第470話 覚悟の再確認

 今回はジェイソン対策メンバー全員ではなく、ゴメンズの父親とクーパー伯爵、フィッツジェラルド元帥だけを集めていた。

 基本的に当主だけだが、ウェルロッド侯爵家だけはアイザックとモーガン、それにランドルフも顔を出している。

 彼らを呼び出した主催者側である以上、屋敷でゴロゴロしているわけにはいかないからだ。

 議題は当然、新しい人事に関するものとなる。

 最初に口を開いたのは、彼らを呼び集めたアイザックだった。


「さて、今日皆さんをお招きしたのは新しい人事についてですが……。これによって状況が大きく変わった、というのはご理解いただけていますでしょうか?」


 ――ウィルメンテ侯爵、ブランダー伯爵、アダムズ伯爵、フォスベリー子爵。


 彼ら四人は、力なくうなずいた。

 全員暗い顔をしているが、その中でもウィルメンテ侯爵だけは少しマシなように見えた。

 唯一の息子というわけではないので、代わりがいる安心感からだろうか。

 だがそれでも、フレッドの巻き添えを食らう可能性がある。

 楽観的に見るということができるほどではないようだ。


「皆さんも、さぞお辛い事でしょう。フレッド、マイケル、チャールズ、ダミアン。この四人は、廃嫡されるとはいえひっそりと自由に暮らすという選択ができなくなりました。そして、皆さんを取り巻く状況も、大きく変わりました」


 ――彼らは自分達を追いこんでしまった。


 今までであれば「友情を捨てられず、ジェイソンの味方になってしまっていた」と言い訳もできた。

 しかし、公職に就いてしまえば、それができなくなる。

「ジェイソンに見返りを約束されて協力していた」と思われてしまうからだ。

 友情によって渋々付き合うのと、見返りを求めての行動では、エリアスや多くの貴族の心証が大違いである。

 王への大逆罪という罪の重さを考えれば、族滅や家の取り潰しにまで可能性が及ぶだろう。


 親達も「息子を助けられないだろうか?」という考えから「家族たちの生命の保護や家を取り潰されないようにするにはどうすればいいか?」という考えに変わっていた。

 そんな彼らの心配を減らすのが、今回の集まりの目的だった。


「こうなったら、ジェイソン陛下にお仕えするしかない。そう考えている方はおられますか? おられましたら妨害はしませんので、出ていってくださってかまいません」


 アイザックの問いに、誰も答えなかった。

 答えられるはずがない。

「はい、裏切ります」とでも言おうものなら、即座に首が飛ぶだろう。

 もちろん、物理的にだ。


 この場にいる誰もが、アイザックにジュードの姿を重ねていた。

 不用意な答えは死を招く。

 下手な答えどころか、わずかな身じろぎすら不信感を与えかねない。

 みんな体を固まらせていた。


「剣を」


 アイザックは、ノーマンに命じる。

 彼はアイザックに命じられるがまま、親達の前に・・・・・剣一本ずつを置いていった。


「もしも、不意打ちによる暗殺を警戒されているのでしたら、私を人質にして屋敷を出ていってくださって結構です。エリアス陛下への忠誠は重要。ですが、家族への愛もまた重要なものです。簡単には捨てられはしないでしょう。出ていく方がいれば残念だとは思いますが軽蔑はしません」


 アイザックの言葉に、最初に反応したのはブランダー伯爵だった。

 彼は剣に手を伸ばす。


 そして、剣を掴むと――


「馬鹿にしないでいただきたい」


 ――アイザックの前に放り投げた。


「息子は可愛い。逆恨みだとわかっているが、エンフィールド公にも不満を持っています。だが、王国貴族として優先すべき事を曲げてまで、息子を選ぶつもりはございません。舐めないでいただきたいものですな」

「ブランダー伯の言われる通りです。息子のしでかした罪は、親が贖わねばなりません」


 アダムズ伯爵も、ブランダー伯爵に続いて、剣をアイザックの側へ押し返す。


「私はエリアス陛下をお助けするために、ジェイソン陛下に従うフリをしているのです。本当に裏切ってしまったら、私は自分を許せなくなってしまいます。この剣でダミアンを殺せと言われるのでしたら、従ったでしょうが……」


 フォスベリー子爵も、剣を押し退けた。

 彼に関しては予想通りの行動だ。


 しかし、最後に残ったウィルメンテ侯爵は、まじまじと剣を見ている。

 彼も即座に剣を返してくると思っていたので、アイザックの予想が外れてしまった。


(「ローランドがいるから、フレッドはもういらない」と簡単には考えないと思ってはいたけど……。何を考えている?)


