第456話 虎穴に入らずんば虎子を得ず
いきなり「会いたい」と面会の予約を割り込ませては異常事態だと気付かれてしまう。
やむを得ず、面会の列が捌けてから会えるように調整を頼むことになった。
ランドルフと会うまでには時間がかかる。
そこでアイザックは、カニンガム男爵を呼ぶ事にした。
名目は「クロードと親交が深いので、今後エルフとの外交大使に就かないか?」と勧誘するというものである。
しかし、実際は違う。
彼を通じて、少しでも早くウィルメンテ侯爵に伝えてほしいと思ったからだ。
ウィルメンテ侯爵なら、王宮に使者を送っても不自然ではない。
――フレッドの事があるからだ。
「愚息はどうなりますでしょうか?」と聞くため、自然に訪ねていける。
今から王宮にいるモーガンやウィンザー侯爵に使者を送るよりも、動きをジェイソン達に知られにくい。
アイザックは、いい考えを思いついたと早速行動に移した。
だが、それは間違いだった。
――なぜかウィルメンテ侯爵まで男爵に付いてきてしまったのだ。
「こちらにとっても都合がよかった」と彼は語った。
使者は最初カニンガム男爵邸を訪ねたが男爵は不在。
ウィルメンテ侯爵邸にいるとの事なので、そちらへ向かった。
使者を送る前に、アイザックは予想するべきだったのだ。
――ウィルメンテ侯爵家では大きな混乱が起きていると。
フレッドがジェイソンの企みに加担していたのは明白である。
なのに、ウィルメンテ侯爵は「陛下の裁定を待つ」と説明するのみ。
「そんな悠長な事を言ってないで、やれる事をやるべきだ」と突き上げを食らっていた。
そこにカニンガム男爵を呼び出す使者がきたという知らせが入った。
これをチャンスだと思い「フレッドの同級生でもあるエンフィールド公と協議してこよう」と言って逃げ出してきたのだった。
ウィルメンテ侯爵も同行するという知らせがきた時、アイザックは何が起こったのかわからなかった。
だが、すぐに説明の手間が省けると考え直す。
ランドルフと共に話をする事にした。
「…………」
「…………」
「…………」
アイザックの話を聞いて、ランドルフとウィルメンテ侯爵、カニンガム男爵が硬直する。
ウィルメンテ侯爵は、まだ屋敷にいた方がマシだったと後悔していた。
同席していた彼らの側近も、しきりに汗を拭ったりして落ち着きがない。
「それは……、何かの間違いじゃないのか?」
ランドルフが「嘘でしたと言ってくれ」と願い、無駄だとわかっていながら聞き返す。
「かもしれません。事実ではないのに焦って兵を動かせば、僕らが反乱を起こしたという事になります。近衛騎士一人を買収するだけで、得られる利益はかなりのものとなるでしょう。僕も最初は、卒業式の混乱に付けこもうとしている他国の謀略を疑いました。ですが、事実関係を確認せずにうろたえるのは無駄。そう思ったので、ウィルメンテ侯爵に確認をしてもらうつもりだったのです」
「私に? ……あぁ、なるほど。フレッドは今日も帰ってきていません。息子はどうなるのかを聞きに訪ねていっても自然な訪問になるというわけですか」
「その通りです」
衝撃的な情報を突きつけられながらも、ウィルメンテ侯爵は冷静に導き出した。
しかし、それは同時に彼の失敗で台無しになったと気付かせるものでもあった。
「しかしながら、ウィルメンテ侯がウェルロッド侯爵家に足を運んだ事で難しくなった……というところですね。ウェルロッド侯爵家が何らかの情報を得て、確認に向かったと思われかねませんので」
カニンガム男爵が「その考えは水泡に帰した」と呟く。
咎めるような目で、ウィルメンテ侯爵を見る。
「傘下の貴族からの突き上げが厳しいからと逃げたりするから……」
「言うな。私自身が一番後悔している」
ウィルメンテ侯爵も「呼んだのはカニンガム男爵だけだった」という事の意味を、よく考えるべきだったと後悔していた。
あれは助け舟などではなかったのだと。
「私がダメになったとなると、ウェルロッド侯に確認してもらう事になるか」
「ですが今から王宮に使者を送っては、こちらの動きが王宮に筒抜けになります。こちらが陛下の事を知っていると気取られるのはまずい。そのため、帰宅してから話をするという事になるでしょうが……」
モーガンの帰宅を待ち、明日話すというのもありではある。
最初は、そうしようと考えていたくらいだ。
しかし、こうして誰かに話をすると、すぐに確かめたいという気持ちがだんだんと強まってくる。
「確認は早い方がいい。できれば今日中にするべきだろう。他に手段はないのか?」
ランドルフが急ぐべきだと意見を述べる。
その急ぎの確認方法がウィルメンテ侯爵だっただけに、他の方法を聞かれても困ってしまう。
