第500話 混乱の元凶

(ここで『私です』って言ったらどうなるんだろう)


 少し気にはなったが、さすがに致命傷を負いかねない。

 それに冗談を言う空気でもないので、真面目に対応する事にした。


「薄々気付いている方もいらっしゃるでしょうから、結論から言いましょう。このリード王国の混乱は、ニコル・ネトルホールズ・リード……彼女が元凶だと私は思っています」


 アイザックの言葉に「そんな!」だとか「信じられない!」という反応は返ってこなかった。

 誰もが「そうだろうな」といった表情を浮かべていた。


「ですが、美しいというだけで元凶というのは……」


 だが、大きな期待をしていたウィルメンテ侯爵は落胆を隠せない顔をしていた。


 ――美女の色香に負けた。


 それだけが理由ならば、フレッドは度し難い馬鹿である。

 それならば、まだ「ジェイソンとの友情を優先した」という方が聞こえがいい。

 アイザックの話は、あまり嬉しくないものだった。

 しかし、当然アイザックの話は「色香に負けた」というだけのものではなかった。


「美しいだけではありませんよ。おそらく、他人を魅了するような特別な力を持っているのだと私は考えています」

「なんですと!」


 今度は驚きの声があがった。

 アイザックは、ウィンザー侯爵を見る。


「ウィンザー侯爵家の方は、代々微量の魔力を持っているそうですね。その魔力を利用したドリー流護身術というものを扱えるとか?」

「ええ、使えるのは直系の娘のみという条件はありますが……」

「彼女も同じように、わずかな魔力を持っているのだと思います。意識してかどうかはわかりませんが、彼女が興味を持った異性に、自分への強い好意を持たせるという類のものなのではないでしょうか? 容姿に加え、魔力による影響を受けたせいで彼女を狂ったように愛してしまったのではないかと考えています」


 アイザックは一度深呼吸をして、一同を順番に見回す。


「以前のジェイソン陛下は利発で、リード王国の未来に希望を持たせる存在でした。今回のようないらぬ争いを生み出すような愚か者ではありませんでした」


 この言葉に反対する者はいない。

 昔のジェイソンは「さすがは賢王の息子」と言われていた。

 おかしくなる前は、誰もが「仕えるに値するお方」と思う存在だった。


「フレッドは……、最強を目指して真っ直ぐに努力していました。少なくとも、背後からフィッツジェラルド元帥を刺すような卑怯者ではなかったはずです」


 これには、フレッドを知る者達も「少し苦しいかな?」と思ったものの同意する。

 彼が侯爵家の権威を使って、騎士達を叩きのめしていたのは公然の秘密。

 卑怯者ではないとは言い切れない。

 だが、人を殺すほどの卑怯者ではなかったように思い、否定はしなかった。


「マイケルはジュディスさんを愛しており、占いの力も含めて、すべてを受け入れているように思えました。彼女を魔女扱いするそぶりも昔はありませんでした」


 マイケルの事は、アイザックよりもランカスター伯爵達の方が詳しかった。

 昔の彼を思い出し「確かに」と同意を示す。

 今思えば、アイザックのように占いの力ではなく、マイケルはジュディス本人を見ていたような気がする。


「チャールズもそうです。いくら愛した女性ができたとはいえ、ティファニーとの婚約を解消しようとするなど考えられません。以前の彼ならば、利害関係を少し考えただけでありえない行為だとわかっていたでしょう」


 モーガンの背後に控えていたハリファックス子爵が何度もうなずく。

 以前のチャールズは、将来を嘱望される若者だった。

 軽率な行動とは無縁の、知性を持ち合わせていたのに、あの行動はどう考えてもおかしなものである。


「ダミアンは悩んでいました。親友のフレッドとの間にある爵位の壁、侯爵家の嫡男に相応しい友人として周囲にいた者達との実力差などにです。それでも、ジャネットさんに応援されて頑張ろうとしていました」


 ウェリントン子爵も、ダミアンが自信を失っている姿を見た事がある。

 そんな時、ジャネットが彼に発破をかけて元気を取り戻させていた。

 たとえ実力が及ばずとも、夫婦二人三脚で頑張っていってくれればいい。

 そう思って見守っていた事を思い出す。


「そんな彼らが大きく道を踏み外した。それも出世コースを外れたなどという程度のものではなく、人の道そのものをです。それまでそんな気配がまったくなかったというのに。不思議な事に、彼らには共通点がある。それはニコルという一人の女性を好きになったという事です」


