第473話 擲弾兵
アイザック達は王都を離れ、領地に戻った。
ジェイソンが余計な事をしないか不安ではあったが、クーパー伯爵やフィッツジェラルド元帥を信じて、あとを任せていた。
領地に戻ったアイザックは、まず郊外の練兵場に向かった。
ここには傘下の貴族の当主や、ロックウェル王国からやってきた者達を集めている。
他には、親と一緒に帰郷しようとしていたアイザックの同級生達や、ジークハルトといったドワーフ。
万が一の治療に備えて、マチアスやクロードといった者達がいた。
もちろん、ランドルフもだ。
「なぜ練兵場に集められたのかがわからないと思っている方ばかりでしょう。その説明をさせていただきます」
皆が集まったところで、アイザックが話を進める。
「本来ならば、ロックウェル王国から勧誘した指揮官達との顔合わせという予定でした。ですが、サンダース子爵からの意見もあり、彼らの実戦配備は延期することになりました」
これは本当にランドルフの提案だった。
彼は、戦争がもっと先の話だと思っていた。
しかし、リード王国正規軍と戦う事になるかもしれないという状況になってしまっている。
そんな状況で――
「ロックウェル王国から勧誘してきた指揮官に軍の一部を任せる」
――と言ったら、傘下の貴族達はどう思うだろうか?
今は平時ではない。
「自分達は軍を任せられないと思われているのでは?」と考えてしまうだろう。
彼らを落胆させないためにも「勧誘した指揮官を配備するのは、ひとまず内戦が終わってからにしよう」という話を、ランドルフから持ち掛けられていた。
アイザックも指揮系統の混乱を抑えるべきだと思い、彼の提案を受け入れていた。
「ただし、内戦が終わるまで遊んでいてもらうわけにはいきません。彼らは臨時にエンフィールド公爵家騎士団の一部隊として編入し、フェリクス・フォードをその部隊長とします。実戦で戦う事はないでしょうが、新しい戦い方を見て、覚えてもらう事にはなるでしょう」
「あの、発言よろしいでしょうか!」
指揮官の一人が、手をあげる。
彼らは内戦の事を、まだ知らされていない。
その事を聞きたいのだろう。
「どうぞ」
「内戦とは、どういう事なのでしょうか? 元帥閣下の扱いで揉めたのでしょうか?」
彼らの疑問は、アイザックの予想通りのものだった。
ただ、ダッジが関わっているとまで考えているとは思わなかった。
(やっぱり実戦経験豊富だと、直感が鋭くなったりするのかな?)
ダッジの存在は、確かに戦争を引き起こすきっかけになりそうだった。
アイザックの信用が低ければ「リード王国に戦争の火種を持ち込む不届き者」として、ウェルロッド侯爵家が潰されそうになっていたかもしれない。
彼は直感的に、その事に思い至ったのだろう。
もしくは「ダッジ元帥がリード王国に仕官するとか戦争ものだよな」と、仲間内で話していたのかもしれない。
(あぁ、シルヴェスターが同行してたんだっけ。なら、不穏な空気は感じていたか)
なぜ彼がダッジの事が原因だと思ったのかがわかると、アイザックはスッキリした気分になる。
「内戦にダッジ前元帥は関係ありません。実は――」
アイザックは、彼らにも王都で起きている事を正直に話す。
彼らも他国の事でありながら、ジェイソンの愚行に大きく戸惑いを見せていた。
「動揺しているみたいだが、本当に話してよかったのか?」
ランドルフがアイザックに耳打ちする。
ここで「やっぱり、ロックウェル王国に帰らせてもらう」だとか「リード王国で内戦? ならば、この隙にフォード元帥の仇を!」などと思われたりすれば大事になる。
なんでもかんでも、話せばいいというものではないと彼は思っていた。
「大丈夫ですよ。これから話す内容を考えれば、彼らは裏切ろうと思わないでしょうから」
しかし、アイザックには自信があった。
裏切るかもしれないという心配は、
その絶好のネタを披露するのが、今回の集まってもらった理由でもあったからだ。
「今日集まってもらったのは、新兵器を見てもらうためです。それがどういうものかは……。実際に見てもらった方が早いでしょう」
アイザックは、投石部隊の隊長に合図を送る。
すると、皆の前に箱が運ばれてくる。
蓋が開けられると、中には手榴弾が入っていた。
