第493話 降伏勧告

「どうなっている?」


 アイザック達のところでも、兵士の歓声が聞こえていた。

 その声が徐々に近づいてきているので、結果は間もなくわかる。

 逸る気持ちを抑えられない。

 兵をかき分けてやってくるポールの姿を確認できた事で、やっと落ち着く事ができた。


「ポール・デービス。ただいま戻りました」

「ご苦労だった。早速だが報告を」


 ポールの顔色がよくないので、悪い報告かもしれないと、アイザックは身構える。


「はっ。ウィルメンテ将軍を、一騎打ちにて討ち取りました」

「おぉ、よくやった!」


 だが、違った。

 彼の報告は朗報ともいえるものだった。

 そうなると、浮かない顔をしている理由が気になった。


「そしてフェリクス殿が、騎士マークを討ち取りました。また、彼の部下達がウィルメンテ将軍の配下を討ち取り、戦意を喪失した者達を捕虜に致しました」

「マークというと……。あのマークか?」

「はい、あのマークです」


(へぇー、フレッドの奴。ちゃんと部下として扱っていたんだな)


 マークといえば、ニコルの暴行未遂犯である。

 そんな男を側近にしていた事で、フレッドにも律義なところがあったんだなと、アイザックは感心する。


「フェリクス殿は、現地にて遺体の回収作業中であります。ウィルメンテ侯に渡すため、王国旗の予備を使って遺体を包むべきだと申しておりました」

「フレッド達の遺体を王国旗で包むか……。どう思われます?」


 アイザックには判断が付かなかったので、モーガンに尋ねた。

 彼も難しい顔をして考え込んでいたが、今までの経験から答えを導きだす。


「彼の判断は適切だろう。ジェイソン側に付いた裏切り者にしていい扱いではないと言う者もいるだろうが、勇敢に戦った者への敬意を忘れてはいかんと反論する事もできる。そもそも他の貴族に旗で包まれているところを見せる必要もない。ウィルメンテ侯に渡す時だけ包んだまま渡せばいいだけだ。問題はなかろう。フェリクスも上手い事を考えたものだ」


 モーガンは、フェリクスの考えを支持する。

 それならば、アイザックも否定する必要はない。


「供回りの分も、こちらで用意しておいてもよさそうですね」

「それはレイモンドが、周囲の部隊から集めると申しておりました」

「レイモンド? あぁ、オグリビー子爵家の近くで戦っていたのか。あちらで用意してくれるのなら、それに越した事はないな。捕虜はいるのか?」

「五名、捕虜にしております。そちらもフェリクス殿が監視しており、どう扱うかを閣下の判断を仰いでくるようにと言われております」

「捕虜の扱いは、規定通りのものでかまわない。彼らにどのような処罰を与えるかは、ウィルメンテ侯の判断に委ねよう」


 アイザックは、ノーマンに目配せをする。

 彼はすぐさま部下に命じて、フェリクスに捕虜の扱いを伝えに行かせた。


「ポール、疲れているようだから休んでいいぞ」

「できますれば、フェリクス殿のもとへ戻らせてください。せめて、最後まで見届けたいと思います」

「そうか……」


 アイザックが考え込む。

 ポールの顔色が悪いのは、フレッドを殺したからだろう。

 そんな彼を「このまま行かせてもいいものだろうか?」と思ったが、本人に心の踏ん切りをつける機会を与えるのも大切だと考え直す。


「わかった、許可する。ただし、内戦という状況や友人としての配慮を考慮するのは今回だけだ。今後も望む行動が取れるとは思わぬように」

「はっ、以後気を付けます」

「行ってよし」


 一言、釘を刺すのを、アイザックは忘れなかった。

 フレッドの事もだが、配慮というものは余計なしがらみを生む。

 マット達が「エンフィールド公のご友人だから」とポールを特別扱いし、それが原因で騎士団の中で不和が芽吹くような事にはなってほしくない。

 ちゃんと釘を刺す姿を見せておく事で、ポールがフレッドのような扱いをされたりはしなくなるはずだ。


(まぁ、トミー達はともかく、マットは遠慮しないだろうけどな。そう考えると、遠慮なく意見を言ってくれる人材は貴重だな。貴族社会で生きていけるかは別問題だけど。その辺りはフォローしてもらう代わりに、こっちもフォローしていかないとな)


 ――えこひいきは、不和の元。


 それがわかっているだけに、アイザックもポール達の扱いに気を付けねばならないと、改めて自分の態度を引き締めようと決意した。


(それにしても、フレッドが死んだか。残るゴメンズは四人。あいつらをなんとかしないと国がやばい。それに、ニコルも……)