「パッと思いつくのはブランダー伯やアダムズ伯に頼むという案くらいでしょうか。しかし、アダムズ伯は仕事で登城しているでしょうし、頼めるのはブランダー伯だと思うのですが……。あまり良い印象を持たれていないでしょうし……」
今の状況で、エリアスに面会を求める事ができる者は限られている。
卒業式の混乱を収めるのに忙しいはずであるエリアスが現段階で会うとすれば、当事者の身内くらいだろう。
それでもフォスベリー子爵では、当日の面会を申し込むには爵位が足りない。
とはいえ、爵位があればいいというものでもない。
条件が合う相手でなくてはならない。
その点、ブランダー伯爵は条件に合致する。
しかし、アイザックに敵対心を持っているので、ジェイソン側に付いてしまう恐れがあった。
そうなると情報漏洩が怖い。
「いえ、大丈夫でしょう。彼は信用できます」
アイザックがブランダー伯爵に不安を覚えているのを見て、ウィルメンテ侯爵が信用できると自信を持って答えた。
「彼は体面を重んじるところがあります。例えば、中立派の筆頭になろうとした事もそうです。派閥の長は苦労の割に儲けが少ない。ウィンザー侯も宰相という立場でなければ、筆頭の座をウェルロッド侯に譲っていたでしょう。陛下の安否を確認するという重要な役目は、ブランダー伯の自尊心を満たすのに十分。きっとやり遂げてくれるでしょう」
ウィルメンテ侯爵の言葉に「一理ある」とアイザックは思った。
(そういえば、マイケルの時に『すべては当主である私が責任を取る。申し訳ない』とか言う気配がまったくなかったな。できればセスやグラハムに責任をなすりつけようとしていたような。まぁ、あの状況で男らしく息子がしでかした事の責任を取るなんて行動を取れる奴の方が少ないだろうけど)
しかし、あの時の対応は、あれはあれで後ろ指を指されかねないものであった。
ウィルメンテ侯爵の言葉を信じていいか不安になる。
「やはり敵意を持たれている者を用いるのには不安がありますが……。ブランダー伯ではなく、彼を推薦するウィルメンテ侯を信じる事にします。ブランダー伯に頼んでみましょう」
不安ではあるが、ウィルメンテ侯爵の進言を無視するわけにもいかない。
さりげなく「あいつが裏切ったらお前の責任な」という意味を含ませて了承する。
ウィルメンテ侯爵も、戸惑ったりはしなかった。
人を推薦するという事の意味を、彼はよく理解している。
アイザックに言われるまでもなかった。
「ブランダー伯への使者は、ウィルメンテ侯に任せましょう。お互いに息子が王宮に呼び出されたままという状況を利用し、相談に赴いたという形を取れば自然な形で会えるはずです。なんなら、そのまま二人で王宮へ向かうという手もございます」
カニンガム男爵が、ウィルメンテ侯爵をブランダー伯爵への使者にするべきだと提案する。
ウィルメンテ侯爵も王宮へ向かう理由を作れるし、ブランダー伯爵が裏切らないかを監視するため同行もできる。
一石二鳥の安心、確実な方法だった。
「その場合だと、ブランダー伯に陛下の事は話さなくてもいいのでは? 陛下の安否を確認する必要があるというのは、ウィルメンテ侯が知っているので」
「王宮に出向く理由作りのために利用するのも悪い気がするが、誤った情報だった場合、知る者が少なくて済むのならそれが一番だろう。ブランダー伯には今は黙っておくというのもありだな」
ランドルフの言葉に、ウィルメンテ侯爵が同意する。
そこからどんどんと「どう話を切り出すか」や「王宮内で働いている者と、どこまで会話するか」などの話に発展していく。
王国の危機に、誰もが必死に語り合った。
普段ならば「くだらない」と一蹴されそうな案ですら、この状況では検討の余地があると叩き台にされていた。
そんな状況でも、誰もが言い出さない案があった。
それは――
「アイザックが行けばいいのに」
――というものだった。
友人であるジェイソン達を心配して王宮を訪ねるのは、自然な形といえるだろう。
「それをしないのは、できない何らかの理由があるのだろう」という共通の認識が持たれていたからだ。
だが、それは違う。
アイザックはやろうと思えば自分から行動する事もできた。
「誰かに確認してもらおう」という考えに囚われていただけである。
もっとも手っ取り早い方法を「最初に密告者と接触したから」という理由で選択肢から外してしまっていた。
議論が煮詰まってきた時、執事が使者の来訪を知らせにきた。
「今から王宮にきてほしいと……」
用件は、アイザックを呼び出すものだった。
問題は呼び出した人物であった。
――アイザックを呼び出したのは、エリアスではなくジェイソン。
それがどういう事を意味するのか?
