第449話 懸念
「陛下のご英断、決して無駄には致しません」
(完全には終わってはいない。終わってはいないが、パメラを助けて手に入れるための大きな障害を乗り越えた)
アイザックは達成感を噛み締めていた。
これまでの苦労が報われたのだ。
少しだけ余韻に酔いしれる。
――だが、その余韻を壊す者が現れる。
「その婚姻、お待ちください!」
――パメラに恋焦がれていた者か?
誰もが反射的に声がした方向を見る。
アイザックは聞き覚えのある声だったので、誰かはすぐに判別できた。
「これが重要な話だという事はわかっています。わかっていますので、一度家族同士で話をさせていただきたいのです」
――声の主はランドルフだった。
彼は自分の家族だけでなく、リサやバートン男爵夫妻も連れている。
皆を引き連れたままウィンザー侯爵家のところへ行き、彼らも誘ってモーガン達のいる来賓席へと向かった。
そこで彼はアイザックとパメラに「こっちへ来い」と手招きをする。
二人は揃ってそちらへ向かう。
途中でパメラが小さな声で話しかけてきた。
「怖かったですけど……。助けてくださってありがとうございました」
「怖がらせずに済む方法も取れたらよかったのですけど……。申し訳ない」
二人が話したのは、これだけだった。
他の誰かに聞かれてもマズイ。
だが、これだけの会話でも「今までとは違う関係だ」という事実が心を躍らせる。
しかし、すぐに熱が冷めた。
(親父に教えていなかったのがどうなるのか……)
ウィンザー侯爵家の人々には「両親は嘘を吐くのが苦手なので、卒業式の事は言っていない」と伝えてある。
そのため、口裏は合わせてくれるだろう。
怖いのは「アイザックは昔からパメラの事が好きだった」とバラされる事だった。
表向き好きだというのと、本当に好きだったのとでは周囲が受ける印象が大違いだ。
その事に触れてこないか不安になってしまう。
この時、ランドルフが何を言うのか気になっていたのはアイザックだけではない。
多くの者達が「ランドルフがみんなを集めた理由は?」と気になっていた。
エリアスもその一人だった。
しかし国王という立場上――
「ねぇねぇ、なんの話? 私にも聞かせてよ」
――などと言って首を突っ込む事はできない。
話の内容も、おそらく両家にのみ深く関係するもの。
気になっても聞き耳を立てる事はできなかった。
そこでエリアスは近侍の者に、こっそり聞いてくるよう目配せで指示を出す。
自身が動けないなら、人を使うだけだ。
アイザックとパメラが家族の元に到着すると、ランドルフが最初に口を開いた。
「パメラさんを助けるために取った行動をとやかく言うつもりはない。だが、ウィンザー侯爵家の方々とも話し合わなければいけない事がある。……パメラさんの事を悪く言うわけではないので、その点は誤解しないでいただきたい」
ランドルフは途中からウィンザー侯爵家の人々に向けて語りかけていた。
それだけデリケートな話題なのだろう。
誰もが息を呑む。
「アイザック。パメラさんがメリンダ、リサがルシアだと考えてみろ。今の状況は私の時と似たようなものだ。お前の代でも混乱が起きる可能性があるぞ。そこをどう考えている?」
――ランドルフが危惧したもの。
それは「自分と同じ過ちをアイザックが犯さないか?」というものだった。
かつてランドルフは、ロックウェル王国から送り返されたメリンダを引き取った。
幼い頃から結婚する可能性が高い相手と意識していた事もあり、彼女がロックウェル王国に行くまでは恋心のようなものも持っていた。
そこはアイザックとパメラも同じ。
幼い頃に一目惚れをして、その思い出を引きずっているかもしれない。
だが、恋心だけでは結婚生活は上手くはいかない。
その事は誰よりも、自分達がよくわかっているはずだった。
アイザックが、そこまで考えてパメラを救ったのならばいい。
しかし、何も考えていないのなら、ウィンザー侯爵家の人々と話し合って解決しなければならない。
非常にデリケートかつ重要な問題だった。
ランドルフは興奮していた事もあり「私の時と似たようなものだ」という言葉が周囲に漏れ聞こえていた。
それは伝言ゲームで会場中に伝わっていき、皆が知る。
話を聞いたロレッタ、アマンダ、ジュディス、ティファニー、ブリジットが祈った。
――ランドルフ頑張れと。
そして、ティファニーが――
(なんで叔父様に頑張ってほしいなんて思ったんだろう。……もしかして、私っ!)