 誰もがニコルについて考え始める。

 アイザックの言うように、彼女が意識してか無意識かはわからないが「魔力を発して男を惚れさせている」という可能性は否定できない。

 異性を惚れさせる魔法があるとは聞いた事はないが、ジュディスの占いのように特別な力なのかもしれない。

 可能性がゼロだと言い切れない以上、その疑いは心に残る。


「本人が意識してのものかはわかりません。ですが少なくとも、エリアス陛下を幽閉し、彼女のために世界を手に入れようと戦争を企てる。そこまで人を狂わせるだけの不思議な力を持っていると、私は考えています。彼らが彼女と接するようになったのは入学後。王立学院入学以後の変貌ぶりを考えれば、彼女が彼らに悪影響を与えた可能性は極めて高いと考えていいでしょう」


 アイザックは確信を持っているが、今の話は他の者達にとって妄想の類でしかない。

 信じてもらえるかはわからなかった。

 だが、この話は今後の布石ともなるし、皆が「フレッドも犠牲者だったのかもしれない?」と少しでも思ってくれれば、ウィルメンテ侯爵も助かるだろう。

 前もって「想像に過ぎない」と言っているので、まったく信用されなくてもかまわない。

 これで信頼を失うという事はないはずだった。


「その仮説は正しいかもしれん!」


 意外な事に、ウォリック侯爵が強い賛同を示した。

 勢いよく立ち上がると、彼の目がアイザックに向けられた。

 アイザックは驚き、何事かと彼を見つめ返す。


「娘から聞いた事がある。確かジュディス嬢の魔女騒動の時だった。エンフィールド公は不自然な事に『僕がマイケルからニコルさんを守る』と教室で公言されたそうですな? もしや、エンフィールド公もあの女の影響を受けていたのではありませんかな?」

「いや、それはないでしょう……」


(あれは強引にマイケルと結婚させられるのを防ぐためだったんだけど……)


 だが、そんな事は言えない。

 言ってしまえば、黒幕が自分だとバラしてしまう事になるからだ。

 アイザックが否定の言葉を考えようと黙ってしまうと、ハリファックス子爵が動いた。


「その話は私も孫娘から聞きました! あのような事を言う関係には見えなかったのに、いきなりおかしな事を言い出したものだと不思議がっていました!」


 彼もアイザックの行動がおかしかったと、ウォリック侯爵の意見に賛同する。


「そうだろう? おそらく、ランカスター伯爵家の報復を恐れて、エンフィールド公の庇護下に入ろうとしたのだろう。ランカスター伯は、エンフィールド公が守ると言った相手に意趣返しを行おうと思えたかな?」

「まさか。エンフィールド公には恩義があります。エンフィールド公が守ろうとする者に危害は加えるなどできません」


 ランカスター伯爵は、首を左右に振る。

 恩義のあるアイザックの面子を潰すような事はできない。

 ニコルに思うところがあろうとも、手出しをしようとは思わなかった。


「では、もし守ろうとしていなければ?」


 続けてウォリック侯爵がランカスター伯爵に話しかける。

 この質問にどう答えるかは難しいものではあった。


「……マイケルの共犯者という見方をしていたでしょうな。どう対応するかは……、おそらく皆さんと同じでしょう」


 断言してしまえば、その発言には責任が生じる。

 そのため、ランカスター伯爵は自分の意見を述べつつも、肝心なところはボカしていた。

 だが、ウォリック侯爵には、その答えで十分だった。


「身の危険を感じたから、助けられる力を持つ者に近付こうとしたとも考えられる。特別な力の話がすべて正しくはなくとも、そうさせるだけの何かを持っている可能性は高い。エンフィールド公は想像だとおっしゃったが、私は信じてもいいと思う」


