第461話 主導権
ウェルロッド侯爵家の使用人達は慌ただしく動き回っていた。
突然、広大な領地を持つ四侯爵家に、四つの伯爵家、さらには王弟までもが集まるというのだ。
しかも、フィッツジェラルド元帥やクーパー伯爵などといった王国首脳部に、セスやハンスといった教会のトップ。
エリアスの親友であるレーマン伯爵までもが呼ばれている。
彼らをベストな状態で出迎えるための準備はもちろんの事。
何よりも大勢の同行者の飲み物やお茶請けの準備などで、誰もが休む間もなく働いていた。
使用人達は「何事だ?」と噂していたが、アダムズ伯爵やフォスベリー子爵も呼ばれているので「彼らへの死刑宣告だろう」と見当を付けていた。
アイザックは家族と共に客人を出迎える。
事態が事態なので、モーガンやマーガレットですら顔色が悪い。
ランドルフやルシアに至っては、顔面蒼白だった。
そんな彼らに出迎えられた側は、嫌な予感しかしない。
アダムズ伯爵とフォスベリー子爵など、何も言われないうちから死を覚悟していたくらいだ。
今回はゴメンズを除いて、各家の次期当主も呼び出している。
次期当主の世代はエリアスとの接触が少ないため、不満を持っていない。
もし当主が「エリアスのためかー」と難色を示した時に「陛下のために手伝いましょう」と言ってもらうためだ。
最後にやってきたミルズを迎え、会議室へと連れて行く。
先にきていた者達が、立ってミルズを出迎える。
ミルズを首座に案内すると、アイザックは彼の隣に立つ。
「本日はお忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます。実は極めて重要な話があり、皆様に集まっていただきました。まずは人払いをお願い致します。残していいのは皆様が信頼している者。筆頭秘書官など極限られた者のみにしてください」
いつになく真剣な表情で話すアイザックに「なぜだ?」などと聞き返す者はいなかった。
言われるがままに、それぞれが信頼できる者のみを残す。
「ブランダー伯、アダムズ伯、フォスベリー子爵。この三名を呼ぶかは正直なところ迷いました。特にブランダー伯です」
アイザックは、ブランダー伯爵を見る。
すると、皆の視線が彼に集まる。
「私に対して良い感情をお持ちではない事はわかっています。ですが、王家のためには私情を捨てて協力してくれる男だと、ウィルメンテ侯があなたの事を保証してくださいました」
ブランダー伯爵の敵意は、わざわざ言うまでもない。
アイザックに対する態度で、以前からわかりやすいものだった。
そこで、ウィルメンテ侯爵の名前を出した。
もし私情で裏切れば、彼が信頼できると保証したウィルメンテ侯爵の面子を潰す事になる。
それは
彼が心変わりしないよう、先手を打って裏切りにくくした。
「私も王家から広大な領地を任される伯爵としての誇りを持って行動してくださる方だと信じたい。その思いから、本日呼ばせていただきました」
「……話の内容にもよりますな」
ブランダー伯爵も「おう、任せろ!」などとは言えなかった。
照れ隠しもあり、突き放すような返事をする。
アイザックも、それを咎めなかった。
「もちろん、話の内容次第です。なぜミルズ殿下までご招待したのか? その理由を説明させていただきます」
アイザックは水を一口飲み、口を潤わせてから昨日、何があったかを説明し始める。
ウィルメンテ侯爵もいるので、話の内容に誇張や誤魔化しはない。
ありのままの真実を話した。
だが、わかりやすい誇張や歪曲があった方がよかったのかもしれない。
事前に知らされていた者達以外は、明らかに動揺し始める。
特にブランダー伯爵、アダムズ伯爵、フォスベリー子爵の三名の動揺は顕著だった。
今回、アダムズ伯爵は吐き気こそないようだが、胸を抑えて呼吸が荒くなっている。
ブランダー伯爵は落ち着きなく髪に触れたり、視線をキョロキョロと動かしていた。
フォスベリー子爵は両手を組み合わせて衝撃に耐えようとしていたが、手に爪が食い込み、血が滲み出ている。
アイザックの話だけならば「嘘かもしれない」と思えたが、王党派筆頭のウィルメンテ侯爵が証人である。
否定する事ができずに受け入れるしかなかった。
