第457話 アイザックのかまかけ

 まずは皆を心配させないよう、ウィルメンテ侯爵を連れていった。


「ウィルメンテ侯から取り成しを頼まれたから、ちょっと王宮に行ってくるよ。せっかく集まってもらったのにごめんね」


「王宮から呼び出された」と言えば、皆は心配するだろう。

 ウィルメンテ侯爵も快く引き受けてくれたので、彼をダシにして抜け出す算段を立てた。


「昨日、あんな事があったばかりですもの。殿下やフレッドさんの共通の友人であるアイザックさんが頼られるのも当然の流れですから気になさらないでください」

「すまない、パメラ――いや、エンフィールド公爵夫人。フレッドも立派な騎士を目指すのなら、友人であるあなたを率先して守るべきだったというのに……。後日、フレッドを連れて正式に謝罪に伺います」

「……はい、お待ちしております」


 ――パメラが謝罪を受け入れようとしてくれている。


 謝罪を受け入れないという対応をされても文句は言えないところだった。

 だが、パメラは謝罪のチャンスを与えてくれた。


「ありがとうございます。では、また後日」


 彼女の反応が、ウィルメンテ侯爵の心を少し軽くする。 


「ジャネットさんには申し訳ないけど、マットを借りていくね」

「それが騎士団長の役目ですから。ティファニーさんやアビゲイルさんもいるので私は大丈夫です」

「悪いね。この埋め合わせは……、マットがしてくれるはずだから」


 ジャネットが家庭科部を通じてティファニーやアビゲイルと面識があったのが救いだった。

 彼女らがいなければ、ジャネットのためにマットを置いていく必要があっただろう。

 交友関係は重要である。


「昨日、卒業式で大変な事があったばかりだから、どうしても騒がしくなってしまう。もう少し時間を置いてもよかったかもしれないけど……。結婚式や披露宴までには、みんなと親交を深めてほしかったし……。悪いけど、みんなよろしく頼むね」

「任せておけ!」

「きっとなんとかなる」

「僕達が心配するまでもなく、すでにアビー達と仲良くやってるけどね」


 任せておけと言ってくれる友人達を心強く思い、アイザックはウィルメンテ侯爵と共に王宮へ向かった。



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 同行者はノーマンやマット、彼らの部下である。

 王宮に到着すると、近衛騎士が出迎えた。

 彼らはウィルメンテ侯爵や、その家臣まで同行している事を不審に思う。


「殿下やフレッドの友人である私に仲裁を依頼されていたところだったのだ。殿下の呼び出しだと聞いて、フレッドの事を知るにはいい機会だと思い、同行してもらった。いきなりではあるが、殿下にウィルメンテ侯爵も同席していいか伺ってきてもらえないか?」


 アイザックは、彼が同行している理由を説明した。

 それには近衛騎士も一定の理解を示し「確認する」と答えた。

 一行は、まず控室へと案内される。

 道中、廊下を眺めながら、初めてジェイソンと会うために来た時の事を思い出す。


(あの時とは様子が変わったな)


 時間による変化というだけではない。

 アイザックにもわかるほど、侍女達の落ち着きがなかった。

 行政区は普段通りだったが、王族の生活区では異変が知られているのかもしれない。

 やはり、ジェイソンの行動は事実なのだろうと確信する。


 控室に着くと、そこでジェイソンの呼び出しを待つように言われた。

 ここに同行できたのは、ノーマンとマット。

 それにウィルメンテ侯爵の秘書官と護衛騎士隊長のみである。

 周囲の状況を見て、ウィルメンテ侯爵が見張りの近衛騎士に話しかける。


「今日はいつもと様子が違うな。王宮の要所要所に近衛騎士が配置されている」


 彼の言葉に緊張が走る。

 これは彼なりの注意喚起だった。

 侍女達の雰囲気でわかっているかもしれないが、普段とは違う警備体制になっていると知らせる。

 それにより、アイザック達に「情報は本物の可能性が高い。油断するな」と知らせたのだ。


「今年は殿下が王立学院を卒業されるという事もあり、他国からの使者も多い。だからかな?」

「え、ええ。その通りです。万が一があってはいけませんので」


 ウィルメンテ侯爵は、むやみやたらに緊張させるだけではなかった。


 ――普段とは違うと気付いたものの、その理由を一人で思いついて納得する。


 そうする事で、近衛騎士の警戒を解く。

 ちゃんとフォローも忘れない。


「フレッドがどうなっているのか知っているか?」

「フレッド様は、ジェイソン殿下と行動を共にしておられます」

「……そうか」


 本来ならば「まだ沙汰が下りていない」と心配するところだっただろう。

 だが、エリアスを幽閉したという話を聞いたあとで、行動を共にしている・・・・・・・・・という言葉は意味合いが変わってくる。

「共犯になった」という意味にしか聞こえない。

 アイザックの聞いた話が嘘であってくれと、強く願い始めていた。

 それからフレッドの様子を聞き出そうとしていたら、ジェイソンからの返答を持った近衛騎士がやってくる。


「ウィルメンテ侯の同席を許可されるとの事です」

「そうか、それはよかった」

「では、いきますか」


 アイザックとウィルメンテ侯爵が行こうとすると、ノーマン達も同行しようと立ち上がる。


「呼び出されたのは、こちらのお二方のみである。ここで待て」


 彼らは制止された。

 これは通常の対応である。

 しかし、事情を知っているだけに、今回は受け入れ難い。


「じゃあ、行ってくるよ」


 そんな彼らを落ち着かせるよう、アイザックが笑顔で言った。

 普段通りの気負わない態度。

 その態度は彼らに「落ち着け」と言っているように見えた。

 過剰反応してしまった事に気付き、大人しく待つべきだと考え直した。

 そして、改めてアイザックの冷静さに感服する。


「では、ここでお待ちしております」


 下手に「お気を付け下さい」など言ってしまえば、知っている事に気付かれてしまう。

 彼らは言葉に気を付けながら、大人しくアイザックを見送った。



 ----------



 案内された部屋には、ゴメンズとニコルが待っていた。

 ジェイソンとニコルが並んで座り、二人の背後にフレッド達が立っている。

 部屋の周囲には近衛騎士が十人以上配置されており、警戒している様子が窺える。


「やぁ、ジェイソン。今回は友人としての呼び出しかな? それとも、貴族としての呼び出しかな?」


 ――フレンドリーな態度。


 もし、これで激怒して罰しようとするようなら、密告者の存在がバレていると考えてもいいだろう。

 だが、怒らないのなら、本当に話があるから呼び出したのだと思っていい。

 アイザックは、最初に軽く様子を見る事にした。 


「今回は貴族としての呼び出しだ。極めて重要な話がある」

「かしこまりました」


 アイザックは一度姿勢を正し、うやうやしくジェイソンに頭を下げる。


「エンフィールド公爵。召集に応じ、ただいま馳せ参じました」


 ジェイソンを王太子として敬っているという態度を見せた。

 しかし、内心は違う。


(王子の呼び出しに応じ……。ダメだ、落ち着け俺)


 ――笑ってはいけない場面なのに、なぜかくだらない事で笑ってしまいそうになる。


 今まさに、アイザックはその状況に陥っていた。

 何とか堪えようとするが、一度だけフッと笑いがこぼれてしまう。

 その声を聞いて、ウィルメンテ侯爵は「なんて度胸をしているんだ」と、アイザックに対して畏怖の念を覚えていた。


「ウィルメンテ侯が同行してくれたのは、こちらにも都合がよかった。フレッドの父親である貴公とも話したいと思っていたのだ」

「突然押しかけてしまう形でしたので、そうおっしゃっていただけた事で心が軽くなりました」

「さぁ、まずは座ってほしい」


 ジェイソンに勧められた通り、アイザック達は席に着く。

 この時、ウィルメンテ侯爵は何も言う気が起きなかった。


 王太子であるジェイソンの立場は、貴族よりも上だ――と断言できるほど明確に上位だと言える立場ではなかった。

 侯爵家の当主には、配慮をするべき微妙な立場である。

 なのにジェイソンは、ウィルメンテ侯爵に「貴殿」ではなく「貴公」と言った。

 これは彼の事を、対等か目下だと思っているという事。

 ウィルメンテ侯爵と対等以上の立場になったと思っているのだろう。

 それが意味する事は一つ。


 ――権力を握ったと確信しているという事だ。


 エリアスを幽閉したという話が真実味を帯びてきた。


 ――凶行を実行したジェイソンと、彼に手を貸したであろうフレッド。


 二人に愛想が尽きた。

 だから、ジェイソンの言葉遣いにチクリと嫌みを言うこともしなかった。

 注意してやる気も失せてしまったのだ。


 侍女がアイザック達の飲み物を用意する。

 彼女達の手は震えていた。

 王宮で働く者が、客の前でこのような態度を見せるはずがない。

 やはり、ただ事ではない出来事が起きたのだろう。

 アイザックが周囲の様子を探っているのに気付かず、ジェイソンは普通に話を切り出した。


「実はエンフィールド公に頼みたい事がある。ウィンザー侯は信用できなくなった」


(お前のせいでな)


 他人事のように話すジェイソンに、アイザックは心の中でつっこみを入れる。


「そこで宰相を解任しようと思う。信用できない者を重要な地位に就けておく事はできないからな。次の宰相は――お前だ」

「なんと!」


 アイザックではなく、ウィルメンテ侯爵が驚きの声をあげる。

 これはもう、ニコルと結婚するためにエリアスを幽閉したという段階ではない。

 宰相の罷免と任命を行おうというのだ。

 王位の簒奪も、そう遠くないうちに実行されるという事だ。


 ――ジェイソンは行くところまで行こうとしている。


 貴族として常識的な考えを持つウィルメンテ侯爵には、到底信じられない話だった。

 だが、常識外れのアイザックは違う。


(このタイミングで呼び出すんだから、手を貸してほしいと言ってくるとは思っていたけど……。宰相になれときたか)


 今までジェイソンに協力をしてきた。

 だから、彼の信頼もそれなりに勝ち取っていると思っていたが、そこまでとは思っていなかった。

 卒業式では、彼に敵対したと思われても仕方のない行動も取っていたからだ。


(ニコルとの関係を認めるかどうかで敵か味方かの判断が変わるとかだったら……)


 嫌な基準である。

 聡明だったジェイソンは、もう完全にいなくなったと思った方がいいだろう。

 これならやりやすいが、どことなく後味の悪さを感じていた。


「私を宰相に……ですか」


 アイザックは、しばし考え込む。

 宰相というのは予想外だったが、流れ自体は想定の範囲内である。

 ならば、予定通りに動くべきだろうという答えを導きだした。

 まずは周囲を見回す。

 近衛騎士の顔を一人一人確認し、次に侍女という順番でジッと表情を観察する。


「なるほど。宰相という重要な役職を指名する場に、なぜ陛下が居合わせないのか不思議でしたが理由がわかりました」


 アイザックは、ジェイソンを正面から見据える。


「陛下を亡き者にした。もしくは監禁し、退位を迫っている。そんなところでしょう」


 この言葉に、アイザック達の背後に立っていた近衛騎士が動く。


「慌てるな馬鹿者どもが!」


 彼らを怒鳴りつけたのはジェイソンではない。


 ――アイザックだった。


 動く気配を感じると、振り返って騎士に向かって言った。


「貴様らが動いたせいで、不敬極まりない邪推が真実へと変わってしまった。殿下のご下命を賜る前に行動するなどもっての外だ! 殿下に付いたのであれば、最後まで殿下を信じる姿勢を貫き通せ!」


 これは「ジェイソンがエリアスを幽閉した」という事を確定させるための引っかけだった。


 ――自分だけが知っている秘密を他人に知られている。


 そう思った時、人は過剰反応してしまう。

 アイザックにも経験がある事だ。

 近衛騎士達も「エリアスを裏切って幽閉した」という後ろめたさを持っていた。

 だから「アイザックが味方になる前に気付かれてしまった」と焦り、慌てて取り押さえようとしてしまったのだ。


 前もって教えられていたウィルメンテ侯爵も驚いていた。

 しかし、それは「このタイミングで持ち出すのか」という意味ではない。

 アイザックの「すべてを見通す目」の正体に気付いたからだ。


(そうか、エンフィールド公の最大の強みは、情報の扱いに長けているというところだ。ロックウェル王国を撃退した時もそうだった。前もって情報を手に入れているのに、そうだとは思わせない態度を見せている。殿下達は、本当にこの場の反応だけで気付いたと驚いているだろうな)


 ――アイザックは、眼力だけで見抜いているわけではない。


 ウィルメンテ侯爵は、それが恐ろしいと感じていた。

「ジュディスのような特別な力を持っている」のであれば「特別なのだから負けても仕方がない」と思える。

 だが、アイザックは特別な力を持っていると思わせているだけだ。

 それも自分の力量だけで。

 隔絶した力量差を思い知っていた。

 しかし、この時アイザックの頭脳は、ウィルメンテ侯爵が思っている以上に冴え渡っていた。


(最初に動いたのが二人。様子見というか、動くか迷っていたのが四人。おそらく、ジェイソン派の割合もこの程度なんだろう)


 ジェイソンのために動こうとした人数で、近衛騎士内のジェイソン派の割合に当たりをつけていた。

 組織内で多数派になりたければ、過半数を味方にする必要はない。

 近衛騎士内でいえば、ジェイソン派とエリアス派の二派しかいないわけではないからだ。

 どのような組織でも、有利な側に付こうと中立を保つ者の方が多数派だ。

 彼らの存在が重要だった。


 日和見する者は「国王であるエリアスに絶対の忠誠を誓うべきだ」と考える者にとって敵にしか見えなくなっていただろう。

 エリアス派は味方にするべき者達を遠ざけてしまう。

 そうなると、中立派は「ジェイソンとエリアスのどちらに付くのか?」という選択を突きつけられた時に「エリアスを支持する」という選択を心情的に選びにくくなってしまったはずだ。

「どちらも選ばない」もしくは「消極的ながらもジェイソンを選ぶ」という答えを出した者もいるだろう。

 そんな彼らを、ジェイソンは上手く取り込んだ。


 二年前から動き出したジェイソンが近衛騎士全員を味方にできるはずがない。

 おそらく隊長クラスを優先的に味方に付けたはずだ。

 人をまとめるには、一人一人説得していては時間の効率が悪い。

 影響力を持つ隊長クラスを重点的に説得した方が、芋づる式に部下まで味方にできる。

 これはアイザックの考えと似たようなものだった。


 アイザックも接触しているのは有力者ばかり。

 傘下の貴族一人一人を説得して回っているわけではない。

 似たようなやり方をしているからこそ、ジェイソンの行動が予測しやすかったというのもある。


 とりあえず――


「ジェイソンの身辺を警備する近衛騎士の中にすら、ジェイソンを積極的に支持しない者がいる」


 ――という事がわかった。


 今後、近衛騎士団を切り崩すのに利用できるだろう。

 だが、それは先の話だ。

 今はやらねばならない事がある。

 アイザックは侍女達と視線を合わせる。


「ここから先、話す内容は陛下には絶対に知らせないでください。陛下にはよくしてくださった恩義があります。最後まで裏切らなかった忠臣だと思い続けていただきたいので。いいですか?」

「は、はい。かしこまりました」


 侍女達は恐れを隠す事なく、何度もうなずいて約束した。

 アイザックは満足そうな笑みを見せる。


(俺に密告してきた奴がいるくらいだ。こっそりエリアスと連絡を取る奴も出てくるだろう。その時に『アイザックが裏切ったから討て』という密書を書かれたら困る。口止めはしておかないとな)


 そんなアイザックの考えを知らないジェイソンは、喜色満面の笑みを浮かべた。


「という事は、すべてを知った上で宰相を引き受けてくれるという事だな?」


 ――エリアスに裏切ったと知られたくない。


 その言葉が意味するのは「ジェイソンに寝返る」というものだった。

 今までアイザックは味方をしてくれてはいたが、エリアスを裏切ってくれるかはわからなかった。

 心強い仲間ができたと、ジェイソンは喜んでいた。

 しかし、それは一瞬の事だった。


「いえ、宰相のお話はお断りさせていただきます」


 あっさりと断るアイザックに、ジェイソンは渋い表情を見せた。

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