第499話 戦闘の報告

「では、次は当家からジェイソン陛下の最期を説明させていただこう。陛下の最期が気になる者も多いだろうからな」


 ウィンザー侯爵が、ウェルロッド侯爵家の次に説明すると名乗り出た。

 これは縁戚にあるなどという理由ではなく、誰もが気になるであろうジェイソンの最期を知っているからだ。

 オオトリに取っておかず、ウィンザー侯爵は惜しみなく披露する事にした。

 説明は、セオドアの役割である。


「ランカスター伯が船を回収してくださったとはいえ、相手には近衛騎士団がいます。気球やハンググライダーのようなもので湖を渡るかもしれないと考えました。幸いな事に軍の配置から、我々が布陣する東側には兵に余裕があると判断し、手薄になっていた湖の北岸へ兵を回す事にしたのです」

「北岸に兵を回していなかったのは、私の手抜かりでした。よく兵を回してくださいました」


 説明するセオドアと礼を言うアイザックの事を、出席者達は懐疑的な目で見ていた。


 ほとんどの者が考えていたのは、ただ一つ――


 裏でエンフィールド公によって、指示されていただけだろう。


 ――というものだった。


 今思えば、南岸以外に兵を配置しなかったのはおかしい。

 アイザックが南岸に集中させたのは「大方、ウィンザー侯爵家に復讐の機会を与えるためだろう」と思われ始めていた。

 ウィンザー侯爵家には、ジェイソンを恨む正当な理由があるし、パメラの実家でもある。

 アイザックが配慮してもおかしくない。


 ジェイソンがどのような手段で逃げるかを見抜いていたかはともかく、湖方面へ逃れる可能性は高いと見抜いていたはずだ。

 コッソリと兵を回すように教えておいたのだろう。


 だが、それを指摘する事はできない。

 これはあくまでも状況証拠。

 指摘したとしても、証拠がない以上は言い掛かりでしかない。


 しかし、ジェイソンを討ち取ったという功績は大きなものだ。

 強さは人それぞれではあるが、他の出席者達の心に妬みが生まれる。


「ジェイソン陛下は氷で作られた船に座乗しておられました。降伏を呼びかけたものの、近衛騎士団の激しい反撃に遭い断念。応戦していたところ、船が溶けて割れてしまい、ジェイソン陛下は水中へと沈んでしまいました」

「救助はできなかったのか?」


 ウォリック侯爵が質問する。

 セオドアは力なく首を振った。


「鎧を着たままでしたので……。すぐに沈んでしまい、救助する余裕はありませんでした。残念です」


(白々しい)


 その感想は、誰もが頭に浮かんだものだった。

 セオドアに助ける気はなかったはずだ。

 だが、それでは責められるから、形だけ残念がっているのだと思われていた。


 事実、セオドアは本当の事を言っていない。

 しかし、簒奪者とはいえ、王族は王族。

 嬉々として殺しにかかったと知られれば、今はよくとも後々非難される事になるかもしれない。

 非難される危険性は極力避けようとしていた。


 この時、皆が無意識のうちに「戦後のパワーバランス」を考え始めていた。

 ジェイソンが死んだという知らせが入った事で、戦前にはあった緊張感が消え失せたようだ。

 誰もが「もうすぐ、エリアスを救出できる」と気が緩んでしまっている。

 この一連のやり取りを見て、アイザックは弛緩した空気を感じていた。 


(あとで引き締めておかないといけないな。だが、その前にやっておかないといけない事もあるか)


 話を聞きながら、アイザックは重要な点をチェックしていく。

 大人の嫉妬は要注意ポイントだった。

 特に貴族間の嫉妬など、何が起きるかわからない。

 浮かれているであろうウィンザー侯爵やセオドアのために、すぐさまフォローに回る。


「本当に残念です。ジェイソン陛下の遺体すら確保できなかったとは……」


 アイザックの言葉に、セオドアはギョッとする。

 褒めるのではなく、非難するような声色だったからだ。


「遺体を確保できなければ、王都で影武者を立てられる可能性があります。『偽物だというなら本物を出せ』と言われても、本物の遺体を用意できない以上、偽物だと否定しきれませんから厄介な事になるでしょう。今のマイケルやチャールズは何をするのかわかりませんよ」

「そ、それは……、申し訳ございません。もっと必死に遺体を確保する努力をするべきでした」


 セオドアが謝る。

 公然と彼のミスが指摘された事で、周囲の嫉妬が少しだけ和らいだ。


「捕虜にしたり、遺体の確保をするのが最善でした。ですが、それでも逃がすよりはずっと良い結果になっているはずです。最善ではありませんでしたが、次善の結果にはなりました。あとで善後策を講じる必要はありますが、今はよしとするべきでしょう」

「はっ」


 アイザックも最後にセオドアをフォローはするが「厄介な問題が残った」という主張は変わらない。

 ここまでされれば、ウィンザー侯爵やセオドアも「バランスを取ろうとしているのだな」と嫌でもわかった。

 彼らには自慢しているつもりはないが、ジェイソンを逃がさなかったという手柄は大きいという事はわかっている。

 ジェイソンを討ち取った事に浮かれて、周囲への配慮を欠いていたようだ。


(事態を冷静に受け止めているつもりではあったが……。知らず知らずのうちに冷静さを欠いていたのか)


 ウィンザー侯爵は、アイザックの冷静さにまたしても驚かされた。

 元宰相の自身ですら「王族の死」という大イベントで浮き立っているというのに、アイザックは恐ろしいほどまで地に足のついた姿を見せている。

 これで終わりではないかのように、先を見据えている。

 不謹慎だとはわかっているが、アイザックが何をするのか見てみたいという気持ちがこみ上げてくる。


「善後策といえば、ブランダー伯の事はどうなっていますか? そちらの戦闘も終わったという話は聞いていますが、もし逃げられてしまっているのでしたら、対応を考えねばなりません」

「ブランダー伯ですが――」


 キンブル将軍が口を開く。

 彼に皆の視線が集まった。


「私の背後に控えている第一騎士団長、ラムゼイ男爵がブランダー伯爵軍本陣に突入し、ブランダー伯を討ち取った――と報告できればよかったのですが……。どうやら影武者と入れ替わっていたようです。本陣に残っていた者達の口は堅く、どこへ行ったかはまだ聞き取れていません。おそらく、逃してしまったのではないかと思われます」


 キンブル将軍の報告を聞き、周囲からうめき声が漏れる。

 ブランダー伯爵を逃がしたのは痛手だ。

 王都やブランダー伯爵領へ、すぐに追っ手を送らねばならないだろう。

 だが、ここで余裕の表情を見せている者達がいた。


「その件については心配する必要はない」


 ――ウォリック侯爵と彼の同行者達だった。


「ブランダー伯は、ウェリントン子爵が討ち取った。ウェリントン子爵、報告を」

「はっ!」


 ウェリントン子爵が返事をすると、立ち上がった。

 その時、一度だけチラリとマットを見る。


「ウォリック侯爵に命じられ、私はウリッジ伯爵軍への援護に向かいました。その時に、第一騎士団と接触。彼らと話し合い、ブランダー伯爵軍への攻撃、及びウリッジ伯爵軍への支援は第一騎士団に任せました。私は脱走兵を逃がさないため、周囲警戒を行う事にしたのです。脱走兵が野盗化すればランカスター伯がお困りになられるでしょうし、平民が苦しめばエリアス陛下も悲しまれるでしょうから」

「ウェリントン子爵の心遣い、痛み入る」


 ランカスター伯爵の感謝に偽りはなかった。

 己の領地が乱れて喜ぶ領主などいない。

 エリアスのためという部分が大きいだろうが、それでも感謝すべき行動であった。

 後日、礼を送る事を心に決める。


「彼は文官が使うような軽装の鎧を着て逃亡しておりました。キンブル将軍の話と合わせて考えますと、逃走のために部下の鎧と交換したのだと思われます。念のために討ち取った者一人一人の死体の顔を確認していたところ、私がブランダー伯だと気付いたのです」


