第462話 それぞれの役割

「フォスベリー子爵。ダミアンがジェイソン殿下に協力しているのは明白。フォスベリー子爵家は反逆者の汚名を着る事になるでしょう。その汚名をそそぐ気はありますか?」

「あります! やらせてください!」


 何をやってほしいか言ってもいないのに、フォスベリー子爵は食いついてきた。

 これにはアイザックも苦笑いを――しなかった。

 彼が置かれた状態を理解していれば、誰もその必死さを笑う事などできなかったからだ。

 それはアイザックも例外ではない。

 真剣な面持ちで、彼の気持ちを受け止めた。


「頼もしいお言葉ですね。では、ダミアンの伝手を頼ってジェイソン殿下にすり寄ってください」

「えっ、ジェイソン殿下に!」

「そうです。できませんか?」

「いえ、やらせていただきます」


 フォスベリー子爵も拒否するつもりはない。

 しかし、すり寄る相手が問題だった。

 彼には、ジェイソンにすり寄るつもりなどなかった。

 そのような事をすれば、周囲は「陛下への恩義を忘れた不忠者」と噂するだろう。

 いっその事、その場で自害しろと言われた方が楽だった。


 ――だが、やるしかない。


 すでに自分のプライドがどうとか言っていられる段階ではなくなっているからだ。


「フォスベリー子爵の性格を考えれば、地獄の責め苦を受けているようなものでしょう。ですが、それもダミアンの罪を贖うためのもの。甘んじて受け入れていただきたい」

「ジェイソン殿下に付き、スパイをすればよろしいので?」

「それに近いですが、ちょっと違います」


 フォスベリー子爵には、アイザックの言っている意味が理解できなかった。


「違うという事は、ジェイソン殿下を呼び寄せるという意味でしょうか?」

「それも違います。フォスベリー子爵は、スパイに向いてそうにはないのでやらないでください。やってほしい事は、フィッツジェラルド元帥のサポートです。フォスベリー子爵がジェイソン殿下にすり寄れば、ダミアンの伝手を使って口利きしてもらおうと考える者も現れるでしょう。そういった者達をおびき寄せてリストアップし、フィッツジェラルド元帥に報告してください。彼らは信用できない者として、説得する対象から省きます」

「なるほど、敵と味方を選別しやすくするための囮というわけですか」


 アイザックが何をやらせようとしていたのかを知ると、フォスベリー子爵は納得する。

 確かに人を騙すような事は辛い。

 しかも、相手は同僚であり、いつかはジェイソン派として粛清されるとわかっている人間を選ぶための行為である。

 だが、ダミアンの犯した罪は本来償いきれないもの。

 辛かろうがやるしかなかった。


「お待ちを。その役目、本当にフォスベリー子爵で大丈夫でしょうか?」


 アイザックの案に、フィッツジェラルド元帥が待ったをかける。


「こう言ってはなんですが、彼は堅物で知られている男。ジェイソン殿下に味方するとは思われないのではないのではありませんか?」

「その心配は、ごもっともなものです。ですが、だからこそ効果的なのです。『フォスベリー子爵ほどの方が寝返ったのならば自分も』と考える利己的な者。日和見な者。そういった者達の興味を惹き付けてくれるはずです。実行してもらうのも、戴冠式のあとですから大丈夫でしょう」

「戴冠式のあと……。我々がジェイソン殿下を新たな王と認めたあとというわけですか……」


 戴冠式の前後では、状況が大きく変わる。


 ――リード王国の有力者が、全員ジェイソンを支持した。


 そうなれば、ジェイソンを新たな王として認めても仕方ないという雰囲気になるだろう。

 それでもフォスベリー子爵のような男が鞍替えするとは思えないが、まったくないとも言い切れなくなる。

 少なくとも、軽率な者は動くだろう。

「エリアスへの忠誠より、ジェイソンに媚びを売って出世したい」という方に重きを置く者だけではなく、軽率な動きをする者にも計画を打ち明ける事はできない。

 いずれにせよ、味方に・・・するべきではない・・・・・・・・者を炙り出す事はできる。

 やって損はない案だった。


「口実としては『馬鹿な息子だと思うが、それでもやはり息子は可愛いのだ』と言っておけばいいでしょう」

「裏切りそうにない者だからこそ、裏切った時の衝撃は大きいというわけですか」

「怪しんで動かない者もいるでしょうが、そういった者ならば味方になるよう説得された時に、どちらが有利な状況になっているかにも気付くでしょう。ジェイソン殿下に報告する者もいないのではないでしょうか」