 もし、ウィルメンテ侯爵に出ていかれれば計画が大きく狂ってしまう。


 ――なぜなら、これは儀式だからだ。


 息子が大臣や将軍になったから、ジェイソンに付こう。

 そういう考えが頭をチラつくかもしれない。

 彼らに改めて息子ではなく、反ジェイソンの立場を選ばせる必要があった。


 そこでアイザックは、貴族のプライドを利用する事にした。

 脅迫のようなやり方をすれば、彼らは反発するだろう。

 口先で「エリアスを助ける」と言っておきながら「ジェイソンに反対派閥が形成されている」と密告するかもしれない。

 だから、あえて優しい言葉をかけたのだ。


 ――息子を思う父親の立場に配慮して、裏切ってもかまわないと伝える。


 ここまでされて「はい、裏切ります」と言う事はできない。

 彼らの貴族としてのプライドが、それを許さないからだ。

 アイザックが脅して従わせていれば、彼らは裏切っただろう。

 計算ではなく、感情で人を動かすプライドとは厄介なものだ。

 しかし、プライドを利用する事で、彼らを裏切りにくくする事もできる。


 だからアイザックは、今日の集まりは説得・・ではなく儀式・・だと思っていた。

 打倒ジェイソンの意思を確認するだけの集まりにしか過ぎないからだ。

 それだけに、ウィルメンテ侯爵の動きに焦りを感じる。

 そのウィルメンテ侯爵はというと、一度軽くフッと笑ったあと、剣を返してきた。


「失礼、つい色々と考えてしまいました。我が家にはローランドがいるので、フレッドに固執するつもりはありません。エンフィールド公に従います」


 ウィルメンテ侯爵は、他の者達と違って冷静さを失ってはいなかった。

 剣を配られた時点で、アイザックの狙いを考えていた。


 ――アイザックが剣を配った理由。


 それがアイザックを人質にして、安全に屋敷を出るための保証だとは思えなかったからだ。


(きっと、部屋の外には精鋭が配置されている。だが、それは部屋を出ていった者を討つためではない。武器を持った者を討つためだ。ただ出ていっただけならば見逃されただろう)


 さすがに今の状況で、部屋を出ていった者を討つのには無理がある。

 ウェルロッド侯爵家の屋敷で討たれれば、当然息子は不審がるだろう。

 それがジェイソンに伝わり、動きが怪しまれるかもしれない。


 だが、剣をアイザックに突き付けていれば違う。

 ジェイソンのために裏工作を任されているエンフィールド公爵に剣を突き付けているのだ。

 ウェルロッド侯爵家の使用人だけではなく、各家の従者が目撃者となる以上、無礼打ちしても問題のない状況を作る事ができる。

 裏切り者を口封じに殺してしまっても、ジェイソン達に怪しまれたりはしない。

 自然な流れで処分できるのだ。


(先代ウェルロッド侯とは違って、周囲にどう見られるかを理解して立ち回っている……)


 ウィルメンテ侯爵は「こんなのとやり合っていくのは嫌だなぁ……」と思いながらも、ローランドとケンドラの婚約を進めた自分の慧眼に満足していた。

 息子がジェイソンの重臣になってしまったと混乱していなければ、他の者達でも気付けただろう。

 しれっと罠を仕込むところに、ウェルロッド侯爵家の当たり世代の恐ろしさを感じさせられていた。


「ありがとうございます。皆さんの思いは受け取りました。例えエリアス陛下の信頼を損ねる事になったとしても、一族への罰や各家の取り潰しや冷遇は絶対にしないよう、強く願い出るつもりです。ただご子息の処分に関しましては、エリアス陛下にお任せする事になります。ご子息の助命嘆願を考えているのなら、より一層の働きをしていただく必要があるでしょう。そうなれば私も口添えしやすくなるので期待しております」