アイザックが指定したものとは違い、一つ一つにしっかりと紐がくくり付けられていた。
「これは安全のためです。当初は閣下のご指示どおり、専用のスリングを使っていたのですが……。すっぽ抜けて投擲に失敗した時の被害は、ただ石を投げた時とは比べものになりません。安全のために、一つ一つに紐をくくりつけるように致しました」
アイザックが尋ねる前に、隊長が先に説明する。
彼は申し訳なさそうにしているが、アイザックは笑顔を見せる。
「私はまだ完成品を使ったところを見ていない。使用した際に、どのような問題が出たのかを知らないのだ。現場の人間が先んじて対処をしてくれた事に感謝する。よくやってくれた。怪我人は出たのか?」
「模擬弾での練習中に気付いたので、怪我人は出ておりません」
「ならばよかった」
アイザックのような立場の人間ならば「なぜ、俺の指示に従わない!」と癇癪を起しても不思議ではない。
だがアイザックは、安全性の確保を褒めてくれた。
これは
やはり、熟練兵の価値をわかっていてくれるのだと、彼は感動していた。
しかし、アイザックの考えは違った。
(うわっ、やっべぇ……。そりゃそうだ。重いものを振り回すんだから、すっぽ抜けもするよな。マシンガンみたいに短時間で大量に弾を消費するようなものでもないし、一個ずつ投げやすくしてもよかったんだ。実戦で使用する前に「味方殺しの兵器」なんて言われて、どこぞの赤い悪魔のような扱いをされずに済んでよかった)
兵士達の身の安全も心配ではあったが、それ以上に「手榴弾は使いものにならない」と思われるのが心配だった。
切り札も使わなければ、ただの置物である。
積極的に使えるようにしようとしてくれているのに、否定するつもりなどまったくない。
感謝の気持ち自体は本物だった。
「では、予定どおり進めてくれ。緊張してミスをしないように」
「我らは常に死を覚悟して訓練しております。人前だからと手元が狂う軟弱者などおりません。お任せください」
隊長は勢い込んで準備に取り掛かる。
それを見て、アイザックも準備を行う。
「それでは皆さん。兜と面頬を付けて、あちらの土が盛られているところへどうぞ。あそこなら安全ですので」
「安全?」
不穏な気配を感じさせる言葉に、疑問の声があがる。
「ええ、新兵器は
「はぁ……」
アイザックに危険だと言われても、誰もピンとこなかった。
大量に鎧が設置されているので、そこに向かって新兵器を使うというのはわかる。
だが、鎧と盛り土の距離は50メートルほどあるのだ。
そこまで警戒する必要があるのかと考えてしまう。
しかし、新兵器が何かを知っていそうなランドルフが真っ先に兜を被っているので、彼らも大人しく兵士達から兜と面頬を受け取って装着する。
「始めてくれ」
みんなが防具を装着したのを確認すると、アイザックは投石部隊に開始の指示を出す。
一人の投石兵と、彼をサポートする兵士が動き始める。
二人一組として行動する事で、スムーズな行動ができるようになる。
サポートの兵が火を点けると、投石兵は手榴弾を振り回し始める。
(……ハンマー投げみたいに投げるのかと思ったら、カウボーイの投げ縄みたいに振り回してるな)
紐をくくりつけた手榴弾の形がハンマーのような形状だったので、ハンマー投げのように投げるとアイザックは思いこんでいた。
(あぁ、そうか。導火線の時間調整は、あの投げ方の方がやりやすいのか。ハンマー投げの投げ方じゃあ、足元がぬかるんでいたら大惨事になりそうだし)
投石兵も危険な物だとわかっているからか、彼らなりに最適な投げ方を模索してくれていたらしい。
足りないところを、現場で試行錯誤して補ってくれるのはありがたい。
アイザックが彼らの頑張りに感動していると、手榴弾が投げられた。
投石兵の狙い通り、鎧が乱立する中央部で爆発する。
「なんだと!」
「魔法か!」
「何か飛んできたぞ!」
見学者達から、次々に驚きの声があがった。
この反応をアイザックは待っていたのだ。
「あぁ……」
しかし、予想を超えた反応を示す者もいた。
「閣下!」
「大丈夫ですか!?」
――ダッジである。
彼は驚きのあまり、腰を抜かしてしまったようだ。
すぐさま周囲にいた者達に支えられる。
(年も年だしな。心臓発作とかの心配をした方がよかったかも?)