彼らの息子達は、ジェイソンと共謀していた可能性は極めて高い。
誰もが「一族郎党の処刑」という処罰を受ける事を覚悟していた。
「逆賊討つべし!」
アイザックの話が終わると、真っ先に反応したのはウリッジ伯爵だった。
「今すぐにでもミルズ殿下を旗印とし、王宮へ突入して陛下をお救い致しましょう! 近衛騎士など恐るるに足らず! 我が屍を晒してもかまいませぬ! 先陣を切らせていただきましょう!」
彼は立ち上がり、拳を振り上げる。
今すぐにでも飛び出していきそうな勢いだった。
(おぉぅ……。これが自分なりの正義がある人って意味か……)
――誰もが言い出しにくい「打倒ジェイソン」を真っ先に言い放った。
見た目はランドルフのような大人しい雰囲気を持つ男なだけに、イメージのギャップにアイザックは引いていた。
「いや、しかし……。それが本当かどうかが……。確かに昨日は陛下とお会いできなかったが……。いや、でも……」
ミルズが、エリアスの即時奪還に難色を示した。
ここまで重要な問題を即断できる経験も実力もなかったからだ。
これは彼が無気力だったというわけではない。
すべてエリアスのせいだった。
エルフやドワーフとの交流再開の調印式など、本来ならばミルズが国王代理として出向けばよかった。
だが、そうはならなかった。
理由はすべて、エリアスの――
「目立つ功績を残したい」
――という欲望によるものである。
本来なら代理で済むところでも、エリアスは自分から出向く。
そのせいでミルズは政治の舞台に立つ事はなく、本当に王家の血筋を保つためだけの予備として存在していた。
パーティーでも目立たず、親しい者と語り合うのみ。
エリアスより十歳若く、三歳の息子と一歳の娘がいるが、どちらもまだ婚約者が決まっていない。
彼自身、兄の予備という立場に甘んじており、政治的な活動に消極的だった。
それくらいならアイザックと接触していてもおかしくなかったが、彼には大きな特徴があった。
――高名な芸術家。
それも王族に支給される生活費を必要としないほどの収入を、絵画や彫刻の販売で得ていると噂されるほどである。
そのため、芸術に興味のないアイザックとは縁がなかった。
彼とも接触する機会がなかったのだ。
だが、それがいい。
今まで接触がなく、経験も少ない。
そういう人物だからこそ、アイザックには却って動かしやすい相手だったからだ。
「父上。即時実行するつもりであれば、エンフィールド公がそう言われたはずです。おそらく、敗北を感じ取った近衛騎士団の一部が暴走し、陛下を害する事を恐れておられるのでしょう。今は何を優先すべきかを考えて行動すべき時です」
ウリッジ伯爵を、アーサーが落ち着くようになだめる。
そして、アイザックに「父に何か言ってくれ」と視線を送る。
「アーサーさんのおっしゃる通りです。ウリッジ伯の逸る気持ちはわかります。ですが、今最優先で考えなければならないのは陛下の安全です。陛下にはしばしの間不自由な生活をしていただく事になりますが、それもすべて犠牲者を限りなく少なくするために必要な事。エリアス陛下であれば、きっとご理解いただけるでしょう」
「むぅ……」
アイザックとアーサーの二人に言われて、ウリッジ伯爵は渋々と席に座る。
しかし、まだ完全には納得していないようだ。
ソワソワとして落ち着きがない。
会合の流れによっては、王宮に突撃してしまいそうだ。
ウォリック侯爵とは違うタイプの厄介な人物のようで、最も注意が必要な人物かもしれない。
「本日お集まりいただいたのは、陛下をお救いするための協力関係を築くためです」
アイザックは、ミルズを見る。
「殿下には、反ジェイソンの旗印になっていただきたいと思っています。陛下の弟君であるミルズ殿下であれば、皆も従いましょう。例え王都が灰塵に帰すほどの激戦になろうとも、我らは陛下をお救いするために闘い続けます。さぁ、号令を!」
「私がか!?」
ミルズは明らかに動揺する。
これはアイザックが厳しい言葉を使ったからだ。
――王都を焼き尽くすほどの激戦。
確かに兄は救い出したいが、そこまでやってもいいのかという負い目もある。
エリアスならば「民に迷惑をかけたくない」と言いそうだからだ。
今まで重要な政治的な決断を下した事のないミルズにとって、簡単には答えを出せそうにない。