 ――ウォリック侯爵がアイザックの言葉を信じる。


 その事自体は不思議でもなんでもなかったが、他の出席者達は驚いていた。

 特にウィルメンテ侯爵の驚きは大きい。

 ニコルが男をダメにしているという仮説を受け入れるという事は「フレッドも、ニコルのせいでおかしくなった」と認めたのと同じである。

 ウィルメンテ侯爵家に恨みを持つウォリック侯爵が、フレッドを間接的にとはいえ庇うような話を受け入れるのは、にわかに信じ難いものだった。


 これは彼がこの大事な場面で――


「エンフィールド公が、あんなに可愛いアマンダと結婚しようとしないのはおかしい! あの女に惑わされていたせいだ!」


 ――と言うのを我慢したためだ。


 余計な事を付け加えなかった事で「ウォリック侯やハリファックス子爵が認めたように、本当にニコルのせいかもしれない」という空気が流れ始める。

 アイザックにとって、良い風が吹いていた。


「確かに……。狙われたのがシックスメンズという事もあり――」

「――シックスメンズ!?」


 ウィンザー侯爵の言葉を、アイザックが遮った。

 その言葉には聞き覚えがあり、まさかウィンザー侯爵の口から発せられるとは思っていなかったからだ。


「……その言葉がなにか?」


 当然、アイザックの反応は疑問に持たれてしまう。

 アイザックは慌てて誤魔化そうとする。


「あっ、いやっ、そのっ……。そんな風に呼ばれているとは思わなかったので…」


 聞き覚えのある言葉が、こんなところで聞く事になるとは思わなかったアイザックは驚く。

 ウォリック侯爵が、ウィンザー侯爵の言葉に反応する。


「知らぬのも無理はありません。さすがに本人の前で話すような事ではありませんので。シックスメンズというのは、同世代の中でも特に容姿の優れた六名の事をまとめて表す時に使う言葉だそうです。主に女子生徒が、エンフィールド公と先ほど名の挙がった五名を合わせてシックスメンズと呼んでいたそうです。もっとも、アマンダはエンフィールド公を、あの五名と合わせて呼ぶような事はしておりませんでしたが」


(そうなの!?)


 さりげなくアマンダ推しが出てしまったが、アイザックは驚きのあまり、ウォリック侯爵の言葉を右から左へと通り抜けていた。


 ――自分が隠しキャラなのではないか?


 そう思った事はあったが、今まで絶対の確信はなかった。

 こんなところで、自分がシックスメンズの一人だと聞かされるとは思わなかっただけに、アイザックの驚きは一際大きなものだったからだ。

 アイザックがポールを見ると視線を逸らしながらうなずいたので、彼も知っていたのだろう。

 知らなかったのはアイザックを含めた、シックスメンズのみだったようだ。


 興奮したウォリック侯爵が話を続ける。


「王妃殿――いや、殿下と呼ぶのは避けましょう。あの女は、ジェイソン陛下のみならず、容姿に優れた他の者達も狙ったのでしょう。ならば、エンフィールド公ほどのお方を放っておくはずがない。だが、ドラゴン相手にも引かなかった超人的な精神力と誰にも負けぬ頭脳があったので、あやつの影響をすんでのところで跳ね除けられたのではありませんか!?」

「エンフィールド公ならありえる!」

「子供の頃からエルフと暮らしていたので、魔力に対する耐性ができていたのかもしれんぞ」


 ウォリック侯爵がアイザックを過剰に持ち上げたが、誰も止めようとしない。

 むしろ、他の出席者達も好き勝手な事を言い始める。

 アイザックは止めようと考えたが、自分自身もニコルの影響を受けた事があると誤解されている。

 下手に止めようものなら、まだ影響を受けたままだと思われかねない。

 今は様子を見る時だと黙って見ていた。


 様子を見ていたのは、アイザックだけではない。

 ウィルメンテ侯爵も同じく、黙って事態の推移を見守っていた。

 ここで「そうだ、あいつが悪い」と同調すれば「ニコルに責任を押し付けて、フレッドの件をうやむやにしようとしている」と思われるかもしれない。

 それよりは議論がエスカレートし、ニコルが悪と確定するまで黙っておいた方がいいと考えていた。

 アイザックの助け舟を台無しにしないためにも、彼は大人しくしていた。


 ヒートアップしてから時間が経ち、ある程度冷えてきた頃を見計らって、アイザックは皆に問いかける。


「私がどうというのはともかくとして、本当に魔女として弾劾されるべきなのは誰か。皆さんにもお分かりいただけたのではないでしょうか?」

「ニコル・ネトルホールズ! あの女を一時的にとはいえ、王妃殿下と呼んでいたなど汚らわしい!」

「どう考えても、ジェイソン陛下達の変わりようはおかしかった。エンフィールド公の仮説には信憑性がある!」


 誰もが、ジェイソン達がおかしくなった理由を求めていた。

 そこにアイザックは、一つの仮説を投げかけた。

 それだけで彼らは、アイザックの考えにも一理あると思い、自分達を納得させるために正しい答えだと思い込んでいった。

 魔法などの不思議な力が存在する世界だからこそ「その可能性がある」と思わせる事に成功する。


 もっとも、ニコルに婚約者を奪われた者達の強い恨みが、彼女を悪とする流れを強く後押ししていたので自業自得ではある。


(予想以上に上手く話が進んでるけど、怒りが強すぎる。確認したい事もあるし、いきなり嬲り殺しみたいな事は避けたいな……)