アイザックは彼の体調を心配するが、クロードがダッジの様子を見てくれているので大丈夫だろうと思い直す。
だが、見ているだけというわけにもいかない。
ダッジに近付き、声をかける。
「申し訳ありません。驚かせてしまいましたね」
「ええ、本当に……。本当に驚きました」
ダッジは、ゆっくりと地面に降ろされていた。
彼は座ったまま返答する。
「あれは道具を使っていたので、魔法……というわけではありませんな?」
「ええ、そうです。火を付けて投げるだけで、誰でも使える兵器です」
「なんと……。なんと、恐ろしいものを……」
ダッジは身を震わせる。
どうやら彼は、手榴弾の威力を一目見ただけでわかったようだ。
「そこまで恐れるものなのですか?」
クロードが、ダッジに尋ねる。
「誰もが魔法を使えるエルフの御仁にはわかるまい。……魔法のような力を誰でも使えるという事が何を意味するのか? どういう形になるかまではわからんが、確実に戦争の形が変わる」
「そうなのですか?」
「うむ。私のような従来の戦い方しか知らぬ年寄りなど、お払い箱になるだろうな」
ダッジは苦笑を浮かべた。
アイザック達が自分を歓迎してくれなかったのは、政治的な問題だけではなかったと考えたからだ。
――新兵器の存在を前提とした新世代の戦術。
それを基軸にするというのならば、旧世代の人間など必要ないはずだ。
世代間の壁を思い知らされ、ダッジは打ちのめされる。
彼の落ち込む姿は、見ていた者達の心に強く訴えかけていた。
アイザックが何かを言うまでもなく、見学者達に極めて強い印象を与えてくれていたのだった。
雰囲気を感じ取ったアイザックは、今の流れに合わせた話をする事にした。
「そう自分を卑下なさる必要はありませんよ。この新兵器の扱いも、慣れるまでに時間がかかります。全兵士が扱えるようになるまで時間がかかります。それまでの間、戦線を構築するのは従来の歩兵です。ダッジ殿のような指揮官は、まだまだ必要です。それに、これは敵を殺さない事に主眼を置いていますから、手榴弾だけで勝てるという事にはならないでしょう」
「敵を殺さない? どういう事です?」
「それには、まずあの鎧がどうなっているかを見てもらう方がいいですね」
念のために兵士に安全を確認させてから、アイザックは見学者達を鎧のところへ連れていく。
友人達は「どうなっているんだ?」と話しかけたそうにしていたが、今は一人の貴族として出席している。
アイザックに話しかけるのを我慢して、近くにいる者と話をしていた。
鎧のところに着くと、アイザックは鎧に近付いて、足元に転がっている鉄球を手に取る。
そして、それを掲げて皆に見せた。
「先ほどの炎の魔法のような爆発。あの炎は敵兵を傷つけられるでしょうが、それが主な目的ではありません。あの爆発は、この鉄球を周囲にまき散らすためのものでした。これは言葉で説明するよりも、鎧がどうなっているかを見て確認していただいた方がわかりやすいでしょう」
鎧を確認してくれと言うと、皆が順番に確認していった。
すると、誰もがアイザックの言葉が正しいと理解した。
爆風でひしゃげるより、鉄球による穴の方が鎧に大きな傷跡を残していたからだ。
フェリクスが鉄球を拾って確認し、アイザックに尋ねる。
「なぜ鉄球なのでしょうか? 矢じりのようなものをまき散らした方が効果があるのではありませんか?」
「それは先ほど言ったように、敵を殺さないためだ。矢じりは引き抜く時、返しがあるせいで無理に引き抜くと傷口がズタズタに裂かれるだろう?だが、鉄球には返しがない。取り出すのも容易なはずだ」
「一時的に戦線を離脱させる事ができればいいというわけですか」
フェリクスは、手榴弾の効果について考え始めた。
致命傷であれば「もう手遅れだ」と見捨てる事も可能だが、治療が可能な状態にしておくというのも嫌らしい方法である。
