛騎士は三百名ほど。先遣隊で奇襲できればどうにかできるでしょう。ウィルメンテ侯の支援もあれば、長期化しても対応可能だと思われます。第三陣以降はエンフィールド公のご判断にお任せします」
そこで彼らは、アイザックの判断に委ねた。
エリアスを救出できるだけの数が揃っている以上、どちらでもいい。
先遣隊とウィルメンテ侯爵軍で対応が可能であるならば、政治的な判断は政治家に任せればいいと考えたのだ。
「では、ウィルメンテ侯のあとはランカスター伯、ブリストル伯といった方々にお任せしましょう。その他の軍に関しては、移動の準備が完了したところから随時にというところでしょうか」
アイザックとしても、どちらでもよかった。
必要なのは、フィッツジェラルド元帥と宰相であるクーパー伯爵という軍と政治のトップ二人の
フィッツジェラルド元帥の代わりにキンブル将軍になってしまったが、それでもなんとかなるだろう。
アイザックの熱意は、王都へ向かう部隊に関しては失われていた。
そのため、指示も曖昧になってしまう。
「ただし、ウェルロッド侯爵家は最後に動く事にします。これは王国軍の手伝いをするというのと、三万の軍が移動するのには時間がかかるからです。街道を塞ぎたくはないですからね」
――ウェルロッド侯爵家が最後に動く。
これはウィルメンテ侯爵を先に行かせるため、政治的バランスを考慮したものだと思われた。
――ウェルロッド侯爵家やウィンザー侯爵家、ウィルメンテ侯爵家といった、親族だけで手柄は独占しないというアピールだと。
三万の軍が移動するのには時間がかかるが、それならば軍を分ければいいだけの話だ。
ランドルフに別働隊を任せて、先に行かせる事もできる。
それをしないという事は、周囲への配慮以外の何物でもない。
「大将が先陣を切る必要もないですからな。ウィンザー侯爵家もこの地に残り、王国軍の手伝いをいたしましょう」
ウィンザー侯爵も、アイザックの狙いを察して動いた。
ウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵家が最後に動けば、他の家は手柄を奪われると心配する必要はない。
そもそも、近衛騎士団の残りを制圧するのが、どれほどの手柄になるというのか。
手柄といえるのは、エリアスを救出した者くらいだろう。
ならば、わずかなパイを奪い合う必要などない。
悠々とあとから王都に向かうだけである。
ジェイソンの死を見届けたという事もあり、ウィンザー侯爵には余裕があった。
「ありがとうございます」
アイザックは、ウィンザー侯爵に一言礼を言うと立ち上がる。
出席者一人一人の顔を、しっかりと見つめる。
「第一目標はエリアス陛下の救出。第二にジェシカ殿下の救出。第三にニコルやチャールズ、マイケルの捕縛。第四にジェイソン陛下派の近衛騎士団の殲滅、もしくは捕縛。優先順位はこのようなものでいかがでしょうか?」
反対意見は出なかった。
誰もがアイザックの意見に賛同する。
「キンブル将軍は出立の準備を。ブランダー伯爵家の分が不足するので、王国軍からは二個騎士団選出していただければいいでしょう。それでは、他の皆さんも精鋭の選出をお願いします。あともう少しです。エリアス陛下を救出するまで頑張りましょう」
「はっ!」
一同の顔には気合がみなぎっていた。
「あぁ、言い忘れていました。ジェイソン陛下は捕虜にしたという事にしておきましょう。王都の近衛騎士は、ジェイソン陛下が亡くなったと聞けば死に物狂いで戦いを挑んでくるでしょうから。近衛騎士には、私の名前で降伏を許可しておいてください。ジェイソン陛下派の者達は、後々私の責任で処罰致しますので」
言い忘れとしては、あまりにも重要な内容だった。
アイザックは、自分の名前で降伏の許可を出した。
なのに、あとでジェイソン派の近衛騎士は処罰するという。
つまりそれは「降伏を認めておきながら騙し討ちをする」という卑劣な行為を意味している。
嘘を吐いたとアイザックの名誉が傷付く事になるものだった。
だが、それだけにアイザックの覚悟が皆に伝わる。
名誉が傷付こうとも、エリアスの危険を排除しようというのだ。
ウェルロッド侯爵家の人間らしい覚悟の仕方に、誰もがアイザックにジュードの面影を重ね合わせた。
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