「エリアス陛下も、彼女の助命をしようとは思わないでしょう。そこでですが、一つ試したい事があります」

「試したい事?」


 アイザックがまたおかしな事を考え出したと、皆の視線が集まる。


「マイケルが簒奪に協力し、ブランダー伯も裏切ったという事もあり、ブランダー伯爵家はお取り潰しとなる可能性が高いでしょう。という事は、マイケルが大人しく投降したとしても処刑は確定しています。ただその前に、ニコルを処刑してみてはいかがでしょうか? 彼女は簒奪に協力した中心人物と思われているので、処刑は避けられないはずなので問題はないはずです。それでマイケルが正気を取り戻すようであれば、ジェイソン陛下もなんらかの影響を受けていた被害者だという証明になります」

「いや、それは……」


 セオドアが嫌そうな顔をする。

 もし、アイザックの仮説が正しいとするならば、元に戻る可能性のあるジェイソンを殺してしまったという事だ。

 せっかくスッキリしていたところなのに、嫌な思いをする事になるかもしれない。

 その話は持ち出さないでほしいところだった。


「もし彼女が死んで正気に戻るとすれば、ジェイソン陛下は罪の意識にさいなまれたはずです。苦しみから解放して差し上げたと考えてもよいのではないでしょうか」


 そんな彼の気持ちを汲み取り、アイザックは気にするなと慰める。


「それに、これはあくまでも仮説。ニコルに特別な力はなく、ただ彼女の美貌に血迷っただけという可能性も十分に残っています。決めつけるには判断材料が少ないので、まだ早いでしょう」

「それは確かに……」


(ただ色香に迷っただけよりも、不思議な力でたぶらかされていたという方が本人達も幸せかもしれないな)


 セオドアは、そう思わざるを得なかった。

 色香に迷っただけならば、ただの馬鹿である。

 それよりは、不思議な力で惑わされていた方がマシだ。


 ――本人にとっても、元婚約者達にとっても。


 アイザックの言葉は、セオドアだけに届いたわけではなかった。

 新事実に浮き足立ち、まるで妻達のお茶会のごとく憶測を飛び交わせていたウォリック侯爵達も「確かにまだ確定ではない」と落ち着かせる。


「不幸な事態を引き起こした元凶は、ニコル・ネトルホールズ。それが私の考えです。馬鹿げた考えかもしれませんが、一人の女性を巡って国が乱れたという例は、世界中の歴史で確認できます」


(無駄に説得力があるな……)


 モーガンやウィンザー侯爵、セオドアがアイザックの「一人の女性を巡って国が乱れた」という言葉に説得力を感じていた。

 アイザック自身が、パメラのために国を乱している元凶である。

 一人の女性・・・・・というところにパメラを当てはまればピッタリだった。

 だが、当然この事をこの場で言うわけにはいかなかった。

 彼らがそんな事を考えていると知らないアイザックは話を続ける。


「不思議な力を持っているのかはともかく、彼女が原因の可能性は極めて高い。ウィルメンテ侯ならおわかりいただけるでしょう」


 いきなり話を振られたウィルメンテ侯爵はギョッとするが、このあとのアイザックの言葉を聞いて納得した。


「ジェイソン陛下は、ニコルのために侵略戦争を行おうと決めておられました。あの時の陛下の様子を思い出していただきたい」

「……確かに。貴族のためでも、平民のためでもない。彼女のために戦争を行おうとしていた様子でした」

「裏でよからぬ事をジェイソン陛下に吹き込んでいたのは容易に推測できます。不思議な力で魅了したかどうかは置いておいても、欲望のままに行動する彼女の罪は重い。ニコルを捕らえ、エリアス陛下の前で裁きを受けさせたい。そのためにも、王都へ派遣する部隊の選定を進めたいのですが、いかがでしょう?」


 アイザックの問いかけに反対する者はいなかった。


 ――エリアスを一刻も早く救いたいし、ニコルが元凶かどうかも確かめたい。


 皆の意識が、一気に王都の解放へと切り替わった。

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