 ----------



 王国軍の東側に陣取っていた軍は平穏だった。

 こちらにはブランダー伯爵のような裏切り者がいたわけでもなく、王国軍が向かってきたわけでもない。

 ただ、前進を続けているだけだったからだ。

 しかし、平穏無事だからといって、それをよしとする者ばかりではない。


「王国軍に動きはないのか?」

「南に一部隊が向かったあとはありません」

「そうか……」


 ブリストル伯爵は焦っていた。

 西側はブランダー伯爵の裏切りにより大きな動きがあり、南側も王国軍と戦闘している。

 だが、東側は何もなかった。

 ランカスター伯爵家は、ジェイソンの足止め策を考えて実行し、ウィンザー侯爵家はその手伝いをしていた。

 なのに、ブリストル伯爵家は何もしていない。


 ――この場にエリアス派として出陣している事が功績ではあるが、やはり他の者達と比べると物足りない。


「我らはピクニックにきたわけではないのだ。何かをしなければ……」


 そういう考えが、ブリストル伯爵に焦りを生んでいた。


「よし、動くか」

「閣下、抜け駆けはマズイのではありませんか?」


 ブリストル伯爵が決意すると、すぐさま秘書官が「下手に動くべきではない」と指摘する。

 これにはブリストル伯爵も怒った。


「そんな事をして、エンフィールド公に睨まれたらどうする! むしろ、感謝されねばならぬのだぞ! 抜け駆けなどするか!」

「……では、どうなさるので?」

「まずはウィンザー侯と話さねばならん。直接向かうぞ。短時間なら部隊を離れても大丈夫なはずだ」

「使者ではダメなのですか?」

「ダメだ。直接話さねば、こちらの気持ちが伝わらんからな。では、いくぞ」


 ブリストル伯爵は、すぐに行動に移す。

 軍は部下に任せ、そのまま前進させながら、護衛を連れてウィンザー侯爵家の軍へと向かった。


 当然、ウィンザー侯爵家では、突然の来訪を警戒されてしまう。

 ブランダー伯爵が裏切ったという報告は、ウェルロッド侯爵家から入っている。

「ブリストル伯も裏切って、ウィンザー侯の命を狙いにきたのかも?」と思われてしまったせいだ。

 そのせいか、ウィンザー侯爵はいても、セオドアの姿は見当たらなかった。

 跡継ぎまで一網打尽にされないよう、退避しているのかもしれない。


 とはいえ、ブリストル伯爵は不満には思わない。

 安全を確保するのは必要な事だとわかっていたからだ。


「突然の訪問、申し訳ありません。ですが、どうしてもお話しておきたい事があったのです」

「というと?」

「王国軍に直接、降伏を勧告する役目を任せてはいただけませんか?」


 表情に出したりはしないが、ウィンザー侯爵の側近達が動揺する。


 ――降伏を勧告する使者。


 極めて重要な立ち位置だからだ。

 危険はあるが、それに見合った名誉を得られる。

 それは簡単に譲れるようなものではなかった。

 その役目を果たして文句が出ないとすれば、それはきっとアイザックくらいだろう。

 誰がやっても、他の者から文句が出る。

 難しい役割だった。

 だが、ブリストル伯爵は、自分がやるべき理由をちゃんと考えていた。


「ブランダー伯が裏切り、ウリッジ伯は身動きが取れません。ウォリック侯やウィルメンテ侯は、救援のために動いています。ウェルロッド侯は、南へ向かった王国軍の部隊と戦っているところでしょう。ならば、我らがやるしかありません!」

「ブリストル伯の言う事には一理ある。あるが……」


 ――なぜ貴公なのか?


 ウィンザー侯爵は直接言わず、言外に含ませる。

 そう言われる事は、ブリストル伯爵も想定済みである。


「まずウィンザー侯は、降伏の呼びかけには不適格でしょう。パメラ嬢との因縁を考えれば、陛下も素直には聞き入れられないはずです。それはランカスター伯も同じ。陛下をこの場に留まらせる事ができたのは、ランカスター伯が準備していたおかげです。それは陛下もよくおわかりでしょう。やはり、ランカスター伯も説得には不適格」

「だから、自分に任せろと?」

「その通りです」

「ふむ」


 ウィンザー侯爵も、ブリストル伯爵の意見に一理あると思っていた。

 それと同時に、この提案には裏があると見抜いてもいた。


(もっともらしい事を言っているが、自分が栄誉ある役目を任されたいだけでは?)