 ウェリントン子爵は、ポケットから家紋入りの指輪を取り出す。


「ブランダー伯の遺体は運んできております。のちほど皆様もご確認ください」


 会議の場にざわめきが起きる。

 暗い話が続いたあとでの朗報だ。

 ウィルメンテ侯爵以外の者達の顔に、少し明るさが戻った。


「ブランダー伯を逃さずに済んだのは大きいですね。王都に残った近衛騎士を率いて再戦を期す事も、自領に戻って再起を図られる事もなくなりました。内戦の拡大を防いだことは、エリアス陛下もきっとお喜びになられるはずです。ウェリントン子爵、よくやってくださいました」


 アイザックも、空気を読んで彼を誉める。

 マットの前で格好をつける事ができたウェリントン子爵は、少しばかり照れていた。


「第一騎士団は王国軍の精鋭部隊。彼らに主戦場を任せるべきだと思い、サポートに回っただけです。ブランダー伯が逃げ出すような事がなければ、ラムゼイ男爵が討ち取っていたでしょう。偶然の賜物です」

「いえいえ、第一騎士団と共に突撃するという選択をする事もできた。それなのに、裏方も必要だと考えてくださったおかげですよ」


 アイザックがあまりにも褒めるので、ラムゼイ男爵は悔しそうにする。

 別に彼も「私がブランダー伯の首をもらう!」と言って、ウェリントン子爵から役割を奪ったわけではない。

 譲られたから、本陣への攻撃を請け負っただけだ。

 立場が逆だった可能性もある。

 逃したものが大きいため、惜しく感じられた。

 そんな彼の反応を見てから、アイザックはマットに尋ねる。


「カービー男爵、どう思う?」

「はっ、主戦場で戦うのみが戦争ではありません。裏方に徹する者がいてこそ、戦争という形が作られるのです。特にリード王国は長らく戦乱とは縁がありませんでした。ウェリントン子爵のような方は軍に必要だと思います」

「そうだな」


(そういえば、カービー男爵の妻はウェリントン子爵の……)


 アイザックとマットのやり取りを聞いて、ラムゼイ男爵の印象は変わった。

 ウェリントン子爵を褒めてばかりいたのは、二人の関係を考えてのもの。


 ――歴戦の元傭兵の娘婿の前で、舅を褒める事で二人の仲を深める。


 その目的もあって、ウェリントン子爵をよく褒めていたのだろう。

 ウェリントン子爵がチラチラとマットを見ているので、間違いではないはずだ。

 その事に気付くと、ラムゼイ男爵の心が少し軽くなった。


 だがアイザックは、マットとウェリントン子爵の関係のためだけに褒めていたわけではない。

 ウィンザー侯爵家のためでもあった。


(MMOじゃないけど、ヘイトの管理は重要だ。ジェイソンを討ったウィンザー侯爵家だけじゃなく、ウェリントン子爵にも多少は嫉妬を分散しておくべきだ。マットの舅だし、ウォリック侯爵とも仲が良さそうだから、嫉妬で嫌がらせとかはないだろうし大丈夫だろう)


