第460話 立ち込める暗雲と希望の光

 ノーマン達と合流すると、行政区画へと向かう。

 さすがに女官や近衛騎士は、ここまで付いてこなかった。

 周囲の「珍しい人がきたな」という好奇の視線に晒されながら、モーガンのもとへ向かった。

 部外者ではあるが、アイザックとウィルメンテ侯爵のコンビを邪魔する者はいなかった。

 あっさりとモーガンのところへ到着する。

 モーガンは珍しい組み合わせを見て、露骨なまでに顔をしかめた。


「なんだ?」

「いえ、殿下の呼び出しがあったので、帰りにお爺様の顔を見ていこうかなと。それと、明日は予定を空けておいてほしいと頼みにきたのです。最優先事項として」

「急な話だな。しかも、そちらが本題だろう。まぁ、今が大変な時期だというのはわかっている。なんとかしよう。ところで、陛下のご様子はどうだった? 裁可を仰ぐ必要のある書類もあるが、中々面会してもらえんのだ。相当お怒りなのだろう?」


 モーガンも、エリアスの様子が気になるようだ。

 しかし、それは機嫌の話である。

 まさか幽閉されているなどとは微塵も考えていなかった。


 ウィルメンテ侯爵が「エリアス向けの書類」をジッと見る。

 そして、悲しそうに目を伏せた。

 混乱が起きるので言葉には出せないが、これで気付くのなら気付いてほしいという、さり気ない仕草だった。


 モーガンは、彼の視線に気付いた。

 ハッキリとはわからないが「エリアスに異変が起こったかもしれない」という意味だけは受け取った。


「ウ、ウィルメンテ侯もフレッドが心配だっただろう。元気だったか?」

「ええ、陛下に叱られたとは思えないほど元気でした」


 その言葉から、モーガンは嫌な気配しか読み取れなかった。

 すぐにでもアイザック達から事情を聞き出したいところだが、エリアスが関わる問題なら軽々しく話せない。

 聞き出したい気持ちをグッと堪える。


「そうだな……。明日休まねばならんのならば、今日中にできる事をやっておかねばならない。卒業式に関して、各国から問い合わせが多くてな。無下にもできんのだ。帰りは遅くなると伝えておいてくれ」

「わかりました」


 アイザックも必要以上に話さなかった。

 あっさりとしたやり取りで済ませて、軽い用事だと周囲に思わせるためだった。

 モーガンは自宅で話せるので、このやり取りだけで終わる。


 残るウィンザー侯爵、クーパー伯爵、フィッツジェラルド元帥にも声をかけに行く。

 彼らには仕事があるので、早いうちに予定を空けてもらわねばならないからだ。



 ----------



 集まる場所は、ウェルロッド侯爵邸にした。

「形式的とはいえ、パメラと結婚したので、ささやかな食事会を開きたい」という名目で誘いをかける。

 これならば、教会からセスやハンスを呼び寄せても不自然ではない。

 文面はノーマンに任せ、アイザックは皆のもとへ戻る。


「お待たせー」


 心配をかけないよう、意識して明るい声を出す。

 だが、場の雰囲気は重かった。

 リサが顔を真っ赤にしながら駆け寄ってくる。


(心配かけたかな?)


 アイザックは彼女を抱きとめようと腕を広げる。

 しかし、リサは抱き着いてはこなかった。


「酷い! パメラさんに話すなんて!」

「……なんの事?」

「私が結婚してって迫った時の話よ! しかも……、しかも殿下の前で話すなんて!」


(えぇ……。なんでそれを)


 そうは思ったが、この場にその事を知っているのは一人しかいない。

 アイザックは、パメラを見る。 

 彼女はうろたえていた。

 やはり、彼女がジェイソンから聞いた話をしたのだろう。


「リサさんは聞いた話と違って落ち着いた女性だったので、誇張された話だろうと思っていたから……。殿下から聞いた話をしてしまいました。ごめんなさい!」


(うおぉぉぉ! あれを話しちゃったのか!)


 ジェイソンと会った時に、リサに迫られた時の事を面白おかしく話してしまった。

 その時の話題が出てしまったのだろう。


「まだ友達に話すのならいいわよ。公爵夫人になるんだから、陰で噂される程度で済むだろうし。でも殿下はダメでしょ、殿下は! エンフィールド公爵夫人として、お会いする機会だって少なくないはずよね? 人前で殿下に笑われちゃったりしたらどうするの!」


 リサが「ねぇ、どうするの!」と迫ってくる。

 だが、言ってしまったものは、もうどうしようもない。


「ご、ごめん。でもさ、あの時は話題に困っていて、インパクトもあったし、ちょうどよかったんだ……」

「ちょうどいいで話されたら困るじゃない! 私、パメラさんに『ウェルロッド侯爵家の中でわからない事あったら、なんでも聞いてね』って言ったあとだったのよ。『この人、余裕のあるお姉さんぶってるけど、五歳も年下の男の子に結婚を迫ったのよね』って思われちゃうじゃない!」


 リサの言う事も一理ある。

 ウェルロッド侯爵家をよく知る者として、第一夫人をサポートするのが、リサに求められている役目の一つである。

 しかし、何事も説得力が重要だ。

「この人、頼りなさそう」だと思われたら、肝心な時にリサの言葉を聞いてくれないかもしれない。


 それだけではない。

 ジェイソンが公の場で話題に出し、笑いでもしたら大問題だ。

 貴族達に「彼女の事を笑ってもいい」という免罪符を与えるようなもの。

 今後は公の場で話題に出されるかもしれない。

 リサにとって忘れたい過去を、再び掘り返され、広められる危機でもあった。


「閣下、こういう時に女性を黙らせる方法があります」


 このままでは埒があかないと思ったマットが、アイザックに助言する。

 彼は自分の唇に、トントンと指を触れさせていた。


(……キスで黙らせろっていう事か!)


 アイザックは、ジャネットを見た。

 すでにマットによって実行されていたのだろう。

 彼女は頬を赤らめ、顔を背ける。


(マットは私生活ではだらしない男だが、経験豊富な男でもある。信じてやってみるか)


 アイザックは、リサを引き寄せる。


 そして、キスをして誤魔化そうとするが――


「聞こえてるのよ!」


 ――マットの言葉が聞こえていたリサが、アイザックのキスを阻んだ。


「そんなのが初めてのキスなんて嫌! ……するならちゃんとして」


(えぇ……)


 リサの雰囲気が変わった。

 まだ怒ってはいるものの、急にしおらしくなった。

 そのせいで「ちゃんとしたキスをしなくてはいけない」という雰囲気になる。


(やり辛い……)


 勢いでキスをするのとは違い、改まってキスするのは、今のアイザックにはまだ難しい。

 しかも友人達の前で。


「第一夫人になる人のために、ファーストキスを奪わないよう我慢してたんだからね……」


 だが、リサの言葉のせいで「またあとで」とは言い辛くなってしまった。

 アイザックは勇気を出して、普通にキスをする。

 すると、パメラも立ち上がってアイザックに近寄ってきた。


「私も……、みんなの前でしていただけますか?」

「う、うん」


(なんだこれ? 俺にもついにモテ期がきたのか!)