 ――ブリストル伯爵は功名心に突き動かされている。


 ウィンザー侯爵は、そのように考えた。

 それが自然だからだ。


「ブリストル伯、功を焦ってはおらぬか? 無理をしては命を失うぞ」

「わかっております。ですが、やらねばならないのです」

「やらねばだと?」

「そうです。私は危険な役目であろうがやらねばならないのです。エンフィールド公に借りを返すためにも」

「エンフィールド公に? どういう事だ?」


 しかし、ウィンザー侯爵の考えは間違っていたようだ。

 ブリストル伯爵は功名心ではなく、必要に駆られて申し出てきたらしい。

 ウィンザー侯爵にとって、これは意外な事だったため、聞き返してしまう。


「ウィンザー侯も覚えておられるでしょう。炭鉱を開発する時に、エンフィールド公が当家に配慮してくださった事を」

「あれか」


 かつてドワーフから石炭の利用方法を教えてもらった時の事。

 炭鉱を開発する際に、ブリストル伯爵領とウィルメンテ侯爵領のどちらを開発するかを選んだ事があった。

 その時、アイザックがブリストル伯爵領の炭鉱を開発すると決めた。

 それが両家の和解として周囲に見られ、ブリストル伯爵は社交界での立場を取り戻す事ができたのだ。

 あの時の事を言っているのだと、ウィンザー侯爵は思い出す。


「あの時の借りを返したいと? それならば、やらねばならないとまでは言えないのでは?」

「いえ、やらねばならないのです。今のエンフィールド公に借りを作ったのなら、私も無理はしようとはしないでしょう。ですが当時のエンフィールド公は、まだ子供でした。子供に借りを作ったままではいられません。借りを返しておかねば、これから先もずっと心にしこりを残したまま生きねばなりませんので」

「なるほど、そういう事であったか」


 これはプライドの問題である。

 子供に借りを作ったままでは、心が耐えられない。

 だから、危険な役割を引き受け、借りを返そうとしている。

 功名心による暴走ではないと、ウィンザー侯爵にも理解できた。


「家臣に任せてもいいところを、自ら説得に赴くつもりだというわけだな?」

「そのつもりです。私が命を懸けて説得に向かい、エンフィールド公の計画を実現させる。それでこそ借りが返せるというもの。しかし、独断で行えば功を焦っただけにしか見えません。ですが、ウィンザー侯と相談してから行えば――」

「私の口からエンフィールド公に伝わるというわけか。……だが、捕らえられて人質になったとしても、助けるために軍を止めるという事はないぞ」

「結構です。それは覚悟の上ですから」

「ならば、止めはしない」

「ありがとうございます。ランカスター伯にも使者を送ってから、王国軍に向かう事にします」

「無理はせぬようにな」


 ブリストル伯爵は嬉しそうに笑顔を見せる。

 だが、それもこの時だけだった。


 ――このあと、すぐに彼の表情が凍り付く事になる。


 ブリストル伯爵は、ランカスター伯爵に使者を送ったあと、護衛を連れて王国軍の手前にまで進んだ。

 矢の雨が降ってきてもおかしくない状況だが、王国軍側は何もしてこなかった。

 やはり、この状況で使者を追い払う余裕などないのだろう。

 ブリストル伯爵には、兵士達は戦意を喪失し「早く降伏勧告をしてくれ」と願っているように見えていた。


「諸君、私はブリストル伯爵である。すでに形勢は覆し難いものだという事は、諸君もわかっているはずだ。降伏せよ! ジェイソン陛下にも、決断を下す時がきたと伝えてほしい。交渉のテーブルに着く気があるのなら、このブリストル伯爵が安全を保証するとな」


 本来ならば、これは家臣の仕事だった。

 降伏を呼びかけられて、指揮官達が激昂し、攻撃を仕掛けられる可能性もあるからだ。

 それをブリストル伯爵が自ら進んで行なったのは、ジェイソンに信用させるためである。

「虚偽の呼びかけだ」と思われてしまえば、あとは戦うしかなくなってしまう。

 最初が肝心なため、彼は惜しみなく自分の身を危険に晒していたのだ。


 その甲斐があったのか「降伏などするか!」と、反抗してくる者はいなかった。

 王国軍内部で動きがあり、騎兵がせわしなく動いている。


(陛下に知らせているのだろう。しばし待つか)


 ブリストル伯爵も即座に返事があるとは思っていない。

 現場の者が判断できる事ではないので、連絡を取って当たり前だと思っていた。

 やがて、近衛騎士が姿を現した。

 ブリストル伯爵の側近が、万が一に備えて壁になろうと前に出る。


「警戒はごもっとも。簡単には信じてはもらえないでしょうが、我らは先王陛下派の者です」

「降伏交渉の代表を任されたというわけかな?」

「いいえ、それは違います。いや、違わないのですが、今は重要なお話を伝えに参りました」

「というと?」

「陛下は従う者を連れて、この場を脱出しております。私共は残った者の代表なのです」

「なんだと!?」


 予想外の事態に、ブリストル伯爵は恥も外聞もなく、大きな声をあげた。

 王国軍の一部が西へ移動してから、真っ直ぐ本陣へ向かっていた。

 それなのに、ジェイソンは脱出しようとしている。

 ブリストル伯爵は後手に回っている事を知り、ジェイソンの頭脳を見くびってしまっていた事に気付いた。

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