この場にいた者達は、一つの事しか思い浮かばなかった。
「ダメだ、アイザック。行くな、危険だ!」
――エリアスが幽閉されたと知った事を、ジェイソンに知られてしまった。
口封じのために先手を打ってきたのだというのが真っ先に思い浮かんだのだ。
ここでジェイソンの誘いに乗るのは危険である。
アイザックから会いに行くのと、あちらから誘ってきたのとでは意味合いが大きく違ってくる。
ランドルフがアイザックを止める。
だが、アイザックは違った。
これをチャンスだと受け取っていた。
「いえ、行くべきでしょう。ここで動かない方が怪しまれます。場合によっては、殿下に味方すると答えて切り抜けますよ」
「そうだ、今は動くべきだ。座していては何もわからん。私も同行しよう。今なら『殿下やフレッドの同級生であるエンフィールド公に相談しにきていた』と使者に伝える事もできる。一人で行くよりは安心だろう」
ウィルメンテ侯爵は、自分が犯したミスを取り戻そうと動く。
「いえ、一人で大丈夫です」
しかし、アイザックは断る。
一人でなら、ジェイソンをそそのかすような事も言えるが、ウィルメンテ侯爵がいては言い辛い。
むしろ邪魔でしかなかった。
「そうはいきません。緊急時にはエンフィールド公に協力すると約束しましたのでね。今がその時です。王党派筆頭であり、フレッドの父である私が同行すれば、殿下も無体な仕打ちはされないでしょう」
だが、ウィルメンテ侯爵は乗り気だった。
何もなければよし。
何かがあれば、アイザックに恩を売るチャンスである。
フレッドがどうなるかわからない以上、ウィルメンテ侯爵家のためにも、やれる事はやっておきたかった。
彼の意思が強いと見ると、アイザックもこれ以上は断れなかった。
あまり断り過ぎると、それはそれで疑われてしまうかもしれないと思ったからだ。
仕方なく受け入れる。
「先ほど言ったように、場合によっては陛下を見捨てるような発言をするかもしれません。ですが本心ではないという事は信じていただきたい」
「もちろんですとも。今の段階で謀殺でもされれば、陛下を救う事ができなくなってしまいます。陛下を救う姿勢を見せて満足するのは愚か者のする事。今は結果を出さねばならない時だと重々承知しております」
先に「本心じゃないから」と言い訳をしておく。
これで多少の言動から本心が気付かれにくくなるはずである。
「父上は待っていてください。僕と父上が同時に囚われたら、お爺様も困るでしょう。もっとも、本当に気付かれているのであれば、お爺様はすでに捕まっているでしょうけど」
「怖い事を言うな……」
「いざという時は父上頼りですからね。僕達が帰ってこなければ、王宮に出仕していないであろうウォリック侯達と連絡を取ってください」
「……わかった。だが、そうならないようにしてほしい」
「もちろんです。まだまだやらなければならない事がありますからね」
アイザックが笑みを見せると、ランドルフはアイザックを抱きしめた。
「必ず帰ってこい」
国の命運も、本来ならばランドルフ達の世代で解決しなければならない事である。
ランドルフは、まだ若いアイザックに多くの事を背負わせてしまっている事を恥じていた。
今まで以上に、無事に帰ってきてほしいという気持ちが抱擁に籠められていた。
だが、彼は知らなかった。
アイザックの言う
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます