第448話 誰にも文句を言わせない結婚方法
――せっかく丸く収まりそうだったのに。
そう思う者は多かったが、ウィンザー侯爵の怒りも理解できるものだった。
――孫娘が死罪に値する重罪を犯したと言いがかりをつけられた。
――そして、一方的に恩赦を与えられた。
どちらも腹が立って当然の行為である。
前者だけでも反旗を翻すだけの理由になるだろう。
しかも「恩赦を与える」という事は「許してもらった」と受け取られてしまう。
それでは、やってもいない罪を認めたも同じ。
絶対に認められないものだった。
――だが、このままでは国家を二分する反乱になるという可能性が高い。
ウィンザー侯爵が領地に戻って挙兵すれば、おそらく「これ幸いと」王家に恨みを持つウォリック侯爵家も挙兵しかねない。
ニコルの後見人のような立場にマイケルも参加しているので、マイケル憎しでランカスター伯爵家も参加する可能性もある。
ランカスター伯爵家が挙兵すると、ウィンザー侯爵家とも仲の良いウェルロッド侯爵家もどうなるかわからない。
――ウィンザー侯爵家の動き次第で、リード王国の命運は左右される。
乱世を望んでいるのは、大きく出世したい者くらいだろう。
ほとんどの者が内乱など真っ平ごめんである。
心情的には理解できる。
できるが、ここは一歩引いてほしいところだった。
誰もがアイザックが説得してくれる事に期待を寄せていた。
「ウィンザー侯。パメラさんは助かるのですよ。ここは――」
「助かる? そうでしょうな。命は助かる。しかしながら、王太子殿下にご無体な仕打ちを受け、王族への反逆の意思ありとみなされた。それでは貴族として死んだも同然。それでも助かったと言えますかな?」
「それは……」
アイザックは口籠る。
その反応は、ウィンザー侯爵の意見が正しいと認めたも同然だった。
この問題の解決が非常に困難なものだと、皆に知らしめた。
さすがに「ごめんね」で済む問題ではない。
エリアスもどうするべきかわからず、あわわと慌てふためくばかりである。
――だが、この流れはアイザックがウィンザー侯爵と打ち合わせておいたもの。
ここでジェイソンに対する怒りを見せておかねば、ウィンザー侯爵の面子が潰れてしまう。
ウィンザー侯爵家のためにも、見せ場は必要だったのだ。
「……パメラさん。殿下とよりを戻したいですか?」
アイザックは、パメラの意見を尋ねた。
彼女の意見も、ウィンザー侯爵家のために必要だったからだ。
「私は……、殿下の心を引き留められなかった事を恥じています。ニコルさんのような素敵な方が相手でも、もっとやりようがあったはずなのに、私は何もできませんでした」
パメラが負けを認めた事で、ニコルは勝ち誇った顔を見せた。
これも予定通りである。
彼女には辛いだろうが、ニコルに「まだジェイソンの事を狙っているかも?」と疑わせないためだ。
「殿下の心は離れてしまいました。もう……、よりを戻す事はできないでしょう」
今まで気丈にも耐えていたパメラが大粒の涙を流し始めた。
彼女もアイザックと出会った時に特別な感情を持っていた。
だが、それでもウィンザー侯爵家のため。
王家のためにアイザックを忘れようと努力をし、ジェイソンだけを好きになろうとしていた。
――なのに裏切られた。
悲しみの理由は頑張りを無駄にされたというだけではないだろう。
婚約者であり、幼馴染でもある相手に裏切られたのだ。
アイザックでいえば、リサに裏切られるようなもの。
その絶望は計り知れない。
「事実とはいえ、本人の口から言わせるのは酷だった」とアイザックは心を痛める。
「ジェイソン、君はパメラさんと――」
「無理だな。たとえニコルが許したとしても、私は許せん」
ジェイソンに、ためらいはなかった。
今までどちらを選ぶか考える時間があったからだろう。
嗚咽が漏れそうになったパメラが口元を手で覆う。
「そうか、わかった」
二人の意思を確認すると、アイザックはエリアスの方に向き直る。
「陛下、どのような望みでも叶えるという約束を覚えておられますでしょうか?」
「無論、覚えておる」
かつてエリアスは、無欲なアイザックのために「なんでも望みを叶える」という褒美を与えていた。
それを持ち出されたので、エリアスは嫌な予感がした。
「このままでは話がこじれるだけです。殿下とパメラさんのためにも婚約の解消を認めてください」
「なんだとっ!」
――なんでも叶えると約束した望みが、ジェイソンとパメラの婚約の解消。