 ウィルメンテ侯爵も裏切らないと誓ってくれたので、アイザックは話を一度区切った。

 次に話す事もあるからだ。


「フィッツジェラルド元帥と、宰相が内定しているクーパー伯は負担が増してしまいました。頑張ってくださいとしか言いようがないので心苦しく思っています」

「私はまだなんとかなりますが……。クーパー伯は大変でしょう。大臣という重要な地位に人生経験すら乏しい若者が就くのですから」


 フィッツジェラルド元帥は大したことはないと答える。

 しかしながら、彼の目から見てもクーパー伯爵が辛い立場に追い込まれてしまったと感じているようだ。

 そのクーパー伯爵はというと、ゴメンズの親と変わらぬほど青い顔をしていた。


「国内が荒れそうな時の新任の宰相。それだけでも大変なのに、まさか後任の大臣に彼らが就任する事になるとは……」


 息子が迷惑をかけると確信しているのだろう。

 クーパー伯爵に、ブランダー伯爵とアダムズ伯爵が申し訳なさそうな表情を見せる。


「一度、ジェイソン陛下に後任の法務大臣には誰がいいのか聞かれました。その時は、ウリッジ伯爵が適任だろうと答えたのですが……。出征するので、他の者を考えようという事になったのです。まさか彼を選ぶとは思いませんでした」


 あの時、他の者をもっと強く推していれば違った結果になったかもしれない。

 クーパー伯爵は心底悔しそうにしていた。


(よかった。自分の責任だと思ってくれているようだ)


 一方アイザックは、クーパー伯爵が「外務大臣と法務大臣の後任も考えていてくれればよかったのに」という恨み言を言ってこなかったので、ホッとしていた。

 だが、フォローは必要である。


「申し訳ありません。急な人事なので、副大臣や事務次官といった役職の者を当てると思っていたのですが……。見立てが甘かったようです」

「エンフィールド公に責任はありません。これは……、これはジェイソンの責任ですので」


 クーパー伯爵は、王族の責任を言葉にするのを一瞬ためらった。

 しかし、最後には言葉にした。

 それも呼び捨てで。

 これは完全なるジェイソンとの決別との意思だと受け取っていいだろう。

 エリアスの事を抜きにして、個人的な恨みも含まれているかもしれない。


(俺でも、きっと恨む。いや、絶対に恨むね)


 アイザックは、クーパー伯爵と同感だった。

 これから他国と戦争を起こそうという時に、国内を乱すような人事は嫌がらせでしかない。

 特に「ニコルを守るためにゴメンズが張り切っている」などという理由を知らない彼には、自分に対する嫌がらせにしか思えないだろう。

 ジェイソンの判断は、皮肉にもニコルを窮地に追いやるものとなっていた。


「フィッツジェラルド元帥、フレッドの将軍就任などの影響はどのようなものが予想されますか?」


 アイザックは、フィッツジェラルド元帥に影響の予測を尋ねる。

 軍の事は専門家に聞くに限る。


「ジェイソン陛下からは、出征に同行させると言われています。一軍を率いる事になるので、その部隊を寝返らせるのが難しくなるかもしれません。フォスベリー子爵の部隊と、ダミアンの部隊を与える事で、影響を最低限にしようと思っています」

「軍内部の反発などはどうでしょう?」

「もちろん、あります。せめてウィルメンテ侯やフォスベリー子爵であればよかったのですが、やはり卒業したての若者では……。そろそろ将軍や騎士団長に、と目されていた者達を中心に不満が高まっています。説得は容易にはなりましたが、不満を抑えるのに苦労しています」


 不満を抑えるのに苦労するというのは、今の状況を考えれば贅沢な悩みである。

 しかし、それはアイザックだから思える事。

 フィッツジェラルド元帥にとっては、いつ部下が暴発しないか冷や冷やものだろう。

 諸手を挙げて喜ぶ事などできない。


「今、私にできる事は、皆さんに頑張ってくださいと言う事だけです。ですが、あと数か月の我慢です。今はどん底のような気分かもしれませんが、その数か月の間に彼らに何ができるというのでしょう。仕事の引き継ぎや、慣れるのに精一杯のはずです。彼らが何かをする前にジェイソン陛下に親征を促し、事態の決着を急ぎましょう」

「そ、その通り。エンフィールド公のおっしゃる通り、大臣職は簡単にできるものではありません。しばらくは、なんとかなるでしょう」


 クーパー伯爵が期待に満ちた目でアイザックを見ていた。

 アイザックは「そんな目で見られても……」と思っていたが、自信に満ちた笑顔を返す。


 この日、モーガンとランドルフは軽い雑談をするだけで、積極的に発言をする事はなかった。

 ウェルロッド侯爵家の屋敷での会合ではあるが、誰が頂点に立っているのかを示すために発言を控えていたのだった。

 こうした積み重ねが、いつか彼らの中で芽吹く時がくると信じて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る