――と芽生え始めた想いに気付き、顔を赤らめて恥ずかしがっていた。
エリアスもランドルフの心配を知り、安心すると共に不安を感じていた。
アイザックが「その通りですね」と考え直せば、一気に事態が悪化する。
打開策を考えておいてほしいと、彼も願ってしまう。
「今は彼女を助けられても、何年後かに不幸にしてしまっては意味がない。今度は我が家がウィンザー侯爵家と険悪になってしまう。違う方法で助けるというのもありだと思うが……」
「父上のご心配はもっともなものだと思います。ですが、問題はないでしょう」
アイザックは内心ホッとしていた。
父が触れてはいけないところには触れなかったからだ。
興奮はしていても、冷静さが残っているので助かった。
「僕はロレッタ殿下かアマンダさんと結婚する可能性がありました。そのため、リサに告白する時も『第二夫人でよければ』という内容も含めていました。先ほど言ったように、パメラさんを正妻に迎え、リサを第二夫人にする。そして、跡継ぎも妻の序列通りに指名するつもりです。父上が考えておられる事態になる確率は低いでしょう」
この日のために、第一夫人の座を空席にしていたので当然だ。
ランドルフが心配するような事にはならないよう気を付けている。
そもそも、ルシアが第一夫人というおかしな序列にしていたランドルフがおかしいのだ。
メリンダが第一夫人で、ルシアが第二夫人という正当な序列であれば、アイザックがネイサンを排除する余地などなかったかもしれない。
だから、アイザックも侯爵令嬢のパメラを第一夫人、男爵令嬢のリサを第二夫人として迎える用意をしていた。
自分の時のような混乱は起きないはずだ。
「リサに母上と同じ思いはさせません。アデラにも世話になっていますので、出来得る限りは幸せにできるよう頑張るつもりです」
「そ、そうか……」
――この話題に触れると、気まずい思いをする。
ランドルフは少し後悔していた。
だが、聞いておかねばならない事でもある。
後悔しながらも、やめるつもりはなかった。
「ウィンザー侯爵家ではどう考えられているのですか?」
「どう考えるも何も……。このような事態になってしまっては何も考えられない。だけど、パメラを助けてもらった事には感謝しているよ」
ランドルフの問いに、セオドアが疲れた声で答えた。
彼も少しはジェイソンの良心に期待していたのだ。
なのに、アイザックが言う通り、ジェイソンはニコルのためにパメラを切り捨てようとした。
その精神的ダメージは大きい。
これは彼だけではなく、他の者達も似たようなものだった。
「現状、望み得る最善の形でパメラを救ってもらえました。ウェルロッド侯爵家に問題がないのなら、このまま娶っていただくというのがいいのではないかと思っています」
アリスも「何が何でもジェイソンと婚姻関係を続ける」という気はなくなったようだ。
アイザックとの結婚を後押しする。
「しかし、大きな問題が残っている。ウェルロッド侯爵家はウィルメンテ侯爵家だけではなく、ウィンザー侯爵家とも婚姻関係を結ぶ事になる。4Wの中でウォリック侯爵家だけが除け者になるのはまずいのではないか?」
誰もが一度は頭に過ぎった心配を発言する者がいた。
ランドルフがうなずきそうになるが、発言者を見て動きが止まる。
「ウォリック侯……」
発言者はウォリック侯爵だった。
モーガン達と来賓席で並んで座っているため、今の話に耳を澄ましていた。
彼は、ここぞとばかりに首を突っ込んでくる。
しかし、皆は呆れるばかりだ。
「これはウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵家の話なので……」
「よいではないか。皆が揃っている時に話すのが一番だろう?」
ウォリック侯爵は堂々と口出ししてくる。
この機会を逃せば、アイザックとアマンダが結婚する機会が失われると必死だった。
だが、必死であれば成功するとは限らない。
「いえ、それはまたの機会にしましょう」
アイザックが彼の望みを断つ。
「今はパメラさんを助ける事で、いっぱいいっぱいなんです。さすがにアマンダさんの事まで考える余裕がありません。今は勘弁していただけませんか?」
アイザックは疲れた表情で答えた。
しかし、それはパメラを助ける事を考え過ぎて疲れたわけではない。