 上手くいった時の効果は大きい。

 それはフィッツジェラルド元帥にも理解できる。

 ただ、フォスベリー子爵の人となりを知っているだけに、彼が裏切っている姿が想像できなかった。

 だが、4Wを始めとする高位貴族がジェイソンに従うのなら、確かに疑われにくいかもしれないと思い直す。


「フォスベリー子爵の演技力次第ではありますけどね。ジェイソン殿下に新しい国王としての忠誠を捧げる。そして、息子を守るために味方する。私達が新たな王を迎える姿勢を見せるとはいえ、その姿は心ある者達から厳しく見られる事になるでしょうが……、できますか?」

「やります! 是非ともやらせてください!」


 ダミアンの教育に失敗したのは己の責任である。

 フォスベリー子爵は、命を賭してでもやり遂げるつもりだ。

 その姿勢は疑う余地のないものだった。

 誰もが、任された役割を果たしてくれるだろうと思っていた。

 アイザックは次に移る。


「アダムズ伯にもお願いしたい事がありますが、その前にお聞きしたい。来年度予算はもう決まってるんですか?」

「まだ陛下の裁可を受けていないので正式にではありませんが、大筋では決まっています。ですが、ロックウェル王国を侵略するための予算は、繰越金をつぎ込んでも出せません。一時的な出兵ならともかく、長期的に占領を継続するだけの予算を絞り出すのは極めて困難です」


 アダムズ伯爵は、アイザックの聞きたいであろう事を先回りして説明する。

 ファーティル王国へ援軍を出した時ですら赤字になっていたのだ。

 その先にあるロックウェル王国への遠征など行えば、前回以上の出費が確実に出る。

 しかも占領するとなれば、その出費は遠征の比ではない。

 財政状況を知っている者としては「反対だ」と言いたいところだった。

 だが、アイザックは彼が考えているほど深刻には考えていなかった。


「本当にロックウェル王国を攻めるつもりはありませんので、王国軍を一ヶ月か二ヶ月ほど動かせる程度の予算を都合つけていただければ結構です」

「しかし、それでは出兵予算を少なく見積もる事になるので怪しまれてしまうのでは?」

「そこは捏造してください」

「は?」


 アイザックがとんでもない言葉をあっさり言い放った。

 アダムズ伯爵は目を丸くして驚く。


「ですから、書類上の数字は捏造してください。ジェイソン殿下も国庫にいくらの金があるのかなど把握していないでしょう。書類上の数字を信じるしかありません。事務次官なら出兵と占領に必要な予算を部下に計算させ、それが実行可能だという書類を作る事くらい容易いのでは?」

「それはできます。できますが公文書の偽造は陛下のためとはいえ……。いえ、これも陛下のためですし……。しかし……」


 アダムズ伯爵は真面目に仕事をしてきたのだろう。

 書類の偽造・・・・・という、簡単な仕事をためらう姿を見せた。

 彼は反射的にクーパー伯爵を見る。


「事情が事情だ。私の後任の法務大臣も、公文書偽造の罪で責めたりはしないだろう。陛下もお許しになるはずだ。その時、私がまだ宰相であれば、貴公を庇う事を約束しよう。そもそも、エンフィールド公が陛下を救い出すために命じたものだぞ。誰が文句を言えるというのだ」

「そ、そうですね。やらせていただきます」


 事務次官という立場を悪用すれば、いくらでも私腹を肥やせたはず。

 それをしてこなかったからこそ、簡単な書類の偽造すらもためらったのだろう。

 親がまともなだけに、チャールズの残念さが際立っていた。


「財務大臣は、ウェルロッド侯かウィンザー侯に説得してもらいます。チャールズの父親であるあなたが、財務大臣と共に説明すれば、殿下は偽造された書類を信用するでしょう。出兵に問題はないと思わせていただければ、それで結構です。そしてブランダー伯ですが――」


 ブランダー伯爵に対して要求する時、アイザックは一拍置いた。

 そのせいで、ブランダー伯爵は「どんな難しい要求をされるのだろう?」と不安を覚える。


「兵を出していただけるだけでかまいません」

「……本当にそれだけでよろしいので?」


 あまりにもあっさりとし過ぎた要求なので、ブランダー伯爵は疑問を感じた。

 裏で何か難しい仕事を押し付けられるのではないかと。


「アダムズ伯とフォスベリー子爵は、政府や軍内部での役職に就いていますが、ウィルメンテ侯やブランダー伯は役職に就いていません。代わりに広大な領地を所有しています。立場が違えば、求められる役割も異なるのです。それにただ兵を出せばいいというわけではありません。王国軍と対峙するという事は、戦闘が起きる危険もあります。場合によっては、ジェイソン殿下を殺めてしまう可能性もあるという事です。ある意味、アダムズ伯やフォスベリー子爵よりも厳しい役割かもしれませんよ」