 ウィンザー侯爵家だけが手柄を立てていれば、縁戚であるので「親族に配慮した」と思われて、アイザックまでいらぬ恨みを買ってしまう危険があった。

 ウェリントン子爵が手柄を立てていなければ、今頃はウリッジ伯爵を持ち上げていただろう。

 彼がブランダー伯爵を討ち取ってくれたのは、アイザックは正直なところ助かる思いだった。


 ウェリントン子爵ならば、多少大袈裟に褒めても「マットの前で義父として面目が立つようにしているだけだ」と受け取られるはず。

 だが、それでも「自分の家臣を優先している」と思われて、多少なりとも嫉妬は集まるだろう。

 ウィンザー侯爵家だけに妬みが集まれば侯爵家でも危険だろうが、分散するなら自力で切り抜けられる。

 ウェリントン子爵も、アイザックやウォリック侯爵家の庇護下であれば、実害のある嫌がらせは受けないはずだった。


 ――ジェイソンが死に、ブランダー伯爵も討ち取られた。


 問題の種がなくなったから、アイザックもこうして手柄を政治的に利用する余裕もあったのだ。


「他に報告が必要だと思われる事はありますか?」


 アイザックが他の報告がないか尋ねる。


「当家の損害についてご報告申し上げたい」


 今度はウリッジ伯爵が名乗り出る。

 彼の話は、主にウリッジ伯爵家が受けた損害についてだった。


 ――ブランダー伯爵家側に布陣していた部隊を率いていた貴族の当主が三名、子息や親族が十五名戦死。


 これは戦いの規模に比べて異常なほど多い数だった。

 普通であれば、貴族は討ち死にする前に逃走する。

 当主であればなおさらだ。

 ウェルロッド侯爵家の半数が死傷した、あのソーニクロフト解放戦ですら貴族の当主の戦死者はゼロである。

 数時間の戦いで出る被害ではない。


 ウリッジ伯爵の話では、奇襲を受けたせいで退避する間もなく討ち取られたらしい。

 逃げ場を失ったので、せめて時間を稼ごうと勇敢に戦っていたそうだ。

「武人として見事仕事を成し遂げた」と、周囲の評価は上々だった。


「壮絶な最後を遂げられたようですね……。厳しい役割を与えた者として、せめてご遺族に不自由な思いをさせないよう、十分な補償をすると約束致します」

「ありがとうございます。そのお言葉を聞けて嬉しく思います。ですが、正義が果たされた事。その事を、私は何より嬉しく思っております」

「ウリッジ伯爵家の働き、必ずやエリアス陛下にお伝えしましょう。陛下が喜ぶ姿が目に浮かぶようです」


 アイザックは、ウリッジ伯爵家も褒める。

 彼らを持ち上げるのは、最初から決めていた事。

 ウェリントン子爵同様、下げるところのない働きなだけに、その働きを無条件で褒めた。

 義祖父や義父に不満を持たれないか怖いところだが、話せばわかってもらえる自信があった。


 他の者達からの報告には、目新しいものはなかった。

 アイザックは次の段階へと移ろうとする。


「では、今後の方針について話す事にしましょう」

「その前に、元凶というものについて教えてはいただけないでしょうか」


 だが、ウィルメンテ侯爵が「混乱の元凶」について尋ねてきた。

 その反応を見て、アイザックはほくそ笑む。


(食いついてる、食いついてる。でも、まだダメだ)


「先ほども申し上げましたように、私の想像に過ぎないものです。優先して話すべき事が終わってからでいいでしょう」


 アイザックはもったいぶるが、それに待ったをかける人物がいた。


「エンフィールド公、確信のない話を後回しにしたいという気持ちはわかります。ですが、ウィルメンテ侯だけではなく、我らも気になっております。先に話していただき、スッキリしたところで陛下救出作戦を話し合う。その方がよろしいのではないでしょうか?」


 ――それはウィンザー侯爵だった。


 彼は戦後のパワーバランスが大きく崩れるのを恐れていた。

 このままだと、ウィルメンテ侯爵は日陰者になる。

 そうなると王党派は貴族派に頭が上がらなくなるだろう。

 優勢である事は望んでいても、圧倒的優勢になる事は望んでいない。

 ウィルメンテ侯爵が救出作戦において、積極的に協力を申し出る事ができる雰囲気になってほしいと彼は考えていた。


「……わかりました。では、お話しましょう。この不幸な事態を引き起こした元凶が誰かを」


 アイザックも、ウィンザー侯爵にまで求められては黙ってはいられない。

 後回しにするのも限界だと悟り、話す事にした。

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