 王宮であった事が頭の中から全部吹き飛んでしまいそうな気分である。

 リサにキスをしてパメラにしないというわけにもいかず、彼女にもキスをするべきだろう。

 ぎこちないながらも、パメラにもキスをした。


「イヤッホー!」


 いきなり「頭がどうかしているんじゃないか?」と思う、場違いな叫び声が聞こえた。


 ――声の主はポールだった。


 彼はコロンビアのポーズまできめていた。


「……なにしてるんだ?」

「おめでとうございます、エンフィールド公!」

「えっ?」


 アイザックが呆気に取られているうちに、部屋にいる者達が拍手を贈る。

 友人達だけではなく、メイド達もだ。

 これはジェイソンとニコルの結婚とは違い、皆が祝福しているという証だった。

 アイザックとマットは、すぐに理解できなかったが、やがてすべてを理解する。


「あぁ、祝ってくれたのか。じゃあ、リサが怒っていたのも演技?」

「いいえ、あれは本気よ。これはちょっとした意趣返し」

「な、なるほど……」


 祝ってくれるのは嬉しいが、茶化されているようでアイザックは複雑な気分である。

 すぐさま報復を考える。


「マット。ポールがウェルロッド侯爵家の騎士団に入ったら、徹底的にしごいていいよ」

「かしこまりました」

「なんでだよ! なんで俺だけ」


 ポールは時々マットに手ほどきを受けていたので知っている。

 彼の指導は、かなり厳しいものだという事を。

 それなのに、徹底的な指導などされてしまえば大怪我を負ってしまうかもしれない。

 その恐怖はかなりのものだった。


「どんな用事で王宮に呼び出されたんだろうなって心配してたんだぞ。だから、帰ってきた時に、みんなでちょっと芝居して迎えようって話し合ったのに!」

「責任を取る代表者が必要だからね」

「俺に叫べって言ったのレイモンドだぞ」

「うーん、友達を売るような人には、やっぱり厳しくしないと」

「そりゃねぇよ!」


 ポールが悲鳴をあげると、クスクスとみんなが笑った。

 だが、馬鹿にした笑いではない。

 明るい笑いだった。

 アイザックを驚かせる共犯関係が、彼らの連帯感を高めたのだろう。

 パメラが馴染むための集まりは、とりあえず成功したといえるかもしれない。


「ところで、王宮はどうだった?」


 レイモンドが話題を逸らそうとしているのか。

 それとも、本当に気になっているのか。

 王宮での事を尋ねてきた。

 それもそうだろう。

 この時期に王宮へ行ったのだから、王宮内の様子が気になるはずだ。

 しかし、それには答え辛いものがあった。

 マットも難しい顔をする。


「今のところ言える事はないかな。来週になれば自然とわかるような事だけど……」

「あー……」


 ――来週にあるイベント。


 言わずと知れた、ジェイソンの結婚式である。

 本来ならパメラとのものだったが、相手が変わった。

「パメラがいるのでアイザックが触れたがらないのだ」と、皆は思った。

 本当は、もっと言いにくい理由だったのだが。


「フレッドは元気だったのか?」


 カイが触れても大丈夫そうな話題に変える。


「あぁ、元気だったよ。マイケルやチャールズ、ダミアンも元気そうだった。陛下に叱られたはずなのに、まるで気にしていないかのように元気だった」

「うわぁ……」


 さすがに「エリアスに叱られても平気だった」というのには、皆が引いた。

 このまま彼らの話になりそうだったので、アイザックは話を変えようとする。


「彼らの話はやめよう。楽しい話にはならないだろうしね。違う話をしよう」


 ジェイソンが行動に出た以上、これからは友人同士の集まりでも明るい話題はできなくなる。

 彼らにも話すべきだったかもしれないが、アイザックは、貴重な機会を惜しんだ。

 マットもアイザックの意を汲んだのか、余計な事は言わなかった。


 卒業式でのアイザックの行動や、卒業式後にパメラにキスをした事。

 そして、それぞれは初めてのデートの話などを語り合った。



 ----------



 その日の夜。

 監獄塔にて。


 エリアスはジェシカと共に食事を取っていた。

 メイドの類はおらず、近衛騎士が一人、給仕するだけ。

 今までの人生では、あり得ないほど寂しい食事を、息子のせいで初めて味わう事になった。

 惨めな思いから涙がこぼれそうになるが、エリアスは耐える。

「そのような情けない姿を見せてやるものか!」という思いが、彼の心を折れさせなかった。


 エリアスは、パンを取る。

 そして、一口サイズにちぎった。

 その時。エリアスはドキリとした。

 パンの中に小さな紙きれが入っていたからだ。

 さりげない仕草を意識しながら、指で紙を取り出す。


 ――知らせた。時期を待て。


 必要な事だけが書かれたシンプルな内容。

 だがエリアスには、それで十分だった。


(誰かはわからんが、忠義者が残っていたようだな)


 エリアスは証拠を隠滅するため、パンと共に紙を頬張る。

 食べ物ではないものを食べるのには抵抗があったが、エリアスは我慢した。

 これは必要な行動である。

 密書が給仕をしている近衛騎士に気付かれれば、密告者捜しが始まるだろう。

 それはエリアスも望むものではない。


 それに、裏で動きがある事を気付かれる事自体がマズイ。

 救出作戦を考えてくれているのなら、近衛騎士団には油断しておいてもらわねばならないのだ。

 ほんのわずかであろうとも、彼らに今以上の警戒をさせたくはない。

 辛くとも、すべてを飲み込まねばならなかった。


(知らせたか……。フィッツジェラルド元帥か、それともウィンザー侯か。王宮におらぬエンフィールド公に知らせるのは難しいだろうな)


