第469話 大人の階段を登ったアイザック
パメラとの初夜は、アイザックには一生忘れられないであろう思い出となった。
前世を含め、人生最高の体験をする事ができたと満足していた。
本来ならば「次はリサと」となるところだが、彼女とは一ヶ月から三か月ほどお預けとなる。
彼女と同衾するのは、まずパメラに妊娠の兆候を確認してからである。
「だったら、結婚式も先伸ばしにしてもよかったのでは?」
という質問をアイザックはしたが――
「そんな事をしたら、アマンダさん達に付け入る隙を与える事になったけどよかったの?」
――と、マーガレットに一蹴された。
結婚式の夜に結ばれる方が思い出に残る。
だがアイザックの場合は、それが許されなかった。
パメラと同時にリサと結婚していなければ、アイザックを狙っている者達に「今なら第二夫人に滑り込めるかも?」と希望を残してしまう事になる。
それではアイザックも困る事になるからだ。
リサとの夜の生活はお預けになるものの、第二夫人を確定してしまえばアイザックの周囲は静かになる。
すべてアイザックの不始末をフォローするための処置だったのだ。
――アイザックの第二夫人はリサ。
この事を確定しておく意味は大きい。
パメラと違い、彼女はアイザックが望んで婚約した相手だ。
ウィンザー侯爵の反乱を抑えるために結婚したと思われているパメラとは違う。
彼女を押しのけて第二夫人の座に座るのは、アイザックの不興を買ってしまう。
だからといって第三夫人になり、男爵家の娘の風下に立つような事もできない。
リサと早い段階で結婚しておく事で、アマンダ達を避ける事ができる。
一種の魔除けのようなものだった。
リサにも思うところがないわけでもないが、彼女も納得していた。
ルシアとメリンダの事を考えれば、パメラが先に懐妊してくれた方がいい。
自分が産んだ子供がアイザックのような子供だとは限らないし、同じような事もしてほしくもない。
「男女関係なく、パメラに先に子供を産んでほしい」というのが彼女の望みでもあった。
初夜が先延ばしになるのは寂しいが、今まで待った事を考えれば、あと数か月くらいは余裕だった。
アイザックが心配しているようなことは、結婚できた事の嬉しさに比べれば些細なものである。
彼女はアイザックが思っているほど弱くはなかった。
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アイザックは自分の友人だけではなく、パメラの友人の結婚式にも顔を出していた。
卒業生が一斉に結婚するので、結婚式はある程度までは予定を調整されて行われる。
しかし、皆が王都に集まっている時期に集中するので、どうしても限度がある。
要は、日取りが被ってしまうのだ。
そのため、この日はアイザックがポールの結婚式に出席し、パメラは友人の結婚式に出る事になり、バラバラに行動していた。
予定の空いているリサは、アイザックに同行していない。
パメラを連れていないのに、リサだけ連れていれば「彼女が実質的な正妻だ」と思われかねないからである。
もう子供ではなくなったので、今まで以上に気を付けねばならなくなった。
面倒ではあるが、まだパメラが第一夫人としての確固たる地盤を築いていないので、配慮せねばならない事だった。
ポールの結婚式には、結婚相手のモニカの招待客としてティファニーもきていた。
結婚する友人の姿を見て、彼女はどこか寂しそうな表情を見せる。
だが、アイザックがどうこうできる問題でもないので、そっとしておく。
今回の主役は、ポールとモニカである。
彼らを差し置いて、ドラマを繰り広げるわけにはいかないからだ。
ティファニーとは挨拶と軽い会話だけで済ませた。
そして主役のポールだが――
「結婚生活を始めてどうだった?」
――彼もアイザックと同じような事を尋ねてきた。
これにはアイザックも苦笑いである。
「聞きたいであろう事はわかるよ。でも、さすがに夫婦の秘め事を人前では話せないよ。でも実は僕も陛下に同じ事を聞いてね。その時、こう言われたよ。一生に一度の経験だ。その先は自分の目で確かめてほしいってね」
「その意見もわかるけどさー。あぁ、緊張する!」
ポールの姿を見て、フフフッとアイザックは笑う。
(俺もこんな感じだったんだろうな)
一足早く大人の階段を上ったため、アイザックは余裕を持っていた。
「上手くできるかとか心配するのはわかる。でも本当に心配するべきなのは、そのあとだよ。同じベッドで寝てるから『寝返りで起こしたらどうしよう』とか『いびきをかいていたらどうしよう』とか、寝る前に色々と気になって眠れなくなるよ」
「うぉぉぉ、やめてくれ! すっごい気になるから!」
ポールが悶える。
彼の姿を見て、すでに結婚しているカイが笑っていた。
「それにしても、公爵閣下でもそんな事を気にするんだね。もっと『俺がどう寝ようが自由だ!』みたいな態度でも許されるのに」
レイモンドの素朴な疑問に、他の者達も「どうなんだ」という視線をアイザックに向ける。
「いやぁ、それはないだろう。これから外で偉そうにしないといけないんだから、家でくらい威張り散らさずに済む生活をしたい。それに家庭は一人で作るものじゃなくて、夫婦で作るものだからお互いに尊重しないとね」
「へぇー、ちゃんと考えてるんだ。やべぇ、俺は何も考えてないよ」
ポールが頭を抱えこむ。
まさか結婚式当日になって、夫婦生活について考える事になるとは思わなかったからだ。