「アマンダ達の対応もしなくてはならない」と思い出させられて、精神的に疲れさせられたせいだった。
だが、ウォリック侯爵には「パメラを救い、内戦の危機を避けるのに精一杯だ」と、珍しくアイザックが泣き言を言っているように見えていた。
「むむむ……。わかりました。今は引き下がりましょう。ですが、後日話をするというのはお忘れなく」
ウォリック侯爵も、ウィンザー侯爵家には借りがある。
今回は素直に引き下がる。
もちろん、アイザックが言った「またの機会」という言葉は聞き逃していない。
約束を引き出せた事に満足した素振りを見せる。
しかし、彼は約束だけに満足していたわけではない。
アイザックがパメラを妻にするというのは天祐だと喜んでもいた。
先ほど彼が言ったように、侯爵家間のバランスを考えれば、ウォリック侯爵家だけを除け者にはできないはず。
第二夫人でもいいので、アマンダをアイザックのもとへ送り込むチャンスでもあった。
周囲が考えているほど、ウォリック侯爵は王家への反逆の意思は持っていない。
むしろ、今はジェイソンの暴走に感謝しているくらいだったのだ。
その事を知らないアイザック達は、問題を先送りにできた事だけを喜んでいた。
「ええっと……。ウィンザー侯爵家としては、今回の結婚は問題ないという事でよろしいですか?」
ランドルフが乱入者に戸惑いながらも、ウィンザー侯爵に確認する。
「問題はない。むしろ、感謝しているくらいだ。バートン男爵家の方が不満に思ったりしていないか?」
「私達に不満はありません。娘をエンフィールド公の妻にして頂けるというだけでも望外の喜びでしたから。第二夫人どころか第五夫人くらいでも不平はありません。娘がパメラ様と上手くやれるかという不安だけですね」
バートン男爵は、ウィンザー侯爵の問いかけにそう答えた。
パメラは、アイザックの結婚相手とは想定していない相手だった。
アマンダ達と違って、パメラとの関係は完全な未知数である。
それだけが唯一、かつ大きな不安となっていた。
彼の不安を解こうとしたのは、パメラだった。
「リサさんとは何度かお話しした事がありますけれど、優しそうなお姉さんという印象でしたので、仲良くできそうな感じはしておりました。こういう言い方はいけないのでしょうけど、話に聞く小姑のような方にはならないだろうという安心感がありましたから」
「滅相もありません。パメラ様相手にそのような事……」
リサは真っ向から否定する。
男爵令嬢が侯爵令嬢をいじめるなどありえない。
そう考えると、ニコルがやっている事は考えれば考えるほどありえない事だった。
「二人の仲は僕も取り持ちます。ですが、未熟故に至らないところもあるでしょう。そこは父上達の手助けを得ながらやっていきたいと思います。もちろん、セオドアさん達にもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
「それはまぁ、改めて頼まれるほどの事ではないですが……。一家の主は未経験でしょうし、先達として手伝える事は手伝いましょう」
セオドア達も、バートン男爵家とは揉めたくはなかった。
リサは男爵令嬢とはいえ、乳母のアデラの存在はアイザックにとって大きいはず。
バートン男爵家というよりは、彼らと親しいアイザックを敵に回したくはない。
けして軽んじていい相手ではない。
パメラとリサが、第一夫人、第二夫人という関係で上手くやっていけるよう、サポートしていく事に異論はなかった。
「父上、ウィンザー侯爵家の方々も協力してくださるそうです」
「うん、そうだね。なら言う事はない。私達は全力でサポートしていくだけだ」
「ありがとうございます」
ランドルフの心配も当然のものだった。
突然の話に心配しても仕方がない。
だが、ウェルロッド侯爵家、ウィンザー侯爵家、バートン男爵家の面々が共に協力していくと確認した事で、前にステップを踏み出す事ができた。
あとはこの場を切り抜け、実際の結婚生活で摩擦を解消していくだけである。
「それでは、最後の仕上げに認めていただきたい事があるのですけど」
アイザックは、パメラを救うための提案を語り始める。
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