 真っ先に思い浮かんだのは、軍事と政治のトップである二人だった。

 彼らは王宮に出仕しているので、連絡も取りやすいはずだったからだ。


(あとでジェシカにも教えてやろう)


 希望の持てる知らせである。

 妻にも教えてやろうと、彼女の方を見る。

 すると、いつもとは違う事に気付いた。


 ――皿の上にあるパン。


 彼女はいつも、ちぎった断面を人に見せないように自分の方に向けて皿に置いている。

 なのに、今日は断面をエリアスの方を向けていた。

 その違和感に気付き、パンに視線を向ける。


(あれは……、手紙か!)


 先ほどの紙切れとは違い、小さく折りたたまれた紙が入っていた。

 どう考えても、あれはパッと読めるようなものではないし、食べるには厳しい大きさだ。

 小さな紙きれですら、嗚咽を漏らしそうな気分で食べたのだ。

 ジェシカには食べるという選択はできないだろう。

 しかし、抜き取る事もできない。

 それなりの大きさなので、動きに気付かれてしまうだろう。

 

 だが、パンを食べないという選択も選べない。

 片付ける時に見られてしまうだろう。

 時間をかけても怪しまれる。

 すぐさま、給仕をしている近衛騎士に気付かれぬよう、抜き取らねばならなかった。


 そこでエリアスは一計を案じる。

 スープを飲むためにスプーンを持とうとして、手が滑ったフリをして床に落とす。


「おやおや、陛下にしては珍しいですね」


 近衛騎士は新しいスプーンを出し、床に落ちたスプーンを取ろうとする。


「信じていた者に裏切られ、このようなところに閉じ込められたのだ。私とて動揺はする」


 近衛騎士がしゃがんだところで、エリアスはナイフに手を伸ばそうとした。


「陛下、無駄ですよ。食事用のナイフでは皮膚を傷つけるだけで、致命傷は与えられません」


 彼はスプーンを拾いながらも、エリアスの気配を感じ取って忠告した。

 エリアスの動きが止まる。

 近衛騎士は立ち上がると、笑みを見せる。


「それで人を殺そうとするなら、目を突き刺す事です。深く刺し込む事ができれば、殺す事ができるでしょう」


 エリアスもそれなりに鍛えてはいるが、嗜み程度。

 実際に戦うために厳しい訓練を受けている近衛騎士には絶対に勝てない。

 彼の言葉は「やれるものならやってみるといい」という自信に満ち溢れていた。


「忠告感謝する。次はそうしよう」


 エリアスは強がりを言う。

 だが、彼に実行するつもりはない。

 このやり取りをしている間に、ジェシカがパンから紙を取り出して袖口に隠していたからだ。

 本来の目的が達成された。

 夫婦の連携プレーが上手くいった事に、エリアスは満足していた。


 黙々と食事を進める。

 近衛騎士が食器を片付けて部屋を出て行く。

 それを確認すると、エリアスは本を手に取ってベッドに腰掛ける。

 ジェシカもエリアスの隣に座る。

 そして、開かれた本の上に紙を取り出した。

 これで密書を読んでいても、本を読んでいると思われて疑われない。


(なるほど……)


 書かれていた内容は、アイザックとウィルメンテ侯爵がジェイソンと話した時のものだった。


『エンフィールド公には、絶対に陛下に話すなと念押しされました。ですが、陛下が幽閉されていると聞いて悲し気な表情を見せたので、あれはお知らせせよという意味だったのだと思い、会談の内容をお知らせします』


 というものである。

「内容は私には判断できない」という注釈もあったが、それはどうでもよかった。

 問題は箇条書きされている内容である。

 エリアスとジェシカは、興奮しながら手紙を読む。


「……ジェシカ。私の考えは……、私達にとって都合のいいものだ。間違っていると思ったら指摘してくれ」

「わかりましたわ」


 彼女も自分なりの考えがあったが、まずはエリアスの考えを聞こうと思ってうなずく。


「実は私の食べたパンにも知らせがあった。『知らせた、しばし待て』という内容のものだ。おそらく知らせた相手はエンフィールド公だ。ウィルメンテ侯は武官の顔役。近衛騎士団にも知り合いがいる。彼を使って事実を確認しようとしていたところに、ジェイソンからの呼び出しがあった。だから一緒に来たのだろうと思う」

「その知らせはどうされたのですか?」

「食べた。こちらが知っているという事を知られてはいかんからな」

「まぁ」


 ジェシカは驚いた。

 エリアスが紙を食べるという事が信じられなかったからだ。

 だが、そこまでの覚悟があるという事に、頼もしさを感じていた。


「その事はいい。エンフィールド公は私の味方だ。ジェイソンに私達を絶対に殺すなと言ったのも、私達を救う機会を失わないためだろう。その証拠に、根回しをするために宰相就任の話を固辞した。宰相になれば、ジェイソンの懐刀だと思われてしまう。それでは私達を助けるという言葉に説得力がなくなってしまうからだ。ウィルメンテ侯が元帥にならないように話を進めてもいる」


 この辺りの事は「アイザックが自分達を救おうとしている」と考えれば容易に想像できるものだった。


「ロックウェル王国を攻めようと言い出したのも、私達を救うためだろう。ジェイソンと共に近衛騎士団を王宮から引き離す事によって、警備を手薄にするためだ。手薄になれば、サンダース子爵が率いる精鋭部隊が、私達を助けるために突入してくるかもしれんぞ」

「まぁ、それは頼もしいですわね」


 ――先の戦争で、一躍リード王国の武の象徴となったランドルフ。


 彼がマット達を引き連れて王宮に突入してくるところを想像し、ジェシカの頬が緩む。


「ですが、近衛騎士団が動かないという可能性もあるのではありませんか?」

「それはないだろう。元帥が言っていた。魔法使いが混じっていたフォード元帥の軍に勝てたのは野戦だったからだと。炎の魔法を使っても、野戦では熱が上に逃げるので精々二、三人倒せればいいそうだ。だが、屋内戦闘では違う。部屋の中に魔法を撃ち込めば、魔法に当たらなかった者も喉が焼かれて窒息死するらしい」

「怖いですわね」

「そう恐ろしい。だから城攻めには魔法使いが有効なのだ。城門を破壊したりもできるらしいからな。だから、近衛騎士団のほとんどがジェイソンに同行するはずだ」


 エリアスは、フィッツジェラルド元帥から聞いた話をジェシカに話す。

 しかし、彼女には他にも心配な事があった。


「ロックウェル王国に攻め込んだりしたら、後々大変な事になるのではありませんか?」

「それも大丈夫だ。本当に攻め込む必要はないのだからな。王宮から引き離せればいいのだ。国境付近に着いたところで、各領主の私兵で包囲すればいい。その隙に王宮に救援部隊を送るというところだろう。そのための根回しをエンフィールド公が行うはずだ。……私の考えはどうだ?」


 エリアスは、ジェシカに尋ねる。

 大きく間違ってはいないはずだが「こうであってほしい」という願望が強いのも、自分でわかっている。

 自分以外の者の意見を聞きたいところだった。


「私も……。私もそうあってほしいと思っています」


 ジェシカの考えも、エリアスと同じだったようだ。

 しかし、エリアスは彼女を笑う。


「そうではない。都合のいい考えだから、指摘してくれと言ったではないか」

「あら、そうでしたわね」


 ジェシカも、自分のミスに気付いて笑った。

 だが、その笑い声は部屋の外にいる見張りに気付かれてはならないので、小さなものである。


「エンフィールド公ならば、きっと私達を助けるために動いてくれます。ただ、私達が気付けるのなら、ジェイソンにも……」

「あぁ、そうだな。だが、気付いたのならばエンフィールド公を捕らえていたはずだ。わざわざ泳がせる理由が思いつかん。本当に気付かなかったのかもしれん。昔のジェイソンなら・・・・・・・・・気付けただろうな……」


 二人はジェイソンを誰よりも近くで見ているのでよくわかっている。


 ――王立学院に入学する前と、その後では大きく人格が変わってしまったという事を。

 

「女一人で道を踏み外すなど馬鹿者め! 本物の……、馬鹿者だ……」


 本来ならば、ジェイソンとアイザックの最強タッグの活躍を見られたかもしれない。

 それが露と消えた。

 息子に裏切られた事よりも、その事の方がエリアスには悲しく思えて仕方がなかった。

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