 ――ジェイソンを殺してしまう可能性。


 それに触れた事で、ブランダー伯爵も責任の重さを痛感する。

 基本的には降伏させるのが主目標となるだろうが、それがダメだった時は戦うしかない。

 それも徹底的に叩きのめす事になるだろう。

 戦闘中にジェイソンが死ぬ可能性もある。

 エリアスを救うためには必要なものとはいえ、王族を手にかけるというのは、なかなか厳しいものがあった。


「もちろん、そうしないで済むようにするのが、この集まりの目的です。いくら逆賊とはいえ、相手は王太子殿下。我々が勝手に裁きを下したくはありません。各々が役割を果たし、ジェイソン殿下を降伏に追い込む。そのためにお力添えくださいますようお願い申し上げます」


 アイザックは深く頭を下げる。

「黙って俺に付いてこい!」と言えればいいのだろうが、この問題はそんなノリでやれるものではない。

 周囲の反感を買わないように配慮しつつ、望む方向に動かしていかねばならないのだ。


「レーマン伯爵にも二つお願いがあります。まず一つは、国王ご夫妻のご友人方の説得です。戴冠式で『陛下のお言葉もなしに禅譲など認められるか! 陛下を出せ!』などと騒ぎ立てないように説得していただきたい」

「確かに禅譲するとなれば、陛下から直々のお言葉を頂戴したいと騒ぐ者も出て来るかもしれませんな」


 レーマン伯爵は周囲を見回す。


「皆様が派閥に属する貴族を説得してくださると考えれば、私は大きな派閥に属していない貴族を中心に説得に回った方がよさそうですね」

「ええ、そうしてくださると助かります。それと女官や侍女、メイドといった使用人達は、ジェイソン殿下の行動に賛同していないようでした。彼女らに顔見知りがいれば、上手く接触して情報を引き出せるようにもしておいてほしいですね。ただ、動き過ぎて怪しまれないようにというのも言っておいてほしいところです」

「わかりました。そちらもやっておきましょう。それで、もう一つとは?」

「ジェイソン殿下に。陛下への面会を願いいただきます」

「なんと!?」


 あまりにも大胆極まりない頼みに、レーマン伯爵は声を出して驚いた。


「さすがに、それは無理なのでは?」

「いえ、できます。私がレーマン伯を味方にできたという連絡をしておきます。そしてレーマン伯は、エリアス陛下を説得するという理由で面会してください」

「陛下を説得?」


 レーマン伯も、クーパー伯爵達のように、アイザックの依頼の意味を一度自分で考える。


「……人質として利用されぬためや、現状を儚んで自害したりせぬようにするためですね?」

「その通りです」


 彼はアイザックの意図を見事に読み取った。

 まさにそれを頼もうとしていたのだ。


「自害だけではなく、脱出しようとしての事故などを防ぐため、我々が助け出すまでは大人しくしておいてほしいのです。そのためにも、我々が助けるために動いているという事を知っておいてもらいたいと思っています」

「しかし、陛下と面会できたとしても見張りが付くでしょう。そのまま伝えるわけには――」


 言葉の途中で、レーマン伯爵はハッと何かに気付く。


「エンフィールド公に説得されて、陛下に大人しくするよう伝えにきた。そう言えば、陛下はきっと察してくださるでしょう。ただ、今は心が弱っておられるかもしれないので、言葉通りに受け取られないかが心配ですね」

「そこは気をつけてお伝え願います。ただし、近衛騎士に疑念を持たれないようにというのに気をつけてください」

「わかりました。やり遂げてみせましょう」


 レーマン伯爵は、己の役割を果たそうという意思の強さを、うなずきの強さで表した。

 アイザックもうなずいて応える。

 そして、皆に向けて話しかけた。


「今、お話した計画はすべて昨日考えたものです。一日で考えたものなので、当然ながら穴があるでしょう。忌憚のないご意見をお待ちしています」


 アイザックは意見を求めた。

 こうする事で「皆で考えた」という連帯感を養い、強固な協力関係を作っていくためだ。

 それと「案を出し合った」という事実を作り、共犯関係を作るためでもある。


「えっ、一日で!」


 話が話なだけに、今まで黙っていたアマンダが驚きの声をあげる。

 エリアスが幽閉されたという話の次にではあるが、かなりの驚きである。


「そうですよ。かなり大変でしたが陛下のためです。今できる事を必死に考えました」


 アイザックがニッと笑うと、アマンダは少しボーッとしたあと、顔を赤らめてうつむいた。


(……なんで? そんな反応するような事言ってないよね?)


 アイザックには彼女の反応がわからなかったが「微笑ましい物を見た」と周囲の大人達の間で少しだけ弛緩した空気が流れた。

 それを察知したアイザックは、素早く話を変えようとする。


「それでは、何か意見のある方はおられませんか? くだらないと思われるものでも、他の方からすればいい叩き台になる案だという事もあるでしょう。どのようなものでもかまいません。遠慮なくどうぞ」

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