そこで、彼はやってはいけない選択を選んでしまう。
「先ほど犠牲を減らしたいと言ったばかりではないか。エンフィールド公には考えがあるのではないのか?」
「ございます」
「ならば、エンフィールド公に任せる。陛下を助けるために必要な手段を実行してほしい」
「かしこまりました。全身全霊をもって、お役目を成し遂げてみせましょう」
――アイザックに任せてしまった。
アイザックなら汚れ仕事もやってくれるだろうと思ったからだ。
しかし、これはアイザックの望み通りの流れだった。
最初から「俺が仕切る」という態度を見せていれば、周囲から「何様だ」と反感を買う。
そこで、ミルズというワンクッションを置き「王族の信任を得て、皆に指示を出す」という大義名分を得たのだ。
これでアイザックの言葉は、ミルズの言葉も同然。
個人的な感情による反発は、王家に対する反逆と見做される事となった。
堂々と指示を出す事ができる。
「狙い通りに進められた」とアイザックは思っていた。
「まずはロックウェル王国への侵略戦争に関してですが、本当に攻め込む気はありません。これは王宮から近衛騎士団の大多数を引き離すと共に、宰相であるウィンザー侯や外務大臣のウェルロッド侯が王宮で人質に取られないためのものです」
まずは大きな目的から話す。
その方が、各個人に対する説明が容易になるからだ。
「お二方は気にせず戦えと言われるかもしれません。しかしながら、やはり肉親の情から私共の剣が鈍る事もありえます。そのため、ウィンザー侯には宰相を、ウェルロッド侯には大臣を辞していただきます。理由は領兵を率いて、ジェイソン殿下と轡を並べて戦うというものです」
――共に戦う事で連帯感を高める。
これは先ほど皆に話した時に、ジェイソンを騙すために説明したという事も教えてある。
「ウィンザー侯爵家が安心して戦えるようになるためにも、宰相にはクーパー伯に就任していただきたいのです。私の知る限りでは、ジェイソン殿下に寝返るような性格ではない。それに……、よく貧乏くじを引かれる方でもあります。もう一度、貧乏くじを引いていただきたい」
「頭を悩ますような問題は、主にエンフィールド公の手によって持ち込まれていたのですがね……」
後半は冗談半分で言っていたアイザックに、クーパー伯爵は苦笑いを返す。
思い返せば、ブラーク商会に関する一件以来、法務大臣としてアイザックに悩まされ続けてきた。
さらに、ここにきて過去最大級の貧乏くじを引けと言われてしまった。
もう笑うしかない。
「……わかりました、引き受けましょう。私に頼んだのは性格だけではないのでしょう? 例えば元法務大臣の経験を活かし、宰相の権限を使いつつ、衛兵を掌握しろという類の頼みがあるのでは? これは他の者にはできない事ですからね。私がやるしかないでしょう」
衛兵も軍の一部である。
しかし、治安維持のために警察権を持っているため、法務省とも密接な関係にある。
法務大臣であるクーパー伯爵は、彼らとも顔見知りである。
容易く接触できる。
治安維持のための衛兵でも兵は兵。
数も多いため、けっして侮れる組織ではない。
彼らが全員ジェイソンに付けば、内戦はより大規模なものになる。
被害を抑えるためには、衛兵を抑えておく必要があった。
「ありがとうございます」
アイザックは礼を言うと、なぜか視線を泳がせた。
気まずさからかもしれない。
「ならば、私は王国軍の掌握というわけか」
フィッツジェラルド元帥が難しい顔をして呟く。
ジェイソンに従うそぶりをしながら、反ジェイソン派をまとめ上げねばならない。
だがフリだけとはいえ、ジェイソンに従う素振りをするような者に、反ジェイソン派の誰が従うだろうか。
非常に困難な仕事になりそうだった。
「確かに難しい仕事になるでしょう。特に一度は王と仰ぐ者を裏切るような行為なのですから」
「一度は王と仰ぐ?」
「その通りです。そのために大司教猊下にお越しいただきました。ジェイソン殿下は来週の結婚式にて、同時に戴冠式を行うつもりのようです。これを引き受けていただきたい」
「なんですと!」
ジェイソンを王にしろというのだ。
セスだけではなく、皆が驚く。
だが、アイザックは冷静だった。
