第463話 貴族連合結成

「西側諸侯、ウィルメンテ・ウォリック両侯爵家とウリッジ伯爵家は王都付近で合流してから出立するのが通例となっています。その時に陛下を奪還してもらうというのは?」


 最初に動いたのは、ブリストル伯爵だった。


「それは考えた。しかし、どうしても王都内での戦闘となり、陛下の即時奪還は難しいという結論になった。手間取っている間に陛下が亡き者にされるかもしれない。エンフィールド公の策に乗った方が、陛下を安全に確保できるだろう。主力が降伏し、王都に残った部隊では対抗しきれない。そういう状況を作り、陛下を無事に解放した時の恩赦をエサにして、無傷で解放させた方が安全だろう」


 その疑問に答えたのは、ウィルメンテ侯爵だ。

 彼は無理をせず、少しでも安全にエリアスを救出できる方法を取るべきだと考えていた。


「アイザックがなぜ軍の主力を王都から離れた場所に誘い込もうとしているのか?」という理由を考えれば――


 逆賊の士気を挫き、エリアスを解放させる。


 ――という理由の他に考えようがなかったからだ。


 王宮で戦闘が始まれば、動揺した近衛騎士がエリアスを殺してしまうかもしれない。

 それよりも「ジェイソン達が降伏した」と聞かせて、抗戦を諦めさせた方がエリアスの身の安全は保証される可能性が高い。

 一晩で考えたという割には、用意周到なものを感じさせていた。


(ミルズ殿下や教会の説得を任せろと言った時には、すでにおおよその形が頭の中でできていたのだろう。つまり、昨日の会談中には思いついていた事になる。できるのか?そんな事が?ただの人間に?)


 ウィルメンテ侯爵は、改めてアイザックに畏怖の念を抱いた。

 普通ならば、エリアス救出の一事だけで頭が一杯になって、他の事を考える余裕などないはずだ。

 ウィルメンテ侯爵もそうだった。

 エリアスの事と、フレッドの事しか考える余裕がなかった。

 なのにアイザックは、二手先、三手先の事を考えて、即座に手を打っていた。

 その超人的な精神力は、ただ称賛するしかない。


 だが、アイザックは昨日一日だけで考えたわけではなかった。

 今回の提案は、前々から考えていた個別のプランを、急遽組み合わせたものである。

 その証拠に「クーパー伯爵が衛兵を味方につける」といった事までは考えていなかった。

 アイザックは「お義祖父さんが安全になるための代理」としか思っていなかったが、彼らが自ら自分の役割を見つけてくれたので、上手く進んでいるように見えているだけであった。


「私達は、息子をどう扱えばいいのだろうか?」


 今度は、ブランダー伯爵が皆に尋ねた。

 本来は自分で決めた方がいい事だが、どうしても親として決断が鈍ってしまう。

 せめて誰かに「責任を取って殺せ」と言ってほしかった。

 だが、アイザックは彼に甘えを許さなかった。


「ブランダー伯ならば、マイケルと一緒に出陣して、エメラルドレイクについたところで捕縛すればよいのではありませんか? さすがに彼らの廃嫡は免れないでしょうが……。ただ彼らの命までは奪わないよう、私から陛下にお願いしてもかまいません」

「本当にっ?」

「ええ、約束致します。皆さんも、息子が処刑になると決まっているままで役割を果たすのは辛いでしょう。陛下次第ではありますが、各家への恩赦に加え、ご子息方の助命嘆願はするつもりです。主犯はやはりジェイソン殿下と、ネトルホールズ女男爵でしょうから。彼らが許されたあと、どうするかは皆さんにお任せする事になるでしょう」


 ゴメンズは予想以上に良い働きをしてくれた。

 アイザックとしては、彼らにご褒美をあげたいくらいだった。

 わざわざ命を奪うつもりなどない。


 それに、ここで「ゴメンズを殺す」と言ってしまえば、息子可愛さに寝返る者が出てしまうかもしれない。

 そうならないよう、希望だけならば与えておいてもかまわない。

 ただそれは、自身で処刑を選ばなければならないという、厳しい選択を突きつけるものでもあった。


 ――アイザックは希望だけを与える。


 そこから先をどうするかは、それぞれの判断に任せる。

「処刑するべきだ」と言って、恨みを買うつもりはない。


(まぁ、ダミアンは殺されそうだけど……)