負傷した兵士はもとより、後方へ搬送する兵士や看護する兵士の分も後方へと回る事になる。
それだけ最前線の兵士が減るという事だ。
――戦場で敵兵を効率的に減らす。
突き詰めれば、そういう戦い方になるのかもしれない。
だが、その方法を思いつくのは常人では無理だろう。
「事ある毎に恐ろしさを思い知らせてくるお方だ」という結論にたどり着く。
「それだけじゃない。死人が少なければ少ないほど、恨まれる事もなくなる。憎しみの連鎖で争いが続くのを断ち切るという目的もあるんだ」
「……そういえば、我が軍――ロックウェル王国軍の捕虜も治療して返されていましたね」
「戦争での被害がきっかけとなって、また次の戦争に繋がるなんてバカバカしいだろう? ファーティル王国とロックウェル王国の関係は単純なものではないとわかってはいる。それでもできる事はやっておきたかったんだ」
「なるほど」
アイザックは戦術的な効果など重視していない。
もっと大きなもの。
国家戦略を見据えて行動している。
(元帥杖を託す相手は間違ってはいなかった)
アイザックのスケールは、曾祖父とですら比べられないほどの大きさである。
彼に負けたのは残念ではあるが、負けた事は恥ではないという事を、これから世界に知らしめてくれるはずだ。
フェリクスは、素直にそう思っていた。
アイザックは、フェリクスやダッジの反応を見て成功を確信する。
これならば「アイザックに従った方がいい」と思ってくれる。
しかも、引き抜いた指揮官の中に高い確率で紛れ込んでいるであろうスパイにも、強い衝撃を与えられたはずだ。
きっと本国にも「ウェルロッド侯爵家と事を構えるべきではない」と報告してくれるだろう。
ロックウェル王国の者達に見せたかったものを見せる事ができて、アイザックは満足していた。
もちろん、傘下の貴族達に見せた意味もあった。
――いざという時は、新兵器を使って王国軍を倒せる。
実際は数に余裕がないので厳しいが、そう思わせる事で彼らを奮い立たせる事ができる。
デモンストレーションは成功したと思っていいだろう。
ここでアイザックは、最後の締めに入る。
「投石部隊、集合!」
アイザックの号令により、遠巻きに見守っていた投石兵達が集まり、整列した。
貴族達は「次は何が始まるんだ?」と、ジッと耳を傾ける。
「諸君、人類最古の武器は何か知っているか? それは石だ。石を投げ、石で殴る。それが発展して、木の棒に石をくくりつけて石斧となり、武器が発展していった」
アイザックは一度周囲を見回し、投石兵の目を見て回った。
「そして今、武器の最先端と言うべき手榴弾を扱うようになった。諸君らは人類最古の武器から、最先端の武器を扱う兵士へと変わったのだ。今この時をもって、諸君らは手榴弾を投擲する兵士。
アイザックの言葉に、擲弾兵達は雄叫びをあげる。
「投石兵」と呼ばれるのが嫌だったわけではない。
ドラゴン相手に一歩も退かなかった本物の命知らずに、新しい名前を与えられ、勇者と言われたのが嬉しかったのだ。
この一連の流れは、見ていた者達の心に、こう深く刻み込まれた。
新時代の開拓者だと。
彼らに「これからどんなものを見せてくれるのだろうか?」という期待感を与えていた。
誰もが「アイザックに付いていこう」と考える。
それはアイザックが望んでいた結果であり、違った結果でもあった。
(スパイや裏切ろうと考えている奴がいようが関係ない。新兵器を見せたんだ。こっちが勝つと思えば、誰も裏切りなんて考えないだろう)
アイザックは「力を見せつける事で裏切りを考えているものを抑えよう」と考えていた。
しかし、そんな事をする必要はなかった。
新兵器の力ではなく、未知の世界を見せる事で彼らを惹き付けていたからだ。
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