確かに婚約の継続は難しそうだが、この婚約は王家と貴族派の関係を強めるためのもの。
簡単にはできない。
エリアスは困惑していた。
困惑のあまり「他人のために切り札を使おうとするところはアイザックらしいな」と現実逃避をしてしまう。
この時、ジェイソンは「ありがたい」と思っていた。
アイザックが味方だと信じているので、ニコルとの結婚を後押ししてくれているのだと考えたからだ。
「しかし、さすがにそのような事は私だけで決めるわけには……。ウィンザー侯の同意も必要な事であるし……」
なんでも叶えるとは言ったが、これにはエリアスもさすがに渋る。
ここで即座に「オッケー」と答えると、それはそれでウィンザー侯爵家を軽んじていると思われかねない。
不用意な返答を避け、ウィンザー侯爵の同意が必要だと答えるに留めた。
「ふざけるな! いくらエンフィールド公とはいえ、そのような口出しは無用! これは王家とウィンザー侯爵家の問題だ!」
当然、ウィンザー侯爵は激怒する。
アイザックは様々な問題に首を突っ込んできたとはいえ、このような越権行為は迷惑極まりない。
そう彼が考えるのも理解できる。
皆がそう思っていた。
「そもそも、殿下との婚約を解消してどうする! 代わりの相手でも用意してくれるとでも言うのか!」
「その通りです」
ウィンザー侯爵の無茶な要求に、アイザックはあっさりと答えた。
話を聞いていた者達が困惑する。
他国の王子達も、すでに婚約者が決まっている。
そこにねじ込むのは至難の業だろう。
いらぬ摩擦を生む事になってしまう。
新たな問題を作るのは、問題の解決とは言えない。
どうするのかを注視していた。
――だが、一部の者達は違った。
彼女らは、ジェイソンに負けない価値を持つ男がいる事をよく知っている。
「まさか」と思い、心臓が止まりそうになる。
「私の妻として迎えます」
――嫌な予感が当たってしまった。
アマンダ達は「それはダメ!」と叫びそうになってしまった。
しかし、人の命が関わる重要な問題だという状況が、彼女らの口をもごもごとさせるだけで終わらせる。
彼女らにはジェイソンと違い、理性が残っていたからだ。
「エンフィールド公の? いくら公爵とはいえ、王太子殿下と比べれば――」
「格落ちといった印象が拭えない、ですか?」
かつての公爵家であれば、準王族として価値があった。
しかしながら、今は一代限りの名誉爵位であり、公爵位自体に名誉以外の価値はない。
もちろん、アイザックがウェルロッド侯爵家の跡継ぎというのは重要な要素だが、それでも次期国王と比べれば格落ちである事は明白である。
だがアイザックには、この問題を解決する方法があった。
「そうでしょうか? 私はエルフやドワーフとの交流を再開させ、ファーティル王国への援軍に赴いた際にはフォード元帥を打ち破った。そして陛下の信任を得て、公爵位を賜った。確かに地位としては王太子殿下に負けるでしょうが、実績では負けていません。そして、これからも功績を残し続けます」
――自分の功績をアピールする事。
これは有効だった。
特に文官には。
文官の役割は、問題が起きないように滞りなく仕事を行う事である。
派手な活躍とは、大きな問題が起きた時に発生するものだ。
文官の仕事と派手な活躍は相反する関係にあった。
ウィンザー侯爵は、宰相として優れていた。
優れていたが故に、大きな問題が起きなかった。
起こさなかったのだ。
文官の働きを理解している者にとっては、ウィンザー侯爵はアイザックにも負けない優秀な男だった。
しかし、そうではない者達には、アイザックに比べると、ウィンザー侯爵は地味だという印象を持たれていた。
その印象を逆手に取り、ウィンザー侯爵がアイザックに「不足だ」と言い返せない雰囲気を作る。
「それに、パメラさんの事を初めて会った時から魅力的な女性だと思っていました。ですが殿下の婚約者という事もあり、諦めるしかなかった。正妻の座を空けていたのも、彼女のような女性を妻に迎えたいと思っていたからです。その機会がきた今、是非ともパメラさんを妻に迎えたい。ウィンザー侯、認めてはいただけませんか?」
アイザックがパメラに一目惚れしていた事を知っている者達は、この言葉が真実だろうという事がわかった。
しかし、そうでない者達は違う。
――ウィンザー侯爵とパメラを気遣っての言葉。
そう受け取っていた。
――恋焦がれた相手だから、妻として迎えたい。
そう言えば「反乱を抑えるため、仕方なく引き取った」という印象は払拭されて、パメラの面子は保たれる。
ウィンザー侯爵も「是非に」と乞われれば、アイザックに恩を売るという形を作る事ができる。
ジェイソンに捨てられ、死罪まで言い渡されたパメラには破格の条件だ。
アイザックの申し出を断る理由などないように思われた。
「私ではパメラさんに不足でしょうか?」
アイザックが再度問いかける。
ウィンザー侯爵は、顔を大きく歪ませて悩む。
ここが正念場なので、必死に悩む姿を皆に見せようとしていた。
そして、悩み抜いて考えた結果――という形で答えを出す。
「……不足ではありません。そこまで望まれるのであれば、パメラの事をお願いします」
――ウィンザー侯爵が折れた。
会場がどよめき、まばらに拍手が贈られる。
それはやがて、会場中に広がっていった。
これはアイザックとパメラの婚約を祝ってのものではない。
内乱が未然に防げた事への感謝の気持ちだった。
ジェイソンと比べて不足のない相手とパメラが婚約できたのだ。
ウィンザー侯爵家には王家への恨みが残るだろうが、挙兵する口実がなくなった。
それにウォリック侯爵がアイザックに惚れこみ、何としてでもアマンダと婚約させようとしていたのは周知の事実。
ウォリック侯爵家がウィンザー侯爵家を妬み、協力して挙兵する可能性が低くなったのは喜ばしい。
アイザックがパメラを引き取ってくれれば、色々と丸く収まる。
ジェイソンの信じられない行動から生じた混乱を、アイザックは見事に収めてくれた。
その献身振りには頭が下がる思いだった。
――だが、これはすべてアイザックが考えた筋書である。
アイザックは「誰にも批判されない形でパメラを手に入れたい」と考えていた。
それにはどうすればいいのか?
アイザックが導き出した答えは――
ウィンザー侯爵が不満を爆発させればいい!
――というものだった。
これは頼むのが簡単な答えだった。
アイザックが頼まずとも、ウィンザー侯爵は怒鳴り散らしていたはずだからだ。
そこにちょっとだけ演技を混ぜてもらえればいいだけである。
――ウィンザー侯爵がジェイソンの行動に不満をぶちまける。
――アイザックは仲介に入る形で、パメラを引き取る。
これなら、誰もアイザックがパメラを奪い取ったとは思わない。
パメラも「アイザックに色目を使ったふしだらな女」とは思われないはずだ。
むしろ「見た目だけの女にたぶらかされた馬鹿な男の被害者」と見られるだろう。
――パメラは悲劇のヒロインであり、アイザックはヒロインを救ったヒーローである。
このような形になるよう、ウィンザー侯爵と打ち合わせていたのだった。
彼がギリギリまで粘らなければ、もう少しパメラの負担が少ない形にできたかもしれない。
だが、期限ギリギリまで粘られた状況の中では、上手く流れを作れたはずだ。
とはいえ、こうなった責任はジェイソンとニコルの二人に押し付けられる形である。
現状望み得る最高の形だろう。
「陛下、ウィンザー侯も認めてくださいました。どうか私の望みを叶えてくださいませんか」
アイザックは、もう一度エリアスに願い出る。
これにはエリアスも難しい顔をする。
アイザックが、ウィンザー侯爵を抑えてくれようとしている事はわかっていた。
しかし、彼もまたパメラの事を娘のように思っていたのだ。
簡単に婚約の解消を認める事はできなかった。
「あなた、パメラさんはエンフィールド公にお任せしましょう」
ジェシカは、そっとエリアスの手に触れる。
彼女も思うところがないわけではない。
だが、このこじれた状況を立て直す方法が思い浮かばなかった。
ここは忠臣に任せるべきだと考えていた。
エリアスも妻に言われて、前向きに考えるようになった。
貴族派を取り込む婚約は失敗に終わった。
敵に回りそうな状況になってしまった。
しかし、まだ敵に回ったわけではない。
貴族派にはアイザックがいる。
内部から説得してくれるはずだ。
ならば「パメラの事を考えている」という結果を残し、次へ繋げる道を選ぶべきだと考える。
「わかった。ジェイソンとパメラの婚約を解消し、エンフィールド公との婚約を認める。ウィンザー侯、それでよいか?」
「かまいません」
エリアスの英断に拍手が贈られる。
これでアイザックは、ゴールにたどり着く事ができた。
長い道のりだったが、これはゴールの中の一つに過ぎない。
本当のゴールにたどり着くまでは、まだ油断はできなかった。
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