 ブランダー伯爵とアダムズ伯爵はどうするかわからない。

 だがフォスベリー子爵は、きっとダミアンを許さないだろう。

 フレッドもどうなるか怪しい。

 しかし、そこまで踏み込むつもりはないので、口に出さずにいた。


「近衛騎士ですが、反対勢力をまとめる者がいないため渋々従っている者も助命されるのでしょうか?」


 今度はハンスが質問してきた。

 この質問にはアイザックが応対する。


「できれば助けたいところですね。現場では動けなかったものの、私に知らせにきた者のように、陛下をお救いしようと動いている者もいますので」

「ならば王宮にいる近衛騎士に降伏を勧告する時に、教会に入れば許してもいいという選択を与えてはいかがでしょうか? 近衛騎士達も、これからは陛下のおそばに仕える事もできなくなるでしょう。それに陛下を守り切れなかったと悔いて、事態が収まってから自害する者もいるかもしれません。魔法を使える者は貴重です。生きるという選択肢を与えてやってもよろしいのではないかと思います」

「なるほど、それはいい考えかもしれませんね」


 ハンスも元貴族である。


 ――ジェイソン達を降伏させたあと、エリアスが安全に解放されるためにはどうすればいいか?


 その事を必死に考えていた。

 結果、近衛騎士を教会で引き受けるという考えに至った。


 ジェイソンに積極的に協力した者も、教会に入るなら許すといえば大人しく降るかもしれない。

 表向きは許しておいて、エリアスの身の安全を確保する。

 あとで違う罪を着せて処刑する事も可能なので、教会の存在をアピールするのも悪くはない。 


 その他の者には「教会に入って罪を償う」という選択肢を与える。

 罪を許されたとしても、消極的にジェイソンに協力したという後ろめたさは心に重くのしかかる。

 そんな者達に教会で罪を償わせ、魂の救済を与えるのもありだと考えた。


 エリアスの安全を確保しつつ、教会も魔法使いを確保できる。

 一石二鳥の妙案だと、彼は心中で自画自賛していた。


「大司教猊下、教会は魂の救済を与える場所でもあります。一時的なものか、長期的なものになるかはわかりませんが、彼らを受け入れてもよろしいのではないでしょうか?」

「そうだな。血を流さずに済むのなら断る事でもない」


 セスも教会所属の魔法使いが増えるメリットはわかっている。

 エリアスを救える可能性も高まるため、ハンスの言葉を否定しなかった。


 ――皆が前向きに対策を語り合い始めた。


 そこで意外な人物が話を切り出す。


「陛下の心配で気が気でないところですが、皆さんの心配を一つ取り除かせていただきます」


 アイザックでも、モーガンでもない。

 ランドルフが「心配を取り除く」と言い出した。


「ドワーフとの交易で稼いでいたのは、非常事態に対処するため。今回の出兵に関する資金は、ウェルロッド侯爵家から支援します。戦闘で亡くなった兵士の見舞金なども、すべて支払わせていただきましょう。膨大な金額になった場合はすぐにとはいきませんが、何年かかろうと支払います」


 これはランドルフとモーガンが前もって決めていた事だ。

 外務大臣を辞任するのであれば、そのまま隠居という流れになってもおかしくない。

 そこで今後のためにも、皆にランドルフの存在を印象付けておく必要を感じていた。

 それにウェルロッド侯爵家だけ稼いでいるのは嫉妬の対象でもある。

 こういう時には、率先して金を支払い「ウェルロッド侯爵家は守銭奴ではない」というアピールにも利用していた。

 そして、アイザックをウェルロッド侯爵家が全力で応援しているという姿勢を見せるためでもある。


「正直言って、その申し出はありがたい。炭鉱を開発しているものの、実用に関してはまだ実験段階。ウォリック侯爵領やブランダー伯爵領の製鉄所で高炉が本格稼働するまでは赤字続きでしてな。助かります」


 ブリストル伯爵は素直に感謝した。

 その言葉の内容はすべて真実である。

 だがそれだけではない。


 ――彼はアイザックへの借りを返そうとしていた。


 貴族は面子があるので、普通ならば「金をくれる」という話に飛びついて、みっともない姿を見せるわけにはいかない。

 だからこそ、支援の話に真っ先に食いついて、他の者達が食いつく呼び水として損な役割を引き受けたのだ。


「当家にも支援していただけるのかな?」


 ブリストル伯爵の行動は功を奏し、ブランダー伯爵も遠慮がちに尋ねてきた。


「もちろんです。過去に何があろうとも、今は陛下を救い出すための仲間です。手助けをさせてください」


 アイザックやモーガンが同じ事を言えば、どうしても胡散臭いと思われただろう。

 裏表のないランドルフだからこそ、言葉はそのままの意味で受け取られた。

「手助けしてやる」という態度ではなく「手助けさせてほしい」という態度もよかった。

 他の者達も、次々に支援を求め始める。

 その流れが一段落したところで、ランカスター伯爵が動いた。


「実はジュディスが占った結果で、ダニエルがエンフィールド公と轡を並べて王国軍と対陣しているところが見えたという事がありました」

「ランカスター伯!それは――」

「それで、結果は?」


 ドキリとしたアイザックが止めようとするが、ミルズが結果を尋ねたために、もう止められなかった。

 モーガンやランドルフにも緊張が走る。


「勝利したところまでは確認できました。ただ、エリアス陛下やジェイソン殿下がどうなったかまでは結果に出ておりません。占いといっても、すべてを見通すほどの力はないのです」

「そうか……。だが、勝てるとわかったのは嬉しいものだ」


 ミルズに限らず、いくらか不安を覚えていた者達の表情が和らぐ。

 中でも、大きな鉱脈のある場所を探してもらった経験のあるブランダー伯爵は顕著だった。

 勝ち組に付くべく、必死に頑張ろうと意思を確定させる。


 アイザック達は、なぜランカスター伯爵が「アイザックが玉座に座っていた」という事を言わなかったのかを疑問に思っていた。

 そちらも極めて重要な話だからだ。


(……黙っておく代わりに、あとで相応の報酬をよこせって事か)


 アイザックは、そのように考えた。

 だが、それくらいは悪くない。

 天秤が、一気にアイザックへと傾いたからだ。


「ジュディスの占いは、エンフィールド公がパメラ嬢を娶った事で外れたと思ったのですが……。ジェイソン殿下がここまでするとは予想外でした」

「内戦の危機を回避できたと思ったら、またしても内戦の危機か。ジェイソンは何をやっているのだ……」


 ランカスター伯爵の言葉に、ミルズは頭を抱える。

 そんな彼の姿を見て、アイザックが行動に出た。

 ノーマンに、エリアスから授かった剣と手紙を用意させる。

 それをミルズの前に差し出した。


「ミルズ殿下、この剣と手紙の署名を確認していただけますか?」


 ミルズは剣を手に取る。


「これは陛下の愛用されていた剣だな。すると、そちらの手紙は――」


 剣を机に置くと、今度は手紙の中身を確認する。


「――やはり! 陛下から伺ってはいたが、実物を目にすると何とも言えぬ気持ちになるな」

「陛下の筆跡であると認めていただけますでしょうか?」

「これは確かに陛下のサインだ。そして、書かれている内容も話に聞いた通りだと認めよう」

「ありがとうございます」


 アイザックはミルズから手紙を受けとると、皆に広げて見せる。


「噂で知っている方もおられるでしょう。以前、私は陛下より『リード王国に仇なす者を討て』という勅命を受けておりました。しかし、これはジェイソン殿下の代になり、新王を侮るようなものがいれば切り捨てるという状況を想定していたものです。まさか、ジェイソン殿下に対して効力を発揮するとは、私は思ってもみませんでした」


 アイザックは悲しそうな表情を一瞬見せる。

 だが、それを振り払ったかのような仕草をした。

 みんなを少しでも信じさせるために。

 さらにアイザックは剣を抜き、高々と掲げる。

 そして、意識して迫力のある声を出す。


「私はこれを陛下の遺命にするつもりはない。たとえジェイソン殿下であろうとも、陛下に仇なす者は誰であろうと切る!絶対に許しはしない!」


 アイザックは、自分の分の椅子を切ると、綺麗に真っ二つに割れた・・・

 これはあらかじめ、切りやすいように細工を仕込んでいた椅子である。

 だからアイザックは席には座らず、ミルズの傍らに立って話を進めていたのだ。

 アイザックの腕前を知る者ならば少し疑問に思うところだったが、誰も余計な事は気にしなかった。

 目の前で起きている事に集中していたからだ。


 本当なら誰よりも先に打倒ジェイソンを宣言するつもりだったが、ウリッジ伯爵に先を越されてしまった。

 その分は、このインパクトで補えたはずだ。


 ――アイザックの言葉に真っ先に反応したのは、やはりウリッジ伯爵だった。


「ウリッジ伯爵家は、エンフィールド公に従います!」


 ためらいのない言葉と態度。

 またしても、強い信念を持つ彼が誰よりも早く行動した。


「ウィンザー侯爵家もエンフィールド公に協力致します!」

「当家も――」


 慌てて他の者達も立ちあがり、アイザックに従うという意思表示をする。

 まるで王国貴族のトップが忠誠を誓っているかのような光景に、アイザックは少し興奮する。

 しかし、まだいい気になるのは早い。

 アイザックは剣を鞘にしまい、ミルズに向き直る。


「アイザック・ウェルロッド・エンフィールド公爵。エリアス陛下の救出作戦に微力を尽くします」

「うむ。陛下を……、兄上と義姉上を頼むぞ!」


 興奮していたのはアイザックだけではない。


 ――王国の危機に、貴族が一致団結して立ち向かおうとしている。


 ミルズも場の空気に呑まれて興奮していた。

 今まで経験した事のない興奮のあまり、薄っすらと涙までも浮かべていたくらいだ。


 ――きっとアイザック達ならやってくれる。

 ――エリアスを助けてくれる。


 誰もが、そう強く信じていた。

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