「もしも『エリアス陛下がご存命だから戴冠できない』と、ジェイソン殿下が考えたらどうします? 我らの目的はエリアス陛下を救う事。一時的にリード王国の国王を僭称する輩を頂くのも、すべては陛下のため。陛下を救出してから、正統な王に戻っていただけばよろしいでしょう。今のジェイソン殿下は駄々っ子のようなもの。望むものを与え、癇癪を起させない事が重要だと私は思います」
「あぁ、なんという事だ」
セスは顔を両手で覆い、体を震わせた。
エリアスがジェイソンに幽閉されているというのも衝撃の事実だが、そのような不届き者を仮にとはいえ王として祝福せねばならないのもショックだった。
予想もせぬ事態に頭の中が整理できず、パニック状態になっていた。
「当然、大司教猊下一人に責任を押し付けたりはいたしません。後日、あれは陛下を救うための演技だったと、この場にいる者全員が証言致します。陛下を救うためなのです。ご理解いただきたい」
「国の一大事という事は理解しているつもりですが……。少し考える時間をいただきたい」
「それもそうでしょう。話を進めておきますので、ごゆっくりどうぞ」
話さなければならない事は他にもある。
その話も聞こえるので、セスが落ち着く事ができるかはわからない。
だが「有無を言わさずに従わせたわけではない」と、彼に納得して引き受けてもらうための時間を作る必要はあった。
セスの事はハンスに任せ、アイザックは続きを話す。
「元帥には、正規軍内部の切り崩しをお願い致します。親エリアス陛下派をまとめあげていただきたい。来たる日に備えて」
アイザックは視線で、ウィルメンテ侯爵に合図を送る。
すると彼は秘書官から地図を受け取って、テーブルに広げた。
これは昨日の内に頼んでいた事だ。
――ジェイソンとの決戦を行う戦場はどこが最適か?
――決戦の場を自分で考えるよりも、武官であるウィルメンテ侯爵の方が詳しいはず。
そのため、この件は彼に一任していた。
ウィルメンテ侯爵は、地図の一点を指差す。
「ロックウェル王国へ攻め込むには、ファーティル王国を経由しなければなりません。ファーティル王国へ向かう時に通過するのは、ランカスター伯爵領。その中でも王国軍が必ず通る場所があります」
「エメラルドレイクだな」
今まで黙って様子を見ていたウォリック侯爵が思い当たる場所を呟く。
今回はいつになく真面目な顔をしていた。
「その通り。水の補給地点として、軍が必ず通る場所。王国軍をエメラルドレイクの南岸に布陣させ、我らが包囲する。その時点で我らの勝利は確定的ではあるが……。エンフィールド公はさらに被害を極力減らしたいとお考えのご様子ですな」
ウィルメンテ侯爵は「では、あとの説明は任せた」と、アイザックに視線を送る。
「王国軍は三万。我々地方領主が力を合わせれば、九万といったところでしょうか。三倍の兵力があるとはいえ、王国軍は兵も指揮官も精鋭揃い。近衛騎士団の力も考えれば、楽観視はできない兵力差です。そこで元帥が半数ほどの兵を率いて離反していただければ、我らの勝利は確定となるでしょう」
「ただでさえ数的不利な状況で、半数が離脱した。そうなると、他の部隊も兵の士気が保てなくなり、戦闘継続は難しくなるでしょうな」
アイザックの言わんとするところを、フィッツジェラルド元帥は読み取っていた。
「ですが、仮初めの王とはいえ王は王。ジェイソン殿下に忠誠を尽くそうとする者も出てくると思われます。私がよく知る者ならともかく、そうでない者を見極めるのは難しい。下手な者に声をかければ、殿下に動きを知られてしまう恐れがあります」
「その心配はごもっともなもの。しかしながら、それに関してはフォスベリー子爵が解決してくれるでしょう」
アイザックは、フォスベリー子爵に視線を向けた。
彼はビクリと体を震わせる。
だが、視線だけはしっかりとしたものを、アイザックに返していた。
――難しい役目を任されるだろうが、それはフォスベリー子爵家の名誉挽回、汚名返上のチャンスでもある。
ダミアンのしでかした罪を贖うために、どのような任務であろうとも決死の覚悟で挑むつもりでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます