第497話 ジェイソンの死

 ――ジェイソン死す。


 この一報は、すぐに知らされた。

 王国軍が降伏しているという事もあり、アイザックは主要人物を集めて会議する事にした。

 集合場所は、エメラルドレイクの南西にある村である。

 湖のほとりに建てられたロッジでもよさそうではあったが、表向きは「まだ王国軍の武装解除が終わっていないから」という理由で避ける事にした。


 ――十三日の金曜日に、ジェイソンが湖に沈んだ。


 この言葉が頭に浮かんだ時点で、アイザックの頭の中からロッジを会議に使うという選択肢が消えたからだ。


(ジェイソンが使っていた湖畔のロッジなんて、絶対に使いたくない。化けて出てきたら対抗できないぞ)


 前世で見たホラー映画のように、不死身の化け物となったジェイソンが現れるかもしれない。

 魔法が存在する世界であり、何が起こるかわからないだけに恐ろしい。

 全力で危険を避けようとしていた。

 すでに何度も万が一が起きている。

 最悪の事態だけは避けなければならなかった。


 使者を送る時、ウィルメンテ侯爵にだけは別途ウェルロッド侯爵家から秘書官を出していた。

 フレッドの遺体を送り届けるためである。

 他の貴族の手前、フレッドの遺体を丁重に扱っていると気付かれるのはまずい。

 お互いのため、先に遺体と捕虜を送り届けていた。


 使者を送り出したあと、アイザック達はランドルフと合流する。

 アイザックの口から出た言葉は、父を心配する言葉ではなく、恨み言だった。


「父上、前衛部隊に突撃してきたのは少数の騎兵だけだったそうではないですか。そちらでフレッドを始末してくれてもよかったのではありませんか?」

「戦闘が終わったあとの第一声が、それかい? 擲弾兵の活躍とかも気になるだろうに」


 ランドルフは苦笑を浮かべる。

 だが、アイザックがそう言いたくなる気持ちもわかった。

 ウェルロッド侯爵軍に目立つ被害はなく、戦闘が終わった。

 ウリッジ伯爵軍と違って、心配するような事が起きなかったから、心配しなかったのだろうと。


「そりゃあ、そうでしょう。あれなら千や二千の兵が襲い掛かってきた方がマシです。厄介極まりない」

「ハハハハハ、それはすまなかった。だけど、そっちで捕らえてくれたんだろう?」

「いえ、フレッドは討ち取りましたよ」

「なんだって!?」


 思っていたものとは違う結末に、ランドルフは本気で驚いていた。


「そっちには、カービー男爵がいたじゃないか! フレッドが何度も挑んでいるのを見た事あるが、まったく相手になっていなかったぞ。彼ほどの力量差があるのならば、無傷で捕らえられたはずじゃないのか!?」


(それもそうだけど……)


 アイザックも、マットに相手をさせる事を考えた。

 しかし、アーサーから「ウィルメンテ侯爵が殺す覚悟だった」と聞いたせいで「よし、殺してしまおう」という考えに染まってしまった。

 そのせいで「生かして捕らえる」という考えが、完全に抜け落ちてしまっていたのだ。


 それはモーガンも同じ事。

 簡単な解決方法が目の前にぶら下げられたので、その方法に飛びついてしまった。

 アイザックが何かを言う前に、彼は誤魔化そうと動く。


「それは違う。フレッドは、あの場で殺すのが最善だったのだ」

「なぜですか? なぜ、それが最善なのですか?」


 モーガンの言い分に、ランドルフは納得できないようだった。

 アイザックも「妙な事を言い出したな」と様子を見る。


「ネイサンの十歳式の時、今のウィルメンテ侯が誰を殺したか覚えているだろう?」

「……先代のウィルメンテ侯です」

「そうだ。あの時、ウィルメンテ侯は父を殺した。ではフレッドを捕虜にすればどうなるか?」


 十歳式の事を持ち出されたランドルフは、ある答えに至った。


「エリアス陛下の温情で助命されたとしても、他家への手前、フレッドを許すわけにはいかないかもしれません。ウィルメンテ侯の考え次第で、手打ちにするという事も考えられます……」


 ランドルフがわかってくれたと見て、モーガンは畳みかける。


「そうだ。父親だけではなく、息子までその手にかけろというのは酷というもの。だから、我らの手で問題を解決してやらねばならなかったのだ。世の中、命を助ければ救われるという事ばかりではない。殺す事で人を救う事もできるのだ。可哀想な事かもしれぬが、フレッドも自分で選んだ道だ。悔いはなかろう」

「そう言われれば返す言葉もございません……」


 ランドルフは、モーガンの言葉を受け入れた。 

 彼の言う言葉が正しいものだったからだ。

 アイザックも「確かにそうかも」と納得していた。

 モーガンは上手く誤魔化す事ができたので、フッと笑みを見せる。


「ウィルメンテ侯の事が心配なら、後日一杯誘うといい。子を失った経験のある者同士、語り合える事もあるだろう」

「そうですね、そうします」


 ――フレッドを殺したのは、ウィルメンテ侯爵のためだった。

 ――そんな彼を慰める事ができるのは自分だけ。


 すでにフレッドが死んでいる以上、後戻りはできない。

 ランドルフも、前向きに考え始めた。


 周囲の者達、特にダッジの参謀達は――


「強いだけではなく、人間臭いところも持ち合わせたお方なのだな」


 ――と、ランドルフへの評価を変えていた。


 フレッドの話が一段落すると、ランドルフは次の話題を持ち出してきた。


「ところで、フレッドが率いていた部隊にフォスベリー子爵とダミアンがいたそうなのですが……。彼の副官から報告してもらいましょう」


 ランドルフが、部下に命じる。

 アイザック達は「フォスベリー子爵本人がくる」と思ったが、見知らぬ男がやってきた。


「彼はフォスベリー子爵の副官です。エンフィールド公とウェルロッド侯に説明を」

「はっ。ウィルメンテ将軍は第三騎士団を二つに分けて、ウェルロッド侯爵軍に突撃しようとしていました」


 フォスベリー子爵の副官は、何が起こっていたかを説明し始める。

 突撃を止めるためにダミアンを殺し、フォスベリー子爵本人も自害したというところは、アイザック達も驚かされた。


「まさか、ダミアンと心中するとは……。やりそうな人ではありましたけど」

「息子の不始末の責任を取ったのだ。責任から逃れようとする者よりは、責任に向き合っただけでも立派だろう」


 アイザックとモーガンは、それぞれの感想を述べる。

 フォスベリー子爵の副官は、オドオドとしながら、アイザックの様子を見ていた。

 何かを我慢している様子だったが、我慢できなかったのか疑問を尋ねる。


「差し支えなければ、フォスベリー子爵が言い残した『逃げる』という言葉の意味を教えていただけないでしょうか。なぜ自害するのが逃げるという事になるのか……。部下達も気になっております」

 

 上司に似つかわしくない言葉が気になっていたのだ。

 そんな彼に、アイザックは快く答える。


「……おそらく、ジャネットさんの時の事だ。あの時、私はフォスベリー子爵に『死んで詫びるのは逃げるのと同じ』という内容の言葉を言った覚えがある。恥辱に塗れようとも、生きて責任を果たしてこそ、相手への謝罪になるとな。きっとその時の事を思い出していたのだろう」

「生きて責任を果たす……。確かに、そうしていただけた方が残された者としては助かったでしょう。奥方に、なんとお伝えすればいいのか……」


 彼がキャサリンの事に触れたので、アイザック達も暗い顔になる。


「フォスベリー子爵夫人には、こちらから説明しよう。サンダース子爵夫人の友人でもあるし、フォスベリー子爵にとって受け入れ難い仕事を任せたのも私だからな。できれば、その時に貴官からも最期の姿を話してあげてほしい」

「かしこまりました。……何卒、よろしくお願いいたします」


 フォスベリー子爵の副官は礼を言ったが、すぐに立ち去ろうとはしなかった。

 まだ何かを言いたそうにしている。


「どうした? 話があるのなら聞くぞ」


 気になったアイザックが問い質す。


「報告してもいいのか判断に困る内容なのですが……。あくまでも噂といった域から出ないのですので、事実だと断定されるのは確認をお願い致します。実は出陣前に、ウィルメンテ将軍がフィッツジェラルド元帥を殺したという話を聞きました」

「なんだって!」

「なんだと!」

「そんなのあり得ない!」


 ウェルロッド侯爵家一同が、驚きの声をあげる。

 話を聞いていた周囲の者達もざわつき始める。


「それが事実なら、ウィルメンテ将軍一人の責任では収まらないぞ。確かな情報か? その目で確認したのか?」

「い、いえ……。私は直接確認しておりません。本陣周りの同僚が教えてくれたのですが……」

「わかった。噂だな。だが、事実確認が終わるまでは、決して口外しないように」

「はい、よくわかっております。噂であっても、閣下のお耳に入れておいた方がよいかと思って話したまでです」

「あぁ、よく教えてくれた。下がってよろしい」


 アイザックは、フォスベリー子爵の副官を部下のところへ帰らせる。

 周囲の目があるので、公爵として振る舞わねばならないのが厄介だ。

 本当なら、地面の上で頭を抱えながらゴロゴロと転がり回っていただろう。

 自宅ならば、枕に顔を埋めながら、ベッドの上でジタバタしていたかもしれない。


(ちょっとー! フレッドの奴、何やらかしてくれてるんだ! フィッツジェラルド元帥には、まだ役目があったのに!)


 これは大きな誤算である。

 アイザックにとっては、ジェイソンの遺体が手元にないというものよりも大きな問題かもしれない。


(誰かを元帥の代役に立てなくてはならないし、ウィルメンテ侯爵の立場も予定していたよりも悪くなる。困ったぞ、これは)


 急遽、今後の計画を変えなくてはならなくなった。

 フレッドの事を利用して、ウィルメンテ侯爵の発言力を削る予定はあった。

 しかし、フレッドやブランダー伯爵の一件を考えれば、予定以上に権威は失墜するだろう。

 あまり追い詰められても、それはそれでどんな行動を取るのかわからなくなるので困る。

 ウィルメンテ侯爵を、不自然ではない形で助けてやらねばならなくなってしまった。

 彼の情報は、少しでも考える時間を作ってくれたという点ではありがたいものだった。


「アイザック、事実であればウィルメンテ侯の立場は危ういものとなるな」


 さすがにモーガンも顔色が悪い。

 縁戚となる以上、完全に無関係とはいかないからだ。

 場合によって、ケンドラとローランドの婚約を解消せねばならない。

 その場合、見捨てられたとウィルメンテ侯爵家に恨まれる可能性もある。

 いい状況とは言えなかった。


「そうですね。戦後の事を考えれば、助け舟を出さねばなりません。使者を出せればいいのですが……。やはり、今送れば怪しまれるでしょう。もう少し早くわかっていれば、フレッド達の遺体や捕虜と共に知らせる事ができたのですけど……」


 ウィルメンテ侯爵軍は、エメラルドレイク北西に向かって移動していた。

 彼らがセオドアからの知らせを受けたのは、エメラルドレイク西岸へ着いた頃だった。

 彼らとの間には、ウォリック侯爵軍やウリッジ伯爵軍がいる。

 ウィルメンテ侯爵家にだけ使者を送れば、不自然な動きをしていたと思われるだろう。

 会議中に庇った時「口裏合わせをしていた」と思われかねない。

 それでは、いらぬ反発を買ってしまう。

 フィッツジェラルド元帥の事を知らせぬまま、アドリブでなんとかしてもらうしかない。


「内戦は嫌ですね。戦闘中だけじゃない。戦後にまで厄介事がまとわりついてくる」

「あぁ、そうだな」

「この一度きりで十分だ」


 アイザックの愚痴に、モーガンとランドルフも同意する。

 フレッド一人で、あれだけ混乱したのだ。

 ウリッジ伯爵家とブランダー伯爵家の戦いでは、筆舌に尽くし難い苦しみがあったはずである。


 ――こんな苦しい思いは、今回の戦いだけでいい。


 誰もが本気でそう思っていた。


 ――アイザック以外は。

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