「ポールも『俺の言う事を聞け』っていうタイプじゃないだろ? 夫婦で考えればいい。でも相手の事を考えるだけじゃダメだぞ。自分が我慢すればいいっていう考えじゃあ、いつか破綻するからね」
「おぉ……、さすがアイザック。色々考えてるな」
ポールだけではなく、他の者達もうなずいていた。
その言葉は、彼らの賛同を得られた。
アイザックは少しだけ、先に結婚したという優越感に浸る事ができた。
「でも、こうして結婚を喜んでいていいのかなって思う時があるんだ……」
ポールは悲しそうな表情を見せる。
きっとエリアスの事が気にかかっているのだろう。
王家への忠誠心のある者なら、当然の事だ。
アイザックは、彼の心を少し軽くしてやろうと考える。
「いいんだよ。悲しんでいれば、あのお方が喜ぶわけでもない。今は喜べ。そして、いつかあのお方を笑顔にできるように頑張ればいいんだ。一緒に悲しむより、一緒に笑って過ごせるように前向きに考えよう」
「そ、そうだな」
ポールが笑顔を見せた。
しかし、どことなく陰がある。
こんな状況でなければ、100%喜べただろう。
そういった点でも、ジェイソンの行動は大きく影響を与えていた。
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ポールとモニカの披露宴が終わり、帰宅する頃には空が暗くなっていた。
使用人から「食堂にきてほしい」とモーガンが言っていたと伝えられる。
こういう時の呼び出しはロクな事がない。
帰りが遅くなったのを叱られるのかと思ったが「こんな時間まで何していたんだ!」と言われるような年でもないので違うだろう。
「最後に言われたのは、いつだっただろう?」と思いながら食堂に入ると、他の家族も揃っていた。
ちょうど食後のティータイムだったのだろう。
皆がリラックス――はしていなかった。
「ちょうどいい時に帰ってきた。話しておかねばならん事がある」
「なんでしょう?」
アイザックは席に着きながら聞き返した。
モーガンは難しい顔をしている。
本当にロクな話ではなさそうだ。
「外務大臣と法務大臣の後任の話だ」
「あぁ、そういえばそれは誰にするか話し合ってませんでしたね。どなたがいいと思われますか?」
――クーパー伯爵を宰相にする。
――モーガンをフリーにする。
その事ばかりに気を取られていて、後任の人事まで気にしていなかった。
モーガンの表情を見る限り、あまりいい人選ではなさそうだ。
「違う、そうじゃない。後任が決まったのだ」
「誰にですか?」
「マイケルとチャールズだ」
「はぁ!?」
驚きのあまり、アイザックは叫んでしまう。
あり得ない人選だからだ。
しかし、それだけではなかった。
「フレッドは将軍に、ダミアンは騎士団長として騎士団の一つを任される事になった」
「そんな!」
アイザックは驚き、周囲を見回す。
みんなは先に話を聞いていたのか、残念がってはいても驚いてはいなかった。
「い、いくらなんでもありえないでしょう」
「事実だ。マイケルが外務大臣に、チャールズが法務大臣の後任に決まった。順当に副大臣が繰り上がるか、官僚から決まると思ったのだがな。せめてブランダー伯やアダムズ伯ならよかったのだが……。これは後々尾を引くぞ」
モーガンに言われるまでもない。
この先、数か月程度とはいえ、マイケルやチャールズのような問題行動を起こした未熟な者が大臣になるのだ。
多大な影響を与える事が予想される。
(ただ、マイケルが法務大臣で、チャールズが外務大臣ではないだけマシか。そのくらいは知能が残っているんだな)
法の外にある教会の魔女裁判で婚約者を殺そうとした者が法務大臣になれば、誰もが「法を知らぬ者が法務大臣になるのか?」となっただろう。
その点、チャールズが法務大臣になるのはまだマシだった。
黙々と書類整理をするのならば、彼の力量を発揮できるだろう。
知能の優劣で人を判断するチャールズが外務大臣になったら最悪だった。
リード王国はおべっかを使われる側である。
下手に出て道化を演じた者に「こんな馬鹿に諭さねばならないのか」という態度が出てしまえば、相手の心証を大きく損ねる。
この点、マイケルならば含み笑いをしておけばいい。
交渉相手が何を考えているのかわからず混乱しているところを、周囲の者がサポートしてやればいいだけだからだ。
最悪の組み合わせにならず、最悪よりまだマシという形になっただけ、ジェイソンにも知能が残っていた事が窺える。
この状況に、アイザックは思い当たる事があった。
(これはゴメンズが権力を握り、ニコルを取り巻く頼もしい男達が彼女を守るっていう形になるのかな? 実情はあれだけど)
――ヒロインを守るために、若く優秀なイケメンが国の要職に就く。
ゲームや漫画でありそうな展開である。
ただ、残念な事に彼らは設定ほどの能力を持っていない。
ニコルがいなければ、能力を発揮できていたかもしれないのが皮肉なものだ。
「また集まって話し合わねばならないかもしれませんね」
「そうだな。とことん厄介な事をしてくれる」
モーガンは、アイザックが今まで見た事がないほど、情けない顔をしていた。
おそらく、マイケルの後始末を任されるのは、前任の外務大臣である彼だからだ。
(まぁ、きっと大丈夫だろう。たかだか数か月で何ができるっていうんだ)
彼らが自由にできる時間は短い。
モーガンの心配とは裏腹に、アイザックは事態を重く見てはいなかった。
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